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出会うべくしての出会い

 僕は臆病な人間だ。誰かと関わると傷つくかもしれない。そして傷つけるかもしれない。それが怖くて人と極度に関わるのを避けていたのかもしれない。誰とも関わらわなければそんな事態に陥ることもない。それでいいとさえ思っていた。いやそう自己暗示のように自分自身を欺いていたのかもしれない。楽だった。楽だったのは事実だ。大学ではそれで十分過ごすことが出来ていた。うまくやり過ごしていた。自分では今の状況には別段、不服はないし、これ以上変化することも望んでいなかった。満足だった。

目を開けるといつもと同じ光景が視界に入ってくる。天井の壁だ。ロフトに寝ているので天井が近い。僕はゆっくりと限りある空間の中で身体を伸ばす。今日も朝がやってきたのだ。ロフトから降り、テレビのリモコンのスイッチを入れ、無造作にチャンネルを決める。テレビから大きな見出しで渋谷駅で男性が刺されるというテロップが視界に入った。


「またか・・・」


抑揚のない声で僕はそう呟いた。

東京は怖いところだ。誰かが言っていたことを僕はふと思い出していた。いざ来てみると確かに東京人は何かに追われているかのように回遊魚のように街中を泳いでいる。その追っているものは果たして時間なのか、寿命なのか、それともスーパーのタイムサービスの時間が迫っているのか僕には判断も出来ないし、理解も出来なかった。そんな東京という得体の知れないものに僕も次第に飲み込まれていっていたのかもしれない。気がついたら無関心、無気力のただ呼吸をするだけのその場に佇む、大衆の中の一つになっていた。それは自分が望むべくしてそうなったのか無意識にそうなってしまったのか定かではないが分かっていることは一つ、僕も染まってしまった・・・ただそれだけだ。

顔と歯を磨き、ヨーグルトを食し、テレビの電源を切り、僕はアパートを後にする。自転車の鍵を開け、サドルに跨ると太陽の日差しが僕を迎えた。そしてペダルを勢いよく漕ぎ出す。毎日が同じ出来事の繰り返し。同じ道、同じ時間、同じ街並み、同じ場所の往来。この世はここしかないのかと錯覚してしまうような同じビジョンの繰り返し。嫌になるね。そうは思っていてもその今の現状に満足している自分がそこにはいた。何も求めないし、何も欲しない。命が有限ということさえ忘れてしまうかのような毎日という寿命を浪費する消費者である僕。誰かに迷惑をかけているわけでもないし、自分の人生なんだし。僕もその一員だ。いや一員だったというほうが正しいのかもしれない。あの時までは。

急激な傾斜の坂を自転車で上り、目的地である大学にようやく到着した。その頃には僕は息が上がり、額には汗、身体にも汗、汗、汗、汗。身体の汗腺から汗がこれでもかという程吹き出ていた。僕はその汗を常備しているハンカチで拭き取る。がそのハンカチでもまかないきれない量の汗が出てくる。何とも言えない気持ちの悪さを覚えつつ、僕は駐輪場から大学構内へと歩を進めた。季節は冬ということで涼しいはずなのだがコートを着ているため熱が果てしなくコモる。構内に入ると普段のアパートの生活とは違う世界に飛び込んだかのようだ。見渡す限り人だ。どこを見ても人が視界に入ってくる。そしてその表情も様々だ。何が可笑しいのかニタニタと笑っている男、異常なテンションで大声を上げて笑っている女。


「(馬鹿が)」


僕は舌打ちをしながら侮蔑ブベツの念を込めて吐き捨てるように心の中で唱えた。毎日、毎日ここに来るとこうだ。何がそんなに可笑しいのか。そんなに毎日が楽しいか、そんなに楽しいことがお前に起こっているのか。男がニタニタ歯を見せて笑ってるんじゃねぇ。女性たるもの、もっとおしとやかに振舞うことができないのか。僕はそう思いながら先ほどの男子と女子を一瞥イチベツしたが、その当の本人達はまだ笑っていた。僕はため息を漏らす。まぁ、君たちじゃ無理だろうねと。

