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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
二章 Arcana Concentration
41/41

第三十七話 始まりを告げる鐘






 リヒトは、ハインリッヒから出撃前に掛けられた言葉を思い出した。

 そして、コックピットの中一人舌打ちし、周りを見る。


 不意打ちで数機のジョーカーマシンを撃墜したが、気付けば、包囲されていた。

 こうなっては敵を落とすという次元の話しでは無くなる。


 ―――アルカナエンジンが無い事による、性能的な限界。

 この機体は元々、アルカナエンジンによって動くものであり、それが無ければ、ただの木偶人形。

 それを短期間で人が乗れるように調整したハインリッヒの腕は確かであるといえよう。

 しかし、根幹的な問題であるアルカナエンジンについてだけは、彼女にもどうすることも出来なかった。


 「クソ、流石に本家のようには行かねぇか……!」


 今のグラインダーでは、リヒトの動きについていくだけのスペックが無い。

 必然的に、リヒトは苦しんでいた。

 攻撃に移る事が出来ない、回避に集中するのが精一杯だ。


 包囲されたグラインダー試作機にはあらゆる方向から攻撃が迫っていた。

 前方からの銃撃を背の高い建物に隠れて回避。

 その横からこちらへと飛んでくるミサイルは、近くに落ちている瓦礫を投げて先んじて爆発させる。

 爆風がグラインダーを照らし、同時に、そこへと向けて一機のジョーカーマシンが駆けて来た。


 「好機を見誤ったか?グラインダーは本来、接近戦闘特化型だぜ!?」


 巨大なナイフを振り翳す砂色装甲のジョーカーマシンに向かって、グラインダー試作機は腕を伸ばした。

 ナイフを持った腕を掴み、もう一つの拳を構える。

 振り翳したままで掴まれた腕が振り下ろされる事は無く、拳は今にもジョーカーマシンのコックピットを破壊しようと固く握り締められていた。


 「―――ッ!」


 斬りかかったジョーカーマシンのパイロットが死を覚悟した瞬間、不意に拘束されていた腕が解放された。

 たたらを踏みながらその場に蹲ったジョーカーマシンを最後に襲ったのは、爆発だった。


 「野郎、仲間ごと俺を……!形振り構っちゃいねぇってか!」


 間一髪で後ろへと逃れたグラインダーを襲うのは、無慈悲の追撃。

 怒濤のように放たれる銃弾による斉射が、地面を耕しながらグラインダーへと迫る。


 それは、執念。

 一つ一つの弾丸に執念を篭め、グラインダーを、“英雄(リヒト)”を亡き者にせんと奔る。

 それは、恐怖。

 恐怖が具現化された小さな抵抗として、その銃弾はグラインダーを狙っていた。

 それは、憤怒。

 怒りの意思が彼らに引き金を引かせ、結果、銃弾は雨のように標的へ振り注ぐ。


 「……はッ!」


 だが、リヒトはその全てを笑う。


 「小せぇんだよ!小物どもが!“英雄”にこんな攻撃が―――」


 言葉は爆風に掻き消される。

 響いた爆発音が戦場に居る全員の耳朶を振るわせた。

 包囲したジョーカーマシンは緊張を緩めない。

 この地に生ける“死神”を滅ぼすには、まだ、力が足りないことを理解しているのか。


 「効くかよッ!!」


 答えは、否だった。


 黒煙から飛び出したグラインダーは、瞬く間に包囲を打ち破り、一機のジョーカーマシンのコックピットに爪を立てた。

 引きちぎるようにコックピットを摘出されたそれは、木偶人形のようにその場に崩れ落ちる。

 その場に居た軍人の恐怖が、引き金を絞らせた。


 彼らは、力が足りていないだけではない。

 私腹に越えた者には、自覚も足りなかった。

 “英雄”と対峙しているという、自覚。

 “獲物”であるという自覚が。


 「数しか取りえが無ぇのにバラついてどうすんだァッ!?」


 リヒトの馬鹿にしたような声が響くと同時に、一機のジョーカーマシンが倒れた。

 その手にしていた獲物はパイロットの命と共に奪われ、グラインダーの手に握られる。

