染色 (お題 : 緑色、迷信、激しい存在)
俺「おい、このクッキー食うぞ?」
デブ「・・・」
俺「本当に食うぞ?」
デブ「・・・」
俺「どうなっても知らんぞ!」
デブ「・・・」
俺「あとで文句言うなよ?」
デブ「・・・」
友人の部屋の机に置いてあるクッキーを手に取り、勢いに任せて貪り食ってやった。味は普通のクッキーであるが見た目が緑色というのが少し気になった。
デブ「おい、なに食っとるや!舐めとんのか!」
俺「あ??」
どうやら奴はヘッドホンで落語を聴いていたらしい。
デブ「お前それ、ミドリムシのクッキーやないか」
俺「あ??」
デブ「あーあ、知らんぞ。お前の体は徐々にミドリムシに侵食されていくぞ」
俺「あ??」
デブ「そうだな、1週間も経たたんうちにお前の体は緑一色になるぞ」
俺「はっはっ、そんなの迷信だろ」
デブは再びヘッドホンを装着し、今度は長渕を聴き始めた。デブの体は曲に合わせて激しい上下運動を繰り返した。一方の俺は何か得体の知れない不安に襲わていた。
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家に帰ってからも先ほどの話が頭から離れなかった。奴が言ったように体がミドリムシに侵されてしまうのか。もし全身が緑色に染められたらもう外を歩けないじゃないか。何かの小説みたいに仮面をして外を出歩かねばならんのか。ああああ。一度ネガティヴの迷路に入り込んだら簡単には抜け出せぬ。ここは布団に入って嵐が去るのを待つしかない。
それから3日間寝込んだ。自分の体がそれからどうなったか分からぬ。怖い。体の様子を知るのが怖い。だが、このままだと実生活に影響が出かねない。ここは意を決して確かめるしかあるまい。恐る恐る部屋の電気を点け、自分の体を仔細に観察した。すると、左手の甲・右足のふくらはぎ・目の周辺が緑色に染まっていた。あぁ、、ああああああああああ。すでに始まっていた。怖い!怖い!俺はまた急いで布団に駆け込んだ。何も見なかった。何も見てないぞ!それから日を重ねるごとに体は緑色に侵されていった。俺は体の様子を確認する度に布団に潜り込み、その恐怖からずっと逃れ続けた。
そしてついにクッキーを食べてから1週間が経った。体の端から端までどこかの宇宙人みたいに緑一色になっていた。もはや恐怖などはなく、あるのは虚無感だけである。もうどうすることもできない。はぁ。仕方ない。この体で人生を歩むしかないか。もうそれに抗う気力もなかった。と、その時、階段を登る足音が聞こえてきた。あぁ、母だ。しばらく寝込んでたし心配してるだろうな。母ならこの緑色の体を見て何を思うだろう。せめて家族には今まで通り普通に接してもらいたいなぁ。と、そこでおもむろにドアが開いた。母が俺を凝視ている。あぁ・・・
母「あんた、いつまで休んでるの」
俺「ん?」
母「早く学校行きなさい!このアホ!マヌケ!」
俺「え・・・」
母は体の異常について一切言及せずに部屋を去っていった。母が鈍いだけなのか、それとも・・・。その時、俺の体に異変があった。体の色が元の肌色に戻っていたのだ。一体この変化の原因はなんなのか。俺の体は今まで緑色だったはずだ。俺は1週間前にミドリムシクッキーを食って、それから何日後かに体が緑色に染まり始めて、それから・・・。いや、もしかすると、俺は奴の妄言を鵜呑みにしてしまったせいで、自分の体が緑色に染まったと錯覚していたのかもしれない。そうだ!最初から俺の体は肌色のままなのだ!俺の緑色の肌は俺の脳が創り上げた虚妄だったのだ!!
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俺「おい、てめぇのせいで災難にあったじゃないか」
デブ「・・・」
俺「おい、落語聴くのやめろ」(ヘッドホンを引き抜く)
デブ「舐めんとんのか!」(ヘッドホンを挿し直す)
俺「お前、あのクッキーを食べると体が緑一色になるって言ってたじゃないか!」
デブ「はっ?緑一色?俺っちそんなこと言ってねえぞ。麻雀のやり過ぎじゃない?」
俺「はぁ・・・」
なるほど、俺は役満に振り込んだわけか。