 4つある教室のドアの1番前方から入り、空いている席を探す。前方から見ると教室の全てが見渡すことができる。前方の1ブロックの席はガリ勉君がいるゾーンでそこから中盤の終わりまでは惰性ダセイでなぁなぁで講義を受講している連中が座るブロック。そこから後ろの壁まではもはや何のためにここに来ているのか理解に苦しむ凡愚ボング達の集落だ。もはや君たちはここに存在しているのが謎に包まれている。僕はそんなことを思いつつ、前方のガリ勉ゾーンで空いている席にゆっくりと腰かけた。程なくして僕の入ってきたドアから教授が小難しい顔つきで入ってきて講義が開始された。

 今から受講する講義も実に退屈だ。黒板の前で年老いた教授が専門的なことをぶつくさ唱えるだけ。表や図を教室にあるスクリーンに写す等の工夫をして講義をすれば飽きもこない気がするんだが。時間も1時間半と無駄に長い。必須科目じゃなきゃ僕は絶対受講しないだろう。前に座るのは板書がしやすいのと一応、教授の有難い話を聞くふりをするためだ。

講義が終わり、僕は早足で建物の外に出た。外は快晴だ。もうすぐ冬が到来するというのに東京の気温は事の他暖かい。無意識に頭に手をやり、髪の毛を無造作にかいた。大分髪の毛が伸びていた。右手が髪の毛をかき分け、痒いところに届こうとする。しかし、


「ん?」


僕はその時に一瞬の違和感を見逃さなかった。

その違和感を発しているポイントに右手を近づける。そこにはいつもあるはずのものがなかった。


 「!?」


僕は焦りながら何度もそのポイントを触ってはみるが髪の毛はなく、ただ何も生えていないツルリと人肌の感触があるだけだった。心音の高鳴りを抑えつつ、僕は急いでトイレに向かった。自分の肉眼で見ないことには、僕自身に起きている状況を信じることが出来ないし、信じたくない。トイレに付き、カバンから自分が持っているコンパクトサイズの鏡を取り出す。そして、合わせ鏡でさっきの箇所を見てみるとそこには肌色の空間があった。言うなれば、ジャングルの中にある荒廃した更地。マジか。マジか。実際肉眼で確認するまで半信半疑だったが、いざこう肉眼で見てみるとそれは紛れもない、受け入れがたい真実だ。


 「ちっ、ハゲてやがるぜ」


そう、僕はトイレでそう呟いた。

 



人目を気にしながら僕はなんとかアパートに着いた。自分が円形脱毛症だと分かってからどうしても人の目が気になる。どいつもこいつも自分のことを見ているのではないか。あいつ、ハゲてるじゃん。ハゲてるよ、おい。実際は誰もそんなことは言ってはいないはずだがどうしてもそう思わずにはいられない。

とりあえずはアパートに入り、もう誰にもそれを見られないことから一息ついた。


 「はぁ・・・」


僕は軽くため息をついた。ハゲた。ハゲた。ハゲた。そのことが頭から離れない。気にしないようにしてもさっきから逆にそう思い込んでしまうおかげで、さらに気になる。そんな気持ちを汚れと一緒に流してしまおうと僕はシャワーを浴びることにした。

 シャワーを浴び終わり、少し休んでから僕はパソコンの電源のスイッチを押した。今日は会合の日だ。唯一、自分が素直になれてほっとする。そんな時間だ。立ち上がってきたパソコンの画面からスカイプをクリックし、オフラインをオンライン表示に切り替える。どうやらもう2人はオンラインでいるらしい。今から話す2人は僕にとって特別な存在だ。ジュンとは小学校からの付き合いで僕の99%を理解してると言っても過言ではない間柄だ。残りの1%は意外性。カクは高校の時からの付き合いで冷静で客観的な意見を率直に言ってくれる。この2人は友達、そんな枠組み等を超越した存在。言うなれば運命共同体と言えるかもしれない。友達や友人と言える存在は僕には皆無に近いが2人はそんな僕にとって拠り所だ。僕はジュンに発信した。何回かコール音が鳴り、彼は出た。


