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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第一章 出会い
3/202

長い一日 2

「しかもこの世界、私がゲームをしていた『乙女の祈り、聖女は使命を選ぶか愛を選ぶか』にそっくりというかそのものなんですっ!」


 思い切りベタな名前のゲームは、やる前からタイトルで内容がわかってしまう。

 しかしアリスはそのタイトル名を聞いて衝撃を受けた。

 アハ体験というやつである。


「そういうことだったのねっ!」


 今度はホノカのほうがきょとんとしてアリスを見た。


「今ので全部、合点がいったわ」


 アリスはふうっ、と自分を落ち着かせるように息を吐いた。


「私の前世、どうやら日本人だったみたいなの」

「え?じゃあアリスさんは本当にこの世界の人なんですか?いわゆる転生ってやつですよね」

「そうね、そういうことよ。なんか色々と腑に落ちたわ、ありがとう!」


 異なる世界の記憶を持っていたから、この世界に違和感を覚えていたのだ。

 たんに前世の記憶を持っていただけで自分がおかしくなったわけではないのだとわかり、気持ちがすっきりとした。


「お代はいいわ。長年の悩みが解決したから、お礼に城まで送ってあげる」

「いやぁぁぁぁっ、それは勘弁してくださいっ!下働きでも何でもしますから、かくまってくださいぃぃぃぃぃっ!」


 ズザザザザ、とホノカは見事なスライディング土下座を披露してくれた。


「……なんていうか、いちいち漫画チックだよね」

「自分、腐女子ですからっ!」

「誇るトコじゃないからね、それ」

「それにこちとら必死なんです!いいですかアリスさん、自分が異世界に聖女として召喚されたらどう思います?」

「……ゲームならいいけど、リアルだとちょっとねぇ」

「でしょう!」


 ホノカはわが意を得たりとばかりに頷いて見せる。


「端折られているあんなことやこんなこと……こんなに聖女が大変だなんて思わなかったんです。しかもっ、リアル美形に囲まれて迷惑この上ない!」

「腐女子なら、美形に囲まれるのは嬉しいのでは?」

「いいですかアリスさん!」


 据わった目で見つめられたアリスは、なんだか酔っ払いに絡まれているような心境だった。


「二次元であれこれ妄想するからいいんです!リアルで想像って、単なる変態じゃないですか」

「……二次元だろうと三次元だろうと妄想することは一緒じゃないの?」

「全然違います。二次元は自分とは関わりのない世界だからいいんです。完全な他人事だからいいんです。自分の知り合いだったらリアルすぎて妄想することすら恥ずかしいじゃないですか」


 納得しつつもなぜこんな不毛な議論をしているのだろうかとアリスはため息をつかずにはいられない。


「逆ハーレム、うふふっ!てゲームなら浸れますけど現実はそうじゃないですよね。人から見たらただの八方美人なふしだらな女ですよ。しかも美人ならともかく、美形に囲まれたら自分の不細工さ加減を思い知らされるだけなんです!」

「穂香ちゃんはどっちかっていうと可愛い系だと思うよ。不細工じゃないよ」


 その言葉にホノカは形のよい眉をひそめた。


「……言いたくはないですが、本来の私はここまで可愛くはありませんでした。普通に、中の中です。化粧でごまかしても中の上、特殊メイクで上の下です!」

「そんな卑屈にならなくても、十分に上の部類に入るけど」

「それ、いわゆる世界によるゲーム補正ってやつです」

「なにそれ」

「召喚された人が不細工だったらゲームにならないでしょう」

「わからなくないけど、現実にここで生きてきた人間にしたら眉唾物なんだけど」


 ホノカは大きくため息をついた。


「まず視力。私、ビン底眼鏡だったんです。スタイルもデブまではいかないけどぽっちゃりで、うつむくと二重顎になるし、どんくさいし……一重だったし。平安時代だったらきっと超美人なんでしょうけどね」


 卵型のすっきりとした面差し、日本人にしては少し高い鼻、二重の大きな目にくびれのあるボンキュッボンなスタイル。

 ホノカの語る人物像とはまるで違う。

 今のホノカは、外国人の血が混じっているが日本人だとわかるような容貌だった。


「仮に私がスーパーモデルみたいな容姿に変わっていたとしても、中身は西城穂香のままなんです」


 苦しそうにアリスを見た。


「鏡を見るたびに別人を見ているようで落ち着かないし……周りに綺麗だとか可愛いとか言われても気持ち悪いだけだし……」

「ああ、それはちょっとわかる。前世の夢とかみた後で鏡を見ると、一瞬誰だかわからないのよね」


 一番記憶にあるのは白髪のどこにでもいるような老婆だ。

 美人とかかわいいという意味じゃなく、いい顔をしていた。

 満たされた幸せな生活を送っているのだろうと思える、そんな顔だ。


「アリス姉さんはそのう、前世の事をどこまで覚えているんですか?」

「生活習慣とか世界観とか、学校で習ったことは覚えているけど人の名前とかはさっぱり。家族構成は覚えていても顔とか覚えてないし」

「そうだったんですね。それじゃあ随分と混乱したでしょう」

「ありがとう。わかってくれる人がいるって、やっぱりいいわね」


 こくこくとホノカがうなずく。

 わかってくれる人がいる。

 これがどんなに心強いものなのか、初めて知った。

 それだけで自分が正常で普通なのだと信じられる。


「ゲーム補正で綺麗になって、外から見れば混じっても違和感ないって言われても、煌びやかな集団に囲まれて、一般庶民だと思い知らされたあげくのいたたまれない感じ、わかります?」


