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まもりの紅  作者: レッド
4/4

彼と彼女の転換点 ー4ー



「あの、昨日のお話の続きなんですけど……、田原さんがよろしければどこかお店とか、ご飯とか食べながらでいかがでしょうか……?」



そんな小紅の提案を受け、無事に入院費等々の支払いを終えた後、二人は病院の近くにある小さな喫茶店へと足を運んでいた。


愛想の良い店員に少し奥まった席に案内され、ジャスが流れ落ち着いた雰囲気の店内とは対照的に、彼と彼女は緊張した面持ちで向かい合う。



「お金は出しますから、どうぞ好きなものを頼んでくださいね」


「えっ、いや流石にそれは申し訳ないですし……せめて割り勘」


「いえ!大丈夫です!!気にしないでください!ご迷惑お掛けしてしまったのは私なので……これくらいの事はさせてください」


「あー……ええと、じゃあ……お言葉に甘えます」



年下の少女に食事代を奢らせる男とはあまりにも情けないのではないかと、一旦割り勘を提案するも食い気味に断られた耕一。

これを辞退するとまた話が先に進まないだろうと、彼はひとまず申し出を受け入れることにした。


程なくオーダーを取りに来た店員に耕一はコーヒーとサンドイッチ、小紅はオレンジジュースとジャムトーストをそれぞれ注文した。


お冷やを飲みつつ、どう話を切り出したものかと様子を伺う二人だったが、先に口を開いたのは小紅の方だった。


「田原さんは、こちらの方なんですか?」


「いや、今月から田舎を出てこっちで暮らすことになって。昨日越してきたばっかりなんですけどね」


「そうなんですね。昨日来られたばっかり……って、えっ……?」


「あっ……えっと、まあだからこの辺には詳しくないんですよね。多岐坂さんはどちらから?」



はた、と少し考え込んだ後、さぁっと青ざめた小紅の表情に、これは失言だったかと気づき、耕一は慌てて話を逸らそうと試みる。


顔色を見るに責めたように聞こえてしまったのかもしれないし、また昨日のように謝られすぎるとこちらが居た堪れない。


「失礼いたします。お飲み物を先にお持ちいたしました。オレンジジュースのお客様は……」



そんな事を考えた耕一の気持ちを知ってか知らずか、タイミングよく飲み物を運んできた店員によってとりあえず小紅の気は逸れたようで。


「あっ、はい!私です!ありがとうございます」


「ではこちらに置かせていただきますね。こちら、コーヒーは熱くなっておりますのでお気をつけ下さい。ミルクと砂糖はご利用されますか?」


「いや、大丈夫です。ありがとうございます」



カチャリと目の前に置かれたコーヒーからは湯気と共に良い香りが漂い、思わず耕一の頬が緩む。

小紅もストローの袋を丁寧に破り、グラスに差し込んで。

そうしてお互い運ばれてきた飲み物に口をつけ、少し妙な間が開いた後、小紅が会話を再開させた。


「……ええと、私がどこから来たか、ですよね。私もこっちに家があるわけじゃなくて、ここから電車で3時間くらいかな。実家はその辺なんです」


「へぇ、かなり遠いところから……旅行ですか?」


「いえ、私はお姉ちゃ……えっと、姉を探しに来てて」


「お姉さんを?」



そう言って首を傾げた耕一に、小紅はこくりと頷いてまたジュースを一口飲む。


「ここ一月ほど連絡しても全然返事が返ってこなくて……少し心配になっちゃって。

おね……姉がこの辺りに立ち寄ってるっていうのは分かってたので、それで」


「こっちに出てこれば会えるんじゃないかって?」


「はい……昨日ぐらいから沢山の人に聞いて回ってるんですが、全然見つからないんです」


「あー、まぁなかなか、難しいでしょうね……」



所謂ここは大都会と呼ばれる場所で、行き交う人数も数えきれない程。

一日中聞き回ったとしても、そう簡単に探し人が見つかるものではないだろう。


「でもそれって所謂行方不明ってやつなんじゃ……?」


「うーん……連絡なく姉がどこかに出かけるのはいつもの事なので、多分……大丈夫だとは思います。

何かに熱中して返信忘れちゃってるのかもだし」


「なら、いいんですけど……」


それに私の姉は強いので。と言ってはにかむ小紅。

強いという言葉の意図は図りかねたが、家族がそう言うのなら大丈夫なのだろう。

他人の自分があまり口出しするものでもない、そう耕一が自分を納得させていると、先ほど注文した料理が運ばれてきた。


「わぁ……!美味しそう……!」


「お腹も空きましたし、とりあえず食べましょうか」


「はい!……いただきます」


「いただきます」


きらきらと目を輝かせながら手を合わせ、トーストを一口サイズに切っては口に運び始めた彼女を見つつ、耕一も手を合わせた後サンドイッチに手を伸ばす。


(お、美味い)


