六日目には殴り込み 4
「こんにちは~」
ドアを叩き、のんきな声を上げる。
ちょうど目の高さにあるドアの小さな窓が開き、こちらの顔を確認した相手がぎょっとする気配があった。
どたばたと慌てふためく音が聞こえる。
思わずアリスは後ろに控える従業員を振り返ってみたが、彼らはさっと目をそらした。
「えええ~っ、人のことをバケモノみたいに……傷つく……」
「こっちがえええ~っですよ。そんなことで傷つくたまですか?」
「こいつらをのしちゃってる時点でもう、なぁ……」
「君たち、幼馴染で雇用主の私を何だと思っているのかなぁ?」
ちょっと物騒な笑みをひけらかすと、とたんに黙る二人。
バンっ、と勢いよくドアが開いて顔見知りの男が出てきた。
「やぁ、お嬢ちゃん。よく来てくれたな」
「アーロンさん、久しぶりですね」
すらりとした、身なりはいいが明らかにただ者ではない空気をまとった中年男性が笑みを浮かべた。
「マリオおじ様はいるかしら?」
「ああ。だから俺が直接来た」
「「お久しぶりっす、アーロンさん」」
「おう、久しぶりだな悪ガキども」
悪ガキと呼ばれた二人は黒歴史を思い出したのか、恥ずかしそうに笑っていた。
アーロンは後ろにいる二人が担いでいる男たちに視線をやる。
「お土産」
アリスがそういうと、眉を顰める。
「まぁいい。お前らも一緒にこい」
「「はい」」
案内された奥の部屋には強面の男たちが待っていた。
その中でも特に目を引く男が座っている。
赤い帽子とつなぎを着せたら某イタリア系配管工にそっくりな男。
「よく来たな、お嬢ちゃん」
「マリオおじ様、お久しぶりです」
笑顔を向けてから、アリスは後ろの二人を振り向いた。
彼らは担いでいた男たちを床に放り投げる。
その衝撃のせいかチンピラたちは意識を取り戻した。
「なっ……」
気が付いたら強面の男たちが大勢いる部屋。
自分だったら泣く自信はある。
二人の従業員達はうろたえている男たちに同情の視線すら向けていた。
「なんでぇ、こいつら」
「あれ、おじさまの名前を出してうちの店を壊していましたよ」
アリスのセリフに柔和な顔つきから一転、怖い雰囲気をそれぞれが醸し出す。
普通に生きていたら遭遇しない本職の威圧にチンピラ二人は抱き合って震えていた。
「ほら、ちゃんとボスのところまで連れてきてあげたんだからお礼をいいなさいね?」
アリスがほほ笑んだ。
「おいおい、まさかボスの顔を知らないの?」
「うわっ、マジ?俺たち、お前らがロッシファミリーのモンだって言ったから連れてきたのに」
アリスの従業員達も顔を見合わせ、わざとらしく声を上げた。
「ん?見たことねぇ顔だな」
マリオ・ロッシの言葉に今にも気絶しそうな二人組。
「ここんとこ、ファミリーの名前を出して暴れている奴らがいるって噂を聞いていたから、ほかでも色々とやっているんじゃないかしら」
「おう、連れていけ」
「おおおおお前はいったい何者なんだよっ!」
ロッシファミリーのボスをおじさまと呼ぶ女。
アリスを見る男たちの目は今や恐怖に染まっていた。
「彼が使い走りのころからの知り合い」
「お前はまだケツにオムツつけてたころだよな」
返ってきた言葉にチンピラたちは絶望的な表情を浮かべた。
そのまま二人は引っ立てられて別室へと消えた。
邪魔者がいなくなったとたん、マリオの雰囲気が近所のおじさんが醸し出すものと同じ、親し気で優しいモノへ変わる。
「久しぶりだな、アリス。最近は忙しそうじゃねぇか」
「毎日が充実していますよ」
「俺の娘になるのはいつなんだ?」
「いやぁ、いまだに愛の告白も受けた覚えがないんですけど?」
「チッ、使えねぇやつだな。何をやってやがる」
アリスとマリオの会話に後ろの従業員二人は視線をかわすと苦笑した。
彼らアリスの幼馴染たちの共通の認識は、女だけど男の中の男なので結婚なんて論外だ。
そこへ話題の人物がひょっこり顔を出した。
「あれぇ、アリスじゃん。こんなトコに来るなんて珍しいな」
「ルイージ……。どうしてあんたっていつも間が悪いのかしら」
首をかしげるひょろりとした背の高い青年、ルイージ。
緑の帽子をかぶせるとあら不思議、例の配管工の弟に見える。
彼は幼馴染の二人の男に気が付くとちょっと首をかしげて見せる。
「いつものだよ」
幼馴染の一人が短く答えると、ルイージは嫌そうな顔をした。
「無理無理、俺にアリスの手綱なんか握れるわけないじゃん」
「むしろ握られてたよな……」
「それはお前らもだろーが」
しみじみとした空気が幼馴染の彼らを包み込む。
「なんかものすごく失礼なんだけど?」
「そうだぞ。アリスなら立派にロッシファミリーを継いでくれる!」
「えっ、嫁として盛り立てるならまだわかるけど、継ぐってなに?二代目?絶対に嫌だ」
まさかの後継者指名にアリスは速攻で断りを入れる。
「ほら親父、アリスもそういってるし」
「チッ、意気地がねぇなぁ。こんないい女を放っておくなんてお前はどうかしているぞ」
いい女と言われたアリスの頬が思わず緩む。
めったに言われない誉め言葉に舞い上がっているアリスをよそに、ルイージが口をはさんだ。
「親父だっておばさんに告白できずじまいだって聞いてるぜ」
思わぬ反撃にロッシが渋面になる。
「あのおじさんに負けたんだろ?そっちの方がよっぽと意気地がねぇと思うけどな」
「馬鹿野郎!あの男をなめるな!」
ロッシが怒鳴り、その横でアーロンが遠い目をしながら頷いている。
「いいか、天国のお花畑を見に行かされた翌日だぞ!そこまでぼこった相手に愛の告白ができるヤツがこの世にいるか?」
くっ、と喉の奥を鳴らしてロッシは拳を握り締めて床を見た。
「両足を折られ、左腕はひび、右手首骨折、肋骨が肺に刺さった状態でベッドから抜け出し、惚れた女に愛の告白なんて……そんなことができるヤツ、俺は他に知らねぇ」
というか普通はいない。
想像するとかなり壮絶な愛の告白の現場だ。
ロマンというよりホラーだろう。
ぽやや~んとして普段は空気のお人好しの父からは想像できない。
「あれ以上の愛の告白なんて、俺には無理だ……」
普通は無理だ、どう考えても無理だ。
アリスは聞きたくもなかった両親のなれそめに嘆息した。
その状態で告白する父も怖いが、ほだされて結婚しちゃう母もいろんな意味で怖い。
「根性は父親譲り、暴力は母親譲り。ロッシを継ぐにこれほどふさわしい女はいねぇぞ」
「えっ、そこなの?暴力なの?ていうか私、暴力なんて振るわないし」
何を言っているんだこいつは、という視線を一心に浴びたアリスはうろたえる。
もしステータス画面が見られるとしたら、アリスのスキルは暴力だ。
格闘でも徒手拳でもなく、暴力。
喧嘩で鍛え上げたえげつない技も、格上だろうが突撃して思うままに暴れまくる戦闘スタイルはまさに暴力という言葉がふさわしい。
なにか可哀そうな物を見るような目をされたアリスの頬がひきつったその時、表の方で騒ぎが起きた。
誤字脱字の訂正をしました。