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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第一章 出会い
29/202

五日目には噂が 2

 グレイと別れたアリスはいったん二階に上がり、観覧席から訓練風景を眺めながら歩いていた。

 時折、風に乗って怒号が聞こえる。


「……うん、声が鍛えられる理由が分かった気がするよ」


 このだだっ広い訓練場で散らばって訓練するのなら、隅々まで声が通る必要がある。

 野球場どころか国立競技場くらいあるのでオペラ歌手もびっくりだ。

 ところどころに設置してある見学席にはちらほらと人影が見える。

 年配者は家族を、若い女性は恋人でもみているのだろうか。

 その中に紛れている男の人は何が目的だろうか。


「……いかん、ホノカちゃんの影響で変な方向に思考がいっちゃう」


 男と男の恋愛に偏見はないが、以前よりすんなりそういう想像に傾くのは間違いなくホノカの影響だろう。

 優しい風が心地よくふき、空も薄い雲が太陽の熱を隠しているので絶好の訓練日和だ。

 のんきに訓練ができるということは平和でもあるということなので、アリスの足取りが軽くなる。


「ちょっとお待ちになって」


 冷ややかな声がのんびりとしていたアリスの思考をぶった切ってくれた。

 あからさまな敵意にアリスはびっくりするしかない。


(こういうのって、久しぶりだなぁ……)


