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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第一章 出会い
12/202

長い一日 11


 ホノカは感動に涙を浮かべていた。


「ふおぉぉぉぉぉっ!これは唐揚げじゃないですか!こっちは肉じゃが?みたいな!」


 特別にお箸を用意し、いわゆる日本風の夕食を演出した。


「しかも白飯っ!白いご飯!ああ……なんて懐かしいの!夢にまで見た米っ!」


 美少女がよだれをたらしながら目をキラキラさせている姿はなかなか残念な光景だ。

 テンションの高いホノカにジャックは引き気味だが、アリスの両親はにこにことそんなホノカを見ていた。


「やっぱり女の子は華やかでいいねぇ」

「そうねぇ。アリスはこういう可愛げがないから、新鮮だわぁ」

「わるぅございましたねっ!」


 両親は放っておいて、アリスは舞い上がっているホノカに目をやった。


「さぁ、食べましょう。マルグリート様もおかわりはたくさんありますから、遠慮しないでくださいね。今日は唐揚げ祭りですから」

「なんだその唐揚げ祭りとは」

「肉料理です。使用人も同じものを食べてその美味しさを共有する我が家だけのお祭りです」


 大皿に山積みされた唐揚げにジャックは眉をひそめたが、使用人も同じものを食べると聞いてこの山積みに納得した。

 食べ残ったものが使用人たちに振舞われるのだろう。

 だがジャックは知らなかった。

 これらは全部、このテーブルについた者達の分なのだ。


「お好みでタルタルソースやレモンをかけても美味しいですよ」


 アリスの説明に合わせてメイドが調味料の入った小さな器を置いていく。


「さぁ、食べましょう!」

「おおーっ!」


 気合の入ったアリスの掛け声に、ホノカは気合を入れて返事をし、お箸を手に取った。

 ジャックはフォークを手に取り、見たこともない唐揚げなる食べ物を口に運ぶ。


「なんだこの味は!舌に広がる肉の味……くっ……抑えきれない食欲があふれ出して止まらなくなるっ」


 そこから先はもはや何も考えることができず、ただひたすらに食べる機械とジャックは成り果てた。

 そんなジャックを見つめる親子。


「……お母さん、貴族の舌も満足みたいですよ」

「でも、まだ一人だけでしょう。サンプルが足りないわ」

「次の護衛に期待ですね」

「そうねぇ。みなさんの反応を見てから今度オープンするお惣菜屋さんのラインナップに加えましょう」


 ホノカの護衛で泊まりに来る者たちに、試食をさせて反応を見ようという作戦だ。

 ちなみに唐揚げ祭りというのはジャックに不信を抱かせないでっち上げである。

 転んでもただでは起きない親子は顔を見合わせるとニヤリと笑った。

 甘味処を成功させたアリスの次なる目標は万民受けする総菜屋である。

 これから入れ代わり立ち代わりにやってくる護衛達に何を試食させようかとアリスはうきうきしながら唐揚げのジューシーな肉汁を堪能した。


「ごちそうさまでした。美味しかったですぅ!」


 満足そうなホノカの横で、ジャックは食べ過ぎて苦しんでいた。


「なんだこの肉は……後味を引く……止まらなくなる……」

「食べすぎにはこちらのお茶がいいですよ」


 すかさずアリスは消化を促すという取り寄せたばかりのハーブティーを出した。


「すまない……」


 人体実験をされているとはつゆ知らず、ジャックはありがたくそれを飲み干す。

 あとの経過観察はお客様担当のメイドの役目だ。

 こうしてドット家は長逗留するお客様(試食の実験体)の存在に感謝しつつ心からのおもてなしをしようと固く心に誓った。






 自室に戻ったアリスは寝間着に着替えると、ベッドに倒れこんだ。


「ああ……疲れた……」


 あまりにも濃い一日に、心身ともに疲れ果てている。

 しかし貴族と知り合えたのはラッキーだ。

 ホノカには感謝している。


「乙女ゲームの主人公かぁ……」


 色々なタイプの男性と恋に落ちるなんて、そんなのはゲームだけで十分だ。

 アリス、二十歳。

 恋人なし。

 ドキッとしたりときめいたりしたことはあっても恋に落ちたことはない。


「………………こ、恋人なんてまだ必要ないんだからねっ」


 誰に言うともなしに呟いてからアリスは布団の中に潜り込む。

 疲れ果てていたアリスは三秒後、寝息を立てていた。

 こうしてアリスの長い一日が終わった。



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