 グラインダーと相対する全ての軍人が、放たれる銃弾を警戒し、動きを早める。

 浮き足立ったような戦場で、リヒトはにやりと笑った。


 「……バレてんだよ、そんな作戦ぐらいはなァ!!」


 圧倒的な質量を持つジョーカーマシン。

 それに対抗するには、更に大きな質量の攻撃をぶつけるしかない。

 グラインダーの頭上には、星が瞬いていた。

 それは星ではなく、基地から発射された大型ミサイルであることをリヒトは知っていた。

 だからこそリヒトは、躊躇いなく奪い取ったマシンガンを―――


 「こうすんだよッ!」


 天ではなく、目前の敵へと向けた。

 呆気に取られた数機のジョーカーマシンが機関部を打ち抜かれ、行動を停止する。

 弾を吐き出さなくなったマシンガンを棄て、グラインダーは跳躍した。

 リヒトを追い詰めていた者達には理解できなかった。

 何故、この男はミサイルだと知りながら―――避けないのか。

 その理由は、地に這い蹲る男たちの姿だった。


 『リヒトさん!!逃げてください!!』

 「五月蝿ェイナド!俺が避けたらテメェらが焼けるぜ!?」

 『貴方の損失に比べれば!』


 イナドの声がリヒトの鼓膜を振るわせた。

 その声はいつものような冷静で飄々としたものではなく、焦りや驚きに満ちたものであった。

 リヒトは愉快そうに笑い、声を上げる。


 「何を慌ててるイナド!お前にはお前のやるべき事があるだろ!?」

 『そんな問題では―――』

 「お前の背負ってるモンは、俺なんかじゃねぇ!もっと大きな、大切なモンを背負ってるんだろ!だったら―――」


 眼前に、ミサイルが迫る。

 試作型グラインダーの装甲ではまともに受けきれないような、膨大な破壊力が。


 「“英雄”を踏み台に進めッ!!イナドッ!!」


 直後―――砂の都の上空に、大きな爆発が観測された。






      *       *       *






 「……近いな」


 戦場と化した砂の都で、男が呟く。

 現地人のような砂色の外套をすっぽりと頭からかぶった姿は、砂の都の住人のようだ。

 だが、男には“一般人”とは到底呼べないような、“重み”があった。


 『大丈夫ですか?今、戦場では“英雄”が戦ってるみたいですけど』

 「問題ない」


 インカムから流れてくる声に、男は低い声で即答した。

 呆れたようなため息を聞き流して、男は目深に被ったフードを少しだけずらして、前を見た。

 砂嵐吹き荒れる中、見えてきたのは砕け散った建物。

 ジョーカーマシンの煽りを受けた街の、成れの果てだ。


 「……ふん」


 一瞥をくれると同時に、男は過去を封じる。

 今はその事を考えている場合ではない。

 彼に与えられた仕事を果たさねばならない。


 『今、我らが“切札”が町へと向かいました。巻き添えを喰わないように注意してくださいね、“死体(リビング・デッド)”さん』

 「愚問だな」


 “死人”と呼ばれた男は、砂の都の裏通りを駆け抜ける。

 やがて、少しばかり開けた場所に男は立った。

 そこにあるのは、古い教会と―――数人の男の姿。


 「……お前たちが、人民解放部隊か?」

 「アンタは……“協力者”の使いか」


 教会を護っていた男が一礼するのを、男は見てはいなかった。

 彼の関心は一つのところに集約されている。

 しかし、その者はこの場には居なかった。


 「ハインリッヒ・アウロラは何処だ?」

 「あ、あぁ……それがだな……」


 ばつが悪そうに切り出す男を見て、“死人”が歯を噛んだ。

 “協力者”の、いや、“外なる者”の予想通りになってしまったことが、彼の苛立ちを加速させた。


 「まぁ、いい……。何処へ行った?」

 「へ!?あ、あぁ……確か、軍基地の方へと」


 言葉を遮られ狼狽する男を尻目に、“死人”は駆け出した。

 なんとしても、彼女を護らなければならない。

 彼女はきっと―――狙われている。


 「不味い事になった。予想通り、ヤツは移動している」

 『参りましたねぇ……そちらのフォローは貴方に任せても?』

 「それが俺の仕事だ」


 通信を切って、男は先ほどまでとは比べ物にならない速度で駆け出した。

