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SF・ホラー短編

永遠の10日間で愛を確かめる

作者: 相戯陽大

あれは1ヶ月前の話でもあり、一週間前の話でもあり、3日後の話でもある。


なんの変哲もない高校生である僕は、ある日付き合っていた彼女に振られた。なんとか説得しようとしたけれど、どうやら僕は繋ぎでしかなかったらしい。それから彼女は学校に来なくなった。新しい彼氏と遊んでいるのだろう。心から愛していた人からの裏切りほど心に刺さるものはない。


「そんなに落ち込むなよ。もともと悪い女だったんだ、別れられてよかったじゃないか。」


「僕にとっては家族同然だったんだよ、急に親が家出した気分だね。」


「こうして慰めてくれる友人がいるだけ嬉しいと思えよ。何なら帰りにアイスでもおごろうか?」


「ありがとう、でも気持ちだけ受け取っておくよ。今日は生憎バイトだからね。」


実はバイトなんて嘘だ。ただ1人で静かに帰りたい気分だったのだ。親しい友人に嘘をついてまで1人でいたいのは、やはり振られてから10日たった今も落ち込んでいるからだろう。


放課後。チャイムがなると僕はすぐに黒いリュックを担いで駆け足で教室を出る。早く帰ってゲームでもしよう、気分が紛れるはずだ。そう思っていつも通っている裏道を走って行く。しかし、こんなときに限って僕に声をかける人。


「あの、ちょっといいですか?」


スーツに身をつつんだ若い女の人。その人は僕に名刺を差し出してきた。やけに飾りの多い枠の中に臨床心理士の肩書きが書いてあった。


「私はこういう者なのですが、もしお時間よろしければアンケートにご協力いただけませんか?」


「…今、急いでるんで。」


「一問だけです、個人情報も何も聞かないのでお願いします!」


そう言われると、断る理由がなくなってしまう。僕は軽く首を縦に振った。


「ありがとうございます!…では質問なのですが、あなたには『やり直したいこと』って何かありますか?」


「やり直したいこと…後悔していることっていうことですか?」


「それもありますけど、その日に戻ってもう一度してみたいことですね。」


ふと、10日前に彼女に振られたことを思い出す。しかし、あれを何度繰り返したところでよりを戻せるはずがない。だってそれよりも前に本命の彼氏と付き合い始めていたのだから。


「何か、心当たりがあるみたいですね?」


「…いえ、何もありませんよ。」


「私は仕事柄いろんな人の嘘を見てますけど、あなたほどわかりやすい嘘をつく人も珍しいですね。」


女性は穏やかに笑った。その笑顔は、もっと見ていれば僕の心の穴を埋めてくれそうな気がした。そしてさっきまで急いで家に帰ろうとしていた自分が嘘のように、女性の前で10日前のことをペラペラと口にしていた。


