まだ二日目なのに 4
とんだとばっちりを受けたのは本日の護衛、オルベルト・カルティオだろう。
教団おかかえの神官であり騎士である彼は19歳という若さでありながらも聖騎士団の中でもトップクラスの強さを誇る。
いわゆる細マッチョな彼は回復魔法も使える万能型の魔法剣士だ。
指定された時間に指定された場所に向かえば、商人がよく使う馬車があった。
「あれですね……」
フェルナンからホノカの世話係が一人増えたことは聞いている。
それが商人のドット家令嬢、アリスということも。
ホノカが切望して彼女が選ばれたとだけ聞いているので、どんな人なのかワクワクしながら馬車に近づいた。
なぜか青い顔をした御者がオルベルトを出迎え、無言で馬車の中に入るように促す。
「どこか具合でも悪いのですか?」
「いえ、いたって健康ですのでお気になさらず」
御者は青い顔色のまま元気よく答える。
「そうなのですか。それならいいのですが……本日はよろしくお願いします」
御者に挨拶を済ませたオルベルトは馬車の扉をあけた。
そして御者の顔色が悪かったわけを知る。
馬車に乗り込んだ彼は中にいた人をみて硬直した。
「………………え?」
見たことのない令嬢がアリスだということはわかった。
ホノカがいるのはわかるが、中にはもう一人いた。
何度も見たことのある顔がドレスではなく侍女の服を着ている。
ご令嬢のドレスでは目立つからという理由で着替えさせられたのだ。
「オルベルト・カルティオ様ですね?」
赤銅の髪に金色の目、聖騎士団の象徴でもある真っ白なマント。
人が好さそうなイケメンとホノカから聞いていた通りなのでアリスが声をかけると、彼は首だけを縦に動かした。
「初めまして。アリス・ドットと申します。本来なら外で待つところですが、こういう事情なので失礼ながら中で待たせていただきました」
オルベルトは混乱していた。
自分の見間違いでなければ、侍女の服を着ているのは公爵令嬢だ。
なぜ公爵令嬢が侍女の服を着て商人の馬車に乗っているのか。
「カルティオ様、とりあえずお乗りください」
アリスに促され、オルベルトは公爵令嬢の顔をした侍女の隣に腰を下ろした。
彼女から離れるように壁にくっついている様子は滑稽で、聖騎士団の白いマントが広がらないように体に巻き付けているさまは芋虫のようだが、笑うわけにはいかない。
アリスは御者に出るように告げると、改めてオルベルトを見た。
「本日、突然召喚されたホノカちゃんの気持ちを味わってもらうべく、彼女を我が家に召喚……もとい、招待することにいたしました」
「は?でも警備は……」
「家の中はまだですが、外回りはアストゥル様が手配しているはずです。ホノカちゃんには王様がつけた影の護衛もついているから問題ないでしょう」
「まぁ、フェルナン殿なら手配済みでしょうけど……」
アリスのいい笑顔におされるように頷く。
にこにこしているホノカとは対照的に、クローディアの笑みは引きつっている。
目はどんよりとし、死んだ魚のようだった。
彼女はドット家の生活スタイルが一般的な庶民よりも貴族に近いからこそフェルナンが許可を出したという事を知らない。
もしアリスの家に使用人の一人もいなかったら、絶対にこの二人に外出許可など出さなかっただろう。
「昨日もジャック様がお一人で護衛でしたから、実力的にカルティオ様も大丈夫ですよね?」
「えっ、そうなの?」
まったく知らなかった話にオルベルトは素直に驚いた。
大丈夫なのか、こいつ。
全員の目が不安そうにオルベルトに向けられた。
「あと、お二人が高貴な身分だとばれたら困るので、この馬車に乗り込んでから明日城で馬車から降りるまで過剰な貴族言葉はご遠慮ください。基本、ため語でお願いします」
「えっ、ため語って、無理でしょう……あれ、というか君も俺に丁寧に話しているよね」
おろおろしながらも意外と冷静だ。