「お疲れさん」


いつもと変わらない声が僕を向かい入れてくれる。


 「おつかれさんです」


僕も返事をし返す。


 「カクもいるみたいだし、呼ぶぞ」


ジュンが通話に参加するように操作する。いわゆる会議通話という奴だ。


 「おつかれ~」


コールに気がつき、参加したカクが呟いた。僕とジュンも共におつかれと返事を返す。週に2回程、彼ら2人と僕は普段、何かあったか等の日常の話から突っ込んだ話をしている。僕は早速今日、自分に降りかかった災難のことをおもむろに話した。

 僕の話を聞くと2人は初めは笑っていたが次第に親身になって聞いてくれた。


「それで思い当たる原因は何よ?」


ジュンが聞いてきたので僕は思い当たる節を頭の中にあるパズルのピースを組み合わさるようにして考えをまとめる。


 「おそらく上京してからの慣れない生活による環境変化や人間関係が主な原因かと」


僕は思い当たる節を2人に向かって言った。現状で実家でいた頃と大きく変化したのはこの2つくらいだ。それ以外考えられない。でも親元を離れて自分の好きなようにひとり暮らしで着の身着のままで生活をしてきて、何故ストレスが溜まったのか自分自身不思議でならない。まぁ、大学で馬鹿みたいな奴らを毎日のように見てうんざりしてこうなったてのもありえる。


「なるほどな」


少し間を置いてからジュンが頷きながら言った。カクもそれに相槌を打っているように感じる。もはや2人の姿がこの場にいなくても2人の姿が想像できる。そんな雰囲気さえも僕は感じる。


「まぁ、原因はそんなところだろうな。カクはどう思う?」


ジュンがカクに意見を求めた。


 「そうだねぇ・・・俺もそう思うよ。環境の変化が濃厚そうだ」


カクもジュンの意見に同意する。2人もどうやら僕の推測と同じようだ。


 「ハゲてしまったものは仕方ない・・・けどどううまくやり過ごすかだね」


僕は遠い視線で呟いた。学校に行けば恐らく誰かしらが気づくでだろうし、好奇の目で見る輩もいるだろう。

 「そうだなぁ・・・まぁ、気にしないのが1番だろうけどな」


ジュンが言う。その気にしないのが無理な話だと突っ込みたいが敢えてそこは我慢して僕は口を閉ざす。


 「とりあえず、明日大学をうまくやり過ごしてから皮膚科を受診してみるよ。近くに新しく皮膚科が出来たみたいなんでね」


僕の脳裏に帰り道のちょうど途中にある皮膚科の建物の外観が浮かぶ。


 「そうか。まぁそれがいいかもな。変に悩むよりもそこで毛生え薬でも調合してもらえばええ」


笑えない、笑えないっすわジュンさん。僕はそう内心で思いつつ笑った。


 「早く治ればいいねぇ」


人ごとですか、カクさん。内心で思いつつ、僕はそうだねと精一杯の強がりを言う事しか出来なかった。

 次の日、大学を迅速かつ周囲の視線の網を掻い潜り僕は皮膚科に向かった。視線が痛い。

ハゲて何が悪いか。そんな言葉で自分を奮い立たせながらようやく皮膚科に到着した。幼稚園や小学校の集まっている団地の中に皮膚科はある。新築の木の匂いがほんわりと香る。

自動ドアの前に向かう。しかし自動ドアが開こうとしない。まるで僕の存在を拒絶しているかのように微動だにしない。ドアが開いた。中から老婆が姿を現す。今だ。老婆に反応したドアの隙を付き、病院の中に入った。中を見渡すと意外と広く、遠くに受付がある。僕はゆっくりと受付に歩を進めた。視力2.0の双眼で受付を目視する。受付には40歳くらいのふっくらとした小太りの女性と20台くらいの髪をお団子に束ねた小柄な若い女性がいた。おばさんと小娘か。先程のイライラがまだ残っているのか僕は吐き捨てるように心の中で唱えた。


