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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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黒幕、登場


 アリスは苦々しい表情でオルを見た。


「それと私を殺そうとしたのは別の話じゃない?」


 ジョンとも話をしたが、勇者に一番近い者はルークだ。

 ルークを殺すのならばわかるが、なぜアリスを殺そうとするのかがわからない。

 もちろん聖女に精神的ダメージを与えるという点では有効だろうが、オルならばもっと効果的なダメージを考えそうだ。


「うん、そうだね。君は僕が殺してあげたかったんだ」

「は?」

「他は魔王に殺されてもいいけど、君だけは僕が殺してあげたかったんだよ」

「意味が分からないわ」

「そう?魔王が復活すれば僕はもちろん、この場にいる人間は皆殺しだよ。魔王に殺されるくらいなら、僕に殺されて」


 爽やかにとんでもないことを言われ、アリスの脳みそは考えることを拒絶した。


「ホノカちゃん、私、オルが言っていることがよくわからないんだけど」

「ああ……まぁなんといいますか、人の愛し方は人それぞれですから……自分の愛する人の生死を他人に握らせたくないってやつじゃないですかね。愛されていますね、アリス姉さん」

「もっと普通に、花束とかわたしながら君が好きだとか、そういう展開を夢見ていたんだけど」


 乙女な思考にホノカはこんな時だけどちょっと笑ってしまった。


「へぇ~。君みたいな女傑でも、そういうのに憧れるんだ」


 なぜかオルも驚いているのにはさすがのアリスもむっとする。


「悪かったわねっ。男がいつまでたっても少年の心を忘れないように、女だっていつまでたっても乙女心を忘れたりしないのよっ!」


 びしっと言い切るアリスの横でホノカが小さくつぶやいた。


「なんか違う……」


 まったく緊張感のないやり取りに、クリス王子達は立ち直る時間をもらった。

 王子自ら剣を抜いてオルに襲い掛かる。


「あのバカっ!」


 ジャックは頭を抱えてうずくまりたくなった。


「ここは私がいるから、ジャックは王子を」

「出入口は危険だから、奥へ行け。最悪、聖堂をぶっ壊してもお前らは守る」


 ジャックがオルに向かって行くのを見てからアリスはホノカの手を取り、壁伝いに移動する。


「ジャックとオルってどっちが強いのかな」

「戦闘力で言ったらダントツにジャック」


 国一番というより世界一といってもいいだろう。


「ただし……味方が周りにいない状態に限ると思うけどね」

「つまり?」

「火力がでかすぎて周りに被害が出るから本来の実力が出せない」

「だ、大丈夫なんですか?」

「血塗れジャックは伊達じゃないわよ。身体強化だけでも十分に強いし」

「アリス姉さんとどっちが強いの?」


 何を期待しているのか、ホノカの目が無駄にキラキラと輝いている。

 緊張でがちがちに固まられても困るが、リラックスしすぎではないだろうか。

 アドレナリンが出すぎてナチュラルハイになっているようだ。


「普通に、魔法が使えるジャックに決まってるわよ」


 魔法ナシなら勝てる自信はあるが。

 打ち合わせ通りにフェルがこちらへやってきた。


「グレイ小隊長がいないのが痛いわね」

「馬車が爆発したから、案外中に入るのに手間取っているのかもしれない」

「あれ?フェルは参加しないの?」


 ホノカの疑問にフェルは苦笑する。


「忘れたのかな?私は盾だよ」


 この時点で一番の重要人物は王子ではなく聖女であるホノカだ。


「君は参加しないのかい?」


 フェルの視線がアリスに向かう。


「私が参加するまでもないので」


 ちらりと金髪の青年に目をやると、ああ、とフェルは小さくつぶやいた。

 ホノカは手を胸の前で祈るように組んだ。


「ジョンのためにルークが戦う……」

「…………うん、間違ってはいないんだけどね」


 いつでもどこでもぶれることのないホノカの信念にアリスは戦慄した。

 この状況下でもなお自分のアイデンティティを忘れない。






「どうしてっ、なぜだ!」


 気が抜けたアリスとちがい、クリス王子は緊張感の真っただ中にいるようだ。


「なにがだい?」


 オルは困ったような笑みを浮かべている。


「みんな、みんな死ぬんだぞ!なんでそんなに平然と……」

「なぜって、死だけは平等だよね。だからかな」

「意味が分からないっ!」

