尻尾 3
ジョンは困ったように笑ってアリスを見た。
「神々がいらない祈りを浄化という名で掃除をするのが聖女だ。世界の在り方に干渉するのは世界の理に縛られたものでは無理だから、別の世界の別の理をもつ存在にやらせている」
「じゃ、じゃあ封印が弱まるたびに聖女が召喚されるのって……」
「邪悪な祈りってのはいつの時代でもあるし、塵も積もれば山となるだろ。魔王が神になられて困るのは神々も同じなんだ。ある一定量、ごみが溜まると聖女を呼んで掃除させる」
「魔王の魂は消せないの?」
「存在しちまった時点で世界の理の一つになったから無理だ。これは悪意のある祈りをポイ捨てして放置した神のせいだな」
ジョンの説明によると、魔王の封印というのは邪なる純粋な祈りのごみ箱だという。
ゴミ箱からごみが溢れそうになるとゴミ箱を空にするべく聖女が召喚され、そのタイミングは人々にもわかりやすく封印が弱まるという形をとっているのだ。
「聖女の力が弱いと掃除しきれなくてゴミが溢れちゃうの?」
「いいや。この世界に来る時点で掃除できるスキルは神によって与えられるから、それはない」
もともと浄化というスキルを最大限に生かせる個体を召喚するので、この世界に召喚された時点で何の問題もなく浄化できるのだ。
魔王が邪神になられて困るのはこの世界の神様なので、その点は抜かりないとジョンが断言する。
「ん?という事は……」
召喚された段階で、最低限、掃除を終わらせるだけの(浄化し封印の強化)力を行使できる。
嫌な事にアリスは気が付いてしまった。
「聖女って修行しなくても……」
なまじ乙女ゲームの知識があったがゆえに、ホノカとアリスは勘違いをしていた。
浄化を行うための神力は最初から使えるのであって、神力を上げる云々はあくまでもゲームを盛り上げるためのスパイスだった。
「浄化能力を上げるって修行なら無意味な行為だな」
アリスの疑念をジョンはためらいもなくぶった切った。
さすがにルークも遠い目をしてアリスから視線を逸らす。
「修行も、まぁ長い目で見ればホノカちゃんのためにもなるし……今の話は聞かなかったということで」
「ひでぇ……」
コンラッド伯爵のシゴキがどれだけきついのか見て知っているルークは今も頑張っているであろうホノカに心の中でエールを送った。
「じゃあ、あのモノクルの男は何なの?」
「アレもまた魔王と同じだが、その過程で魔王が力を貸した。俺が天然ものならあれは養殖だな。魔王に作られたから魔王に忠誠を誓っている」
ジョンは小さくため息をついた。
「アレは魔王を慕っている故に魔王を復活させるべく人を扇動する。それだけの存在だ」
「なんでアイツ自身が魔王を復活させないんだ?」
ルークが疑問をぶつけると、ジョンは大きくため息をついてみせた。
「魔王を復活させたいという祈り自体は純粋で、他人を害する邪な祈りじゃないから影響がないんだ」
どんなに純粋でも内容が魔王復活なのでどの神様もそれを放置している。
魔王を復活させて人間社会を蹂躙する、という祈りならば話は違っていただろうが、モノクルの男はあくまでも魔王復活だけを純粋に祈っているのだ。
それでは封印に影響は与えられない。
「アイツはそれを知っているから、人の悪意を助長させて邪なる純粋な祈りを生み出そうと暗躍するんだ」
「…………なんだよそれ。敵の尻尾を掴んだかと思ったらわけわかんねぇ話になって、俺はどうしたらいいんだ?」
ルークの脳みそに限界が来たようだ。
頭を抱えてうが~っと叫び始める。
「モノクルの男はジョンの気配をあんたから感じ取って近づいたってこと。基本、放置でいいわ。何か言ってきたら魔王様の意向通りに動いているから口を出すなと言えば問題ないでしょう」
「わかった」
言われたことはきっちりこなすルークである。
そんなルークをアリスはちらちらと何か言いたげに見ている。
その視線に気が付き、ルークは不思議そうに首をかしげた。
「なんだ?」
「うん……あのさぁルーク……」
アリスは言いにくそうに口を開いた。
「まさかとは思うけど、勇者だったりする?」
ルークの口がぽかんと開き、ジョンが驚いたようにそんなルークを見つめていた。
「なんで俺が勇者?」
「だって……私の周りに聖女と魔王がいるのよ。勇者がいてもおかしくないと思わない?」
「だからってなんで俺?魔王と勇者が親友っておかしくね?俺はアリスと同じ一般人だぜ」
アリスの疑いの眼差しが痛いが、ルークは否定する。
「だいたい勇者なんているのかよ?」
ルークはジョンの方に顔を向けた。
「いるぜ」
爆弾発言にアリスとルークが固まる。
その様子を見ながらジョンはくすりと笑った。
「といっても条件がある。勇者ってのは万が一に備えた最終手段だ。聖女が封印に失敗したら勇者が目覚める。逆に言えば、聖女が失敗しない限り勇者は現れないんだよ」
勇者はまだ目覚めてはいない。
そう、目覚めてはいないだけで自覚があるかどうかは話は別だ。
意味ありげな視線がジョンとルークの間で交わされたことにアリスは気が付かなかった。
「ちなみに失敗したことは?」
「一度もねぇな」
「ほれみろ。俺がジョンとアリスを守ることはあっても、敵になるなんてありえねぇ」
どや顔でそんなことを言うルークにアリスはほっとしたように頷いた。
「そうだよね、ありえないよね」
それなのに、この胸の奥に湧くチリチリとした焦りにも似た感情は何だろうか。
「お前こそ勇者じゃねーの?」
ルークの反論にアリスは目をぱちくりとさせた。
「まさか。私はただの商家の娘よ」
誰が何と言おうとモブなのだ。
堂々と言い放つアリスを呆れたように見るルーク。
聖女と魔王と勇者に慕われるという稀有な存在が普通の人間だと言い張る滑稽さにはあきれるばかりだ。
ルークはからかうように笑いながらアリスに言った。
「まぁ何者であってもよ、そう簡単に尻尾は出さねぇよな」
「だーかーらー、私は平凡な一般人だってばっ!」
ムキになって反論するアリスの様子にジョンも笑った。
「変に強調するから色々と突っ込まれんだよ」
「平凡な女は王都のクソガキどもの頂点になんか立たねーよ」
「よぉし、表に出やがれっ、私が直々に稽古をつけてやるからっ、教育的指導よ!」
「だから普通の女は腕力にものを言わせたりしねえって」
「そうそう、目に涙をためながら可愛く拗ねてこそ普通の女だよな」
腕まくりをし始めたアリスに焦りながらもジョンとルークは笑って宥める。
この関係が続くことを切に祈りながら。
来週はお盆なのでお休みします。
更新は再来週の予定です。