 「こんにちは、どうなされましたか?」


僕の存在に気がつき小太りの女性が聞いてくる。誰にでも優しそうな雰囲気を醸し出している。ぽっちゃりというかデブですね、これは。若い女性は後方にある棚のカルテを見ているようだ。


 「受診したいんですけど・・・今日初めてで」


僕はそんな印象をお首にも出さずに低姿勢で小太りの女性に答えた。


「それでは健康保険証をお願いします」


その言葉待ってたぜ。僕は病院に入る前にあらかじめ用意していた保険証をスムーズに渡した。出来る男を演出するかのように。


「ありがとうございます。では当病院、初診ということなのでこの書類に今日の病状を簡単にご記入お願いします」


そう言うと小太りの女性は1枚の紙を渡してきた。


 「わかりました」


表情は笑顔で内心で面倒だなと舌打ちして僕は待合室の席に座った。ありきたりの質問と病状を記入するところがある。僕は頭の後頭部のところに印を付ける。確か円形脱毛症だったよな。僕は漢字が心配になったので携帯の変換機能を使い漢字を確認した。一言一句合ってる。間違いない。僕はそして大きな字で円形脱毛症と記入した。恥じることはない。もうすでにハゲているのだから。僕は全て記入する欄を埋めたことを確認し、受付へ向かうと先ほどカルテを探していた娘がいた。瞳がくりっくりっとしていて小顔だ。歳は20歳くらいだろう。お団子頭が特徴的で愛嬌のある顔をしている。まぁ特別、美人ではないけどね。


 「お願いします」


僕は彼女に紙を渡した。


 「あっ、はい。ありがとうございます。ではお呼びするまでお、お掛けになってお待ちください」


どうやらまだ新人さんなのか言い慣れてない感がある。素人が。だが声は可愛いな。声フェチである僕にも響いてくる何かがある。僕はゆっくりと待合室の席に座った。新しく出来たのか混む時間帯であろうかとにかく人が多い。僕は自分の名前が呼ばれるまでしばしの間、好奇の視線に耐えながら待った。いよいよ名前が呼ばれたのは病院に入ってから1時間が経過した後だった。

 診察室に入るとイスが用意してある。僕を呼んだ看護師がどうぞと言い、座ることを促す。僕はどうもと軽く会釈してイスに座った。

数秒して奥から50歳くらいの精悍な顔つきのおっさんが挨拶をしながら姿を現した。院長らしい。顔写真が待合室にあった。


 「えーと、円形脱毛? どれ見せてください」


少々、偉そうな雰囲気を出しながら院長は言った。偉そうに。僕はそう思いながら後頭部の肌色の月面クレーターの部分をあられもなくさらけ出した。院長はそれをふむふむといいながら見ている。僕は不快感を感じながらも自分が招いた、この事態を悔いた。

少しすると院長は


「はい、いいですよ」


と答えて僕の頭から手を離した。僕はそれに対して返事をする。


 「そうですね、円形脱毛症に間違いありません。何か最近ありました?」


僕は円形脱毛症のことを少し調べていたのでストレスの原因を簡潔に述べた。


 「こればかりはこっちも原因がこれだとは断定できないので一概に何とも言えません。でもまずあまりストレスを溜めないことです」


分かってるよ、そんなことは。でも知らず知らずに出来てたからしょうがないだろ。僕だって好きでなったわけじゃない。


 「では毛根を刺激するスプレーをかけるのでもう一度見せてください」


またかよ・・・。僕は院長にもう一度クレーターを晒したのはいうまでもない。痺れるくらいの冷たさのスプレーが僕の頭にかけられた。おそらく毛根もびっくりしただろうさ。


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