 砂の都の趨勢を決める戦いに、全ての役者が揃いつつあった―――






      *       *       *






 爆発を見て、男達は固唾を飲んだ。

 空中に未だ残る黒煙は晴れず、赤々とした装甲の破片だけがその場に落ちていた。

 一つ、また一つ落ちていく。


 男達は祈る。

 “死神”が蘇らない事を。

 彼らにとっての絶望であり、死の化身であり、最大の敵。

 ここで滅ぼせれば、既に勝利を手にしたも同然なのだ。


 『……見えたか』

 『いえ、まだ確認できません……』


 小声で男達が囁いた。

 全ての視線は、砂の都の上空へと注がれている。

 張り詰めた緊張は糸のように張り、男達の精神を削っていく。


 やがて黒煙から―――一つの影が落ちた。

 通常のジョーカーマシンよりも小さい、黒く焦げた人型のものだ。

 右手と右足にあたる部分が消失し、残った身体にも傷の無い部分は無い。

 極めつけは、コックピットのある胴体が、完全に空洞と化している―――


 『やったか……』


 勝利の声は、伝播する。

 男達の喜びのと安堵の吐息が重なり―――それは、哄笑された。


 「残念だけど―――僕はあの人ほど優しくないんだ」


 声に反応するよりも早く、爆音が砂の都に響いた。

 何が起きたのかを確認するよりも早く、男達はその場を離れる。

 それはある種、本能的な恐怖であったのだろう。


 円形に吹き飛んだ地形の中、黒きシルエットが立ち上がる。

 通常のものより少しばかり小さい。

 しかしながら、流れるような装甲と四肢から伸びるバイパス。

 溢れるような魔力の粒子は煌き、緑色の装甲を薄気味悪く照らす。


 哀れなる被害者はそれを知ることも無く、木っ端微塵に砕け散った。

 容赦の無い、無慈悲な一撃がジョーカーマシンを爆散させたのだ。


 「……覚悟はいいかな。砂の都のガン細胞」

 『テメェは……ッ!?』


 驚愕の声。

 先ほどまで相手にしていた“死神”と酷似した機体に乗っている。

 しかしながら、その声はまだ声変わりもしていないような幼い“少年”の声。

 だが、その言葉に含まれる威圧や怒りは、“死神”と同等、或いはそれ以上のものを持っていた。


 「代替品の代替品……ってところかな。僕も彼女の帰りを心待ちにしてはいるんだけど」

 『何を言ってやがるッ!?』

 「今まで散々に待たされたんだ。少しぐらいは愉しんでもいいだろう?」


 時が止まったように、砂嵐が止み、ジョーカーマシンが動きを止めた。

 それは少年らしからぬ獰猛な声によるものか―――その手にしたアルカナマシンの力なのか。


 「Arcana Machine 04 Grinder。コードネーム、“グラインダー”」


 一歩踏み出す。

 その一歩には託された信念があった。


 「これを託してくれたリヒトさんの信頼。そして、彼女を助けるという気概。全てが、このグラインダーに掛かってるんだ」


 更に一歩。

 屈強の男達が乗ったジョーカーマシンを一歩後退させたのは、気迫。


 「だから、こんな辺境の地に留まっているような時間は無いんだ。ましてや―――」


 もう一歩。

 グラインダーの構えはリヒトには無い、洗練された拳法のような構え。

 リヒトの構えが獰猛な荒武者ならば、この構えは、西洋に伝えられる誇り高き騎士。


 「王様気分の小悪党に容赦なんて、必要ない……報いを。今までのツケを払ってもらうよ」


 次の瞬間、緑色の颶風が吹き荒れ―――男達は一斉に悲鳴を上げた。






      *       *       *






 ジョーカーマシン部隊が全員出払っているからなのか、軍内部は殆ど人の居ない状況であった。

 イナド率いる突入隊は驚くほどスムーズに内部の制圧を実現していく。

 最後に残された指揮官の居ると思われる豪華絢爛な一室の前で、イナドは振り返った。


 「ここです……宜しいですか。準備の方は」

 「勿論です」


 イナドの背後に控えていた数人の部下が頷いた。

 銃器を構えながら、扉を開けるカウントを始める。

