Hの恋心
「ホノカちゃん、俺と付き合わない?」
在庫整理の最中にアリス姉さんの話で盛り上がっていたら、唐突に告白された。
彼の名前は…………名前は……なんだっけ?
フルネームは思い出せないけど、ジョン達の幼馴染で、ハル?と呼ばれている人だ。
しかも告白される直前に、彼の肩越しにちょうどジョンが部屋に入ってくるのが見え、おしゃべりしている私たちに注意しようと口を開いたところでフリーズしていた。
ここで私の脳みそはフル回転する。
絶対にジョンはハルの告白を耳にしたはずだけれど、彼の表情は変わらない。
目の前のハルは期待のこもった熱い眼差しで私を見ていたけれど、私の熱量はこれっぽっちも上がらなかった。
「ん?ごめん、今、こっちに集中してた。なんて言ったの?」
小首をかしげてさも聞いてませんでしたって雰囲気を前面に出す。
これで告白をなかったことにしてもよし。
告白してきたとしても、ジョンの反応が見たいのでどっちにしてもかまわない。
異性に告白されて嬉しいという時期はとっくにすぎた。
チビで小デブの現役女子高生が美少女に変身してモテ期到来に浮かれたのは一瞬で、お断りした男性の反応に罪悪感を覚えたり、逆切れされて委縮したり、ストーカーされて恐怖したり、プレゼントの一部にピー音をつける必要があったりと……モテる人ってそれなりに大変なんだという事に衝撃を受け、男性恐怖症になったりもした。
私という中身は同じなのに、皮一枚でこんなにも世界が違うのかと、異世界に来た事よりもショックだったと思う。
だからといって不細工だった頃に戻りたいとは思わないけれどね。
こうやって勇気を出して告白してくれた人を前に、別の人の関心を引きたくて利用してしまう自分の醜悪さとずるさに苦さを覚えるけれど、そんな事よりもジョンがどんな反応をしてくれるかの方が私にとっては一番大事で、それ以外の事に対する関心は低い。
だから私は告白してくれた人を前に別の人のことばかり考えてしまうのだ。
ねぇ、今、どんな気持ち?
告白された事よりも肩越しに見える彼の一挙手一投足に胸がドキドキして手に汗を握ってしまう。
ハルはうっ、と言葉につまって視線をそらせたけれど、ひるむことなく私に視線を戻した。
「俺さ、君の事が好きだ。俺と付き合わない?」
彼は勇気あるチャレンジャーだった。
たいていの人は怯んだり、二度目には勇気がもてなくて口を閉ざすのだけれど、彼は勇者だった。
私は苦笑する。
肩越しに見えた彼の糸目が開眼することを期待していたけれど、全く動じた様子もみせてくれない。
「ごめん。好きな人がいるから」
ジョンを見ながらはっきりと言ってみたけれど、何の変化もない。
ストレート空振り三振でベンチに引き返す野球選手の気分はこんな感じだろうか。
「そ、そっかぁ……」
引きつった笑顔を浮かべながらがっかりした彼の様子に胸が痛みそうになったその時、空気だったジョンが口を開いた。
「おしゃべりしている暇があるなら手を動かせ」
ぶっきらぼうな口調にハルが弾けたように振り返り、カラ元気な笑顔を浮かべた。
「ハハ、悪い。俺、用事を思い出したから、後を頼むな」
そそくさと立ち去るハルを黙って見送り、ドアが閉まると同時にため息をこぼした。
「在庫確認、どこまで終わった?」
最初のセリフが仕事かよ、がっかりだぜ!
私のはらはらどきどきを返せっ!
心の中で八つ当たりをしつつジョンの顔色をうかがうが、いつも通りのジョンだった。
余裕のあるいい女だったらここで問い詰めたりはしないのだろうけれど、恋愛初心者の私は聞かずにはいられない。
「告白された私をみてどう思った?」
「仕事中にする話じゃねぇな」
「じゃあ、ハルに対してどう思った?」
ムカついたとか、気に入らないとか、俺のものに手を出すなとかっ!
少女漫画みたいな展開を願いながら聞いてみた。
「またか、とは思ったな」
「ですよねー」
平坦な口調になってしまったがしかたないだろう。
ハルはいつも女性に振られている。
しかもその理由のほとんどが、アリス姉さんの方が好きだから、というものだ。
アリス姉さんの事が好きな女性とアリス姉さんの話が盛り上がるのは当たりまえだし、盛り上がりすぎて勘違いしちゃっていることに相手の女性が気付いちゃうのも問題だし、アリス姉さんの事が好きな私を好きだという彼は、私がアリス姉さんの事が嫌いになった時、はたして好きなままでいてくれるのだろうかという疑問が残る時点でお断り案件だ。
「あの人、いつ自分がアリス姉さんの事が好きだって気が付くのかな」
「一生ないだろ」
「えっ、なんで?」
「……あいつ、アリスにトラウマやらコンプレックスを植え付けられたからな。そっちの印象が強烈すぎて脳みそが拒絶してんだろーさ」
恋愛を拒絶するくらいのトラウマやコンプレックスって?
いったい彼の過去に何があったのか聞くのが怖い。
アリス姉さんだからなぁ……昔はやんちゃしてたって言ってたけど……。
「だからお前に告白している姿を見ても別段心配は……って、仕事中だろ、手を動かせや」
ほぉ~、へぇ~、ふぅ~ん……ふ……フフフフフ。
とられる心配がなかったからなんとも思わなかったって事で、良いのかな?
「二ヤついてないで仕事しろ」
口が滑ったことを焦ったように言葉を取り繕うジョンの姿に、少しは私の事を意識してくれているという確信が持てて、込み上げてくる喜びに体が震えた。
心の中でガッツポーズをとって、二人の間に流れるなんともいえない甘酸っぱい空気に頬を染めてからはたと気が付く。
「そういやハルの本名ってなんだっけ?」
「……ハロルド」
「普通の名前だね。普通過ぎて忘れそう」
キング・オブ・モブの名前がわかってスッキリした事だし、気分も新たに仕事しよっと。
やるときはやる、仕事のできる女をアピールするチャンスだしね。




