六日目には殴り込み 2
「食です。簡単に言えば、出店を出してお客様に人気投票をしてもらうという単純なもの。そしてお題はもちろん甘いモノ」
「随分と偏ったものだが、それだと甘いものを扱っていない店から文句が出るのでは?」
「それは問題ありません。出店する条件は一つ、甘いモノが必ずメニューに入っていることです。たとえば辛いモノ専門の店なら、小さな子供でも食べられる辛いけど甘いモノをメニューに加えることで条件はクリアされます」
渋い顔をしている者たちもまだ数人いる。
彼らは甘党ではないのだろうと思いつつアリスは口を開いた。
「出店場所は今年はくじびきで、次からは人気投票の順に場所を決めていくという方針でいけば場所争いは避けられると思います。ただし、食の屋台は広場限定。それ以外の店については自由にしていいと思います」
アリスは大まかな概要を説明し、商人たちの食いつきを見ながら話を進める。
「収穫祭、新年が終わると春までの売り上げが伸び悩みますよね?それってみんな寒いから外に出ないのが原因の一つだと思います」
その通りなのでみんな頷く。
「寒くても行ってみようかと思えるようなイベント、それも冬ともなれば食べるくらいしか楽しみはありません。ターゲットは老若男女子供を問わず!」
「なぜ甘いモノなのかの説明がないな?」
「まず甘いモノに限定したのは女子供の気を引くためです。奥様や子供、彼女が甘いものが食べたいとだだ……ねだられたら断れますか?」
駄々をこねたら、と言いそうになって慌てて言い換える。
「そうすると旦那様や彼氏はお供するしかないですよね」
何人かの商人はちょっと遠い目をしながら頷いている。
恐妻家なのだろうか。
「しかし辛党だっているだろう?」
「はい。甘いモノだけならちょっと二の足を踏む辛党の方々も、辛い物を扱った店が出店しているとなればどうでしょう」
彼らはアリスの出した条件を思い出す。
甘いモノが一品でもメニューに入っていれば出店可能。
ぶっちゃけ辛くても甘みが感じられれば条件はクリアなのだ。
買い手が何を選ぶかは買い手の自由で、甘いモノ以外の品があればそれを買ってもいい。
「なるほど……それなら……」
商人たちは金儲けに敏感だ。
アリスの企画が思ったよりものになりそうなものだっただけに心が揺れ動く。
食以外の店も、とにかく人が出れば、それもお祭りならば財布のひもも緩む。
「まだ構想の段階で実行までの道のりは遠いのですが、とりあえず根回ししやすいように色々な方と顔をつなぐ努力をしている最中です」
「構想段階なのかね?」
そのわりには随分と具体的だと誰もが思った。
「ええ。もうちょっと細かいところを詰めてから皆様にお話しする予定でしたが、誤った噂が先行する前にと思いまして」
「いやいや、話してくれてよかったよ」
「そうだな。なかなか面白い案だ」
「ところで、城前広場で開催にこだわっているようだが、理由はあるのかね?」
同じような大きさの広場はあと二つある。
「お城で働く身分の高い方々にも興味を持っていただけるようにです。賑わいにひかれて仕事の合間に顔を出してくださるかもしれません」
新たなる顧客の開拓。
それは商売人ならば誰もが考えることだ。
互いに探るような視線が飛び交うのを見ながら、アリスは心の中でにんまりとほくそ笑んでいた。
どうやら釣れたようだ。
「発案は私ですが……もし叶うのであれば主催はギルドの方でお願いしたいと考えています。個人的に始めたら規模がでかくなっちゃって、そこからギルドに泣きついても普通の人たちはわかりませんからね。ドット商会のイベントをギルドが乗っ取ったなんて事になっても大変ですし」
とりあえず大風呂敷を広げてみた。
まだ構想の段階なのに、あたかも大成功のイメージを植え付けるかの如く、しかもちょっとギルドに恩を売りつつという絶妙な塩梅の語り口調でアリスは話す。