「先輩や目上の人に対する敬語は普通ですから」
「ああ、そういうことか……」
それでもオルベルトは落ち着かない様子でホノカとクローディアの顔をいったりきたりしている。
「ホノカちゃんは食べたいものはある?」
「ええっと……生姜焼きとか食べたい。あとお稲荷さんとか納豆とか……」
「お稲荷さんかぁ。おいしいよね……ああでも豆腐がないから一か月くらいまってくれない?」
「えっ、ないんですか?というか作るんですか……」
穂香の目が驚きで丸くなる。
「だって食べたいでしょ」
「そうだけど……この世界にないのに一から作るのは……」
アリスはにっこりと笑った。
「豆はあるから問題ない。にがりが手に入らなくて試行錯誤中なの。納豆はまだ無理。色々と実験したいしね」
ジャックという魔法使いと知り合いになれたのは僥倖だ。
豆を発酵させておいしいものを作ってジャックに発酵のすばらしさにはまってもらおうと計画中だ。
発酵のすばらしさに気づけば研究大好きなジャックの事だ、勝手に色々と食材を発酵していくだろう。
その恩恵を受けられればそれでいい。
というか、それが目的だが。
「成功することをお祈りしますっ!」
そういいつつしっかりと祈るように手を組み合わせている。
「そういえば夕べ食べた唐揚げとか肉じゃがは醤油みたいな味でしたけど」
「そうよ。醤油だもの」
アリスは味をわかってくれたホノカに得意げにほほ笑んだ。
「苦節三年かかって、ようやく五年前に完成したの。おかげでみたらし団子が売れるようになったし。醤油と照り焼きソースを大量に製造中なんだ。半年後に売り出す予定なの」
「ええっ、そうなんだ!」
「総菜屋を開く予定だから、ついでに調味料も売り出そうと思って」
「ちょっ、ちょっと。そんな重要な話をこんなところでしないでちょうだい」
クローディアが慌てたように口をはさんだ。
「大丈夫ですよ。今は半年後のオープンに合わせて少しずつ情報を流している最中だから」
「どういうことなの?」
「小出しに噂を流して期待感を煽ったところで店を開けば、お客の好奇心が刺激されて買いに来るでしょ。味には自信あるからリピーターは絶対いると思う!まずは買いに来てもらわないとね」
クローディアは感心したようにアリスを見た。
「面白いことを考えるのですね」
「商人の武器は情報ですからね。いかに情報を広めるか、いかに情報を集めるかはどこの商人も同じです」
貴族社会も似たようなところはあるのでクローディアはすんなりと納得したが、情報を広めるという観点が新鮮だった。
「ですからクローディア様も我が家で食べた夕食の味は皆様にお話してくださってけっこうですよ」
というか宣伝のためにしてくれ、という言葉は飲み込んだ。
「庶民の味というのも意外と馬鹿になりませんから」
自信たっぷりのアリスになんとなくプライドを刺激されたクローディアは鼻でふふんと笑って見せた。
「そこまでおっしゃるのなら、期待しておりますわ」
「アリス姉さん、大丈夫なんですか?」
さすがに不安になったのかホノカがおそるおそる尋ねると、アリスはちょっと黒い笑みを浮かべた。
「あらゆる国の人間を虜にする日本食をなめたらだめよ、ホノカちゃん」
世界各国の料理をさらに研究してよりうまいものを追求するのが日本人だ。
アリスもまた例にもれず、オリジナルよりもグレードがアップしたものを作ることに意欲を燃やしていた。
「特に唐揚げと焼き鳥の魅力は誰にも抗えないのよ」
おろおろするホノカ。
なぜかアリスをライバル視して燃えているクローディア。
悪人のような笑みを浮かべて悦に入っているアリス。
オルベルトはそっと視線を外して空気になることに徹した。
ブックマークと感想、評価とありがとうございます。
感想の返事はシャイなのでしませんが、読んだ後は布団の中で悶えています。
誤字脱字の訂正をしました。
文章をちょっと変えました。いない家だったら→いなかったら