「そうなんですか、苦い思い出ですね…それはやっぱりまたやり直したいですか?」


そのとき、僕は何を思ったのだろう。自然と首を大きく縦に振ってしまった。本当は、無駄でもなんでもいいからもう一度、もう一度だけやり直したかったのかもしれない。


「すみません、辛いことを思い出させてしまって。少し、深呼吸をしましょうか。気分が落ち着きますよ。」


辛いことを赤の他人に赤裸々に打ち明ける。それだけでこんなにも気分が楽になるのだろうか。僕は言われるがままに深呼吸をして、そのままいつの間にか意識が飛んでいた。


「…ねえ、いつまで寝てるの?」


無愛想な声で目が覚めた。いつも寝ているベッド、見慣れた天井、いつの間にか自分の部屋にいた。


「彼女連れ込んで1人で寝てるってあり得ないでしょ…」


聞き慣れた声、10日前まであんなにも愛おしかった声、彼女だ。


「お前…なんでここに?」


「自分で呼んでおいてそれは失礼だとは思わないの?」


僕が呼んだ?そんなはずはない。たとえ呼んだとしても素直に来るのもおかしい。10日前までならまだしも…


「あれ、もしかして…」


急いで携帯電話を見た。画面に映っていた日付はきっかり10日前だった。


「あ、起きたついでに話があるんだけどいい?」


「…いい訳ないじゃないか。話したければ勝手に話せよ。」


「もしかして…見てたの?」


10日前の時点ですでにデートでもしていたのだろうか。とりあえず本当のところは自分でもよくわからないから見ていたということにしておいた。


「そっか…実は君のこと繋ぎにしてたって嘘つくつもりだったんだよね。」


「嘘をつくつもり…?」


「うん。だってあんなこと正直に言えるわけないでしょ?」


今まで、僕は彼女の言うことを言葉のままに受け入れ、裏切られたとばかり思っていた。でも実はそうじゃなかった、一体何があったんだろう。


「ごめん、そろそろ時間だから。じゃあね。」


彼女は僕の家から去っていった。僕が本当に知りたかったことを言わずに。


それから10日たった。同じ10日間が連続で来るのは予想以上に退屈だったから、僕の頭はなおのこと彼女のことでいっぱいだった。せめて彼女が学校に来ていれば、何があったのか聞くことができるのに。


「そんなに落ち込むなよ。もともと悪い女だったんだ、別れられてよかったじゃないか。」


「…彼女は悪い女なんかじゃないよ。悪いのはむしろ僕かもしれない。」


「そんなに卑屈になりなさんなって。何なら帰りにアイスでもおごろうか?」


「ありがとう…でも今日は生憎バイトだから。」


嘘をつくことに罪悪感を感じていない自分を責めた。でも、彼女がいなくなってから10日後の今日、確かめなきゃいけないことがある。彼女のこと以外が考えていたことを上げるとしたら、臨床心理士の女性。


放課後。チャイムがなると僕はすぐに黒いリュックを担いで駆け足で教室を出る。あの日は駆け足で帰ったんだ、早く行かないと会えないかもしれない。そう思っていつも通っている裏道を走って行く。案の定声をかけてくるあの女性。


「やり直した感想はどうでしたか?」


「…やっぱりあなたがやり直させたんですね。」


「もちろん、その通りですよ。お気に召しませんでしたか?」


「いえ、むしろもう一回やり直させてほしいくらいです。」


「それはよかったです、何度でも繰り返してしてください。」


次に目が覚めたとき、僕はまた彼女を放って寝ていた。この状況はどうにかできないものなんだろうか。


「…ねえ、いつまで寝てるの?彼女連れ込んで1人で寝てるってあり得ないでしょ…」


無愛想な声をしていたのは、僕に無念を残させないためだったのかもしれないと思った。


「ごめんごめん、せっかくのお部屋デートなのにね。」


携帯電話を見ると画面に映っていた日付は10日前。


「あ、起きたついでに話があるんだけどいい?」


「…うん。」


「実は私、彼氏できたの。」


「それは、僕はもともと彼氏じゃなかったっていうこと?」


「…そう、ただの繋ぎだよ。勘違いしてるみたいだけど」


「無理して嘘をつかなくてもいいよ。」


彼女の声をやや遮るように、僕は自分が2度と聞きたくなかった言葉に強く答えた。彼女は驚きを隠せないようだった。


「そんなわけないじゃないか。今まで僕は君を家族だと思っていたんだよ。そんなの信じられるわけがない。」


「…うん、ありがとう。」


彼女は、初めから信じて欲しかったのだろうか。だとしたら、3回目でやっと信じられるって僕はなんて鈍いんだろう。


「本当は、何があったの?」


「それは本当の彼氏でも言えない…ううん、本当の彼氏には言えないことだから…ごめん。」


もう間違えない、僕は強く思った。彼女は今、僕を傷つけまいとしている。何か大変なことを抱えているんだ。なら僕はそれに従うべきだろうか。


「わかった、そのまで言うなら詮索はしないよ。でも…また会おう?」


それが僕が思いついた、1番の言葉だった。彼女は涙を零していた。彼女を優しく抱きしめて、僕は彼女に何が起こるのかという不安除けば全てが満ち足りていた。


それから10日たった。10日間が3回連続はとても辛かった。でも、彼女のことで頭ではなく、胸がいっぱいだった。彼女のことををもう少し調べようと思ったけれど、詮索しないと約束したからしないことにした。


