五日目には噂が 4
「ものすごい既視感……」
町娘に囲まれたアリスはちょっとお空を見上げてしまった。
支店の視察を終えた後、ちょっと大聖堂を見ながら帰ろうかと思ったのが運のつき。
「この女よっ!」
大聖堂の目の前の広場を突っ切って帰ろうとしていたら、いきなり知らない女の子に指をさされて足が思わず止まってしまった。
すかさず別の手が後ろから伸びてきてアリスの腕をぐいっとつかんで歩き出す。
「えっ?」
「いいからこっちに来なさいよっ!」
気が付くと前後左右に女の子が歩いていた。
はたから見ると仲の良い女の子達が散歩をしているように見えるだろう。
成り行きを見守ろうと思って大人しくしていると、くみしやすいと思われたのか女の子達から根拠のない勝利オーラが漂ってくる。
見たところ、年下から年上までそろっている。
彼女たちは人気のない路地にやってくると、アリスを壁の方に突き飛ばしてから逃げ出せないように取り囲んだ。
「あんた、いったいどういうつもりなのよ」
「……ごめんなさい、意味がわからないので質問は具体的にお願いします」
こてんと首をかしげながら真っ先に口を開いた人物に目を向ける。
「わからないの?本当に?」
「事業展開の事をお聞きならば、商会ギルドのほうにお問い合わせください。報告はきちんとしているので問題はないはずです」
絶対に違うだろうと思いつつ口にしてみると、やはり女の子達の怒りに油を注いだようだ。
「そんなことは聞いていないわよっ!」
「ではどんな事をお聞きなのでしょうか」
なんだかアリスは笑いたくなったが、ぐっとこらえた。
子供のころはやんちゃな下町のガキどもを腕力で従えていた生粋のガキ大将である。
そんな黒歴史の前では彼女たちなど子猫の群れでしかない。
「われらが癒しの君の事よ」
(癒しの黄身?高級な卵の名前かしら……じゃなくて、人だよね)
「…………誰?」
ちょっと考えてみたが本当にわからない。
「オルベルト・カルティオ様の事よ」
反応の鈍いアリスに焦れたのか、誰かが声を上げた。
のほほんとした雰囲気を持つ赤銅の髪を持った細マッチョの姿を思い出し、ああ、と手を打ちながら頷いた。
「みなさまとカルティオ様との関係は?」
「私たちは癒しの君を守り隊のメンバーよ」
真面目な顔で重々しく告げられた。
ほかの子達も神妙な面持ちでうなずいている姿を見てアリスは若干、引いた。
「ええっと…………」
ネーミングセンスに突っ込むべきか、聖騎士という職業の人間をどう守るのか突っ込むべきか悩む。
「最近、貴女の家に癒しの君が泊まったという情報をつかんだわ」
お前らどこの情報屋だ、と心の中で突っ込みを入れたが女性のネットワークはあなどれない。
「どういう関係なの?ま、まさか……恋人?」
「家族公認で泊まりという事は、まさか婚約?」
憶測で盛り上がる彼女たちに白けた眼差しを一瞬向けたが、敵を作るのは得策ではないと思い直して営業スマイルを浮かべた。
今日はいつもより多めに営業スマイルを浮かべております。
「ああ、皆さまご安心ください。この度、我がドット商会は聖騎士団と新規のお付き合いをするに至り、カルティオ様が窓口となりました」
アリスは気合を入れてほほ笑んだ。
「皆さま、甘味をご存知ですか?」
今日もアリス的には何事もなく無事に家にたどり着いた。
と思ったら玄関を開けた途端に厄介ごとに出くわした。
「アリス~っ!」
ただいまを言う間もなく半泣きの父に抱きしめられた。
頭の上でぐずぐずと泣いているが離す気配はまるでない。
鼻水と涙が頭にかからなければいいと心配しているアリス。
「今生の別れみたいな空気ですね」
「いちいちあの人は大げさなのよね」
父親の向こうでホノカと母親の会話が聞こえた。
とりあえず手で助けろとジェスチャーをしてみたが、二人は関わるつもりがないらしい。
「父さん、何があったの?」
「嫁に行かないでくれーっ!」
絶叫する父親の腹にアリスは無言でこぶしをねじりこんだ。
腹を押さえながら父親が両膝を床につける。
「あらあら」
「えっ、そんな反応なんですかっ」
ころころと笑う母親とそんな母親に引き気味なホノカをよそに、アリスは仁王立ちだ。
「はぁ?どの口でそれを言います?ついこの前なんか朝食の席で嫁に行けとか泣きわめいていたじゃないっ!」
「だだだだって~」
さめざめと泣き始めた父親から笑っている母親に目を向ける。
「コレ、どういう事なの?」
父親を指さしながらアリスが聞いた。
「今日、商会ギルドで会議があったのよ」
「ああ、そういう季節なのね」
一年に四回、一週間ほど商会ギルドで定例会が行われる。
話し合う内容は様々だが、経済に関することが中心だ。
「そこでね、貴女の話がうわさ話として持ち上がったのよ」
「また何かやらかしたって?」
母親はくすくす笑いながら頷いた。
「ドット商会の娘が最近、貴族と付き合い始めたらしいって」
何とも言えない顔でアリスはホノカの方を見た。
「わ、私はちゃんとおじ様にアリス姉さんは男性に興味がないって言いましたよ!」
「ウン、アリガトー」
棒読みで感謝する。
ここで興味がないわけじゃないとか男が好きだと言えば別の誤解を受けることは目に見えているので黙ることにした。
「お父さん、私、ホノカちゃんの付き添いのついでに新規顧客の獲得もがんばるって言ったよね?」
営業スマイルを浮かべるも、こめかみに力が入るのはどうしようもない。
「うっ……」
アリスの迫力に押されたのか、父親がちょっと青い顔で膝をついたまま器用に後退る。
「貴族様や騎士様に一生懸命愛想を振りまいて顔をつないでお菓子の試食をしてもらって買ってもらってと頑張って営業している娘にねぎらいの言葉もなくあげくに嫁に行くなだと?」
息つぎもせずに一気にまくしたてると、父親がひっと、小さく悲鳴を上げた。
「おじさん、大丈夫ですか?なんか今にも倒れそうですけど」
「これくらい大丈夫よ~。なんだかんだ言ったって打たれ強い人だから」
そういう問題だろうか。
「娘が好きすぎて困るわ~、というか引くわ~。さ、ホノカちゃん、晩御飯の準備でもしましょ」
「……やっぱりアリス姉さんのお母さんなんですね」
ストーカーを叩きのめした女傑は一味違う。
いつのまにか正座をしている父親を説教しているアリスをよそに、母親はホノカを連れて厨房へ向かった。
誤字脱字の訂正をしました。