三日目ともなると 2
「ではホノカ様、みなと順番に踊っていただきますね」
「えーっ!」
「がんばれホノカちゃん!」
「ついでにアリスさんも、どこまで踊れるか見たいので一緒に踊ってください」
他人事だと思っていたアリスの表情が一気にこわばる。
踊るのはいいが、このメンツ相手に踊るのかと思うだけで逃げ出したくなる。
庶民的なオルベルトとジャックはまだいいが、ホノカのことがなければ一生口を利くこともなかった殿上人と踊るなんてこれなんて罰ゲーム?
「絶対に足を踏めない……」
「えーっ、私、絶対に足を踏む自信がありますよ~」
ぼそりとつぶやくアリスにホノカはあっけらかんと爆弾発言をぶちまかす。
というか踏む気まんまんだ。
「そんなところに自信は求めておりませんわ」
さっそくクローディアの叱責が飛ぶのを、四人の青年は苦笑いで見ていた。
「ホノカはクリス殿下と。アリスさんはジャック様とどうぞ」
壁に寄り掛かっていたジャックはしぶしぶ背を起こし、アリスの前に立った。
一度眼鏡を上げると、右手を差し出して正式なダンスのさそいをする。
とても様になっていて、思わず心臓がドキンと音を立てた。
「お手をどうぞ」
ホノカとアリスがパートナーの手を取るのを見て、クローディアが伴奏者に合図する。
軽やかな曲が流れだすと、ジャックはアリスの腰に手を回して踊りだした。
「ああそうだ、お前のところにさっそく本の寄付をしてきた」
「ずいぶん早いですね……」
昨日のうちに手続きをすませたとなると、図書室も見に行ったのだろうか。
「案内された図書館に出向いてみたが、なかなかのラインナップだったな。興味が引かれたのをさっそく借りてきた」
「えっ、まさかとは思いますが、自分で行かれたんですか?」
「時間が惜しいからな」
ぐいっと引っ張られてターンを決めると、アリスはジャックを見上げた。
ジャックはチッ、と舌打ちした。
「テンポの遅い曲は苦手だな」
魔法使いのくせに体を動かすのが好きなジャックはせっかちでもある。
「マル……ジャック様は貴族なのでしょう?」
「ああ。辺境伯の三男だから、こういった教育はまじめに受ける必要がなかった」
本人のいう通り、ダンスは下手ではないがうまくもない。
「魔獣狩りの日々が懐かしいな……」
ぼそりとつぶやいたジャックは少し柔らかな笑みを浮かべていた。
マナーやダンスといった授業をさぼっては魔獣を狩りに行っていたのだろう。
小さなころから魔力が強かったジャックにとっては魔獣狩りが日々の日課だ。
「……ジャック様、剣は?辺境でしたら剣術と馬術は絶対ですよね」
「僕には魔法があったからな。馬術は極めたが、剣は相性が悪い。振り回す間に魔法をぶち込んだ方が早い」
物騒な感想にアリスの頬がひきつった。
「だから体術のほうが得意だな」
「……魔法使いは、武術はからっきしだと思っていました」
「ああ、普通はそうだ。俺が特殊なだけだ」
魔法使いなのに素手の闘いに優れているとはおかしな話だが、戦闘スタイルを聞いてみると納得ができた。
身体強化の魔法をかけ、拳に魔力を込めて叩き込む。
普通の魔法使いは拳は絶対に使わないし後方支援だということを考えると、特殊どころか異常だとしか思えない。
前衛で血塗れになるから血塗れの魔術師という二つ名が付いたという何とも単純な理由だが、彼を知れば納得できるから不思議だ。
アリスはジャックからそっと視線を外して遠くを見た。
ホノカと殿下がお互いに眉間にしわを寄せながら踊っている。
ちっとも楽しそうじゃないそのカップルからも視線を外し、ジャックの胸元に視線を固定することにした。
「思ったよりもアリスは踊れますのね」
踊り終わると、意外そうにクローディアがつぶやいた。
「基礎がしっかり身についているようですね」
それからホノカと殿下のほうに視線をやるが、目が吊り上がっている。
目力の威力にクリス王子が思わず姿勢を正した。
「お二人とも今のダンスはなんですの?うまい下手は置いておいて、もっと笑顔で踊りなさいな」
「え~っ、だってクリスってば人のことを運動音痴みたいに言うんだよ。ひどいよね」
「告げ口とは、お前は子供か!もっと動けと言っただけだろう」
「クリス様。人によってうまい下手があるのですから、相手の力量を見てその方に合わせてリードするのが殿方の務めですわよ」
ぴしゃりと言われ、二人は口をつぐんだ。
「では次、アリスとフェルナン様。ホノカとオルベルト様」
休憩を入れずにパートナーを変えて再びダンスとなった。
王子様といってもそん色のないフェルナンは綺麗な笑みを浮かべてアリスの手を取った。
「よろしく、お嬢さん」
きざなしぐさが似合う男だ。
キラキラしたモノが周辺に飛んでいる幻が見えるくらいかっこよくて悔しいが心臓が音を立てる。
動悸息切れ眩暈をおこしそうなほどの接近に、アリスは逃げ出したくなったが、腰にまわった手がそれを許さない。
音楽にのせて軽やかにステップを踏むフェルナンのリードはとても踊りやすい。
さぞかし浮名を流しているのだろうと思っていると、フェルナンが話しかけてきた。
「私もアリスと呼んでかまわないかな?」
キラキラのスマイルを浮かべているフェルナンは確かにかっこいい。
「かまいませんが」
「では、私のことはフェルでいい」
「フェルナン様ですね」
「フェル」
「………………フェル様」
ちょっと嫌そうに呼ぶアリスを面白そうに見下ろしながら、フェルナンは笑みを深めた。
こういっては何だが、女性の目をくぎ付けにする容姿だと自負している。
現に舞踏会に出れば目をハートにした女性に囲まれるし、モテるということを自覚している。
嫌とかいいつつも期待した眼差しをしている女性とは違い、アリスは本当に嫌そうだ。
それがすごく新鮮で、男友達と一緒にいるような感覚が心地いいと思ってしまった。
「私は君に嫌われるようなことをしたかな?」
「いいえ。華やかな方が苦手なだけです」
「ふぅん」
華やかよりは落ち着きのある雰囲気のほうが好きだし、何よりフェルナンの場合、隙を見せると容赦なさそうで嫌だ。
「私は君みたいに頭の切れる女性は好きだよ。話していると楽しい」
自分と同じ目線で話せる女性は少ない。
頭を使わない会話は誰とでもできるが、頭を使ってなおかつ警戒しない相手とのおしゃべりとなると難しいのだ。
「特に、君は貴族社会の権力闘争とは無縁だからね」
「フェル様は親しい方に腹黒だって言われません?」
呆れながらアリスが言うと、フェルナンはびっくりしたように目を丸くさせた後、心底楽しそうな笑みを浮かべた。
「ふふふ、君は本当に楽しいよ」
くったくのない無邪気な笑みに、思わず胸がドキッとした。
さすが攻略対象の魅力は半端ないとアリスは感心する。
気が付くとダンスが終わっていた。
「なかなかよかったですわ、アリス」
クローディアの誉め言葉に我に返る。
夢のような、とまではいかないが、時間の経過を忘れるくらい滑らかなダンスだった。
「どうかなさったの?」
「いえ、上手な方と踊ると全く違うのだなと感心していたのです」
「ああ……フェルナン様はダンスの名手ですからね。彼と踊ると、自分もうまくなったような気がします」
伊達に貴公子ではないのだなと変な意味で感心するアリスだった。