病院食も不味くはなかったものの、やはりどこか薄味で。

少し物足りなさも感じていたせいか、しっかりと味のするサンドイッチは普段以上に美味しく思えた。



「美味しい……やっぱり都会は美味しいものも多いんですねぇ」

「そうですね。地元ではあんまりこういうのは食べなかったけど、悪くないな……」

「私もこんなお洒落なお店、初めてかもしれないです。小さい食堂とかならあるんですけどね。おうちのご飯って感じの」

「へぇ、うちはチェーン店とか多かったかな……テスト期間とか、受験勉強とかでよく長居してました」


楽しげに話す彼女につられ、耕一も地元を思い返しながら言葉を返す。たった数ヶ月前の思い出でさえ、離れた今となっては妙に懐かしく思えた。



そうして、そんな他愛もない会話を交えながら空腹を満たした二人。


「はぁ、美味しかった……ご馳走様でした」

「ご馳走様でした」


そう言って小紅が満足げに息を吐いた後、品よくナフキンで口を拭い姿勢を正すのを見て、そろそろ本題に入る頃合いかと耕一もいそいそと背を伸ばした。

そうして、困ったように眉を下げて視線を彷徨わせている彼女を見ること数十秒。

首を捻り、口に手を当て、暫しの逡巡を経た後に小紅はようやく本題を切り出した。


「ええと、それでですね……昨日のお話の続きなんですけど……」


「……はい」


「その、私……家からここまでは楓に、昨日お見せしたあの子に乗って来たんです」


「へぇ、あの猫に乗って……へ?乗って……?? えっ、乗るって……?!」


周りに聞こえないようにか、僅かに身を乗り出し小声になった小紅。

真剣な表情にゴクリと唾を飲み込み、言葉の続きを待っていた耕一だったが、彼女から話されたのはあまりに想定外の内容で。

思わず上がった素っ頓狂な声に、周りの訝しげな視線が向けられる。

それに気づいた彼女があわあわと手を振るのを見て、やってしまったと顔を引きつらせながら耕一は慌てて声を潜めた。


「あ、いや……すいません。続けてください……」


「は、はい。 えと、その、昨日……楓が守護精だとお話ししましたよね?」


「まあ、はい……」


曖昧な相槌を打ち、ここに来るまで散々悩まされた昨日の話を思い返す。

彼女の言うことを丸々信じた訳ではないが、突然手品のように現れ、そして消え失せたあの猫が守護精であるという話を否定できないのもまた事実で。


「楓はその、すっごく大きくもなれるんです。すっごくもふもふで気持ちいいんですよ。……あっ、ごめんなさい。

そうじゃなくて、とりあえず大きくなった楓に跨ってここまで来たんです。……電車に乗るより速いし、少し離れたところで降りてから向かえば人にも見られないかなって」


「なる……ほど。……もふもふ?」


「でも、まさかこんなに都会に人が多いとは思わなくて……。うろうろしても全然見つけられなかったし」


「まぁ…ほんと凄いですもんね、人」


もふもふという単語に気を取られていたが、続く疲れを滲ませた小紅の声に、初めてここを訪れた時の記憶が蘇り、うんうんと耕一は同意をする。

右を見ても人、左を見ても人。目的地に向かうにも人の流れを読んで、スムーズに動かなければならない。あまりの人の密度に圧倒され、目的地に着く前に疲れ切ったあの日。

何度か遊びにくる内に少しは慣れてきたものの、未だあの人混みにはげんなりとしてしまう。


「はい、人で溺れるかと思ったのは生まれて初めてでした……。えと、それで下からは無理でも、ちょっと高いところに行けば探しやすいかなと思って」



確かに上からの方が見つけやすいかもしれないがそれでも流石に無理があるだろうと思いつつ、耕一は続く言葉を待った。


「とりあえず楓に乗って誰もいなさそうなビルの上で姉を探してたんです。そうしてたら、急にドアの方から足音が聞こえて。

それで慌てて移動して、楓が降りられそうなところを探してたんですが……」


「あ、そういえば鳥にぶつかったとかなんとか?」


昨日の台詞を思い起こした耕一がそう口に出すと、彼女は恥ずかしそうに小さく頷いた。

そのまま小紅は少し俯きながらグラスのストローをいじり、溶けた氷がカロンと音を立てる。


「ちょっとよそ見した隙に、前から来ていた鳥にぶつかって楓から落ちてしまって、それで……その、貴方の上に……」


「なる……ほど……」


顛末を語り終え、改めて本当にごめんなさいと深々と頭を下げる小紅。


ひとまず、何が起きたのかという主張は把握したものの、

やはり話に無理があるような気しかせず、耕一は釈然としない表情を浮かべる。

しかし彼からすれば荒唐無稽な経緯を語る小紅は至って真面目な表情で。


(嘘、ついてるようには見えない……んだけどなぁ)


