三日目ともなると 1
ジャックの時と同じで、オルベルトも城に到着すると護衛から外れた。
一晩中起きていたので、フェルナンに報告を入れてからひと眠りするそうだ。
「ずっと彼らと一緒にいるわけじゃないのね」
「時間で言うのなら、クローディアさんが一番長いですよ」
現在、ホノカと一緒に本日の教室となる部屋でクローディアを待っている。
侍女の服を着ていたので、公爵令嬢にふさわしいドレスに着替えるそうだ。
「あの服も似合っていたけどね~やっぱり公爵令嬢といえば豪華なドレスとドリル!」
鼻息も荒いホノカにアリスは重々しい顔で首を横に振った。
「美人さんは何を着ても似合うんだよ、ホノカちゃん」
「ですよね~あははは」
クローディアの場合、隠しきれない品格が駄々洩れで、ただの侍女服がキャリアウーマンのように見えてくるのがあら不思議。
「あそこまで着こなすと、どこまでグレードを落とせるかチャレンジしたくなるなぁ」
「アリス姉さん、ものすごく無駄なチャレンジですね」
ぼろをまとったとしても、パリコレとかに出てくるモデルのようだろう。
平凡な人種には縁のない美女マジックというやつだ。
「ホノカちゃんもそうだけど、ボンキュッボン……いいなぁ……」
「アリス姉さんだってスタイルは悪くないですよ」
「こっちは必死なの。総菜屋のための商品開発でちょっと太ったからダイエットに大変よ。でも試食係が増えたから安心してダイエットに専念できそう。これからもよろしくね」
「アリス姉さん、根っからの商売人ですね……」
昨日、おとといと心行くまでカロリーの大きな唐揚げを食べたことを思い出し、ホノカは思わずウエストに手を当てていた。
「数日で劇的に太るわけないでしょう。それに若いんだからすぐに消費するわよ。これから絞られるんでしょ?」
「うっ……」
クローディアの授業が待っているのだと思い出したホノカの顔が微かに青くなる。
そこへリリィがやってきた。
「ホノカ様、ドット様。こちらでお着替えをいたします」
聞き返す間もなくドアからわらわらと侍女たちが入ってきて、驚いている二人の服をドレスに着替えさせた。
「うわっ、極上品……というかなんでドレス?」
「ダンスの練習だぁ……」
死んだ魚のような目でホノカがつぶやいた。
「……まさかとは思うけど、クローディア様もホノカちゃんの教育に便乗してダイエットだったりして」
冗談半分でホノカに言ったアリスだが、すっと視線を逸らすリリィに気が付いてしまった。
「マジか……」
アリスはお口にチャックをした。
リリィに案内されたのは何もない部屋だった。
いや、端のほうにピアノが置いてある。
「ここは?」
「ダンスのレッスン場でございます」
リリィの説明にアリスはぽかんとしてしまった。
その顔を見てホノカがクスリと笑った。
「やっぱり驚きますよね」
「まぁ、貴族の屋敷にはそういった部屋はつきものだけど、お城にもあるんだね……てゆーか、ひょっとしてここって王族用の部屋じゃないの?」
「まぁ、よくわかりましたね。王子や王女様方がダンスのレッスンを受ける場所です」
リリィの言葉にアリスは深々とため息をついた。
「それで、クローディア様は?」
「練習相手を連れてもうすぐいらっしゃいます」
思わずアリスとホノカは顔を見合わせた。
とてつもなく嫌な予感がする。
「ねぇホノカちゃん。今までダンスのレッスンって、どんな感じだった?」
「ええっと、おじさん先生とピアノを弾く人とクローディア様だけで、おじさん先生と踊ってたけど」
「ちなみにホノカちゃんはどこまで踊れるの?」
「基本ステップを何とか」
てへっ、と頭を掻きながら笑って見せる。
「アリス姉さんはどうなんですか?」
「そこそこ。前世で体育の時間があったから、それで結構助かったかな」
「そうなんですか?」
「社交ダンスはなかったけど、マット運動とかあったでしょ。どう動いたらいいかっていう下地はあるから、振り付けを覚えちゃえばなんとでもなる」
