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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
102/202

影 2


「……私、お父さんに毒の事を話しに来たのに何をやっているのかしら」


 なぜか今、グレイ小隊長と一緒に店の見える場所に立っていた。


「どうしてあんパンと牛乳じゃないのかしら」


 手に持っているのは肉。

 クリスマスなどでよく見るような鳥肉の塊で、おおよそ淑女が道端で立って食べるような代物ではない。

 大きめなつばのある帽子に長い髪をしまい込み、深くかぶって顔を隠しているくせにグレイは大胆にも肉にかぶりついていた。


「なかなか美味いな……。この任務について一番よかったことと言えば、部下がうまい店を発見したことだろうか」

「店を出す時に、何軒か美味しいお店があるか調べましたからね」

「なぜ? 競争が激しいぶん、経営が大変になるのではないのか?」

「有名なお店に来たついでにウチのスイーツをお土産に買ってもらったり、混んでて入れなかったお客に寄ってもらったりするためですよ。見たこともないお菓子を出すからには、まず目について興味を持ってもらわないと……」

「食べないのか?」


 グレイを振り返ったアリスは言葉に詰まった。

 肉はすでになく、骨をくわえている美形というシュールな光景にどうしていいのかわからなくなった。

 しかも口の周りは一切汚れていないという不思議な現象には首をかしげるしかない。


「……食べますか?」


 アリスの問いにグレイは驚いたように目をみはった。


「具合でも悪いのか?」

「グレイ小隊長殿は私という女性をなんだと思っているのでしょうか?」


 慇懃無礼になるのはしょうがない。

 いわゆるお嬢様扱いされるのは面はゆいし面倒だが、女扱いされないのは言語道断である。

 ちょっと面倒くさい女である。


「よく食べ、よく寝て、よく動く。商人はやめて私のモノにならないか?」


 真顔で言われ、心臓が跳ね上がった、

 王国でも屈指の美形にそんな事を言われればさすがのアリスも心が揺れる。

 乙女心が刺激されて一気に血が顔に集中してきたのが自分でもわかったが、グレイの手にしている白い骨が目に入った瞬間、驚くほどに高ぶっていた心が落ち着いた。

 目の前にいる男はグレイ・グリマルディ小隊長。

 理知的な外見を裏切る脳キン戦闘狂の男。


「どういう意味ですか?」

「わが小隊に入隊しないか? 私もランスももろ手を挙げて君を歓迎するぞ」

「うん、そうだよね。だが断るっ」


(ええ、ええ、そうよっ、これっぽっちも思ったりしなかったわよっ!)


 心の中で強がって見せるアリス。

 ほんの少しでも、万が一にでも、なんて考えが脳裏を横切ってしまったのは不覚としか言いようがない。

 必死になって脳内でアリスは自分に対して言い訳をしていた。

 根っからの恋愛より商売上等のアリスに乙女心を意識させる男、グレイ。


(なんて恐ろしい男なのっ)


 もはやアリスは何を考えているのか、誰に対して言い訳をしているのかわからなくなっていた。

 商売の事だけ考えていればいいころが懐かしいとすら思うあたり、色々とアリスもこじらせている。


「おい、あの男じゃないか?」


 気を引き締めて店の方を見ると、ジョンが言っていた男が給仕服を着たルークに案内されて席に着くところだった。

 若干引きつった営業スマイルを浮かべるルークと、甘くとろけるような笑みを浮かべる謎のイケメン。


(……ホノカちゃんが喜びそうな場面だよね)


 ゲーム世界の強制力ではなく、聖女の妄想力による世界への干渉。

 確信を持ちたくなくて否定材料を探せば探すほど仮説を否定できなくなっていく。


(でも、なんでルーク? まぁ、見た目はウチの従業員の中じゃピカ一だけどさ)


 孤児院に連れてこられた時は美少女と間違えるほどに可憐で庇護欲を掻き立てる容姿だったが、今は見る影もなくワイルドさを醸し出すハンサムな男に成長した。


「異国の者のようだな……」

「彼の事は?」

「いや、報告にはない。普通に身なりの好い常連客だろう」


 怪しいところはない。

 むしろ堂々とルークに話しかけている。

 というより、ルークにしか話しかけていない。

 ルーク以外の給仕が来ても彼は顔すら向けないのだ。

 一通り観察し終えると、アリスは思い切って彼を間近で観察することに決めた。

 グレイを連れて店に入り、男の近くに座る。

 セットメニューを頼み、グレイと世間話をしつつ男の様子をうかがった。


「お客様、お待たせしました。抹茶とおはぎのセットでございます」

「持ち帰りで君を頼む」

「当店で持ち帰りが可能なのは菓子だけでございます」


 緑茶を噴出さなかったのは奇跡に近い。

 目の前のグレイも秀麗な顔をゆがめている。


「つれないねぇ」

「お客様、私はただの従業員です。お戯れはおやめください」


 ふと周りを見回すと、お耳をダンボにしつつにまにましているご令嬢が多いことに気が付いた。


(ホノカちゃんのお仲間がこんなに大勢……)


 アリスの脳裏に悪そうな笑みを浮かべたジョンの顔が思い浮かぶ。

 まさかとは思うが、集客のためにわざとルークに接客させているのだろうか。

 客を集めるためには親友まで利用する、なかなか悪魔な所業だ。


(……うん、まぁぎりぎり許容範囲かな)


 アリスもたいがいであるが、本当に嫌な事は嫌だとルークは断れる男なのでこの問題はなかったことに決めた。

 断れる男だとしても、言いくるめられる男だとしても、本人が了承していれば問題ない。

 商売の鬼である。


「ただ者ではないな、あの男」


 ぼそりとグレイが呟いた。


「隙が無い」


 不意打ちで襲撃したとしても、成功する気がまるでしない。

 正面でやりあったとしても、勝てるかどうか。


「何者だ?」


 モノクルの男はうっとりとルークを見上げている。

 大きく息を吸い込み、彼のにおいを堪能しているようだ。

 うっとりと目を細めている姿に周りの令嬢たちは声にならない悲鳴を上げている。


「すまないが、ここで待っていてくれないか?」

「はぁい」


 グレイは席を立つと店の外に出ていった。

 部下に指示を出しに行ったのだろうとあたりをつける。

 小隊長殿の不審者センサーに引っかかったのなら、モノクルの男の身元は彼の部隊に任せておけばいいだろう。

 こっちはなぜ彼がルークにこだわるのかを調べるだけだ。

 ルークが離れるのを待って、アリスは席を移動した。

 ここで、店でグレイの帰りを待つと約束したのだから言いつけは破っていない。


(ちょっかい出すなって言われなかったし)


 大人しく男の帰りを待つ女ではない。

 アリスはモノクルの男の前に座った。






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