 黒歴史の時代、違う地区の悪ガキグループによく絡まれたことを思い出す。


「そこのあなたよっ、聞こえているの?」


 さすがに訓練所で刃物沙汰はないだろうが、女性四人に囲まれるとなると穏やかではない。

 何しろ女性は言葉という武器を持っているのだから。


「はい、何でしょうか」


 彼女たちの着ているドレスは明らかに上質なもので、貴族が着る服だ。

 つまり、華美だが機能的でない。

 いざとなれば彼女たちの間をすり抜けてダッシュで走ればなんなく逃げられる。

 そう判断したアリスの心に余裕が生まれ、笑顔を浮かべて彼女たちを見まわした。


「グリマルディ小隊長とはどういう関係なのです?」

「は?」


 間抜けな声が思わず上がると、じろりと睨みつけられた。

 そこでアリスは彼が玉の輿を夢見る女性たちに狙われている最中だということを思い出した。


「小隊長殿というよりは、騎士団との関係になりますが、お客様です」

「お客?」


 アリスは営業スマイルを浮かべた。


「はい。私、ドット商会の者です。甘味をご存知ですか?」


 営業トークでぐいぐい攻めることにした。


「甘味とはわがドット商会が新しく開発した甘いお菓子の総称でございます。ただいま騎士団の方でお試し購入中なのですが、お嬢様がたは興味がございませんでしょうか」


 完璧な営業スマイルを浮かべながら、ここに現物がないのが残念だと思いつつ口を動かす。


「ちなみにグリマルディ小隊長殿が興味を示されたのはみたらし団子でございます」


 きらぁん、と女性たちの目が光ったような気がした。


「本当ですの?」

「はい。ほかのお菓子もこれからお試しになる予定ですが、現時点ではみたらし団子がお気に召したようですね」


 嘘は言っていない。


「まぁ……グリマルディ様はみたらし派なのですね」

「意外ですわ。ああいった甘いものはお嫌いかと思いました」


 後ろでそんな会話が交わされるのを聞きながら、アリスはさらに笑みを深める。


「まぁぁ、お嬢様がたはすでにみたらし団子をご存じなのですね!」


 大げさに手を打ちながら振り返る。


「我が店のお客様とはつゆ知らず、大変な失礼をいたしました。今後も甘味をよろしくお願いいたします」


 綺麗なお辞儀をして見せると、なぜかお嬢様がたはひるんだ。


「ちなみに後日また甘味をお持ちする予定ですが、おはぎ、塩せんべい、カッキーの種を差し入れる予定です」


 カッキーとは酸っぱい果物で種が細長い形をしているので名前をとったのだ。

 甘い、しょっぱい、辛いの三種類だがカッキーの種は主に酒飲みに評判がいい一品である。


「騎士団の味の傾向は何派が多いものなのか、ご存知ですか?」


 いきなり話を振られた女性はうろたえながら隣の女性に目で意見を求める。


「訓練の後はどのような物を召し上がっているかご存知なら、参考までに教えていただきたいのですが」


 アリスの積極的な姿勢に押されたのか、それとも騎士団の話題だからか、彼女たちは話題に乗ってきた。

 すでにアイドルの話で盛り上がる井戸端会議のおばちゃんたちのようである。

 彼女たちがアリスのペースに乗せられたことに気が付いたのは、ランス副隊長に声をかけられてからだった。


「そこで何をしているのです?」

「あっ……」


 何をしようとしていたのか思い出した女性たちの顔色が若干悪くなっていく。

 しかも攻撃しようとしていたアリスと仲良くおしゃべりしてしまい、困惑と後ろめたさに口を閉ざした。


「すいません、女子トークに盛り上がってしまいました。お嬢様方のお話が面白くてつい夢中になってしまって……うるさくして申し訳ありません」


 アリスが深々と頭を下げる。

 ランスロットは彼女の後ろにいる女性たちに涼しい視線をよこした。


「そうなのですか?」

「はい、騒いでしまい、申し訳ありません」


 彼女たちが次々と謝ると、ランスロットはにこやかな笑みを浮かべた。


「いいえ、咎めに来たのではありません。ただ観戦もせずに集まって話し込んでいる様子が気になったのでトラブルかと思ったのですが、どうやら杞憂だったようですね」

「はい、お嬢様たちには色々とお話を伺っていただけです。訓練の邪魔になってしまいましたか?」

「お嬢さんたちのにぎやかな声は団員のやる気をおこしますから、大丈夫ですよ」


 多少、きゃーきゃー騒がれたほうが若手のやる気が出てちょうどいい。

 特に、厳しい訓練の最中などは効果がてきめんだ。


「これからも皆を応援してくださいね。あなた方の声援が彼らのやる気を引き出しているのですよ」


 お前はアイドルのマネージャーか、と突っ込みたくなるようなセリフを口にするランスロット。

 慣れているのがちょっと物悲しくもある。

 明らかな営業スマイルに彼女たちの悲鳴にも似た歓声が上がる。

 ランス副隊長もなんで騎士団にいるのかわからない美形だ。

 彼女たちの目の色が変わり、アリスはちょっと怖くなった。


「では行きましょうか」


 ごく自然にエスコートされてアリスはその場を離れた。


「私が出る幕もなかったようですね」

「ああ、やはりそうだったんですね。絡まれたのは最初だけで、あとは普通におしゃべりで盛り上がりましたよ」


 アリスが笑いながら言うと、ランス副隊長はちょっと驚いたように目を見張った。


「そうなのですか。彼女たちは隊長狙いでしてね。少しでもグレイに近づく女性を排除したくて頑張っているのですよ。彼女たちは見目麗しいから、若い騎士のやる気を促すのにちょうどいいのですが……問題を起こすようなら、消えてもらわないと」


 柔らかな口調の中にさらりと紛れ込む物騒な単語にアリスの頬がひきつる。

 たんに出入り禁止にするだけの処分だろうに、消えるという単語の前にこの世からという単語が聞こえたような気がした。

 ここは騎士団で彼は副小隊長だ。

 兵士や傭兵に指示を出す立場でもある副小隊長が穏やかで優しいだけでは務まらない。


「貴女はとても社交的な性格のようですね。グレイ小隊長も貴女には珍しく気を許しているようにみえます」

「そうですか?光栄です」


 どこをどうしたら気を許しているように見えるのか、アリスには謎だ。

 彼とはお互いに仕事の話しかしていないし、弾んだというよりはただの言葉のやり取りしかしていない。

 プライベートなことを話したこともなければ、彼の好みの味も女性のタイプも何も知らない。

 首をひねるアリスにランスは微笑んだ。


「そもそもグレイ小隊長は女性と話すということ自体が嫌いですからね」

「……仕事上の絡みでしかたなく話していると思いますよ」


 さっきの女性たちとの方がよっぽど話が盛り上がった気がする。

 そしてアリスの頭の中のソロバンは、彼女たちに小隊長の食べた甘味をリークしてうわさが広がった場合の売り上げ増加がどれほどのものかを弾いていた。




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