 その数値がゼロに達した瞬間、指揮官室の中に砂色迷彩の男たちが次々となだれ込んだ。


 「動くな!動けば撃つッ!!」

 「フリーズ!フリーズ!!」


 部屋に入り込んだ全ての人間が、椅子に座る男の姿を見た。

 こちらに背中を向けたふてぶてしい軍服の男は、微動だにしない。

 一面ガラス張りの壁を見つめて、何を感じているのか。

 その不遜な態度からは恐怖や怒りと言った感情が感じられず、イナドは喉を鳴らせた。


 「……貴方が、ラディン総帥ですね?」


 イナドの呼びかけに、返答は無かった。

 覚悟し、一歩ずつ慎重に歩を進める。

 部下の一人が制止するが、イナドは彼を下がらせた。


 「これだけ包囲されては抵抗は無意味……大人しく、従っていただけると有難いのですが……」


 ゆっくりと、イナドの手がラディンの肩に触れた。

 瞬間―――崩れ落ちるように、ラディンは椅子から転げ落ちる。

 動揺する一同とは対照的に、イナドは歯を噛んでラディンを見つめた。


 「……やはり、ですか」


 ラディンは、死んでいた。

 恐怖や怒りといった感情の揺れを感じられないのは、至極当たり前の事である。

 動揺が広がる突入隊の中で、唯一、イナドは次の手を考えていた。


 そして、考え付く限りで最悪のシナリオを想定する。

 ―――すなわち、“砂の都(ここ)”で起きる全ての事態に、意味など無い、という考え。


 「お、おい……何だアレ?」

 「こっちに近づいてきてる……敵か!?」


 部下がざわめき、ラディンが見つめていた空の方向を示す。

 イナドが見上げると、窓ガラス越しにこちらへと向かってくる飛行物体が目に入った。

 ぎょっとする間も無く、全員に叫んだ。


 「退避ッ!!」


 次の瞬間、轟音と共に司令官室はコンクリートの粉塵がすべてを支配した。

 大きな揺れを感じながら、突入隊の面々はそれぞれが低い姿勢で音が止まるのを待つ。

 そして数十秒、或いは数分の後に、指揮官室からは一切の音が消えた。


 「警戒を……」


 イナドは呟くように促すと、じりじりと突入してきた物体へと近づく。

 大きな球体にも似たそれは、人を一人すっぽりと包んでなお余裕があるような大きなものだった。

 鋼鉄の塊は削り取ったコンクリートの破片を纏い、沈黙を保っている。


 「これは……一体何ですか?」

 「わかりません……ただ、私達をどうにかするような物じゃ無いことを祈るのみです」


 イナドが、鋼鉄の表面に手を触れた瞬間―――球体の表面が、大きく持ち上がった。


 「……っ!!下がれ!」


 言葉と共に自らも下がり、銃器を構える。

 開いた穴は真っ暗で何も見えない。

 イナドは目を凝らし、暗闇の先にある影を見つめ―――そして唖然とした。


 「痛てててて……ハインリッヒの野郎、何が衝撃は大してありませんだよ。めっちゃ痛いじゃねぇか……」

 「リヒト……さん?」

 「作戦は成功した……みてぇだな?」


 辺りを見回して、リヒト・シュッテンバーグはからからと笑った。

 イナドは何度か目を瞬かせるが、何度見ても、リヒト・シュッテンバーグ本人である。

 当の本人は全てが分かっているようで、イナド達のように混乱している様子は無い。


 「えっ……ちょ、何でココに?リヒトさん……ですよね?」

 「俺が亡霊に見えるかよ?」


 己を指さして、自慢げに笑った。

 その姿に、イナドは安心したかのような、呆れたかのようなため息を一つ漏らした。


 「……貴方も無茶する人だ。脱出ポッドで本部に乗り入れるなど」

 「多少の無茶が戦況を覆すんだぜ?」

 「確かに」


 くすり、と笑い、イナドはその場で呆然と立ち尽くしている部下達を見た。


 「さて、悠長にしている暇はありません。私の予想では博士に危険が迫っている」

 「知ってる」

 「……へ?」


 イナドの警告に対し、リヒトはさらりと言葉を返した。

 思わず、素っ頓狂な声が上がる。


 「今、俺達は本部。オルタはグラインダーで戦闘中。博士を護るのは少数の部隊のみ」

 「狙うには絶好の機会です。彼女の協力が無くては、フェリアさんを取り返す作戦すらも……」

