ファンタジー落語「死人(しびと)売り」 後篇
「ぎりぎりグレーなところだが、あそこを頼ってみるしかないかねえ……」
と、何やら思いついたか与太郎が、クロさんと向かった、とある裏通りの雑居ビル。
与太郎やクロさんのアパートよりもさらに閑散とした通りは昼間から薄暗く、たまに行きかう人間も目つきが悪い。一言で言ってしまえば「剣呑」な雰囲気が漂っている、その雑居ビルの一室に「刻見クリニック」のそっけない看板が。
「え、ごめんください。刻見先生、先生は御在宅でしょうか」
「ああ、与太かい。相変わらず間の抜けたつらぁしてるね。おや、そっちがどうやら噂のネクロマンサーかい」
うす暗い室内には薬棚やベッドに診療机、なるほどここはお医者のようでございます。
丸椅子に座り、くるりとこちらを向いたのはなんとも妙齢の美人医者。しかしそこはクロさん、さすがは死霊術師と申しましょうか。女医のもつただならぬ雰囲気にすぐに気付き、身をこわばらせます。
「ふふ、そんなに緊張するでないよ。なぁに私もあんたと同じ、この世界の住人じゃないのさ」
「へっ? と言いますと、姐さんもどこか異世界の」
「ああ」
件の女医は「刻見益代」と言いまして、異世界じゃあ非合法な闇医者をしていたらしい。
まあこっちの世界でも異世界の医者なんてのは認められていませんから、いずれ合法じゃないんですが、蛇の道は蛇、やはりそこにはそれなりのニーズってものがあると言う話なのでございます。
「それであのぅ、こちらさまに伺えば、死体を都合して下さると与太さんからお聞きいたしやして……」
「ああ、聞いてるよ。こっちにおいで」
「え、あっしはここで」
「いいからおいで!」
与太郎ともども、クロさん女医の後をついて階段を下りていきます。
どうやら地下室らしいそこは薄暗い、いや相当に暗く、静かで、ひんやりとしております。
聞こえる音と言えば、ごぅんごぅんという機械音だけ。与太とクロさん、思わず顔を見合わせてぶるぶる震えておりますと、刻見先生、重々しく扉を押し開きます。
「さぁここだ。どうだい」
「こ、こいつぁ……」
扉の向こうからはざぁああっ、と冷気が噴きこぼれ、その奥の棚にはずらぁりと銀色のカプセルが並んでおります。ハッと何かに気付いたクロさん、カプセルの表面をざっと手で擦りますと、その目がきらきらと輝き出しました。
「お、おいクロさん。そいつぁ一体」
「与太さん与太さん、こいつはすげえ! たったいま切り落としたばっかりみたいに新鮮で破損のない、人間の腕だぁ!」
「ひえっ」
腕入りのカプセルを見せられた与太郎、思わず腰を抜かしそうになります。
しかしさすがネクロマンサーと申しましょうか、クロさんはというと次から次にカプセルを覗きこんで、文字通りの狂喜乱舞というやつです。
「こ、これだけの人体がありゃあ、人造人間を丸まる一体だって作れまさぁ! 刻見先生、もしやこ、こいつをあたしに分けて下さるってんですか!?」
「あぁ、そうしてもらえると、うちも助かるんだけどね」
「ど、どういう料簡でこんなに大量の人体を冷凍保存してるんでさぁ、刻見先生!」
「さぁて、それなんだがね与太」
さても美人医者が説明するにはこういうことでございます。
「つまり、この世界の人間には肉食獣のような爪や足、あるいは翼や尻尾がないだろう? どういうわけかこの世界の人間に取っちゃあ、そういう異形の肉体ってのは一種の憧れみたいなんだよ」
「はぁ」
「で、ここの人間にとっての異世界人てぇのは、往々にして異形の部分を持つ亜人ってヤツだ。こいつは有利な面もあるが、普通に生活するには不便なことも決して少なくない。あたしはほとんどこっちの人間と大差のない体をしてるから、別に不都合はないんだけどね」
「ということはつまり、先生はこっちの人間さんとよその世界の人間の手や足、体の一部を」
「そう、需要と供給ってやつさぁね。ところがどっちかというと、亜人の体を欲しがる人間の方が少々需要が多いみたいでねえ。最近の傾向じゃあ、視覚や聴覚系、嗅覚系に人気がある。まあ若いのは刺青感覚で毛皮とか移植したがる阿呆も多いけどね」
さすがに死体を取り扱ってきたクロさんも、そんな状況になってるとは思ってもいなかったとみえ、目を丸くしております。
「で、亜人の方は亜人で、サイバネティックスっていうのかい、人造の手足を付けたがる輩も増えてきた」
ははぁ、とようやく与太郎、得心が言ったと言うようにぽんと手をうちます。
「てぇことはつまり、需要の低い人間の手だの足だのが余りがちってわけですかい」
「そういうことさ。とはいっても元々は人間の生きた手足、大量処分でもすりゃあ、こっちの手が後ろに回っちまう。だもんで、仕方なく冷凍保存してるってわけさ」
