✽悲しい俺と不機嫌なキミ✽
「あの、吉澤くん。今少しいいですか?」
1年B組の、なんてこともないいつもの昼休憩。
持って来た弁当を樋口と一緒に食べようと立ち上がったその時、タイミングよく開いた教室のドアから俺に声をかけてきた。当然その女子に面識はない。
樋口との弁当の時間を壊されて悔しいと思う気持ちでいっぱいだ。
だが、これもいつものこと。内容も知っている。
告白だ。
七ヶ月も同じ教室で過ごしているクラスの連中もそれを知っている。口笛を吹いてはやし立ててくる始末だ。
周囲が騒がしい中、俺はこっそりため息をつき、教室を後にした。
――周りが背の高い木々に覆われているおかげもあってか、真ん中にあるベンチしかないがらんどうな空間は木枯らしが円を描いて吹き荒れる。
ココは裏庭。
冷たい北風が俺たちを容赦なく包み、そして去っていく。
「あの、食事中なのにごめんなさい」
そう思うのなら呼び出さないで欲しい。
自分勝手な俺は俺を呼び出す彼女に心の中で毒づいた。
しかしそれを言えるハズもなく、口を閉ざしたまま彼女と向かい合った。
そこで一番に目に付いたのが、彼女の右胸についている赤色の名札だ。それで彼女は俺と同じ学年らしいことがわかった。
彼女は肩まである茶色い髪をふたつに分けてくくっていた。二重の大きな目と小さな唇。それに150センチくらいの身長の小柄な彼女はどこか樋口に似ている。
樋口が彼女だったなら……。
ふと、そんな考えを脳裏に過ぎらせてしまう。
だが、それも有り得ない話だ。
俺は頭の中に過ぎった考えを捨て去ろうと、彼女に気づかれないよう首を横に振った。
「あの、私、日野 明日香って言います。吉澤くんのこと、ずっと見ていて……好きです私と付き合ってください」
やはり告白だった。
――それにしても、と俺は目の前に立っている彼女の立場をあらためて考える。
話したこともない俺にこうして声をかけ、恋を告げるのはどれだけ勇気がいるだろうか。
ヘタレな自分にはできない芸当だ。
「ごめん、俺、他に好きな奴がいるから……」
「それは……誰だか聞いたらいけないですか?」
いるのは本当。
だけど、どこの誰かは言えやしない。
言ったら最後、この恋は終わりを告げるだけじゃなく、今まで大切に守ってきたものすべてを失ってしまうから……。
「ごめん」
大きな目に涙が溜まっているその姿を見るのが痛々しくて、俺はそのまま背を向けて去った。
おそらく、樋口に告白すれば俺が彼女のような立場になるだろう。
それでも彼女はいい。たった一度話しただけの奴に振られるんだ。
俺よりももっとずっと好きな奴ができたら、今日のことはすぐに忘れられるだろう。
――だが、俺は違う。
俺が樋口に振られたら――……。
今まで当たり前のように傍にいて、笑い合っていた彼に振られたら――……。
絶対、今回の彼女のようにうまく吹っ切れる自信はない。
永遠にこの想いを引きずって生きていくことになるのは目に見えている。
やはり、この気持ちは言えない。
俺は自分の胸の中にそっと仕舞い込み、重い足取りのまま歩を進めた。
1年B組がある教室までの階段を上ると、左右に広がる廊下がある。
向かって右側から2番目の教室がB組だ。
伝わってくる冬のひんやりとした空気を感じながら、ガラガラと後ろのドアを開けて中に入ると、俺を出迎えてくれるのは、樋口ではない。
学年一チャラ男で有名なクラスメイトの金髪池田だ。
一番後ろの席に座っていた池田は椅子を正面に置いたまま、背もたれにのしかかるようにして身を乗り出した。
「今月入ってからもう5人目だぜ? 吉澤、お前のモテ度ハンパねぇ……。あの子と付き合うのか?」
「いや、断った」
池田に羨望の眼差しを向けられ、尋ねられた言葉に、俺は首を左右に振った。
なにせ俺には人には言えない樋口への想いを抱いている。その状態で他の誰かと付き合えるほど、俺は器用な人間ではない。
そんな俺だが、池田はやはりチャラ男だけのことはある。
自分の気持ちが相手にないというのに、告白されたっていうだけで引き受ける気だ。
『俺が付き合いたい』とか『もったいない』などと大きなひとりごとを言っている。
だが、嘆くのもすぐに終わり、池田の標的は呼び出された俺を待ちきれずに黙々と弁当を食っている樋口へと変わった。
「けどまあ、健太くん良かったな、吉澤が取られなくて」
「はあ? なんでそうなんねん。別に吉澤が誰と付き合おうと関係ないやん」
どうして樋口にそんなことを言われなければならないんだろう。そりゃ、俺のことを親友としてしか見ていない樋口にとって、この告白のことは関係ないと言えるだろう。
だけど俺は樋口との関係を壊したくなくて、必死に恋心を隠している。
それなのに、『誰と付き合おうが関係ない』とか言われたくない。
――なんか、ものすごくイラつく。
わかっている。
このイライラも、ムカムカもすべて俺だけのことだと――。
だからなんとかこの嫌な感覚を遠ざけようと自分を宥める。
それなのに……俺の想いを知らない樋口は最後のトドメを刺した。
「あ~あ、モテる奴はええなぁ~。オレも彼女がほしいわ」
樋口の他愛ないひとこと。
だが、俺の中で、そのひとことが心臓に突き刺さった。
プツン。
俺の何かがキレた音がした。
「彼女欲しいなら俺と一緒にいない方がいいんじゃないか? 登下校も野郎と一緒だと、女子に話しかけられもしないしな?」
俺の口は自分の意思とは関係なく、勝手に動いて言葉を放つ。
「なんでそんな言い方すんねん、意味わからへんし!!」
「意味? 彼女が欲しいなら意味わかるだろう? だからガキなんだよお前――」
ダメだ。
もう話すな。
この関係を失いたくないとそう決めたのは俺だろう?
これ以上しゃべるのはマズい。これでは今まで築いてきた樋口との関係が壊れてしまう。
そう思うのに、それなのに俺の口は勝手に動いていく――……。
「ああ、だがその前にその低い身長を伸ばすことを考えないとな?」
ヤメロ。
もう止めろ。
止まれ。
必死に落ち着けようとする俺――だが、勝手な口は俺の意思を無視して樋口に最後のトドメを刺した。
「そんな身長じゃあ告白してくる女子が可愛そうだ」
「っ!!」
バッチンッ!!
のどかな午後に突如鳴り響いた大きな音で、教室内にいたクラスの奴らが俺と樋口に注目した。
……冷たい沈黙が生まれる。
頬がヒリヒリするのはなぜだろう。
俺は痛みがする方へ手を伸ばした。
そこで気がついたのは、樋口が俺を叩いたということだ。
『痛い』
そう言おうと樋口を見下ろせば、樋口は唇を噛みしめ、どんぐりの目を潤ませて立っていた。
「ちょっ、喧嘩はやめようぜ? 喧嘩は、な?」
元はといえば池田の発言が火種となったのに、中立的な立場になった彼はそう言って肩の高さまで上げた両手のひらを俺たちに向ける。
俺がもう限界だったのかもしれない。
樋口への想いが大きくなりすぎて、どうしようもできなくなっていたんだ。
だから謝罪もしないで唇を閉ざし、沈黙する。
樋口は何も言わず、そんな俺の前から走り去った……。