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まもりの紅  作者: レッド
3/4

彼と彼女の転換点 ー3ー

——結局のところ、この日詳しい話を小紅から聞くことはできなかった。


耕一が目の前で起こった信じがたい光景に呆然と固まっているうちに、面会の終了時間を知らせるアナウンスが流れた為だ。

お話はまた明日させていただきますと頭を下げた彼女がまた何かを呟くと、夢幻のように猫の姿はかき消え、そうして何事もなかったかのように小紅は帰ってしまった。


……一方、残された方の耕一はというと。




(一体アレ何だったんだ……?)



小紅が楓と呼んでいた猫——守護精だとも言っていたが——のことが頭から離れず。


小紅と入れ違いになるように部屋を訪れた医師に脳に異常はなかった事、

明日には退院できるということを説明されたが、その半分も頭に入らなかった。



(アレが守護精って言われてもなぁ……)



守護精の姿は人間には見えない。

そう信じて育ってきた耕一には今日の出来事は衝撃が大きすぎた。


冗談かと思おうにも、目の前で忽然と現れ、そして跡形もなく消えたあの存在がただの猫であるはずもなく。


肝心な事は聞けずじまいだった為、結局彼女がどうやって飛んでいたのかもわからないままで。

耕一の疑問は膨らんでいくばかりだった。




なんにせよ改めて思ったことは。



(引っ越してきて初日なのに……ついてないな……)