「誰であろうとも、死は一度きりだ」


 クリス王子の攻撃を剣で受け流しながらオルは淡々と説明する。


「一度だけなんだよ」


 クリス王子にはわからない。


「だからと言って魔王に殺されて人生お終いってのは違うだろっ」


 ジャックが背後から蹴りを入れながら文句を言うが、オルはなんなく避ける。


「病気で死のうと、誰かに殺されようとも、死は死だよ」

「それだけじゃないだろーが。残された奴らはどうなんだよっ」


 ジャックの言葉にオルは嗤う。


「魔王が残してくれればね」

「人類が全滅してもいいのか?」

「かまわないんじゃないかな」


 オルは魔力をまとった拳をよける。


「それとも、犬や猫が生き残って人だけがいなくなるのが許せないとか?だとしたら随分とおごった考え方だね。人だけが特別な存在だとか思っているんだ?」

「別に思っちゃいねぇよ!僕は辺境生まれだっ、自然に合わせて生きる大切さぐらい知っているさ」

「うるせぇっ!」


 ジャックとオルの間に剣が振り下ろされる。

 二人は後ろに飛びのいて離れた。


「王子は邪魔だ、下がってろ」


 ルークのぞんざいな口調にクリス王子はむっとする暇はなかった。

 あふれだす殺気に自然と後ろに下がる。


「アリスと聖女を守るのがアンタの仕事だろ」


 ちらりとアリスの方を見てからオルに視線を戻したルークはジャックなどお構いなしにオルに向かって行った。


「うわっ」


 ルークの容赦ない猛攻にオルが一歩、二歩と下がっていく。


「君、強いんだね」

「つまんねーなら笑うんじゃねーよっ」


 ルークはオルを睨みつける。


「笑う事しかできねぇ道化はさっさと退場しやがれ」


 重なった剣を力づくで押しやると、オルは後方に吹っ飛んだ。


「ふっ、あはははは」


 床を転がって起き上がるとオルは大きな声で笑った。


「道化かぁ。初めて言われたよ。でも、間違ってはいないかな。だって僕が危なくなっても誰も助けに来てくれないし、ねぇ?」


 オルの視線が入り口の方に向けられた。

 全く人の気配に気が付かなかった一同は、入り口に立っている人影に気が付いてぎょっとする。

 いつからいたのだろうか。


「素晴らしいショーに思わず見入ってしまいましたよ。さしずめ、青年の主張、第一回弁論大会といったところですか」


 わざとらしく皮の手袋で拍手しながらゆっくりと中に入ってくる男は、アリスも見知っているモノクルの男だった。


「厄介な奴が来た……」


 アリスが小さくつぶやいた。

 勝てる気がしない相手。

 戦ってはいけない相手。

 格上の、相手。


「ルーク!」

「聞けねぇなっ!」


 グレイ小隊長の到着を待っていられるほど悠長にやってはいられない。

 ルークは垂れ流していた殺気を収めた。


「魔法使い、そいつは任せた」

「ああ」


 モノクルの男はちらりとオルを見てからルークに視線を戻すと足を止めた。


「おや、君はカフェにいた魔王様の部下ではないか」

「部下じゃねぇ。相棒だ」

「相棒?」


 男は不思議そうにルークを見た。


「貴方は何ができるのですか?」


 素朴な疑問だった。


「魔王様は世界を滅ぼせる。貴方は何ができるのですか?」


 相棒というからには同等でなければならない。

 だからこその疑問と問いかけだった。


「こいつが世界を滅ぼせるんなら、俺は世界を救えるな」


 何も考えていない言葉だ。

 小さな子供の様に、ただ対抗したくてムキになって相手の言葉とは真逆な事を言い返すだけの、ただの言葉。

 それなのに、男は鼻で笑い飛ばすことができなかった。

 以前、出会った時とは違う覇気を感じる。

 圧倒的な存在感は己を越えているとはいえないが、近いものがある。

 中途半端な、と考えた瞬間、男の中で何かが閃いた。


「まさか……お前が勇者?」

「知らねぇよ。魔王が復活すりゃあはっきりすんだろ」


 そう答えながらルークは忌々し気に眉をひそめた。

 横たわっているジョンを見てから、ルークの中で何かが変わり始めている。

 熱の塊が体の中を駆け巡っているような感覚だ。

 細胞の一つ一つが活性化をはじめ、生まれてくる熱がゆっくりと体に変革をもたらしていく。

 自身の気持ちとは裏腹に、体が動きたがっている。

 寝ようとしても、遊び足りなくて眠れなかった幼いころを思いだす。


「ジョンを起こすのは、お前を倒してからだ」


 第二ラウンドが始まった。




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