六日目には殴り込み 5
明らかに人が争う音に、その場にいた者たちの気が一気に引きしまった。
「襲撃か?」
「見てきやす」
入り口の近くにいた男がドアを開けた次の瞬間、ドアが吹っ飛んだ。
誰もがあっけにとられているうちに、ドアのなくなった入り口から騎士たちがなだれ込んでくる。
「アリス、無事か!」
「アリスさん!」
真っ先に飛び込んできたグレイとオルベルトの二人を見て、アリスは頭を抱えたくなった。
一触即発の空気にアリスは両手を上げる。
「お互いに待って。どっちも私の顔見知りで誤解してる」
アリスは付き合いの長いロッシに黙礼してから付き合いの浅い二人に向き直った。
「どういう事なんですか?」
オルベルトが緊張を隠せない面持ちで聞いた。
「彼はロッシ。幼馴染のお父さんなの」
あえてファミリーはつけない。
彼はあくまでも幼馴染のルイージのお父さんというつながりなのだから。
「母はロッシの幼馴染で、私は生まれた時からの知り合い」
あっけにとられたように二人はアリスを見た。
裏社会とは全く縁のなさそうな女性が裏社会のボスと生まれた時からの知り合い。
頭が混乱しそうだ。
「ロッシ、ごめんなさい。私とロッシの事を知らない新米従業員が勘違いして知らせたんだと思う」
次の瞬間、ロッシは声を上げて笑い出した。
「それならしかたねぇな。お前はそいつに。ファミリーに殴り込みに行くような女だと思われているわけだ」
笑いは徐々に感染したように広がっていく。
従業員二人にいたっては涙を流して笑いをこらえている。
「やっぱり二代目はお前に決まりだな」
アリスは思い切り頬を膨らませ、ロッシをにらむ。
「絶対に、二代目には、な・り・ま・せ・ん!」
深まっていく笑い声にアリスは二人の騎士を見た。
「……帰りましょうか。なんか疲れた」
何か言いたそうな顔をしている二人を従え、アリスは部屋を出た。
ところどころに見覚えのある騎士が立っている。
どの顔も一様に不思議そうな顔でアリスを見ていた。
ロッシファミリーにつかまっていると聞いていたのだろう。
「ああ……また面倒な展開になった……」
商業ギルドでの噂を否定できたら、今度は騎士団でアリスの素性についておかしな噂が出回りそうだ。
「全員すみやかに撤収!」
グレイの声が屋敷の隅々まで響き渡ると、鎧の音が徐々に遠ざかっていく。
「アリスさん、ゆっくりとお話を伺いたいのですが?」
オルベルトが困ったような笑み浮かべつつもきっちりと話は聞く気満々のオーラを滲ませつつ隣に並んだ。
アリスのほうが困ったように笑うしかなかった。
アリスがグレイとオルベルトに挟まれて店に戻ると、ホノカが涙を流さんばかりに喜んでくれた。
「うううっ、無事だったんですね~。よかったよ~」
「ああ、うん、まぁありがとうね……」
そういえばこんな風に心配されたのはいつが最後だったか。
思い出せない自分がちょっと悲しい。
そして相手の心配ではなく自分の心配をされてちょっと気恥ずかしい。
「ええっと、みたらし団子とお茶を持ってきて。みなさま、そちらへ座って話しましょう」
窓際にオルベルトとグレイを座らせ、ホノカも呼んでグレイの隣に座らせるとアリスは残った席に腰を下ろした。
すぐにお茶と団子がそれぞれぞれに並べられる。
「まずはロッシファミリーとはどういったお付き合いなのですか?」
オルベルトが真っ先に口火を切った。
グレイはアリスの様子を観察するようにじっと見ている。
「母の幼馴染がマリオ・ロッシで、その息子のルイージが私の幼馴染です」
で、子分です。
とは言えない。
「私は裏社会とは一切関係ありませんし商会もつながりはありません。あくまでも彼はファミリーのロッシではなく幼馴染のお父さんなんです」
「では、なぜこの店で暴れた彼らを連れて殴り込みに行ったんですか?」
「殴り込みだなんてとんでもない。私はロッシファミリーの名前を語るチンピラを届けに行ったにすぎません」
普通は届けたりしない。
団子に手を伸ばしながらグレイとホノカはそう思った。
オルベルトは頭を抱えている。
「ロッシファミリーは地元に根付いていますから、構成員はみんなこの辺の人たちとは知り合いです。それに普段からロッシファミリーは名乗りを上げるのを禁止していますから、すぐにただのたかりだとわかりました」
「……ロッシと仲がいいのですか?」
「生まれも育ちもここですよ。私たちの感覚で言えば、親戚の一人がぐれちゃったって認識なんです。一族がそろうと一人ぐらいそういう人っているでしょ?」
素行の悪いという点ではいるかもしれないが、闇社会にどっぷりつかるような者はそうそういない。
聞いていたグレイとホノカはそう思ったが、口には出さず、お茶をすすった。
クラスメイトにだって不良はいたし、そいつが将来悪い道にはまったとしても道では挨拶ぐらいはする。
だからそういうものなのだとホノカは納得した。
「それはロッシもわかっているから、私たちの前では普通の人でいてくれますよ」
彼は裏社会の話を一切しない。
何をやっているのか何をしてきたのかを知っているのは彼の部下たちだけ。
ファミリーの結束は固く、裏の世界を表に持ってこないというのが彼らのポリシーだ。
だから彼らが日の当たる世界に生きている人たちにロッシファミリーの名を出すことはない。
「お話は分かりました。ですが、彼があなたの敵にまわるという事は?」
「絶対にないと言い切れます」
あまりにもアリスが自信たっぷりに答えるので、オルベルトは不思議そうにアリスを見つめた。
「なぜです?」
「ロッシは私を知っているから。それに母の事も。母を怒らせたらどうなるか、彼が一番よく知っています。それに、父を本気で敵に回したくないはずですし」
「……君のご両親は、そんな怖い人には見えなかったけど」
見た目はよく笑いよくしゃべる綺麗な奥様。
人の好さそうな穏やかな旦那様。
人の汚い性や死に至る暴力を見慣れている裏社会の王者が恐れる理由がわからない。
「みんな騙されるんですよね、見た目に……」
本性は暴力女と粘着男なのだ。
ロッシは父のストーカー時代を知っているので余計に敵に回したくないと考えている。
母を怒らせたら自分を含めた構成員は全員が病院送りで再起不能になるかもしれない。
父を怒らせたらどうなるかは想像がつかなくて純粋に怖い。
あの粘着気質をリアルタイムで見てしまった者としては、普通はありえないが彼なら死んでもなお粘着してくると言い切れる。
何やら遠い目をしながらちょっとアンニュイなアリスを見てオルベルトは黙った。
これ以上踏みこむとまずいと直感が訴えているのでオルベルトとグレイはこの話を打ち切ることにした。
その程度には二人とも柔軟な頭の持ち主だ。
寝た子を起こして喜ぶほど騒動は求めていない。
アリスと別れたグレイとオルベルトは今回の件を少し話し合った。
馬鹿正直に報告書を書くと面倒なことになりそうなので、ホノカの勘違いで終わらせることにしたのは秘密だ。
誤字脱字の訂正をしました。