五日目には噂が 3
今日は厄日だ。
城に上がって早々、アリスは女性の文官たちに取り囲まれていた。
彼女たちのケープはそれぞれ色が違うしブローチも違う。
まさかとは思うが、各部署の代表が集まっているのだろうか。
目の前の五人の女性たちの言葉を神妙な顔で待ちながらそんなことを考えていた。
「最近、アストゥル様と懇意になさっている女性とはあなたですか?」
「はい」
面倒なのでアリスは力強く肯定した。
女性の嫉妬は色々と面倒だし、ここでアリスじゃなくホノカに嫉妬が向けられては大変だ。
「我がドット商会の甘味に興味をもたれ、色々と試食や購入をしていただいております」
嘘ではないが本当でもない。
とにかくアリスは商売上、懇意にさせてもらっているのだという事を主張した。
色恋沙汰の面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だし、これをチャンスととらえて甘味の普及に励もうと意識を切り替える。
深々と頭を下げて顔をあげたアリスはもう営業マンになっていた。
「アストゥル様は新しい味、甘味シリーズに大変興味を持っていただいておりますが、お嬢様がたは甘味をご存知でしょうか?」
「も、もちろん知っているわよっ」
アリスの勢いに乗せられた一人が答えると、アリスは営業スマイルを浮かべた。
「ありがとうございますっ!さすが市井の動向に敏感なお城の方々は違いますね!」
文字通りもみ手をしながら持ち上げておいてアリスは商品の説明に入った。
「我がドット商会の甘味シリーズは種類が豊富なので、少しずつアストゥル様に献上し、精査していただいております。目新しい甘味が諸外国の方々に喜んでいただけるかは我がドット商会としても気になるところ」
あくまでも商売で近づいているだけで、ほかに意味はないのだという事を印象付けるため、ことさら商会の部分を強調しておいた。
「お嬢様達はどんな甘味を食したことがありますか?お気に召したものがあれば、アストゥル様にもお勧めしたいところなのですが……」
とたんに彼女たちの目が猛禽類もびっくりなくらい鋭いモノへと変わった。
さすがのアリスもビビり、こらえきれずにうっかり足が半歩下がる。
「そ、そうそう、舌の肥えたお嬢様達の間ではどんな甘味が流行っています?差し支えなければアストゥル様にお嬢様達のおススメをぜひご紹介してみたいのですが」
アストゥル様の大安売りに文官のお嬢さん方は食いついた。
グレイ小隊長に続いてフェルナン・アストゥルもまた女性に人気だ。
これをうまく利用すれば彼らのファンを取り込める。
滑らかに滑る舌をリズムに頭の中のソロバンはいい音をたてていた。
ホノカたちが待つ部屋に向かうと、遅いとクローディアに怒られた。
しかし客の開拓が見込めて万々歳のアリスにはその怒りもそよ風のようだ。
がっつり怒られているのに時折口角が持ち上がっている事に第三者たちは気が付いた。
「……アリス姉さん、なんかすごいよね」
「なんと申しましょうか……お嬢様が少し気の毒になります」
ホノカとリリィは二人の様子を見ながらひそひそ話をしていた。
「私だったらあんな風ににらまれて怒られたら怖くて泣く……」
「それは普通の反応だと思います」
神妙な顔でクローディアの怒りを受け止めているが、反省している様子は全くないところがすごい。
さすがのクローディアも疲れたのか、扇をパチンと閉じるとため息をついた。
「もういいですわ……」
将来の王妃様の怒りを受け流す商人アリス。
「アリス姉さんって神経が太いというか、怖いもの知らずというか、味方だと頼もしいよね」
「そうですね……。お嬢様もアリス様のような方は初めてなので、どう接してよいのか戸惑っておいでです」
「そこ、人の悪口はこそこそ言わない!」
アリスが指さしながらびしっと言い放った。
「ええぇっ、悪口はそもそもこそこそするものでしょう?堂々といったら悪口じゃないですよ、喧嘩売ってますよね」
ホノカの答えにアリスはいい笑顔を浮かべた。
「堂々と買えるじゃない」
喧嘩を買うことが前提なのかとホノカとリリィは戦慄した。
「誰であろうと、売られた喧嘩は高く買ってさしあげるのが私の矜持!」
「ただの喧嘩狂いではなくて?」
そんな事を堂々と言われても困るだけである。
クローディアの呆れた視線にも堂々としているアリスにホノカとリリィはある意味尊敬のまなざしをよこすのだった。
「ところでクローディア様、ホノカちゃんの表の立場はどうなりましたか?」
「フェルナン様が宰相達と相談中ですわ」
「来る途中で女性の文官さん達にさぐりを入れられました」
「どういうことですの?」
「あの人達はフェル様狙いでしたので、適当にあしらっておきました。そのうちホノカちゃんのことも聞かれると思うので、フェル様には急いでもらわないと」
クローディアは深くため息をついた。
