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まもりの紅  作者: レッド
2/4

彼と彼女の転換点ー2ー

「っ……ってぇ」



次に彼が目を覚ましたのは清潔感あふれる病室の一角で。

消毒液の匂いだろうか、病院独特のあの香りが鼻腔をくすぐる。



「…………?」



ぼやけた視界のまま体を起こし、手探りでメガネを探す。


何故自分がここにいるのか、何故全身がこんなにも痛いのか。

メガネを見つけた耕一がぼんやりと辺りを見回していると、不意にからからと仕切りのカーテンが開いた。



「お邪魔します……」



そう頭を下げながら入ってきたのは、制服姿の見知らぬ少女だった。

クロスしたリボンで胸元を飾り、白梅色の長い髪をポニーテールにした彼女は、耕一が目を覚ましていることに気がつくと、胸に手を当てて深い安堵の息をついた。



「よ、よかったぁ……死んじゃったかと思った……」



高校生くらいの年齢だろうか。

何やら物騒なことを呟く少女は、とても病院の関係者には見えず。

知り合いでない事も確かで、姿や顔にも見覚えが無い。

しかし一つだけ、彼女の声には聞き覚えがあった。



「……あの、すみません。どちら様ですか?」


「あっはい!初めまして!私、多岐坂小紅たきさかこべにといいます!!」


「ど、どうも……。田原耕一です」



一先ず状況を進展させようと素性を尋ねてみれば、元気いっぱいに名前を名乗られ、つられて耕一も名乗り返す。



(多岐坂、小紅……?)


少女の名前を頭の中で反芻するが、やはり覚えは無く、耕一は頭を捻る。

顔も名前も知らないというのに、声にだけ聞き覚えがあるのはどういうことなのだろうか。


いくら脳内の引き出しを引っ掻き回しても答えが見つからず、もやもやとしている耕一と、

いつの間にやら見舞い客用の椅子に腰掛けていた少女。

そんな彼女が先程とは打って変わっておずおずと口を開いた。



「あの……お身体は大丈夫でしょうか……

? どこか痛いとかは……」


「えっ? あー……頭と背中が痛い……です」



(そういえば……)



ズキズキとした痛みと共に、ふっと耕一の頭をよぎったのはここで目覚めるより前、意識が途絶える直前の記憶。

はじめはぼんやりとしたそれは、思い出そうとすればじきに鮮明なものになっていく。




買い物を終えて、家路についていた黄昏時。



(そうだ、あの時悲鳴が聞こえて)



何事かと立ち止まった、その直後に自分を襲ったかなりの衝撃と薄れていった意識。

そして、耳に残った誰かの慌てた声。

さぁっと頭の靄が晴れ、疑問と答えが一本の線で繋がった。


その声色はまさしく目の前の少女と同一のものだった。



「もしかしてあの時の……?」


「…………はい。すみません、私の不注意でこんなことになってしまって……」



謝罪と共に頭を下げる少女。

どうやらあの悲鳴の主は彼女で間違いはないようだった。

後、この口ぶりからするにあの衝撃の原因も。



「えっと、多岐坂……さん? ちょっと記憶が曖昧なので、何があったのか教えてもらえるとありがたいんですけど……」



彼女が原因だということは分かったが、一体何がどうなってこうなったのか。

それを知るべく少女ーー多岐坂小紅に尋ねてみると、彼女は言いにくそうに少し俯いたあとポツリポツリと話を始めた。



「はい。あの時はちょっと着地に失敗してしまって……」


(……着地?)


「本当は人がいないところに降りる予定だったんです。でもちょうど飛んできた鳥とぶつかりそうになって、それで途中で落っこちちゃって……」


(鳥……?! 落っこちたって、え?)


「落ちた先に田原さんがいて、それはもうドーンと……」


(ぶつかったわけか……)



いくら小柄な少女とはいえ、人一人が落ちてきたとなればあの時の衝撃にも納得がいく…………訳もなく。



「えっと……ちなみに落ちてきたって空から、ですよね……?」


「えっ? はい。ちょっと用事があって、ここまで飛んできたので……」


(ちょっと……飛んできた??)