 「その“彼女”が言ってたんだぜ?狙われるのは私でしょう、ってな」


 益々、意味が分からないという顔をするイナド。

 リヒトは全て知っているかのような余裕の声音で、更に続けた。


 「大方、デイブレイクのヤツと接触するつもりだろ。そこの指揮官もデイブレイクの口封じっぽいし」

 「我々が駆け付けた時には既に……」

 「お前らに情報が漏れるのを恐れたか……或いは、囮か」

 「囮ですか……という事は、デイブレイクの者は博士へ接触する必要があったと」

 「しかも、ハインリッヒを殺す気は無い」


 リヒトの言葉に、イナドは再び驚きを顔に浮かべた。


 「最初からハインリッヒを殺したいなら、俺に撃ったミサイルをあっちに使えばいい話じゃねぇか」

 「それは、リヒトさんが脅威だったから?」

 「そうかぁ?あのままじゃいずれ試作機の燃料切れで死んでたぜ?」

 「じゃあ、何故……」

 「ハインリッヒじゃあなく、俺を殺そうとした……ってとこにヒントがありそうだな」


 考え込む仕草を見せるイナド。

 しかし、対照的にリヒトは大股で指揮官室を出て歩き出す。


 「ど、何処へ!?」

 「決まってんだろ。ハインリッヒの所でデイブレイクに直接聞いてやる。俺は直接聞かねぇと信用出来ねぇ性質なんだ」


 そう言って、リヒトは軍部の廊下を駆け出した。

 その後ろ姿を見つめ、イナドは笑う。

 愚直な姿こそが、“英雄(リヒト)”の本質なのだろう。

 不器用にももがきながら進むその様は―――かつての自分のようで。


 「リヒトさん!表に装甲車があるはずです!それに乗ってください!」


 振り返らず、手を挙げて答えるリヒト。

 廊下を曲がり消えるまで、イナドはその背中を見つめていた。






      *       *       *






 砂の都に爆音が響く。

 小さな破片と化したジョーカーマシンが動くことは無く、それは彼の勝利を意味していた。

 暗緑色に染まった小型ジョーカーマシン、グラインダーはゆっくりと立ち上がり、辺りを見回した。


 「残存敵影、ゼロ……これで殲滅完了かな」

 『ご苦労さま。オルタ君』

 「お疲れ様でした」

 『はははははっ!君はこんな時でも礼儀正しいですねぇ!』


 礼儀正しいオルタの声に、通信相手の男は高らかに笑った。

 オルタはそれについて言及せず、代わりに、別の事を考えていた。


 『リヒトさんは、無事だよ。さっきイナドさんが確認した』

 「良かった……」


 心底安堵した表情で、一つ息を吐いた。

 その様子を察したか、通信機の先の声は優しげに言葉を続けた。


 『取りあえずハインリッヒ博士の保護……というか迎えには彼が行ったようだ。オルタ君は一度こちらへ戻るといいよ』

 「ありがとうございます。アルカナマシンに乗るのは久々ですから……流石に疲れました」


 声には覇気が無く、年相応の少年らしいか弱さを含んでいた。


 『ゆっくり休んで下さい……』


 男はねぎらいの言葉を残して通信を切る。

 緊張の糸が切れた身体は思うように動かない。

 オルタは気が抜けてしまった体を何とか操り、グラインダーを動かす。


 「これで、砂の都の戦いも殆ど終わり、かぁ……」


 呟きは砂嵐に乗って消えた。

 行方を知るのは、砂の都で起きた戦いを全て知る者―――デイブレイクのみであった。






      *       *       *






 「―――早いですね。もう、着いていたのですか」


 ハインリッヒ・アウロラは男に声をかけた。

 人通りの無い、瓦礫に塗れた大通りでは、その男の姿はあまりにも浮ついている。


 「淑女をお待たせするのは紳士の恥、ですからね」


 男は軽やかに答え、ハインリッヒへと向きなおした。

 真っ黒な修道服に十字架を下げ、片眼鏡の男。

 その姿は教会に居る神父のようであったが―――この場にただの神父が居る道理はない。


 「それとも今は、貴方も紳士なのでしたか?ハインリッヒ博士」

 「口の減らない人ですね。だから研究職を追われるのです」


 二人の表情は変わっていない。

 だが、第三者から見たその二人の周りには、明らかに威圧感が広がっていた。