「今のところ、聖女であることは秘されています。貴女の言った通り、違う意味でいろいろな思惑が広がりつつあることは確かですね」
「私の方は何とでも言いつくろえますけど、ホノカちゃんの方は念入りに設定を作らないといけないから大変ですよね」
「侍女の中でもホノカに直接、素性の探りを入れている者もいます。油断はできませんわ。そういう意味では、アリスの世話になるのはタイミングがよかったとも言えますが」
「クローディア様はどういった方向になるのか聞いていますか?」
「さっぱりわかりませんわ。ですが、どうなってもいいように覚悟だけは決めてあります」
真摯な瞳をホノカに向けながらクローディアはきっぱりと告げた。
聖女のためなら泥をかぶっても構わないという覚悟だ。
それが伝わったのか、ホノカの背筋が自然と伸びたが、顔はうつむいてしまった。
「……みんな、すごくて……私だけが全然だめで……落ち込みそうです、アリス姉さん」
「何がどうダメなのか具体的にどうぞ?」
「いまだに礼儀作法は上達しないし、勉強もちっともはかどらないし、魔術もダメ出し食らうし……」
「ジャック様は容赦なさそうですよね。というか、あんな天才に教師が務まるのですか?」
歯に衣を着せないアリスの意見にクローディアが言葉に詰まった。
アリスの目がすっと細くなる。
「そもそも天才って、凡才の苦労がわからないから天才っていうんですよね。だとしたらホノカちゃんのできない気持ちも全然わからないんじゃないんですか?」
「そうなんですっ、さすがアリス姉さん!あの人、なんでわかんないんだって不思議そうな顔するんですよ~。それがまた地味にメンタルを削っていくんです……」
ホノカが頭を抱えて愚痴りだした。
いかにジャックの教え方が下手なのかを力説する。
こうなるとクローディアもお手上げなのか、扇を広げて嘆息していた。
「わかったわかった、今度の授業は絶対に一緒に受けるから」
「約束ですよっ、絶対にですよっ!」
「う、うん。約束ね」
「アリス。大聖堂の神官とは顔を合わせたことは?」
一先ず落ち着いたとみてクローディアが話に割って入ってきた。
「遠くから見たことはありますがそれだけです。小さい教会の方なら顔見知りの神官もちらほらいますけど、さすがに大聖堂はいないですね」
孤児院の関係で教会にはよく顔を出す。
そのついでに祈ったりお布施も出す。
この世界の神様の在り方は多神教で、創造神を筆頭に色々な神様がいて色々な神様を祭っている教会が各地に点在している。
中には破壊神などという物騒な神様もいるが、破壊がなければ創造もないという考えのもとに解体屋や自分を変えたい人などに人気がある。
アリスはやはり商売の神様が好きだ。
「我が国の教会はただの教会ではありません。それは学校でも習いましたね?」
「魔王の体をバラバラにして各地の教会に封印したと教わっています」
教会と呼ばれるすべての場所にバラバラになった魔王の欠片を封印している。
魔王復活を目指す輩は教会に封印された魔王の欠片を取り戻すために襲ってくるので、教会を守るために聖騎士団が結成されたのだ。
「大聖堂の大神官が聖女の身柄を欲しています。貴女に接触があるかもしれませんから、気をつけなさい」
「何かあるのでしょうか?」
「神の名の元だったら何をやっても許されると勘違いしている馬鹿はどこにでもいるという事ですわ」
「ああ……納得です。クローディア様ってけっこう辛辣なのですね……」
「私は宗教を肯定しております。だからこそ己の欲から目をそらすために神の名を使う事を許しません」
おそらく今までも教会からの横やりが何かとあったのだろう。
クローディアの隠そうとしない憤りがひしひしと伝わってくる。
「フェルナン様は手を出してくれるのを待っているようですが……だからといってあなた方が危険な目にあってよいというわけではありませんからね」
政治の世界も色々と大変そうだ。
聖女を守るという点では一致しているが、どう守るかという点はバラバラのようだ。
「フェルナンは、神官の誰かがトチ狂って手出ししてくれたら教会の掃除ができるのにって言ってた」
ホノカの告げ口によってフェルナンの目論見があっさりとバラされる。
「なんていうか、忙しいフェル様には同情の余地はありませんね」
聖女を囮に使おうだなんて不遜な考えを持つ輩は仕事に忙殺されても文句は言えまい。
「まったくですわ。この際だからと色々と画策しているようですけれど、私たちには関係のない事です。巻き込もうなどと、あの方はホノカ様を何だと思ってらっしゃるのかしら」
「……当事者のホノカちゃんはなんでそう達観しているの?」
「イベントだから避けようがないというか……」
アリスは深くため息をついた。
「後でほかのイベントについても教えて頂戴」
事前に知っていれば、色々と対抗手段を用意できる。
「さぁ、休憩はおしまいです。勉強の続きを始めますわよ」
クローディアのセリフにホノカはがっくりと肩を落とした。
誤字脱字の訂正をしました。