何を当たり前のことを聞いているのか、と言わんばかりの小紅の表情に耕一は頭を抱えた。

この口ぶりだと飛んできた、と言うのは比喩的表現では無いのだろう。

——普通、人間は空を飛ばない。

少なくとも耕一の常識では。



「………………」


「あ、あの大丈夫ですか? お医者さん呼びましょうか?」


「いや、大丈夫です……」



理解が追いつかず、額に手を当てて黙り込んだ耕一。

それが気分が悪いように見えたのか、小紅が慌てて声をかけてくる。

腰を浮かせた彼女を制止し、彼は横目でその表情を盗み見た。


眉尻を下げ、椅子の上で縮こまりながらこちらを伺っている彼女は、本当に自分を心配してくれているようで。

おおよそ嘘や冗談を言っているようには見えない。


飛んでいた途中に耕一の上に落ちてきた。

おそらく小紅が言っていることは本当なのだろう。

……信じがたいことだけれども。



(あーほら、あれだ。スカイダイビングとかパラグライダーとかしてたのかもだしな、うん)



こんなビル街でそんな訳があるかと思ったものの、都会ならばそういう事もあるかも知れないと、なんとか無理矢理に理由をあげて自分を納得させ、正答を得ようと顔を上げて小紅の方を向く。

彼女もそれに気づいたのか真剣な眼差しで耕一を見つめた。



「一つ質問なんですけど、飛んでたって一体どうやって……」



そこまで口にしたところで耕一は、目の前の少女の様子がおかしいことに気づいた。

先ほどまでの真剣な表情はどこへやら、小紅は“やってしまった”と言わんばかりの表情で口元を抑えている。



「あの……」



声をかければ彼女はビクッと肩を震わせ、取り繕うように引きつった笑顔を浮かべた。



「な、なんですか?」

「……飛んでた方法って教えてもらえないですか?」


その様子を訝しく思い、小紅と目を合わせてそう尋ねれば。



「や、やだなー人が飛ぶわけないじゃないですか」



冗談ですよ、冗談、といいながら小紅はわたわたと手を振る。

しかしその目は泳ぎ、額には汗が滲んでいる。

どうやら彼女は嘘をつけないタイプのようだった。



「え、じゃあ俺の上に落ちてきたってのも冗談だったんですか? 」


「あ、いえ、それは……冗談じゃないんですけど、えっと……」


「なら一体、何があったんですか?」



嘘をついてまで理由を隠されると、尚更気になって仕方がなく、自分でも意地が悪いと思いながら質問を重ねる。


耕一の追及にうっと言葉に詰まり、答えを探してしばし黙り込んだ小紅。

しかし良いごまかしが見つからなかったようで、観念したようにため息をついた。



「……ごめんなさい。ちゃんとお話しします」



そう言って顔を上げ、今度はしっかりと、澄んだ紫の瞳で耕一を見据えた。



「田原さん、守護精思想って知ってますよね?」

「へ? あーはい。まぁ」


唐突な切り出しに疑問符を浮かべながらも彼は首肯する。

——守護精思想とは、全ての人間には姿は見えない守護精と呼ばれるモノが宿っており、

少なくとも一つ、守護として宿主たる人に何らかの恩恵を与えてくれているという思想だ。

例えば計算がとても早いだとか、絵が上手い、運動神経がずば抜けているとか。

そういったものから目が良い、鼻が利くといったことまで、その恩恵は多岐にわたると言われる。


実際、その思想は広く世界で信じられており、耕一もまたその恩恵を実感しているうちの一人だった。


しかし、突然何故そんなことを聞いてきたのか。

誰もが知っているであろう守護精の事が、何か先ほどまでの話と関係があるのだろうか。


(まさか守護精の恩恵が飛べること、なんて言わないよな……? いや……それかめちゃくちゃ高くジャンプ出来るとか?)


守護精の恩恵は様々とはいえ、人が飛べるなんてものは聞いたことはない。

与えられるものは、人が元々可能な事のみだと伝えられている。

高い跳躍力が恩恵である可能性もあるが、口ぶりからするにそういうわけでは無さそうで。


「出来るだけ人には教えるなって言われてるんですけど……。驚かないでくださいね」



様々な考えを巡らせて首を捻っている耕一を尻目に小紅はそう告げ、そして。



「ツィツィ リベラディカ アケル ベア リュンクス セレルディア」


「……えっ?!」



小紅が何事か、聞きなれない言葉を呟く。

その言の葉と同時に、今まで何もなかったはずの彼女の膝上に忽然と、何かが現れた。


銀灰色の体に先が反り返った黒い耳。

“それ”はくくっと伸びをしたかと思うと、すぐに体を丸め、その場でくつろぎはじめる。


何度瞬きをしても“それ”が消えることはなく、それどころかジトリと無機質な眼で耕一を一瞥してきた。


その見た目は街中でよく見かけるあの生き物そっくりで。



「ね……猫……?」


「はい。楓っていいます」



小紅が慈しむようにその背を撫ぜると、心地良さそうに眼を細める。その仕草はまるで本物の猫のようだった。



「信じてもらえないかもしれないんですけど」



呆然としている耕一の目を見つめ、小紅は言葉を継いだ。



「……この子が私の守護精なんです」

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