潔癖の俺が吸血鬼転生なんて
俺の名前は浦戸慎也だった。
「だった」というのは今は違う名で通っているからだ。
別に結婚とか改名とかしたわけじゃない。
そう! オレは異世界転生者というやつなのだ。
それも吸血鬼としての転生だ!
前の人生に未練がないといえば嘘になる。親や友人に申し訳ない気持ちもある。
だが死んでしまったのだから仕方ない。
それに何より吸血鬼だ。
特別チートな能力こそないものの、以前の人間の体とは比べ物にならないほどの全能感。
さらに吸血鬼の中でも名家の生まれときた。どうして前の人生にこだわる必要があろうか、いや、ない!
そんなわけで今はヘクターという名で通っている。
幸か不幸か異世界への転生を果たした俺だが一つ大きな問題がある。
俺は潔癖なのだ。
他人の血なんて口にしたくないし、この世界の衛生観念は俺のいた日本とは比べ物にならないほど悪い。
菌やウイルスが元の世界と同じとは限らないとか、吸血鬼の身で病気の心配はないとか、そんなことは分かっている。これは気持ちの問題だ。
潔癖といっても、今は寒冷地(菌どころか人間も凍死するレベルだが)に屋敷を建て住んでいるためその辺の心配はほぼない。
誰も訪ねて来なければの話だが……。
屋敷の書斎で魔導書を読み漁っていた夜、突然屋敷に声が響いた。
「ダーリン!来てあげたわよ!」
屋敷の静寂を破ったのは幼いころから聞いてきた、少し甲高い少女の声だ。
「リズ!来ないでくれって言っただろ!俺はここで引きこもっていたいんだ!」
エリザベス・アールデルス、金髪に紫水晶のような瞳をした美少女吸血鬼、俺の婚約者だ。
引き籠りの婚約者を心配してくれているのか、何かたくらんでいるのか知らないが、こんな極地まで追いかけてきてくれる女の子がいるなんて前の人生では考えられなかったことだ。
「はやく出てきなさいよ‼ 寒いじゃない!」
吸血鬼は寒さに強い。人間では到底立ち入れないような寒さの場所でも平気だ。
つまり、会いに来るやつもいるわけだ。
それにしてもこんな寒い場所にまで俺に会いに一人で来るなんて、ご苦労なことだ。
「せっかく一人で会いに来た婚約者に対してこの仕打ちはないでしょ!」
俺が玄関まで迎えに来ないことにしびれを切らしたのか、リズは不満げに叫んだ。
「俺は来てくれなんて頼んでないぞ。何の用だよ」
聞くべきでないことを聞いてしまったかもしれない。
返事が返ってくるまでに長い間あった。
「私はあなたを外に出しに来たのよ!」
引き籠りを心配するのはどこの世界でも同じということか……。
これ以上待たせて怒らせるのも怖い。
「わかった。今行くよ」
不本意ながら玄関へ向かうことにした。
書斎を出て玄関にむかう。
「遅いわ」
いらいらとした様子のリズをなだめながら客室に案内する。
「まったく、婚約者が引きこもりなんて」
恨み節全開だな。
恐らく一族から婚儀の件とか急かされているのだろう。気の毒ではあるが、正直面倒だし外に出たくないし、もう少し苦労してもらうか。
消毒用のエタノールも塩素もないこんな世の中じゃ、俺は生きていけないしな。
適当にあしらって帰ってもらうか。
「けど、もう大丈夫」
ん? 何が大丈夫なんだ? 俺を外に出す策でも練ってきたのか、小賢しい。
「ケッペキにはこれが効くのよね。取り寄せるのは大変だったわ」
そう言って、リズは懐から、消毒用ウェットティッシュ、エタノールのスプレー、マスク、、塩素系消毒剤、防護服、ファブ●ーズなどなどetc、俺が日本で生活していたころ愛用していたものをぼろぼろと取り出した。
どうやってこれだけのものをしまっていたかも気になるが、一つ、何よりも突っ込みたいことがある。
「なんでこんなファンタジックな異世界にこんなものがあるんだ! おかしいだろ!常識的にかんがえてさあ」
柄にもなく屋敷中に響き渡るような大声で叫んでしまう。
息を乱し声を荒げる俺を見るリズは、先ほどのいらだちはどこへいったのか、恐ろしく冷静な態度だ。
そして、静かな怒りのこもった声で俺に告げた。
「別に、異世界転生はあなたの専売特許じゃないのよ。それに、こういう不思議な能力だってあるの。あなたの夢を壊さないためにずっと隠してきたけどね」
ジーザス。
俺の悠々自適な異世界生活が崩れる音がした。