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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第一章 出会い
11/202

長い一日 10

「……なんだこの量は」

「うわぁ、学校の図書室みたい!」


 ちょうど広さも学校の図書室くらいだろうか。


「絵本コーナーはそっちね」


 アリスが指さすと、ホノカは楽しそうにそちらへ向かった。

 ジャックも興味深そうに一つ一つタイトルを読んでいく。


「これは……なんでこんな希少本がここにあるのだ?」


 魔術関連のコーナーで足を止めたジャックが頭を抱えて叫んだ。


「しかも隣にあるのは禁書じゃないかっ!」

「えっ、そうなんですか?」


 アリスのほうがびっくりだ。


「ドット家というのは学者の家系なのか?」

「いいえ。父は元料理人だし、母は菓子屋の娘でしたし、どちらかといえば職人系?」

「だが、古書も多い」

「私の読書傾向が雑食なので、友達がプレゼントにくれるんです。あいつら本だったらなんでもいいやって適当に出先で買ってくるんですよね。手抜きにもほどがあるというか……」


 特にねだったわけでもないのだが、なぜか彼らの中ではアリスのご機嫌取りには本が一番当たりはずれがないと思われているらしい。

 アリスだって人並みにご当地のなんちゃらかんちゃらをお土産に欲しいと思うのだが、いやげもの(もらって嬉しくない嫌なおみやげもの)だと何をされるかわからないと思われているのだ。

 幼いころのヤンチャの影響は今も引きずっている。


「確かに、節操のない書庫だな。それにしても、ここにある本は全て読んだのか?」

「はい」

「……建築学におけるアーチの重要性についても?」

「はい。最初は意味が分からなくて、でもその意味の分からなさが面白くて読み切っちゃいました。作者のアーチ愛が面白かったですよ」

「……こっちの呪術は?」

「いわゆるおまじないの特集です。どんだけ呪ってんだってくらいたくさんの呪詛があって笑えましたよ」


 そもそも集める材料で干からびたカエルやら干したトカゲなどは定番なのでまだいいとしても、魔物となったイノシシの牙やらトロルの涙などはどうやって手に入れるのだろうか。

 強力な呪いの材料もやはり特殊なものが多く、自力で、あるいは金にものを言わせて全部集められる能力があれば呪いに頼らず自分で何とかできそうな気がする。


「マルグリート様でしたら、こちらの本なんか興味深いのでは?」


 アリスは一冊の古書をジャックに見せた。


「これはっ!」


 手に取ったジャックの手が震えている。


「建国に携わった初代宮廷魔術師長の研究論文じゃないかっ!」

「古代魔法と当時の現代魔法の相違と融合における効率と威力については造詣が深くて面白かったです」

「……理解できたのか。本当に、どうして高等学校に進まなかったのか……」


 アリスの知識は無駄に幅広かった。


「好きなように経営できるチャンスが目の前にあったんですよ。勉強はいつでもできるけど、チャンスは逃したら巡ってこないかもしれないじゃないですか」

「なるほど。君はみかけによらず随分と貪欲なんだ」

「商人の娘ですからね。商売の見極めと同じです」


 ジャックは妙にアグレッシブなアリスに関心を持った。

 商人の娘らしく金勘定に貪欲でいて出し惜しみしない。

 何よりも、話していて楽しい。


「そういえばドット商会は孤児院も経営していると聞いたが?」

「はい。手に職をつけることを推奨して、ようやく軌道に乗り始めたところです」


 ドット商会の孤児院はただの孤児院ではない。

 子供がある程度大きくなると契約を交わす。

 警備関係、経済関係、使用人関係のどれかに就職すべく教育を受ける代わりに、かかった費用を将来返すというものだ。


「幸い、優秀な子が多かったので無事に高等学校も卒業できて就職もできました」

「知ってる。君のところの孤児院出身の子が一人、魔法省に入ってきた」

「えっ、魔法師?」

「いや、文官で」

「ですよね……」


 いわゆる使い物になる魔法が使えるのはたいていが貴族だ。

 たまに先祖返りなのか貴族の血筋を持つ庶民からも魔法使いが出るが、確率は低い。


「そうそう、マルグリート様もいらない本があればドット商会が引き取りますよ」

「何に使うのだ?」

「孤児院に寄付です。本は高いですからね~。どんなジャンルも大歓迎ですよ。ああ、孤児院の図書室には変な本も多いですから、きっとマルグリート様が好きそうな本もあるかも」


 そう言ってからアリスはにやりと笑った。


「本を十冊以上寄付していただくと、もれなく一年間の図書貸し出しパスを発行しております。借りられる部数は3冊まで、期限は二週間。よろしければぜひ、書籍のご寄付をお願いしま~す。王立図書館にはない変わった本が多いので、本好きにはたまりませんよ」


 流れるようにしゃべるアリスの口調はもはや店頭販売のようだったが、ジャックは心惹かれたようだ。


「ここを見ればお分かりのように、ラインナップには自信があります!」

「そうなのか」


 この部屋並みにそろっているのなら、確かに一見の価値はあるだろう。

 幸いにして魔術師という職業柄、読み終えた本は山のようにある。


「詳しくは、ドット商会本部図書係までご連絡ください」


 気分は通販番組のアナウンサーだ。

 何をかくそう、ドット商会の運営する孤児院は評判がいい。

 孤児院出身の子達ががんばってくれたおかげでもある。

 知識と礼節はどこに行っても歓迎されるのだ。

 脳みそまで筋肉かって突っ込みたくなる人たちが多い職業では読み書きや計算ができる人間はとても重宝される。

 書類の書き方を知っている新人はすぐに使えるとあって実践型の文官として重用される。

 それもこれもアリスが読書を推進した成果だ。


 どうして孤児院の図書室がこんなにも充実したかというと、秘密がある。

 それは人には言えないような趣味を持つ方々のための秘密の図書室がある。

 貴族の書棚に置いてあるとちょっと身内にも外聞的にも恥ずかしい本だ。

 いわゆる官能小説から始まり、BL本やユリ本、SM関連の本というラインナップである。

 こちらは本の寄贈だけでなく一定以上の高額寄付金を寄せてくださった方々向け用の秘密のサービスである。

 この秘密の図書室は噂を呼び、けっこうな寄付や寄贈があるのだ。


「明日、すぐにでも使いを出そう」


 ジャックは期待のこもった目で本を見つめていた。

 チャリーン、というお金の音をアリスは聞いた。



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