長い一日 9
しばらくその部屋で話をしていると、メイドが父と母が帰ってきたことを告げた。
「今行きます。お二人は私に話を合わせてくださいね」
二人とも神妙な顔でうなずいた。
一階にある客間にアリスは二人を案内した。
すでに父と母がいて、アリスの顔を見るとほっとしたように笑みを浮かべた。
「お父さん、お母さん、心配をかけてごめんなさい。こちらはホノカ嬢とマルグリート様です。まずはみなさま挨拶抜きにお座りください」
何も言わせずにアリスは口早に指示を飛ばす。
言われた通り、ホノカは椅子にこしかけた。
ジャックもどっかりと椅子に座る。
「今朝、私は家出したホノカ嬢と出会いました。省略して結論を申し上げますと、我が家で預かることにいたしました」
いくらなんでも端折りすぎだろうとジャックは思ったが、彼女の両親は慣れているのか何もいわずに話を聞いている。
「彼女はさる高貴な身分のお方なのですが、つい最近までその出自がわからず庶民として育ったのです。晴れて身分が証明されて現在、お城でその身分にふさわしくなるべくお勉強中なのです」
とたんに二人は同情的なまなざしをホノカに寄せる。
ジャックはシニカルな笑み浮かべた。
お城で教育を受けられるのは王族と王族を守るために選ばれた貴族の子供だけ。
ホノカはそれに当てはまらないが、聖女という高貴な身分はあっているし、召喚される前は一般庶民として育っている。
嘘はついていない。
「が、庶民と貴族では生活スタイルがあまりにも違いすぎて彼女はそれになじめず、徐々に思い詰め、ある日とうとうふらりと城を抜け出してしまったのです」
ちょっと悲劇の物語風にしんみりと説明すると、アリスの思惑通り、二人は可哀そうな物を見るような眼差しでホノカを見つめていた。
「空腹で動けなくなっていたところを私が拾ったのが朝の出来事です。お嬢様の思い詰めたご様子に保護者の方もお心を痛め、令嬢としての教育を急ぎすぎたと反省をし、ゆっくりと教育をしようという方針に転換なさいました」
アリスの説明に両親はふむふむと頷きながら聞いている。
父親に至ってはすでにハンカチで目じりをふいているありさまだ。
「これからは少しずつ貴族の生活に慣れていこうという話に至り、これも何かの縁ということで、我が家から城に通って教育を受けようという運びになりました」
「そうだったのね。色々と苦労をしたのでしょう……」
「貴族と庶民では何もかもが違うからなぁ……」
金が絡まなければ人が好い母と、根っからのお人好しの父はすっかりアリスの話を信じてホノカに同情している。
こんな作り話をあっさりと信用する二人にジャックは呆れていたが、顔には出さない。
「ホノカちゃん、自己紹介をどうぞ」
「は、はいっ。西城穂香です。お世話になりますっ!よろしくお願いします!」
貴族教育の欠片もない頭を下げる庶民の元気のよい挨拶にジャックは少しだけ遠い目をした。
この三か月間、いったいどんな教育を受けていたのだろうか。
教育係のクローディアが気の毒になった。
「いいのよ、庶民は助け合いの精神が旺盛なの。我が家だと思ってくつろいでね。娘が増えたみたいで歓迎するわ」
「そうだよ、ここは庶民の家なのだから、庶民でいい場所なんだよ」
庶民の連発にホノカは嬉しそうに頷き、ジャックは乾いた笑みを浮かべる。
彼も一応、貴族の出なのだ。
「保護者の方から滞在費やら経費は出るから、穂香ちゃんは我が物顔でふるまって大丈夫。親戚の家に泊まりに来た感覚で大丈夫だからね」
「はいっ!」
元気よく返事をするホノカ。
預かるとお金が出ると知り、母がほくそ笑むのをアリスは見逃さなかった。
「貴族のお嬢様になるのなら、我が家は踏み台としてちょうどいいね。アリスはいい事をしたよ」
使用人もいるが、貴族社会ほどマナーはうるさくない。
「それと保護者の方が身辺警護をつけてくださるそうだから、家の中の人数が増えるけど大丈夫よね?」
きらぁん、と母の目が光る。
「それはどの程度なの?警備会社との契約を切ってもいいくらいなのかしら?」
「そこは今までと同じで。いきなり門番が代わったら、いかにも何か事情がありますって宣伝しているようなものじゃない」
「それもそうね」
話を聞きながら、ジャックはフェルナンがアリスを誉めていたことを思い出した。
ジャックには関係ないが、頭の回転の良さと真実を織り交ぜて嘘をつくテクニックといい頭脳労働担当の人間なら部下に欲しい逸材だ。
「とにかく、うちは何もしなくていいって」
「わかったわ。後で詳しく教えて頂戴ね。ちょうどいいから、長期休暇をあげたらみんな喜ぶかしら」
転んでもただでは起きない母である。
潜り込ませる使用人は自分の懐が痛まないので何人でもOKらしい。
「……聞いてみる。あっ」
肝心なことをアリスは思い出し、ジャックを見た。
「期間はどれくらいでしょうか?」
「長くとも二年はかからない」
ジャックの答えにホノカは若干引きつった。
「そんなわけだから、よろしく」
適当にアリスは場を締める。
「穂香ちゃんは本、読めるの?」
「まだ。簡単なものしか読めなくて……」
「私が読んでいた絵本があるから、見てみる?」
「はいっ!」
アリスが立ち上がると、ジャックもしかたなく立ち上がる。
「それじゃあ夕食の席でね」
「そうそうアリス、ホノカちゃんの着替えとかは?」
「あ、忘れてた。ん~、私の服を貸すから大丈夫でしょ」
「そうなの」
なぜか母は満面の笑みでにじり寄るようにアリスに近づいた。
「ねぇ、アリスちゃんが着なかったお洋服でもいいわよね?私が用意しておくわ」
母親の顔をみていれば、何を考えているのかわかる。
アリスはシンプルな物を好んで着るので、ふわふわとしたレースやリボンなどがついた可愛らしい服はタンスの肥しだ。
ホノカならば似合いそうだと思いつつ、可愛いおしゃれをしたがる母親の情熱を向けられて辟易していたアリスは矛先をホノカに向けてくれと祈るばかり。
「じゃ、じゃあ資料室に行っているね」
アリスはそそくさと母親から離れると、廊下で待っていた二人と一緒にドット家が誇る資料室へ向かった。
更新は土日が多くなりそうです。