四日目も忙しい 2
これを最後にこのメンツで集まることはないとフェルナンに言われ、それぞれ細かいところまで詰める必要があり、会議の内容は濃いものになった。
一番深く話し合われたのは、やはり聖女に何かあった時の緊急時における連絡のパターンだった。
会議が終わると団長に連れられて、小隊長も一緒にいわゆるお城の社員食堂で昼食を一緒に取ることになった。
片や山賊、片や貴公子という取り合わせだが周りは慣れているのかスルーだ。
むしろアリスのほうが注目されまくっていた。
「落ち着かない……」
「ああ、あれだ、嬢ちゃんがグレイの彼女だと思われて注目されてんだろう」
「ええっと、団長さんの可能性は?」
ホノカの好物、兄貴属性の人もいるかもしれないので念のために聞いてみた。
「俺は妻帯者だし、子供もいる」
「それにしてはものすごい視線なんですけど……」
「……お前さん、グレイを知らんのか?」
「はい?」
アリスが不思議そうに返事をすると、団長は奇妙な物を見るような目をした。
「巷じゃ、氷の貴公子とか言われて騒がれているらしいが?」
「ああ、興味ないので」
「……だろうな」
先ほどのフリードマン侯爵への関心の高さを思い出した団長はちょっと遠い目になった。
「女嫌いの小隊長が女と一緒だから、こんな注目をあびちゃうんですね」
どんだけ女嫌いなのかとちらっとグレイを見上げるが、彼は憮然とした面持ちで前を見ていた。
「……偏見はないですけど」
「俺は男に興味ない」
速攻でグレイから返事が来た。
やはりみんな同じこと考えるのだろう。
女が嫌いなら男が好きだと。
なまじ容姿が整っているうえに男くささがないから余計に思われるのだろう。
その趣味の方々にもモテそうだ。
ホノカも喜びそうだ。
「奴の態度は今に始まったこっちゃないから、気にすんな」
顔が怖い団長のほうがよほど気さくでとっつきやすい。
「だいたい俺らは訓練場か詰め所にいる。いないときは休みか呼び出しか見回りかさぼりだ」
最後の部分は親父ジョークかもしれないのでちょっとだけ笑っておく。
「団長さんは甘党ですか?」
「甘いのは嫌いだな」
「うちは甘くない甘いお菓子もありますよ?」
「なんだよそれ」
アリスの変な売り込みに団長は笑ってしまった。
「面白いから午後、そいつをもって訪ねてこいや」
「かしこまりました。お買い上げ、ありがとうございます」
「金をとるのかよっ!」
会議室で試供品とアリスが言っていたことを覚えていた団長は思わず突っ込んでしまう。
「愛人説が流れたあげく奥様にその噂が届いた日には……」
「怖えこと言うなよ。わかった。金は払う」
「まいどありぃ」
にやりと笑うアリスは間違いなく悪徳商人の顔をしていた。
そんなアリスを奇妙な生き物を見つけたと言わんばかりの眼差しで見ているグレイに団長は気が付いていた。
城の職員食堂でごちそうになったアリスはいったん家に帰り、甘みの少ないお菓子を選別する。
用意したのはみたらし団子、ヨモギ団子、煎餅だ。
バスケットに入れてさっそく黒曜騎士団の詰め所へ向かう。
詰所は訓練場の左右にあり、右が瑪瑙、左が黒曜となっていた。
訓練場と言っても野球場のような広さがあり、時にはそこで模擬戦闘などが行われる。
詰所には見張りの見習い騎士が立っていた。
「ドット商会の使いの者ですが」
「ああ、団長からうかがっています。こちらへどうぞ」
軽いやり取りであっさりと団長室まで案内されたアリスは拍子抜けだ。
事前の連絡があるとはいえ、こんな緩くて大丈夫なのだろうかと思いつつ、団長室までやってきた。
「おう、よく来たな。まぁ入れ」
「失礼します」
ぺこりと頭を下げる。
「第二小隊の隊長と副隊長を呼んで来い」
「はいっ」
台本通りに事が進んでいるのでほっとする。
バスケットをテーブルの上に置き、とりあえず座っているように指示されたので大人しく腰を下ろした。
「なんだこりゃ?」
バスケットのふたを開けた団長は見た瞬間、声を上げた。
「ドット商会の誇るスイーツです。従来の焼き菓子やケーキとは違う新たなスイーツ、その名も甘味シリーズ!」
販売員のスイッチが入ったアリスは流れるように商品説明を始めた。
「なぜ今までのスイーツと一線をかくすかと申し上げれば、圧倒的に脂肪分が少なく同じ量を食べるにしても砂糖、油も従来のスイーツに比べれば少量。焼き菓子やケーキなどの甘みが苦手な男性にも食べやすい甘さとなっておりまして……」
いきなり商品説明を聞く羽目になった団長はあっけにとられながら話を聞いていた。