仮に彼女が本当のことを言っているとして、それでもこれだけの人々が行き交うこの街で誰にも見られずに、大きくなった猫——それはもはや猫なのだろうかという疑問は一先ず置いておく——に乗り、空を駆けて移動できるものなのだろうか。



「あの、誰か……例えばビルの中の人に飛んでる?ところを見られたりとかって……」


「はい!えと、一応おまじないと言うか、気づかれないようにする方法があって。それはきちんとしていたので、誰にも気づかれていないとは思うんですが……。

……信じていただけないとは分かってます。でも嘘じゃなくて、本当に本当の話で……」


「いやその、確かに信じられはしないけど、嘘だと疑ってるわけじゃなくて。

実際自分も気づいてなかったですし、本当なんだとは、思います。ただまあ、ちょっとびっくりしてしまって……なんか、こっちこそすみません」


疑念が伝わったのか、申し訳なさげに縮こまってしまった小紅に罪悪感を覚え、慌てて耕一は弁明を口にした。


守護精のことなどまだいくつか気になる点はあるものの、大方の流れは聞けた訳ではあるし、おどおどとこちらの様子を伺う彼女に、これ以上踏み込んで質問するのも気が引けてしまう。


そもそもで、たとえ更に説明を聞いたとて、これ以上理解が及ぶ気がしないのも事実であり。

あまり踏み込まずここで話を納めるのがベストだろう、そう耕一は結論づけた。


「話してくださってありがとうございました。

なんにせよ、多岐坂さんに怪我がなくて良かったです。

あー、でも次からはその……落っこちないように気を付けて下さいね」


「は、はい……!ありがとうございます、次からはこんなことにならないよう気をつけます!」


————————


そして食事も話も終わったところで解散する流れとなり、二人は店の外へ。

勿論当初の宣言通り、小紅が張り切って支払いを済ませている間、耕一が居た堪れない気持ちで待っていたことは言うまでもない。


「ご馳走様でした。食事までありがとうございます」

「いえ、気にしないでください!こちらこそ昨日は本当にすみませんでした……」

「ま、まぁ、ほら。お互い怪我もなかったし、もう気にしないでください。ね?」


「はい……。あ、そうだ。私の連絡先をお伝えしておきますので、もしまた何か体が痛いとか困った事があったら、遠慮なく連絡してください」


互いにスマホを取り出し、連絡先を交換する。


図らずも女の子の連絡先を手に入れてしまった、などと俗な考えが耕一の頭をよぎった。

年下相手にどうこうするつもりは全くない。全く無いが、漫画のようなシチュエーションにほんの少しだけ気分が上がったことは否めない。


我ながら子供かと頭を振りながらスマホを仕舞っていると、またしょんぼりと眉を下げた小紅が声をかけてきた。


「後、そのすごく厚かましいお願いなんですが……。もしこの辺りで姉を見かけたら教えていただけないでしょうか……?」


「あー、はい。それぐらい別に大丈夫ですよ」


「あ、ありがとうございます……!!

えっと、金髪のボブで目は橙色、背は私より少し高かったかな……もしそういう人を見かけたら、場所とかだけでも連絡頂ければすごく嬉しいです」


「ん、分かりました」


ぱあぁと顔を輝かせ、嬉しそうに小紅が笑った。

人を疑うことを知らないようなその笑顔に、彼女が今後変な人間に騙されないか少し不安になってしまう。


「じゃあ、俺はここで……。早くお姉さんに会えるとといいですね。……後、変な人もいるかもなんで気をつけて」

「あ……ありがとうございます!田原さんも気をつけてお帰りくださいね」

「ありがとうございます」


深々とお辞儀をする小紅に頭を下げ返し、耕一はその場を後にする。


まあ色々と話をし、連絡先も受け取りはしたが体の調子も問題が出ることはない。

少し彼女が心配ではあるが、今後関わることもないだろう。

仮に彼女の姉らしき人物を見かけた時は、場所くらいは伝えるかも知れないが。

などと耕一が考えていると、くぅと小さく腹の虫が鳴いた。


(サンドウィッチだけだとやっぱり物足りないな……ラーメンでも食べに行くかなぁ)


満たされなかった腹を抑えながらスマホを取り出し、彼は口コミか高評価なラーメン店へと向かうのであった。




——まぁ、勿論彼女、小紅との関わりがこれで最後になるはずもなく。

この先々何度も顔を合わせるだけに留まらず、彼女達を中心としたとんだ事態に巻き込まれることになる訳なのだが。

この時の俺はそんなことを知る由もなかった。


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