三日目ともなると 3
「ホノカ様は以前よりもよくなりましたわ。姿勢をまっすぐにしたまま踊られるとなお美しく見えましてよ」
「はぁ……」
ホノカはどこか疲れたように返事を返した。
「どうかしたの、ホノカちゃん」
「腐女子歴4年のモテない女にはまぶしすぎてつらい……サングラスが欲しい」
「……召喚されて三か月でしょ。いい加減、見慣れないの?」
「リア充、爆ぜろ」
呪いの言葉を口にしながら暗い笑みを浮かべるホノカから思わず一歩後ろに下がる。
「リア充って、よそ様から見れば今のホノカちゃんも十分にリア充だよね」
「えっ、まさか。…………まてよ。主人公とがっつり一緒にいるなら、ゲーム補正の力を利用して聖女のお仕事以外の面倒ごとをアリス姉さんに押し付けるには……」
「それやめて絶対にやめてっ!世界をだますなんて無理だからっ、おとなしく逆ハーレムを堪能していて頂戴」
「それだけは絶対にいやーっ、何が悲しくてこんなキラキラ集団と一緒に行動しなきゃならんのですか!できることなら友情エンドも回避したいっ!」
「何を言っているのかさっぱりだが、馬鹿にされているような気がするのは私の気のせいか?」
いつの間にかそばにいたクリス殿下が不機嫌そうに口をはさんでいた。
「うわおぉぉぉっ!」
「危ないっ」
驚きすぎてバランスを崩し、ひっくり返りそうになったホノカの腰にクリス殿下が手を回して支えた。
さすが王子様だと感心していると、ホノカの顔が真っ青になる。
ここは赤くなる場面なのにと思いつつ眺めていると、あたふたとホノカはクリス殿下から離れた、
「ももも申し訳ありませんっ。殿下様のお手をわずらわせりゅとあっ!」
慌てすぎて最後のほうは噛んでいる。
その落ち着きのない様子にクローディアが扇の向こうでため息をついていた。
アリスはそんなホノカを不思議に思った。
いくらモテなくて不細工でどんくさい女の子で男の子と縁がなかった生活を送っていたとはいえ、いじめられたことはないと聞いていた。
だったら男の子を拒絶するその反応がわからない。
男嫌いなわけじゃないのに、なぜ顔が青くなる?
三か月も一緒にいればどんなにかっこよくてもいい加減、見慣れるはずだ。
何かを恐れているような様子にアリスはピンときた。
「ホノカちゃん、ひょっとして誰かに何か言われた?」
「えっ?」
とぼけようとしたホノカの顔は引きつっている。
アリスはそんな態度に確信を持った。
「例えば、王子になれなれしいとか、何様のつもりだーとか」
「…………」
答えられないのが何よりの証拠だ。
「そっか……なるほどね」
「何の話ですの?」
「どっかの誰かに嫉妬と牽制と探りをいれられたってところじゃないかと」
クローディアはすぐに気が付いたようだ。
「そんな、まさか。ホノカ様と接触できる人間はそう多くはありませんのよ」
「でも皆無というわけじゃありませんよね。ホノカちゃんが何者か知らない侍女とか使用人とかが出しゃばったんじゃないですか?」
アリスはうろたえているホノカを見た。
「ホノカちゃんはいやがらせや悪口を言われたら我慢してため込むタイプですから、言えなかったのでしょう」
「そうなんですの?」
クローディアに詰め寄られ、ホノカは困ったような顔でうなずいた。
後ろで男性四人がため息をついている。
「これはお前の失態だな、フェル」
「ですね。はぁ……そりゃ心を開かないわけだ」
クリス殿下に言われたフェルナンは所在なさげに頬をかいていた。
「どういうことだ?」
ジャックがオルベルトに説明を求めると、オルベルトは少し悲しげな顔でホノカを見ながら説明をした。
「私たちに関わるなと誰かにくぎを刺されていたということでしょう」
「相変わらず城の連中は低レベルだな」
容赦ないジャックの一刀両断なセリフにクリス王子が口を閉ざした。
「しばらくは私が一緒にいるから大丈夫よ。くだらない文句を言うやつを見かけたらすぐに私に言いなさいね」
アリスが自分では優しい笑みを浮かべるが、周りから見ると獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時のように見えた。
その迫力にかえって言っていいものかとホノカは判断に迷う。
殺したりはしないと思うが、それくらい迫力のある笑みだった。
「でも……」
「馬鹿につける薬はないのよ。どちらが強者かちゃんとわからせないとだめよ。こういう場所で働く人はバリバリの権威主義者なんだから。あ、もちろんリリィさんは違うからね。ああいう頭のいい勘違いしない女性のほうが少ないのよ」
部屋の隅で苦笑しているリリィにフォローを入れることも忘れない。
「こういう城勤めの侍女の多くは貴族出身が多いのよ。だからホノカちゃんはナメられてるの」
びっくりしているホノカをよそに、アリスは持論を展開していく。
「身元不明なのに城に客として滞在が許されているうえに王太子の婚約者に教育されている。あわよくば王族のお手付きになんて考えている輩だったら、ホノカちゃんはたぶん、クリストファー殿下の花嫁候補で、今
は修行中だと思われているんじゃないかしら」
名探偵もびっくりな推理に男たちは唖然としていた。
その中でいち早く理解をしたのはクローディアだった。
「そうですわね。そう思われてもおかしくない状況ですわ」
クローディアは感心したように頷いた。
「勘違いしている者たちがいてもおかしくないですわね」
身分の低い花嫁候補なので城で教育し、しかるべき時に高位の貴族の養女にさせてから第二王子の婚約者として発表する。
ありえない話じゃない。
それならば自分だって、とうぬぼれて暴走し、花嫁候補にとって代わろうと画策する者が出てもおかしくない。
「アリスに言われるまで、そんなことを考えたこともありませんでしたわ。不快な思いをさせて申し訳ありません、ホノカ様」
クローディアがそれは見事なお辞儀で謝罪をすると、ホノカはあたふたと手を振った。
「そんなっ、クローディアさんのせいじゃないですから謝らないでっ!」
「まぁ、ホノカ様は心が広いのですね……」
「違うから、そうじゃないからっ。勘違いされていじわるされる立場だっていうのは理解してるから大丈夫!」
アリスはむっとした顔でホノカの頭にチョップを入れた。
「いたーっ、何するんですか!」
「ぜんっぜん大丈夫じゃないから城を出て行き倒れたんでしょーがっ!何をされたのか全部話しなさいっ!」
「えええええっ、それはそのう…………」
頭を抱えながら涙目でうろたえるホノカをかばうようにフェルが間に入った。
「まぁまぁ、アリスさんも落ち着いて。ホノカさんは優しいから、告げ口なんてできなかったのでしょう。お話は私たちも聞きたいので、どこか座れる場所で続きを話しませんか?」
「それもそうだな。立ち話も疲れたし、移動しよう」
クリス王子の言葉にクローディアはリリィを振り返る。
「リリィ、お茶の準備をお願いね」
「それじゃあホノカ様、部屋までエスコートいたしますよ」
絶対に逃がさないとばかりにいい笑顔でフェルナンがホノカの腕をつかんだ。
「えぇぇぇぇ~」
だらだらと冷や汗を流しながら、自分は悪くないのになぜか絶体絶命だと思った。
誤字脱字の訂正をしました。