というか、聞くしかない。
グレイが副隊長をともなって姿を見せた時は心底ほっとしたものだ。
「第二小隊長グレイ・グリマルディ、副隊長ランスロット・コンソーラ、参上いたしました」
「あー、ごくろう。とりあえずそこに座れ」
この小娘はなんだといわんばかりのランスロット副小隊長の冷ややかな視線にも負けず、アリスはにこりとほほ笑んだ。
茶番のシナリオはグレイから説明があったはずだが、アリスが担当者というところまでは聞いていなかったのだろう。
「まぁなんだ、来客用の茶菓子の試食を頼む」
この人は何を言っているのだろうか、と何も言わずとも副隊長からそんな空気が伝わってくる。
「いいから食え」
団長は慣れているのか気にした様子もない。
二人が大人しく席につくのを待ってアリスは立ち上がった。
「団長さん、当店自慢のお茶もございますので、失礼してもよろしいでしょうか」
「おお、出せ出せ、なんでもいいから出しやがれ」
ものすごく投げやりだ。
アリスは濃い目の緑茶を入れて三人の前に出した。
ドット商会の新たな顧客獲得と聖女様のためにもこの試食会は失敗できない。
自社の製品を前に、アリスの優先順位は確実に顧客獲得が上になっていた。
「さぁどうぞ。まずはこちらはみたらし団子です」
結論から言えば、顔合わせはうまくいった。
ついでに団長は煎餅、小隊長と副隊長は団子が気に入ってくれた。
しかも定期的にお買い上げもしてくれるという太っ腹。
内心、笑いが止まらないアリスであった。
食べながら話をつめていき、何かあった時や緊急の場合はとにかく窓から色のついたハンカチを出すことで外に知らせ、絶対に接触をしないということで話が付いた。
ただ敵か味方かを判断する必要があるので、時々ここに出入りすることで顔を覚えることになる。
そのための口実もできたし、これでホノカの守りは万全だ。
問題があるとすればグレイ小隊長とうまくやっていけるかだ。
「こいつは女嫌いという一点を除けば使える人材だ。コミュニケーションに問題があるなら副小隊長がいる」
それでいいのか?と思ったが、これがこの小隊の普通なのだろう。
「当面は、私の元へ甘味を配達という形でいいでしょう」
やる気のなさそうなグレイ隊長と違って、ランス副隊長は目を輝かせながら発言した。
「私も隊長もどちらかが執務室にいますから、ドット嬢も気軽に遊びに来て下さい」
アリスは穏やかな笑顔を浮かべている彼を見て確信した。
甘党だと。
自然に口元が緩むアリスとランス副隊長は視線をかわすと深くうなずきあう。
甘党というきずなが生まれた二人の様子に、見ていた団長はやや呆れ気味だ。
「グレイもランスも若いのに浮いた話の一つもなくてなぁ。もうちょい仲良くなったら、手ごろな娘さんでも紹介してやってくれや」
「ええっ、そうなんですか?お二人とも優良物件……いえ、顔も稼ぎも安定しているし結婚相手としては申し分ないのでは?」
優良物件のくだりで団長は腹を抱えて笑い出した。
「あんた本当に面白い女だよなぁ」
「団長」
冷ややかな声でグレイが抗議するが、団長は気にも留めない。
「あれだよあれ、追われると逃げたくなるってやつ。もともと顔の造作はいいから、モテまくって女に夢を持てなくなったって奴らだ」
「そういえばお二方はなぜ近衛ではなく騎士団なんですか?」
近衛は家柄と顔と頭と腕がよくなければなれない。
二人なら問題なく近衛だろう。
「近衛と騎士なら、結婚相手には近衛を選ぶのが貴族ってもんだろう」
「ああ……」
そこまで女が嫌いか。
モテすぎるというのも大変なのだなと変な感心をする。
「お嬢ちゃんならこいつらとうまくやっていけるだろう」
「どうでしょう……」
「こいつらの顔を見ても目の色を変えなかったしな」
「は?」
団長は全く意味が分かっていないアリスに笑いが止まらない。
彼女が目を輝かせるときは商売に関係する時だけという徹底ぶりには逆に好感が持てた。
「絵が綺麗だなとか、夕日がきれいだなってのと同じ意味では見惚れただろうけど、だからといってモノにしようとは思わんかっただろ」
はっきりいって観賞用だと思ったのは秘密だが、団長のいうことに間違いはない。
「こいつらは自分に関心のない奴が好きなんだよ」
「えっ、変態?」
「「なんでそうなるっ!」」
グレイ隊長とランス副隊長は見事に息が合っている。
「自分のことを嫌いな人が好きってことでしょ?嫌われることに喜びを覚える趣味なのかと……」
再び爆笑する団長と慌てて弁解する二人だった。
誤字脱字の訂正をしました。