七日に一度は悪巧み 3
フェルナンはアリスと知り合ってからのホノカの様子を宰相に報告していた。
「随分と好き勝手にやっているようだな」
「お手数をおかけします」
ぬけぬけとフェルナンは言い放ち、宰相は呆れたようにため息をついた。
「ふさぎこんだあげくに使い物にならぬようでは話にならん。聖女が円滑に役目を果たせるよう動くのがお前の役目だ。だが、聖女を外に出すのはいただけない」
そのために一個小隊を動かしたあげくに各所に迷惑をかけている。
「しかたありません。籠の鳥では覚える芸に限界がありますから。それに、いま動かしているのはもともと巡礼につく予定の部隊です。まぁ、色々と前倒しにはなっていますがやることは変わりませんよ」
へらっと笑いながら辛辣な事を口にするフェルナン。
黒曜騎士団の第二小隊は聖女の封印巡礼の護衛担当という事は聖女召喚の前から決まっていたことだ。
聖女が城から逃げ出したりしなければ、今頃はゆっくりと巡礼コースの露払いにいそしんでいただろう。
「それで、どうなのだ?」
「思わしくありませんね。もう面倒なので、逃げた小鳥を捕まえようとする輩を調べることにしました。血塗れの魔術師殿に協力を仰いでいるので、小鳥に問題はありません」
「ふむ。情報は洩れるものだが……思っていたより食い込んでおるようだ。教会の方も似たような状況じゃな。教皇の愚痴も聞き飽きた」
宰相と教皇は学校の同期だと聞いている。
フェルナンは小さく頷いた。
「誰がどう動くのか、誰と誰が結託しているのか……探るには人手が足りませんね」
「これ以上は増やすわけにはいかん。気づかれる」
「王子の方も色々と探っているようですが、成果はないみたいです」
宰相はフン、と鼻を鳴らす。
「鼻たれ小僧がつかめる情報などたかが知れておるわ」
おそらく、宰相は王子がつかんでいる情報を知っているのだろう。
王子の手駒は少なく、与えられる多くは王の手の者なのだから。
当然、必要な情報は王によって宰相にリークされる。
そのことに、王子はいつ気が付くのだろうか。
頭はいいが、それだけだ、
ただの文官ならばそれだけでいいが、彼は王を支える存在にならなければならない。
民や隣国の動静を読み、貴族の動向を読み、あらゆる陰謀に対して最善の手を取れるようにならなければいけない。
「聖女の世話係で甘ったれたところが抜ければよいのだがな……まぁ、兄が優秀なことに甘えておるのだろう」
長兄の背負うモノの重みを知らないが故の無邪気さ。
「私の記憶が正しければ……宰相は三男では?」
「だからこそ甘さが誰よりも目について腹が立つのだよ」
意地の悪い笑みを浮かべた宰相はフェルナンを見る。
「さて、しくじればお前の未来は断たれる。せいぜいうまくやることだ」
「承知しております」
試されているのは王子だけではない。
フェルナンもまた、試されているのだ。
宰相候補と目されているのはフェルナン一人だけではない。
ここでレースを降りるつもりはさらさらない。
「では、次の報告です」
フェルナンは淡々と言葉を紡いだ。
オルベルトの役割は、教会を代表して聖女の護衛をすることだ。
もちろん聖女が王族の都合のいいように扱われないように見張ることも含まれる。
なので彼は定期的に聖女の活動報告と能力、城の動きなどを報告するためにお偉いさんの会議に出席することもある。
今回はアリス・ドット嬢の件もあって、会議に招集されて報告となった。
全員の前でフェルナンからもらった資料を基に報告をし終え、質疑応答となる。
「ドット嬢は信頼できるものなのか?」
「どの宗派に属す者であるのか?」
「聖女を守れるのか?」
「利用しようとしているのではないか?」
挙句の果てに聖女様を利用して国家転覆をたくらむ陰謀論まで出てくる始末だ。
そうなるともう会議は混迷を極める。
オルベルトはドット嬢の扱いについて喧々諤々している彼らをよそに、窓の向こうに目をやった。
「…………僕も訓練に参加したかったなぁ」
城にクレームを入れてドット嬢を引き離す、このまま様子見のどちらかしかないというのに何をいつまで話しているのだろうか。
結局は様子見で落ち着き、オルベルトは部屋を退出する。
このまま訓練に行こうと思っていたら、秘書の役割を務めている司祭がオルベルトを引き留めて教皇の部屋に案内された。
「どうぞこのままお待ちください」
そういって司祭は紅茶を淹れると出ていった。
残されたオルベルトはしかたなく本棚の本を適当に一冊抜くと、ソファーに深く腰掛けて読み始める。
どうせ会議はすぐに終わることはないだろう。
オルベルトは自分がここへ呼び出された理由を薄々察していた。
ドット嬢という不穏分子を誰がどう扱うか。
あのまま訓練場へ行こうとしたら、いったい誰が声をかけてきただろうか。
そんな好奇心がふと頭を持ち上げる。
誰がどんな目的でオルベルトを取り込もうとするのか。
もちろん教皇はそれをわかっているのでオルベルトをこの部屋で待たせているのだろう。
「フェルナン殿はどうなされているのだろう」
今回の件で初めて顔を合わせた宰相候補の青年を思い出す。
人から見れば敵対関係といってもいい立場にお互いはあるが、フェルナンからはそんな態度を向けられたことは一度もない。
いがみ合うのは組織であって個人ではないし、それは上の役割だ。
オルベルトもフェルナンも変なところで冷めて冷静なところが似ているからこそうまくやれているのだろう。
誤解されやすいが、オルベルトの気質は穏やかなどではない。
冷めているからこそ常に穏やかで、人に興味がないから優しいオルベルトの胸の内は珍しく少しだけ波が立っている。
波紋程度のさざ波の中心はアリス・ドットいう女性。
彼女という一石が投じられた瞬間、ありとあらゆる物事が動き始めた気配がした。
そんな事を考えていると、扉が開いて教皇が入ってきた。
「待たせたかのう?」
「いいえ。思ったより早いくらいです」
オルベルトの返事に好々爺はひげをなでながら向かい側に座る。
「ドット嬢のおかげで忙しくなりそうじゃ」
今まで城から出ることがなかったため、聖女に手出しはできなかった。
聖女を手に入れたい派閥がここぞとばかりに動き始め、その対応に忙しい。
「僕はどうしたら?」
「今まで通り、聖女の護衛に励め。ドット嬢もまた護衛の対象と心得よ」
なぜかと視線で問いかけると、教皇は意外そうにオルベルトを見た。
「聖女が心を寄せているのならば、それを守ることも聖女を守ることに繋がる。ドット嬢になにかあれば聖女が悲しむのだろう?」
「そうですね。姉のように慕っています。ドット嬢も妹のように面倒を見ています」
「何か気になることが?」
「いえ……城から逃げ出してアリス嬢と城に戻ってくる半日で、よく姉妹のような絆を結べたものだと不思議に思ったのです」
自分が気が付かないだけで魅了といった魔法を使われた可能性を示唆するが、教皇はそれを一笑した。
「世の中には一目で恋に落ちるという者もおる」
「……想像がつきません」
「物でも人でも景色でも、人は時として心をわしづかみされる瞬間がある。いつかお主にもその瞬間が訪れることを祈っておるよ」
困ったようにオルベルトは微笑み、頷いた。