「お前、なんで振られたのにニヤニヤしてるんだよ、気持ち悪い。」


「僕は繋ぎだったんだってさ。別れて正解だったよ。」


「それにしてももう少し落ち込むだろうよ。卑屈になるほど落ち込んでるんだったら帰りにアイスでもおごろうか?」


「ありがとう。でも今日は生憎バイトだから急ぐんだよ。」


もう嘘をつくことは悪いことじゃないとわかってる。罪悪感なんてないし、それで自分を責めたりもしない。


放課後。チャイムがなると僕はすぐに黒いリュックを担いで駆け足で教室を出る。いつも通っている裏道を走って行く。


「こんにちは。今回はいかがでしたか?」


「本当にありがとうございます。おかげでほとんど全て解決しましたよ。」


「ほとんど…ということはまだ解決していないことがあるんですか?」


僕は起こったこと全てを女性に話した。彼女はそれをまるで自分のことかのように笑顔で聞いてくれた。


「そうですか、でも大丈夫ですよ。何回でもやり直せるので。」


「いえ、もう大丈夫ですよ。」


「残念ながら、歴史は変えられないんです。一回過去に戻るということは、永遠に過去に戻り続けるということなんですよ。」


女性は笑顔をくずさずに冷たい言葉を僕に放った。僕は、ブラックホールに飲まれるかのように、気が遠くなっていった。


「…ねえ、いつまで寝てるの?彼女連れ込んで1人で寝てるってあり得ないでしょ…」


彼女の声で目が覚めた。しかし僕はすぐに少し前に聞いた冷たい言葉を思い出した。もう嫌だ、同じことを何回も繰り返し続けるなんて…


「…どうしたの?顔色悪いけど、風邪ひいた?」


「違う、ただ怖いんだ…この先、僕はずっと1人で生きて行かなきゃいけないんだ。」


彼女は驚いた表情を見せた。しかしすぐに、何かを強く決心したかのように、僕の目をじっと見つめてきた。


「私も、だから。」


「どういうこと…?」


「私、母子家庭なんだけどね、昨日お母さんが死んじゃったんだ。私を引き取ってくれる親戚もいないの。」


「親戚がいないって、そんなわけ…」


「親戚はいるんだけどね。いろいろあってみんな私を嫌ってるから。だから、私と同じ。」


「だから、僕と別れようとしたの?」


彼女は、また驚いた表情を見せた。それは当たり前だ、彼女にとっては心の内を知られたのだから。しかし、次の彼女の言葉でどうやら違うらしいとわかった。


「もしかして…あなたも超能力者なの?」


それから10日たった。この生活を繰り返してはや1ヶ月。でも、もう僕は繰り返さない、絶対に。


「お前、振られたっていうのに平気な顔してるな。」


「僕は繋ぎだったんだってさ。別れて正解だったよ。」


「それにしてももう少し落ち込むだろうよ。帰りにアイスでもおごろうか?」


「ありがとう。でも今日は生憎バイトだから急ぐんだよ。」


放課後。チャイムがなると僕はすぐに黒いリュックを担いで駆け足で教室を出る。いつも通っている裏道を走って行く。


「こんにちは。どうでしたか、4回目。」


「もういいよ、無理に嘘はつかなくても。」


女性は驚いた表情を見せた。やっぱり、人の表情は何年たっても変わらない。


「やっと気がついてくれたんだ?」


「本当にごめん、でも彼女が大人の姿で目の前に現れるなんて普通思わないだろ?」


女性、未来から来たであろう彼女は穏やかに笑った。僕も彼女に微笑み返した。これからは、2人で繰り返す10日間の中を生きていくんだと。


「これからも、よろしくね。」


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