「私などと違い、ギルドの方たちならば偉い人たちとお知り合いでしょうから、話もすんなり通りやすいですよね?」
無邪気さを装い、さりげなく追い打ちをかける。
見栄も手伝い、通らないとは口にできないギルドのお偉方にアリスはとどめをさす。
「冬の開催ですから食中毒の心配も少ないですし、社交シーズンの話題にもってこいかと」
いかに人の口に上るのか、口コミは大事な広報手段の一つだ。
地味な冬に華やかな催しは必ず人の口にのぼるはず。
「いずれは地方の方たちもこれを目当てに来てもらえるように盛り上げたいですね」
催しの規模が大きくなれば、近隣の商売人達も足を運んでくるはずだ。
そうなれば商売の幅が広がるチャンスが増える。
「なかなか壮大な計画ですなぁ。利益はどれほどを見込んでおられるのかな?」
「いえいえ、先ほど申し上げたように、まだ考えている最中であれこれと模索している状態。ですが甘党による甘党の祭典は私の夢!皆様方に説明したものは現時点では机上の空論、絵に描いたクッキー!」
そこでちょっとアリスは恥じらうように頬を染めた
もちろん演技だ。
コツは息を止めて力むこと。
「お恥ずかしいことに、まだ一歩しか進んでいないんです。まずお偉方と顔をつないで、構想をもっと細かく練ってからギルドに企画を持ち込んで主催してもらって……三年後辺りを目安に開催できればいいかなぁって……」
最後の方は今どきの女の子ふうのしゃべり方をしてからテヘっ、と笑ってみせた。
ギルド主催を強調し、自分だけが美味しい思いをするためではないのだと。
あくまでも甘党による甘党の祭典をやってみたいという乙女?の夢だという事を主張した。
乙女の夢というには具体的過ぎるのだが、経済効果を考えてしまった彼らにとってそんなものはどうでもよかった。
自分たちも一枚かんで美味しい思いができちゃうかも、という夢ではなく現実になりえそうだという事が重要だ。
「私、わんこお汁粉大会をそこで開催するのが目標なんです」
「わんこお汁粉?」
初めて聞く言葉に面々は首をかしげる。
「ドット商会で出しているお汁粉をですね、決められた時間内で、お椀で何杯食べられるかを競うという甘味派には夢のような祭典です」
「……えっ、でもお汁粉って熱いよね?熱いお汁粉の早食い競争は無理だよね」
父親が核心を突く。
「黙れ空気!うわぁ~ん、子供の夢を親がつぶす気かーっ!」
ぼそりとつぶやいた父親の言葉にアリスの夢はついえた。
白く燃え尽きそうなアリスの様子になぜか商会の面々が慌てだす。
甘党による冬の祭典というのはここで終わりにする話にしてはもったいなさすぎる。
「アリスちゃん、その甘党の祭典ってなんだか面白そうだよね」
「そうそう、実現できたらお客さんもたくさんきそうだよ」
「色々と見積もってみる価値はあると思うなぁ」
なんだかんだでアリスの意見は取り入れられたようだ。
貴族に取り入る理由がここで明確にされたいま、彼らはアリスが貴族に近づくのを不思議に思うことはなくなった。
彼らの反応を見てアリスは心の中でガッツポーズをとる。
わんこお汁粉の企画がつぶれたのは悲しいが、これでホノカや貴族と一緒にいてもおかしくはない状況になった。
「そうですね……。わかりました、わんこお汁粉の企画はダメでも甘党による甘党の祭典はまだつぶれたわけじゃないですもんねっ!」
両手を胸の前で組み、健気に夢に向かって立ち向かいますというようなポーズをとる。
「私、がんばります!みなさんも応援してくださいねっ!」
「もちろんだとも!」
「協力は惜しまないよ」
商会ギルドによるアリス劇場の幕はこうして閉じた。
昨日、更新、し忘れた……だと……。
だから今日は続けて投稿します。
待っててね。
誤字脱字の訂正をしました。