「振り付けって……」
ホノカがあっけにとられる。
日本人の記憶を持っているアリスはこの世界では地味にチートだという事に気が付いていない。
「クラシックバレエに比べれば自由なもんだよ」
「なんでバレエ?」
「あれは間違っちゃいけないしろものだからね。ホノカちゃんだってゲーム補正で体は動くようになったんでしょう。だとすれば、あとは音楽に乗れるかどうかと、パートナーとの相性」
「パートナーで変わるものなんですか?」
おじいちゃん先生としか踊ったことがないのであまりぴんとこない。
「足の長さは人それぞれだから、踊る歩幅が変わるでしょ。本当にうまい人だとこっちの歩幅に合わせて踊ってくるからいいけど、最悪なのは足が長くてへたくそなヤツね」
ステップが大きくなりがちなのでついていくのが大変なのだ。
「そうなんだ……」
なるほど、とホノカが感心していると、何やら廊下の方が騒がしくなってきた。
どうやらクローディアがきたらしい。
ドアが開いてクローディアが最初に入ってきた。
次に入ってきた人たちの顔を見てホノカの口がぽかんと開く。
「うわぁ~」
クリス殿下、フェルナン、オルベルト、ジャックが並んだ。
美形が並ぶと壮観だが、この人たちと踊るのかと思うと複雑だ。
「なんか、スチルにあったような気がする……」
「あったようなって、覚えていないの?」
「このゲーム、ものすごく好きってわけじゃなかったので。細かいところは全然覚えていません」
きっぱりと言い切るホノカは真顔だ。
「……普通はダンスレッスンじゃなくて舞踏会じゃないの?」
「それはたぶん、ラストの方ですよ。成功の祝賀会かなんかで踊る人とエンディングってのは定番ですしね」
「なるほど……。ここで誰かを選ぶと、その人のルートに入るとか?」
選択制ゲームにありがちな場面だ。
ホノカの笑みがひきつったかと思うと、がしっと腕をつかまれた。
「アリス姉さん、踊りましょう!」
借り物競争に指名された気分だ。
「こらこら、私は女性パートしか踊れないし、だいたい私なんかモブですらないでしょ?」
「でも主人公とこんなにがっつりからんじゃってるってことは、モブで出ていたかもしれませんよ。実はサポートキャラだったとか?」
「最悪、モブでいいから。とゆーか平民がサポートキャラってありえないからね」
恋愛ルートを人に押し付けようとするホノカに言い切ると、すぐに話を変える。
「そうだっ、クローディア様と踊って友情エンドはどう?」
「それもちょっと……将来の王妃様と友達って、なんか恐れ多くて気が引けるというか……」
「ホノカちゃんは聖女だし、私なんか本来は恐れ多くて近づくことすらできない存在なんですけど?」
「ええっ、そこはほら、日本人の記憶を持っている仲間ということで」
「お前たちは何をこそこそ話しているんだ?」
クリス殿下がいらっとした様子を隠そうともせずにこちらに声をかけてきた。
とたんに背筋を伸ばす二人。
不機嫌そうな殿下に話しかける勇気はないので、一番声をかけやすいオルベルトにアリスは声をかける
ことにした。
「ええっと、オル様はどうしてここに?」
「ホノカさんの稽古に付き合えと殿下に言われまして……」
まだ何もしていないのに疲れた顔をしているオルベルトがちょっと気の毒になった。
家に帰って寝るところだったのに、断れなかったのだろう。
疲れている顔がまた艶めかしかったりするものだから、正視するのがためらわれた。
もっと困らせたくなるオルの魅力から目を背けると、ジャックが目に入った。
「ジャック様はそこで何をしているのでしょうか?」
「……オルと同じだ」
悲しいかな、宮仕えは否とは言えない。
ジャックは不機嫌さを隠そうともせずにむすっとしているが、その表情を眼鏡がまた魅力的に見せている。
おそるべし眼鏡マジック。
精神的に何かごっそり持っていかれそうな気がしてアリスは心の中で深いため息をついた。
誤字脱字の訂正をしました。