六日目には殴り込み 1
「えええっ、またアリス姉さんは別行動なんですか?」
「悪いわね」
朝からホノカの声が元気よく響く。
アリスの父親はそんな二人の後ろで空気となっていた。
「今日はジャックの魔法講義があるから絶対にアリス姉さんにいてほしかったのにーっ!」
「まあまあ。最近はクローディア様ともお話しできているみたいだし、大丈夫だって」
ホノカはじと目でアリスを見る。
「クローディアはジャックじゃないですよ」
「ジャック様も悪い人じゃないよ?」
いい人でもないようだが、そこはあえて言わない。
「いやだ~あの人、オタク気質が強いし」
「それなら話が合うじゃないの」
「私はオタクじゃなくて腐女子!あっちは研究オタク!これは絶対に譲れません」
「……」
きっぱりと言い切られ、アリスは言葉に詰まった。
口喧嘩に負けるアリスの姿に母親はクスリと笑う。
「だいたい付き添うって約束だったのに、けっこうすっぽかしてくれちゃってますよね?」
「ああ、うん、そうだよね。ごめんなさい」
アリスは素直に謝った。
クローディアとの仲が目に見えて良くなってきたので、これ幸いにと付き添わなくなっているのは事実だ。
「でも今日は許して」
「理由を聞かせてくださいっ!」
「商会ギルドに乗り込むから午前中はどうしても無理なの」
「そうですか、乗り込む……って、乗り込んで何するんですかっ?」
アリスの言葉を理解したホノカはあたふたとし始めた。
「けけけ喧嘩はダメですよ!」
「いやぁ、さすがにそこまではしないから。ギルドを敵に回してもいい事ないし」
「ちっとも安心できない理由ですよね、それ」
ホノカの主張に大丈夫だといわんばかりにアリスは微笑む。
「このまま噂を放置すると商売上、まずいと思って。父さんもうざいし」
「絶対に後のほうが理由ですよね?」
アリスの本音は父親を黙らせたいのだとホノカが指摘すると、アリスは営業用スマイルを浮かべた。
「なんの事かしら?」
「すごい嘘くさい笑顔にびっくりです。今、スマイル無料の神髄を見たような気がする」
「誉め言葉をありがとう。まぁ本音を言えば、変に探られてホノカちゃんのことを調べられると面倒だってのもある」
それだけでホノカはアリスが何を言いたのかわかってしまった。
アリスがどの貴族と懇意にしているのかを調べだしたら、芋づる式にそばにいるホノカは一体誰だという話になる。
ドット家の居候にして城で優遇されている正体不明の女。
興味を引くには十分すぎる。
「さっさとホノカちゃんの素性をでっちあげてくれればいいんだけどね」
「少しでも自分が有利になるようにって思惑が入り乱れて、難航しているみたいですよ。フェルナンが愚痴ってクローディアに怒られていました」
お互いのために何とかしてほしいものだ。
情報は商人にとって金儲けにつながる大事な分野だ。
それに隠そうとすればするほど暴きたくなるのが人情というもの。
「貴族だけじゃなくて商人も絡むとさらに面倒だから、ちょっと彼らの気をそらしてくる」
にっと笑うアリスにの姿にホノカは感動したように両手を胸の前で組み合わせた。
「アリス姉さんっ、素敵です!男前です!」
生半可ではない美少女の尊敬するまなざしに若干引きながらアリスは最近の口癖を口にする。
「いや、ただのモブだからね」
「ええ~。何度も言いますけど、アリス姉さんは絶対にただのモブじゃないですよ。モブの中のモブ、キングオブモブ!……あれ、なんか違うな……」
なんだそりゃ、と突っ込みたいのをぐっとこらえた。
主要キャラになって逆ハーレムエンドなんてまっぴらごめんだ。
あれは他人事で楽しむからいいのであって、現実だったら周囲を敵にまわす勘違い女になってしまう。
誰かと恋愛ルートに入るとかも考えたくない。
彼らの人気を侮ってはいけないのだ。
主役がどんな目にあうのかは、前世の記憶が教えてくれる。
ぶるっと体を震わせると、アリスは気を取り直してホノカを見た。
「午後は絶対に顔を出すから。ジャック様の授業は午後でしょ?」
「そうですけど……絶対ですよ、いいですね?」
「はいはい、約束を破ったら一週間は仕事しないで付き添うから今日のところは勘弁して」
「アリス姉さん……本気ですね。わかりました」
三度の飯より商売繁盛!
そんな仕事人間アリスが仕事を休むという約束をするくらいなのだから、信じてもいいだろう。
納得したホノカをのせた馬車を見送ったアリスは背後でずっとしょぼんとしている父親を振り返った。
「さぁ、お父さん!張り切って行こうっ!」
空気な父親の腕をつかむと、アリスは元気よく歩き出した。
ざわざわとした会議室の中で、父親は肩身が狭そうにちょこんと座っていた。
その隣でアリスは背筋を伸ばし、堂々と座っている。
「では、定例会を始めます」
議長の戸惑いを含んだ声に室内は静まり返った。
「え~、まずはドット商会のお嬢さんがなぜここにいるのかを聞いてもいいですかな?」
アリスはお行儀よく立ち上がり、軽く頭を下げた。
「みなさま、おはようございます。本日は噂の訂正に参りました」
「訂正とは?」
「私が誰それと付き合っているという噂ですわ」
アリスはちらりと隣に座っている父親に目を向けた。
「くだらない噂に振り回されている父に困っておりますの」
失笑がわいた。
娘大好きな彼のことはよく知っているからだ。
それと同時になぜ彼女がここにいるのか誰もが納得した。
「おや、違うのかい?アリスちゃんもそろそろ結婚してもおかしくないだろう?」
ごく親しい商人のからかい交じりの問いかけにアリスは口の端をちょっとあげて笑った。
「恋愛よりも商売ですわ」
うん、そうだよね。
全員の心の声がそろっていた。
ドット商会が立ち上がってこの方、ドット商会の成長はアリスの成長でもある。
ここにいる全員が子供のころからのアリスを知っていた。
何しろ12歳でドット商会を立ち上げ、次々と新商品を開発して売り上げを伸ばして商会を大きくしてきたのだから、今では若手のトップでもありライバルでもある。
「実は私、城にツテを作っている最中なのです」
商売人ならば当たり前の行動だ。
「城に足しげく通うには営業はもちろんですが、別に理由があるのです」
アリスはにんまりと笑った。
いかにも何か企んでいますと言わんばかりの笑みだ。
「それは何かね?」
待ってましたとばかりにアリスは身を乗り出した。
「私、甘党の甘党による甘党の祭典を城前広場で開催したいのです!」
アリスの迫力に、思わずおお~と声が上がる。
「開催時期は真冬から春にかけて。規模はいずれ収穫祭なみにしたいと考えております」
「これはまた随分と大風呂敷だな」
「具体的にはどういった祭りなのだ?」
興味を持ったのか、それともアリスのやることなのだから金になると思っているのか、商人たちの表情が胡散臭いモノへと変わっていく。
お客さんを目の前にした時とは違う、商売人どうしでやりあう時の顔だ。
考えを読ませないために笑みを浮かべ、目じりを下げているが視線は油断なく相手の動きを観察する。
いかに彼らの興味を引き、金儲けセンサーを刺激するか。
日本という国で嫌というほど食の祭典で食べ歩きをしてきたアリスの腕の見せ所だ。
秘かに気合を入れなおした。