 ホノカは拳を握って力説を始めた。


「人気アイドルグループに囲まれた一般人と同じ心境です!最初はきゃーっ、かっこいーっってなりますけど、時間とともにこの人たちと同じ舞台に立つという現実に打ちのめされるのです!」


 確かにそれは嫌だ。

 素直にアリスは納得した。


「それは確かに嫌だよね」

「よりによってヒロインだなんて……誰とも恋に落ちたくない」

「えっ、でも誰と恋に落ちても左うちわで将来安泰じゃない」

「マハラジャや王子と恋に落ちるなんて妄想したら楽しいですけど、現実だったら己の身の程知らずさかげんに引きこもりたくなるはずです。ダンスにマナーに社交術、失敗したら個人じゃなくて国の失態、背負うものが大きすぎて想像したくないっ」


 情熱的に語るホノカを見ながら、とりあえずものすごくストレスを抱えているということだけはよくわかった。


「この質素な部屋、素朴な味、落ち着きます」

「なんていうか、苦労しているのね……」

「毎日がごちそうで、B級グルメな生活が恋しいです。部屋もセレブのホテルみたいで落ち着かないし」


 どうしてホノカが逃げ出してきたのか、わかってきたアリスだった。

 今までの自分の生活とはあまりにもかけ離れた生活でストレスもたまり、ホームシックになったのだろう。


「それ、ちゃんと言ったの?」

「え?」

「お城の人たちにちゃんと言ったの?」


 ホノカのテンションが徐々に低くなっていく。

 まったく伝わらなかった言葉の数々、言えば言うほどに呆れたような冷ややかなまなざしに囲まれていく恐怖。


「……言ったのですが、ダメでした。逆に、これだけしているのに何が不満なのだと……わがままだと言われてしまって……」


 王族クラスの最高級のおもてなしをしている城側と意見があわないのは当然だ。

 城で生活しているような人たちに平民の生活が理解できるわけがない。

 ホノカが望むのは王族ではなく平民クラスのおもてなしなのだから。


「しかも元の世界に帰れないなんて、これってなんの罰ゲームなんでしょうか……」


 ホノカのつぶやきに、アリスの目が大きく見開かれた。


「はぁ?なんですって?帰れない?」

「はい……。召喚はできても、戻せないって……」


 ゲームなら許せるが、現実でそれはあまりにも無慈悲だ。

 ホノカからすれば時空を超えた人さらいにあったも同然。

 今までの生活をいきなり取り上げられ、違う生活を押し付けられたホノカの心情を思うと胸が痛む。


「ここで転生者と会えたのも神のお導きですっ!お願いします、助けてください」


 うるうるさせてこちらを見上げるホノカを見て、うっ、とアリスは言葉に詰まった。

 基本、お人好しのアリスだ。

 そして転生者であるがゆえに、ホノカがこの世界で生きるのがどれだけ大変なのかもわかってしまう。

 自分が彼女の立場だと思うとゾッとした。


「……わかった」


 運命なんて気やすい言葉は使いたくないが、日本人としての記憶を持ち合わせていたのも何かの縁だろう。


「手を貸してあげてもいいけど、聖女としての使命を全うして世界を救うことだけは約束して。それが条件」


 そこは現地住民としては譲れない一線だ。

 時空を超えた人さらいの片棒を担ぐわけではないが、やはり住んでいた場所を魔物に滅ぼされたくはない。

 ホノカはほっとしたようにうなずいた。


「それはいいんです。これから私もこの世界で生きていかないといけないので。ただ、生活環境を何とかしてほしくて……」


 具体的なビジョンはないが、今の生活がいやだということははっきりしている。

 聖女としての仕事はやると言っているのだから、城側も文句は言えないはずだ。


「とりあえず数日、私と生活してみよう。それでどっちがいいか考えてみたらどう?」


 ホノカはがしっとアリスの足にしがみついた。


「ありがとうございます~っ」


 うれし涙で顔をぐしゃぐしゃにしているホノカを見ながら、アリスはしょうがないかと聖女様を受け入れることにした。


「まずは穂香ちゃん、居場所は報告しないとまずいから」

「私を売るんですか!」

「バレたら聖女様を拉致監禁罪で私が捕まる」


 うっ、とホノカが言葉に詰まった。

 アリスが今どういう状況なのかすぐに察することができるあたり、頭はいいのだろう。

 これなら話の持っていき方次第ではいい方向に転がるかもしれない。


「臨機応変に対応できる頭が柔軟な人って誰かいる?話を通しやすそうな人」

「フェルナン・アストゥル様。調整役みたいな人。ええっと、宰相の部下だったかな」

「わかったわ」


 腹をくくったアリスの行動は速い。

 従業員の一人に、バイトだから外に出ない仕事をさせるように言いつけるといったん家に帰った。

 城に行くのだからそれなりの恰好をしなければならない。

 一張羅とは言わないが、商家の娘らしい上質な服を身に着けると、城へ向かった。




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