 それは潜在意識下での戦い。

 互いの針のような殺気が、互いの喉を狙っているのだ。


 「……やめましょう。私はこのような不毛な争いをするためにここに来たのではない」

 「でなければ、こんな砂だらけの場所まで来ないでしょうね」

 「全ては貴方に会うため、ですよ。ハインリッヒ・アウロラ博士」


 片眼鏡の男はやれやれと首を振り、ハインリッヒは無感情に相手を見つめる。

 瓦礫の細かな破片を風が運び、音を立てた。


 「単刀直入に聞かせてもらいましょう。貴方は何を伝えたかったのです?」


 ハインリッヒの言葉に、片眼鏡の男は口の端を上げた。


 「私の目的。分かっているでしょう?」

 「あの馬鹿げた計画か?」

 「アレは一部に過ぎません。それに、蜥蜴の尻尾のようなもので……ただの囮ですよ」

 「だろうな」


 男の微笑に合わせて、ハインリッヒも不意に笑った。

 だがその笑いには冷たさが目立ち、皮肉な印象を与えるものだ。


 「私の目的に必要な物……分かりますよね?」

 「フェリア・オルタナティブ……いや、“代替品”の潜在能力か」

 「流石です」


 片眼鏡の男は嬉しそうに拍手を送った。

 ハインリッヒは嫌悪感を露わにして、片眼鏡の男を睨みつける。

 それでも、男の薄気味悪い張り付いたような笑みは消えなかった。


 「リヒト・シュッテンバーグ。ハインリッヒ・アウロラ。或いは、オルタ。彼女の覚醒には、誰かの助けが必要だ……」

 「だから、リヒトを狙った?」

 「彼は危険だ」


 一転、男の表情から笑顔が消えた。

 鋭い目つきでハインリッヒを睨みつけ、憎々しげに歯をきしませた。


 「彼が居る限り……私は“アダム”になることが出来ない。それは許されざる事だ」

 「嫉妬ですか?醜いですよ、嫉妬は」


 ハインリッヒの挑発を鼻で笑い、男は語気を荒げた。


 「嫉妬ではない!これは……これは世界の創造に関わる鍵なのだ!」

 「世界の……創造!?まさかっ!!」


 驚くハインリッヒを得意げに見ると、男は大仰に言い放つ。


 「そう。“世界(ワールド)”の目覚めこそが新世界。その大地に立つのは、アダムとイブのみ!」

 「正気ですか?」

 「これが狂気ならば、私は狂気で良い!!」


 苦々しい表情をハインリッヒは浮かべる。

 熱狂していた男は冷静さを取り戻し、呟くように言った。


 「やれやれ。主賓が二人も揃うとはね」


 直後、二人の間を分かつように猛烈な勢いで装甲車が駆け抜けていった。

 巻き上がる砂煙の中で、人影が立ち上がる。


 「リヒト……さん?」

 「“英雄”、リヒト・シュッテンバーグ。御目見え、至極恐悦で御座います……」

 「テメェが、デイブレイクか」


 三者の言葉がその場に響き、風が一瞬止む。

 吹き荒れる砂嵐が収まり、三人の頭上に太陽が顔をのぞかせた。


 「……何故、ここに?貴方は本部を制圧するのでは?」

 「俺は直接聞かねぇと納得できねぇんだ。質問に答えてもらうぞ、デイブレイク!」

 「私に答えられることならば……」


 恭しく一礼する男に、リヒトは苛立ちを覚える。

 まるで自分が何も関わっていないかのような余裕。

 この国に起きた事件の全てを握る“影”であるというのに。


 「フェリア・オルタナティブは、今、何処に居る?」

 「知ってどうするのですか?」

 「助ける」

 「成程成程……助ける、ですか」


 男はリヒトを哄笑し、ちらりと見やった。

 その顔には何ら疑問は無く、男には、ただ自らの欲望に忠実な男の顔に見えた。


 「ですが、彼女がもし……仮に、自ら望んでコチラへと来ていたら……どうするので?」

 「………っ」


 ハインリッヒが息を呑んだ。

 だが、リヒトは表情一つ崩さずに、答えた。


 「攫う!そして、一発殴って改心させてやらぁ!」

 「くくっ……はははははははっ!」


 堂々と、リヒトは言い放った。

 その答えに、たまらずに男が噴き出す。

 腹を抱えて笑う男に向かって冷徹な視線を投げ続ける。


 「失礼しました……いやはや、第三次世界大戦の“英雄”ともあろう方が、このような夢想家でおられたとは……!」