まさか新生活の初まりを病院で過ごすことになるとは思ってもみなかった。

確かに買い物途中に寄った神社で引いたおみくじの結果は良くなかったけれど。


飲み物などは冷蔵庫に入れていてくれたようだが、買ったばかりのマグカップは倒れた衝撃でか、大きなヒビが入っていた。

それにまだ荷ほどきも終わっていない。

新たな住人を迎えるはずだったワンルームは、今頃段ボールの山と共に一夜を過ごしているのだろう。



そこまで想像したところで耕一は深くため息をつき、布団に潜り込んだ。

気になることは山ほどあるが、一人でいくら考えても答えが得られるわけでもない。


明日、また明日になれば進展もあるだろうと耕一は目をつぶり、夢の中へと意識を旅立たせていった。



————


そして翌日。


退院ということで諸々の手続きなどの説明の後、祝いの言葉と共に渡されたのは請求書で。

恐る恐る目を通してみれば、入院費に始まり検査費等々、想像していた以上の金額が記載されていた。

あまりに痛い出費に耕一が一人頭を抱えていると、人の気配とともにカーテンの向こうから声がかけられた。



「田原さん、多岐坂です」


「あーはい。どうぞ」


失礼します、とカーテンを開けて小紅が姿を見せる。


髪を横に束ね、昨日とは違ったラフなスタイルで現れた彼女は、ベットに腰掛けた耕一を見てぺこりと頭を下げた。



「おはようございます。お体の方は大丈夫ですか……?」


「おはようございます。あ、立ったままってのもあれなんで、座ってください」


「あっ、はい!ありがとうございます……」


「えっと、体の方は……まぁ。異常はなかったみたいなんで、もう退院できるみたいです」


「そうなんですね!よかった……」



まあ、財布にはとてつもないダメージだけれど。

ちょこんと椅子に腰かけた小紅が安堵しているのを見つつ、耕一は心の中でひとりごちる。


たった一日やそこらの入院でこんなにもお金がかかるとは。

一人暮らしの大学生にはかなり厳しい金額に、

次の仕送りまで生きていけるだろうかと意図せず遠い目になってしまう。



「あの……田原さん。これ……」



申し訳なさそうにかけられた声に我に返った耕一が彼女の方を向けば、

行儀良く揃えた膝の上に猫がプリントされた可愛らしい封筒を載せていた。



「あの、本当に少ないんですけど、とりあえずお詫びになればと思って……」



そう言ってシュンと眉を下げたままそれを耕一に差し出してきた。

口ぶりからするに、女の子らしい封筒の中身は所謂、慰謝料らしい。



「……………えっと」



あちらに非があるとはいえ、怪我は無かった訳だから、もし仮にお金を渡されても受け取らないでおこうと、耕一は考えていた。

——それも先ほど職員が部屋を訪れるまでの話だったが。


大学生には法外とも思える請求書を見た後では、小紅のこの申し出は天の恵みにも等しかった。



「……ありがとうございます」



年下の女の子からお金をもらうのは気が引けたが、生活がかかっているのだと自分に言い聞かせる。

心から感謝を述べながら封筒を受け取ると、

その手にずっしりとした重みを感じた。



「……ん?」



想像以上の封筒の重さに思わず首をかしげる耕一。

よく見てみれば厚みもかなりのもので。

一体これはいくら入っているのかと耕一の表情が固くなる。

少額といっていたが、封筒の中には相当の枚数が入っているように思えた。



「あの、ちょっと開けてみても大丈夫ですか?」


「は、はい!どうぞ」


「ありがとうございます。じゃあちょっと失礼して……」



許可をもらい、封代わりに貼られた猫のシールを剥がす。

そして緊張の面持ちでゆっくりと封筒を開き、中身を確認した。



「…………」



途中まで数えたところで耕一は無言のまま封筒を閉じる。

数えた枚数は半分ほどだったが、ゆうに15は超えており、そしてその全てが万札だった。


あまりの大金に動揺が隠せず、封筒を見つめたまま黙り込む耕一。



(いやいやいやいやいや……)



少しだけとは何だったのか。

それとも自分の感覚がおかしいのか。

なかなか持ったことのない大きな金額に動揺が隠しきれず、封筒を持つ手が震える。


流石に怪我も無いのにこんな大金をもらうわけにはいかない。

お金も貰うにしても入院費だけで十分だ。


そう結論づけよし、と息を吐いた耕一。

その仕草に、じっと彼の反応をうかがっていた小紅は何か勘違いをしたようで。



「あ、あのっ!本当に少なくてごめんなさい! 昨日お金下ろせなくて、手持ちがそれだけしかなくて……」


「えっ? いや、むしろ逆……」


「また後日ちゃんとした物をお渡ししますし、今回の入院のお金も出すので!! 本当にごめんなさい!」


「あの、だから……」



耕一の言葉も聞こえていないのか、怒涛の勢いで謝ってくる彼女。

なかなかその言葉は止まることがなく、

これはどうしたものかと耕一は小さくため息をついた。



————



「……それで、ですね」


「は、はい」



小紅の謝罪がひと段落した所で改めて話を切り出す。

ちなみにここまでに十分近くがたっていた。



「流石にこんな大金、貰うわけにはいかないです」


「……え? ……で、でも」



その言葉に虚を突かれたようで、小紅が目を丸くする。

何かを言わんとした彼女を遮って耕一は言葉を続けた。



「大怪我とかしてたら……まぁ、ありがたくいただくんですけど。ほら、特に怪我も無かったし」


「…………」



アピールするように手のひらを振って見せる耕一。

……まぁ、そうそう自分が大怪我をする訳も無いのだが。

そんなことを考えながら小紅の表情を窺うと、肩を落とし眉も下げ、あたかも叱られた仔犬のようにしょんぼりとしょげかえっていた。



「なので、まぁ……入院費くらいだしていただけたらありがたいかなーと」


「……!! も、勿論です!それぐらい全然任せてください!」



その言葉にパァッと、先ほどまで泣き出しそうだった小紅の表情が一変した。

心から嬉しそうな笑顔を向けられ、少し照れ臭くなった耕一は目線をそらす。



(わかりやすい子だな……)



色々と謎は多い少女だが、悪い子ではないのだろう。

良かったらどうぞと差し出されたお菓子を受け取りながら、そんな事を耕一は考えるのだった。

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