七日に一度は悪巧み 2
「護衛なしに聖女様が王都を歩くだと?」
警護班が拠点にしている民家の一室で、ジャックは肩をすくめて見せた。
「どういうつもりだ?」
ジャックが表立った護衛なら、彼らは裏からこっそりと守る護衛だ。
目の前には黒曜の騎士団、第二小隊のグレイ隊長とランス副隊長が威圧感半端なく立っている。
「ホノカが外を見たいと言い、アリスが観光をさせたいと連れ出す」
紙をテーブルの上に置く。
「それだけのことだ」
「貴様、それだけ、がどれだけのことかわかっているのか?」
それだけのことに何人の人間が動くと思っているのだろうか。
実際に動く側のランスは上の人間の気まぐれに怒り心頭だ。
「最低限の守りの魔法はかけた。アリスも自分のテリトリーしか行かないと言っている。行先は紙に書いてある通りだ。何か問題でも?」
「問題だらけだろうが」
副隊長とジャックがにらみ合う中、グレイは紙に書いてある店の名前を頭に叩き込む。
「……マルグリート殿。どのような店かわかるか?」
「ああ?わかるわけねーよ。ああ、ティルの店は本屋だな。市場はここから一番近い場所だろ。スイートなんちゃらってのは女物の服を扱っている店だ。ほかは知らんが、あいつらの事だから食い物屋めぐりがメインだろ」
店名の響きからして屋台だ。
「それよりマルグリード殿。なぜ許したのです?」
ホノカを城から出すことがなかったのに、ここにきて急に庶民の家に預けたあげくに外出を許可する。
いきなりの方向転換に色々と勘繰りたくもなる。
「僕だって面倒くさいと思っている。だが、アリスに言われて気が付いたことがある」
「なんですか?」
「本当にホノカの立場に立って考えたことがなかった」
意外な事を聞いたといわんばかりにランスが聞き返す。
「聖女様の立場ですか?」
「ああ。召喚して魔王の封印を強化して国に安寧をもたらしてもらう。それは聖女の考えじゃなくて僕たちの考えだ」
ジャックは眉をひそめ、視線をゆっくりと窓の外に向けた。
「いきなり違う世界に召喚されたあげく、魔王と戦えと強要されたらどう思う?しかも帰れないなんて絶望的な状況だ。その世界で生きていくには言うことを聞かなきゃいけないと考える。で、僕はやりたくもない魔王退治に出かけるわけだ。考えただけでも嫌だね」
アリスがしつこく口にする、召喚は拉致監禁という言葉はじわじわとジャックの良心に染みこんでいった。
わかりやすい例えにランスロットは口を閉じた。
そんな彼を見ながらジャックはフン、と鼻を鳴らす。
「それに、僕たちといるときとアリスといる時じゃ、表情が違うんだよ。聖女様があんなに元気溌溂な女の子だなんて、僕は知らなかった」
「お優しいのですね」
グレイの余計な一言にジャックは眉を顰める。
「同情しているだけだ。じゃ、よろしく頼む」
ジャックはそういうと、さっさと二人の前から姿を消した。
「まったく、面倒な事を。大人しく城にいてくださればいいのに」
ランスロットが思わずぼやく。
「それは我々の都合だな」
グレイ小隊長はたしなめるようなまなざしをランスロットに向けた。
「ドット嬢と関わる前の聖女様は知らないが……よい兆候なのかもしれない」
「なぜです?」
「自発的にやってもらえればいいにこしたことはないだろう。ようはやる気の問題だ。我々もよくそれで頭を痛めるだろう?」
騎士団に入るものはそれぞれに夢と希望と理想を胸に秘めている。
たいていは騎士団の職務と訓練の厳しさとその現実に打ちのめされて心が折れるのだ。
心が折れてやる気の失せた新兵ほど扱いにくいものはない。
訓練はさぼる命令は聞かない能力は向上しないのないないづくしだ。
そんな彼らにやる気を出させるために知恵を絞るのも隊長達の役目でもある。
「……まぁ、そうですね」
ランスロットが副隊長に甘んじ、小隊長を支えたいと思う根底には彼に対する尊敬がある。
打算と計算で気づくそれを、彼は本能と直感で感じ取るのだ。
「それに聖女様というよりは……ドット嬢に振り回されているような気はするがな」
ぼそりとグレイ小隊長が呟き、ランスロットは諦めるかのように小さくため息をついた。