 「勝手に笑ってろクソ野郎。俺は誰に何と言われようとアイツを助け出す」

 「ならば……教えて差し上げましょう。次の戦場を。丁度、役者も揃ってきたようですしね……」


 男がそう言った瞬間、リヒトの背後から音が聞こえてきた。

 防弾装甲を持つ専用車がリヒト達の近くに停車すると、中から一人の男が降りてくる。

 その男を見て、リヒトはあんぐりと口を開けた。


 「……お、おまっ!お前は……っ!」

 「久しぶりですね、リヒトさん」


 スーツを着こなす白人の男。

 年不相応の見た目をしたこの男を、リヒトは知っていた。


 「ブライアン・リーマン。大企業の会長殿が、何故ここに?」

 「私もリヒトさんと同じでして……話は直接聞かないと信用出来ないのですよ」

 「な、何で……っ!?」


 辛うじて口から飛び出したリヒトの質問に、ブライアンは優しげに目元を細めて口を開く。


 「水臭いですよ、リヒトさん。貴方が気を失っている間から協力している仲ではないですか」

 「じゃ、じゃあヤツらが言ってた“協力者”ってのは……!」

 「ブライアン・コーポレーションです」


 リヒトは驚きのあまりその場で頭を抱えて苦々しい顔をした。

 その様子を見て男とブライアンは微笑む。


 「……さて、最後の役者も揃ったようですね」


 片眼鏡の男の言葉に呼応するように路地から現れたのは、砂色の外套を纏った男。

 目深にされたフードによって目元は見えず、その正体を知る者はこの場に二人しかいない。


 「次の戦場……いや、アルカナエンジンの場所は何処だ?」


 外套の男の低い声に、片眼鏡を摩りながら男が答える。


 「おや、そこまで知っているのならば出し渋りは不要ですかね」

 「答えてもらうぞ……デイブレイク!」

 「場合によっては、拷問してでも吐いてもらうぜ……!」

 「ははは、貴方達に私は捕まえられませんよ」


 男の言葉と共に、リヒト達を振動が襲った。

 それは大地が軋みを上げるほどの揺れを持つ地震。

 その場に立つことが出来ず、片眼鏡の男以外はその場にうずくまった。


 「地震ッ……!?」

 「いや、違う!アレを!」


 リヒトが指さした場所では、異変が始まっていた。

 片眼鏡の男を囲うように地面が崩れ、奈落への大穴が姿を現す。

 崩壊に巻き込まれた男はリヒト達の視界から消えた。


 「はははははははははははっ!」


 だが、声だけは反響していた。

 全員が注視している穴から、一機のジョーカーマシンが飛び出す。


 白銀の装甲は光り輝き、砂の都に似つかわしくない高貴な姿。

 背に生えた一対の羽のようなパーツが稼働し、あたかも羽ばたいているかのような姿。

 十字の印象を示す兜を被り、手にした杖がリヒトに向けられる。


 「“正義”……いや、グレイヴキーパー……っ!」


 ハインリッヒの苦しげな声は、グレイヴキーパーの引き起こす轟音によって掻き消された。

 片眼鏡の男はグレイヴキーパーの掌に乗って、高らかに宣言する。


 「アルプス!その山脈の底に、新たなるアルカナエンジンが目覚めた!然らば―――」


 グレイヴキーパーが羽ばたき、リヒト達は一様に突風に襲われた。

 目も開けられないような状況の中、片眼鏡の男の声だけが一同の脳に響く。


 「我々の……“夜明け(デイブレイク)”の新世界を、止めて見せろ!愚者の血を引く“英雄”よ!!」


 その言葉だけを残して、グレイヴキーパーは飛び去る。

 リヒト達が目を開けた時、そこには大きく割れた大地と仲間だけが居た。


 「リヒトさん……」


 ハインリッヒがリヒトに寄り添う。

 その姿は無表情ながら、どこか怯えたように震えていて―――


 「アルプス……か」


 新たな戦いの火種を見て、リヒトは握り拳に呟いた。

 どこからか響いてきた鐘の音が、戦いの終わりと―――始まりを告げていた。






思ったより長くなりました。

無理に三話構成に収めようとしたからですね。反省反省……。

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