四日目も忙しい 3
笑いすぎて腹筋が痛くなった団長と、精神的に疲れた隊長と副隊長との会合を終えたアリスはグレイ小隊長の案内で城に向かった。
もちろんこれはフェルナンの書いた台本通りの行動だ。
城に不慣れな女性を訓練所から城の中までの道案内をしているという当たり前の行動。
そう、ごく自然な流れなのだがフェルは一つだけ失念していた。
グレイが女嫌いで通っている事を。
リリィに案内されている時と違って各所に立っている衛兵の目が痛い。
「グリマルディ小隊長様は今回の役回り、どう思っていらっしゃるのですか?」
「私は騎士団の人間だ。命令があればそれを遂行するのが仕事だ」
あの団長の下についているとは思えないくらいくそ真面目な返答にアリスの口元がひきつった。
「ドット嬢はなぜ彼女を守ろうと思ったのだ?」
唐突な質問だが、フェルナンからある程度の事情は聴いているのだろう。
もちろん馬鹿正直に城出をして行き倒れたところをアリスに拾われましたとは言っていない。
聖女に城から逃げられましたなんて失態、絶対に話せるわけがない。
フェルナンの事だから、菓子をおさめに来たアリスが修行に疲れて休んでいた聖女と偶然に出会い、意気投合したといういかにもありがちな話を美談にかえて説明したに違いない。
「自分が彼女の立場だったら、彼女の置かれている状況ってものすごく嫌だろうなって思ったのがきっかけです」
「そうか……」
「あとはまぁ、放っておけないという気持ちが大方で、商売に利用できるよねって気持ちが少しですかね」
正直すぎる言葉にグレイが言葉に詰まった。
「それにホノカちゃんはいい子だったし、友達に力を貸すのは当然でしょう?」
「そうか……」
フェルナンの身上調査書を読んでアリスのことはわかっているつもりだったが、こうして話すと改めて書類上ではわからないことがはっきりとする。
たった12歳の時にドット商会を立ち上げ、経営は両親にゆだねてはいるが彼女の才覚があってこそ成功したという才媛。
その反面、情に厚く近隣住民から慕われている。
交友関係も広く、行動的。
彼女はよく笑いよく食べ、まっすぐに人を見る。
外見に捕らわれず、本質を見ようとする姿勢はとても好ましく映った。
「そういえばグリマルディ小隊長殿は……」
「グレイでいい」
仏頂面のままグレイはそっけなく言い放ち、舌を噛みそうだと思っていたアリスはほっとした。
「グレイ様は……」
「様はいらん」
だからと言って呼び捨てにはできない。
「グレイさん」
「なんだ?」
「では、私もアリスと呼び捨てで構わないです」
「わかった、アリス」
低音ボイスがダイレクトに心臓に届いたような気がしたアリスは頬の熱を自覚しながらも思わずグレイを見上げた。
あの大将軍の甥だけの事はある。
思わず腰砕けになりそうだったが、客商売で鍛え上げた根性でふんばった。
「グレイさんは、声もいいんですね」
低音だとこもりがちな声になりやすいが、グレイの声は聞きやすい。
「ああ、訓練でよく怒鳴るからな。鍛えられているのだろう」
嫌なボイストレーニングだが、効果は抜群だ。
鍛え抜かれた喉はオペラ歌手もびっくりのはりと艶のある声だ。
そういえば、とアリスは思った。
(団長もいい声をしていたな……)
合唱団を作ったらけっこういけそうな気がする。
何がどう、と突っ込まれると困るが、そう思うくらいに罵声で鍛え上げた声は魅力的だった。
(……今度、機会があったら提案するのもいいかもしれない)
もちろん引きずり出す口実なんていくらでも湧いてくる。
一般市民との交流といえばどうとでもなるだろう。
何しろトップとのコネができたのだから。
「どうかしたのか?」
挙動不審なアリスに気が付いたのか、グレイが声をかける。
アリスは慌てて表情を引き締めた。
「ええっと、グレイ隊長は手続きしないんですか?」
「ああ。小隊長以上は階級を示す外套とブローチが支給される。それが身分証変わりで手続きなしに城の中を自由に歩き回れる。もちろん入れない場所もあるが、そういった場所はたいてい近衛の領分だな」
言われてみれば、フェルナンも腰までの短いケープを身に着けていたことを思い出す。
ケープとブローチでどの部署でどんな役職なのかを識別しているのだろう。
「最近は、彼女の事もあって城の奥へ入ることも許された」
何かあった時に通行許可を申請している暇などない。
だから足を踏み入ることを許されている場所の衛兵とは最初に面通しが行われるのだ。
つい最近も色々な場所に出向き、その場所を守護する衛兵たちと顔合わせをしたという話を聞きながら、アリスは目的の部屋へと案内された。
世間話は弾まないが、質問には律儀にちゃんと答えてくれるので、調子に乗って質問をして庶民には関係のない知識が増えた。
今なら騎士団あるあるクイズ番組に出られるような気がするくらいには、騎士の生態を知ってしまった。