「そりゃあ先生、願ったりかなったりでさぁ。あたしも死霊術師、ネクロマンサーの端くれです。人体の一部、指一本だって無駄にするのは忍びねえ。ぜしともこの人体をあたしに仕入れさせておくんなさい」
「……結果的に誰も困った人がいないからいいようなもんの、これ絵面だけ見ればめちゃくちゃグロテスクな光景ですよ……」
心配そうな与太郎をよそに、刻見先生とクロさん、さっそく契約書を交わし、先生は余った人体を、クロさんは余った人体で新しい死霊をこさえるって寸法でございます。
街を歩くとどこからともなく、夕暮れの涼しげな風にまぎれてクロさんの声、「死人ゥウウ~~、えぇ~~死人ぅ~~~っ。新鮮な死人ウリはいらんかねぇええ~~~……」
・・・・・・・・・・。
さて、売る側、買う側、仕入れする側卸す側。これは万事丸くおさまったてえんなら、こりゃまさしく美談で終わったはずなんですが。
世の中ぁ、そんなにうまくはいかない。
クロさんの死霊商いが順調に行ってるってなると、他のネクロマンサーも黙っちゃいない。中にはちゃんとしたネクロマンサーの資格もなしに、人体を切ったり張ったり、いいかげんな仕事ぉする輩まで出てきて、クロさんもめっきり商売がやりにくくなった。
「あぁ、ちょいとそこの死人瓜売りさん。あぁ、あんたかい、ならいいんだよ」
「これはこれはお巡りさんじゃございませんか。なんぞありましたかな」
「いえねえ、こないだもいい加減な死体売りが出鱈目な手術をやりゃあがってね。右手と左手をつけ間違えただの、目んとこに鼻を縫いつけたとか、とにかく困った連中が多くなってねえ。ああ、おまいさんがそういう商売してないのは、私だってわかってますよ。けど、ここいらじゃもう商売しない方がいいかもしれないねえ」
「そうでございますか、それはそれで寂しゅうございますねえ……」
以前のように「死人ウリ売り」なんぞと洒落こんでいられやしない。さながらその様子は「死人ウリ売りが瓜売りに来て瓜売り売れず、瓜売り帰る瓜売りの声」などという侘しい姿を見ることも少なくありやせんでした。
「すまないねえ、クロさん。あたしも売る相手の身元はできるだけ確認してるんだけど、闇医者ってのはこっちの世界にもいるみたいでさぁ。下手すりゃああたし自身がこっちの官憲に睨まれる立場だから、立ち回りにくいんだよ」
「いえいえ、刻見先生のせいなんかじゃあございません。商売ってえのはいつだって水もの、人さんがうまい商売を思いつけば、それに乗っかろうってえのはどうしても出てくるものです。あたしはあたしで対策を考えますんで、どうぞこれからもごしいきにお願い申し上げます」
クロさん根っから真面目な商売人と見えて、それからしばらくの間は死人瓜売りのほうは棚上げにして、なにやら街の図書館に通い始めた様子。
与太郎なんぞは学生でありながら、普段から図書館なんてえ場所には用はないのですが、クロさんのことも多少は気になっているようでございます。
「やあクロさん。近頃ぁ商売の方はどうだい。おいらに力になれることがあったら、なんでも言っちくんない」
「これは与太さん、ありがとうございます。あたしもあれからこっちの世界、特に法律関係について詳しくなった方がいいんじゃないかと思いましてね。いまは資格取得だなんだとその勉強中なんでございますよ」
「へえ、法律かい。そりゃまたおいらには縁の薄い話だぁな。おいらぁ学生のくせに昔っから勉強の方はとんと駄目なたちでねえ。おまいさん、元いた世界でもそういう勉強ってのは得意な方だったのかい?」
見るとなるほどクロさん、図書館で借りてきた法律関係、衛生関連、営業免許関連の書物なんぞを山と積みまして、熱心に勉強しているようでございます。
「こっちは会社経営に、起業家になるには? クロさん、会社でも立ち上げるのかい」
「へい、表でまっとうな商売をするためには、いっそ会社を作っちまおうと思いまして。与太さん、大学を卒業したらうちに就職しませんかい」
「えぇっ、そりゃあありがたいが、いやはやたいしたもんだねえ。これだけの資料を読み込むだけでも大変だろうに」
しきり感心する与太郎にクロさん、少々照れくさそうにしながらも、こう答えました。
「へい、あたしゃなにしろネクロマンサーですから、資料(死霊)を操るのはめっぽう得意でございます」
お後がよろしいようで……
え~と、これは一度書きかけてほっぽってたお噺でございまして、夏の暑い盛りに遠くから聞こえるのは、まず「毒売り」の声ですな。
「毒ぅ~いぃ~、ぽいずんっ。言いたいこともいえない世の中にお困りの時はぁ~、ぽいずんっ」
なんてぇ馬鹿な枕で、ここから「死体瓜売り」に持っていく予定だったんですが、なんか無暗に長くなりそうだったんでかなりシンプルに書き直しました。