✽恋をしている俺と違うキミ✽
遮光カーテンの合わせ目から外の光が漏れる朝、樋口を抱きしめたままベッドの中で目を覚ます俺は、寝覚めが悪いコイツを起こすのも毎日の日課だ。
どんぐりみたいな大きな目は長いまつ毛に隠され、可愛らしい桃色をした小さな唇はムニャムニャと開閉を繰り返している。
そんな彼はどうやらまだ眠りの真っ只中にいるようだ。
ついつい寝込みを襲いたくなってしまうのは好きだと実感してからずっとだ。
抱きしめていた片方の腕を外してふわふわなクセ毛に手を伸ばし、触れてみる。
「……ん……よしざわぁ~」
手の感触に起きたのかと思って、若干の焦りを感じながら茶色い髪の毛から手を離す。
だけど一向に起き上がる気配がない。ふたたび樋口の顔を覗き込めば、やはりどんぐりの目は閉じたままだった。
寝ている最中でも俺の夢を見てくれているのかと思うとニヤニヤが止まらない。
樋口に対する恋心が増していく――……。
ずっとこうしてクラスの奴らが知らない可愛い樋口を見ていたい。
だが、いつまでもこのままではおばさんに迷惑がかかる。それに、樋口も俺も学校に行く準備をしなければならない。
俺は自分の気持ちを抑え、ニヤニヤした口を一度ヘの字に戻して口を開けた。
「樋口、7時だぞ?」
「ん~……」
「樋口~~」
「ん~……」
呼んでもなかなか起きる気配がない。一度眠れば永遠に起きないかもしれない。
俺は、はぁっと深いため息をついて大きく息を吸う。
そして――……。
「……チビ」
ボソリ。
樋口に言ってはならない言葉を吐き出した。
「チビちゃうわっ!!」
あんなに名前を繰り返し呼んでも起きる気配さえなかった樋口。それなのに、ボソリと呟いた言葉はちゃんと聞こえていた。
禁断の言葉を聞いた樋口は飛び起きるなり、攻撃態勢に入った。
真正面にいる俺を見据え、顔面に向かって拳を突きつけてくる。
――だが、俺だって毎日樋口の相手をしている。突然の攻撃にはもう慣れっこだ。
パシンッ!!
乾いた音を響かせ、俺は見事樋口の拳を受け止め、黙らせることに成功した。
しかし、ここで攻撃が終わるような樋口ではない。当然、もう一方の拳もやって来るのもお見通しだ。
そしてやはり俺が思った通り、単純な樋口は動いた。片方の手も拳に変えて、俺の顔面目がけて打ち込んでくる。
俺は空いているもう片方の手でも樋口の拳を軽々と受け止めた。
「っ、なんだよ平然とオレの拳を受け止めやがって、吉澤ムカつくっ!!」
「何がムカつくよっ!!」
見事拳を受け止められ、悔しがる樋口と俺の間に口をはさんだのは樋口のお母さんだ。
「あんたがいつまでも起きないからこうやって咲輝くんが起こしてくれているんでしょうが!!」
ポカッ。
「いてっ!! 母さん、なにすんねんっ!!」
頭上に挙げられた拳が、寝グセのついたボリュームのある茶色い頭を叩いた。
おばさんの年齢はたぶん、俺の母さんと同じ40そこそこだろう。それなのに、茶色い天然の髪の毛に小柄で大きい目をした可愛らしい彼女はまだ35歳でも通るんじゃないだろうか。いつまでも若々しい。
樋口の容姿は間違いなくおばさん似だ。
……あと、手が早い性格も――。
「『なにすんねん』じゃあないわよ、まったく。いつもいつも学校に遅れず登校できるのは誰のおかげだと思っているの!! ほんっとにごめんなさいね、咲輝くん」
「いえ、あの、俺学校の支度するんで家に戻ります」
このままだと母子で朝から喧嘩が勃発しそうな雰囲気だ。俺がココにいればとばっちりを受ける可能性もある。
逃げるようにしてベッドから抜け出すと、ベランダへ下りた。
外は柔らかな太陽の日差しがやっと地上を照らしはじめたところなのか、肺に送り込まれた空気は夜のようにひんやりと冷たかった。
「咲輝くん、いつもありがとうねぇ」
ブスッとしている樋口に変わり、おばさんは俺の背中越しからそう言った。
「いえ、また後で来ます」
いまだチビと言われたことがイラつくらしい樋口は、桃色の唇をツンと尖らせそっぽを向けている。
そうやって怒っているようだけど、まったく怖くない。むしろ可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みなのかもしれない。
そんなご機嫌斜めな樋口だが、なんてことはない。俺が学校に行くため迎えに来る頃には何もなかったようにケロッとしている。そうして樋口は俺と共に登校するんだ。
俺は、寝覚めの悪い樋口の非礼を詫びるおばさんにお辞儀して、高校に行くための身支度を整えるべく、そっと窓を閉めた。