第二話 全力前進
咄嗟に、前へと飛び込んだ。
背中を撫でるような圧倒的プレッシャーが、一瞬送れてその場を穿つ。
土埃を払うような暇も無い。
そんなことをしていれば、次に訪れるのは“死”のみだ。
「くっ……!!」
最早、軽口を飛ばすような余裕も無い。
フェリアの美しかった白髪は土埃で汚れ、珍しく焦りの表情を浮かべていた。
「全く、次から次へ……っ!!」
言った傍からフェリアは横へと飛ぶ。
再び、真上から落とされたジョーカーマシン・ソードの拳。
地面を穴だらけにしながらも、その狙いは次第に定まってきていた。
まるで、“次は捕らえる”とでも言うように、ソードの目が光った。
「貴様如きに盗られるほど易くは無いぞ」
だが、彼女の動きにも限界があった。
いくら体力に自身が在ろうとも、もう横へも、後ろへも、前にも跳べない。
四方を完全に穴で囲まれた。
一度穴に落ちてしまえば、二度と日の光を浴びる事は叶わないだろう。
だが、彼女は最期まで信じていた。
命を託した、男の存在を。
だから。
この局面でも、その瞳に篭った闘志は消えない。
アイカメラ越しにそれを見たソードのパイロットは、恐怖した。
それはまるで、肉食獣を目の前にした小動物のように。
食物連鎖にも似た、本能からの恐怖。
だから、ソードは―――躊躇い無く、拳を振り下ろした。
『―――!!』
最初に気付いたのは、ソードのパイロットであった。
明らかに地面よりも高空の位置で、振り下ろしたはずの拳が浮いている。
まだ腕が直角を描いており、力が地面に伝わった様子など微塵も無い。
ならば、拳と敵の間にある物体は何なのか―――
『教えてやろうか?三流パイロット』
『………っ!?』
『こいつはグラインダー。テメェをぶちのめす為の秘密兵器ってトコロか』
初めて、掠れた呼吸音のような音が漏れた。
息を呑んだのか、息が詰まったのか。
ただ、ソードのパイロットは間にある物体からの通信を聞いていた。
『よぉ、フェリア。生きてるか?』
「遅すぎるぞリヒト。危うく死に掛けた」
『死なねぇって言ったのは何処のどいつだよ』
グラインダーの集音マイクとスピーカーで、リヒトは会話していた。
無論、この間にもソードはグラインダーを叩き潰そうと力を込め続ける。
しかし、潰れない。
それどころか、少しずつ押し返しているようだった。
この小柄な機体の何処に力が―――
ソードのパイロットがそう考えたとき、一段と激しい揺れがソードを襲った。
狙っていた場所には、豆粒のような小ささのフェリアのみ。
気付いたときには既に、機体がダメージを受けている。
腰部装甲破損―――
『グラインダーの特技は急襲、翻弄。テメェのスピードじゃあ一億光年掛かっても追いつけない』
「リヒト、光年は距離だ」
『分かってる!冗談を察しろ!』
戦場において相応しくない会話は、ソードの後ろから発せられていた。
振り向き様に、裏拳を叩き込む。
だが、それは当たらない。
アイカメラには何も映ってはいないのだから。
『よそ見してたら―――』
リヒトの声。
方向は四時―――
『……こうなった』
右脚部破損。
ソードのコックピットに赤いサイレンと警戒音が鳴り響く。
アラート、アラート、アラート。
「調子に乗るのはいいが、さっさと終らせてしまえ。誰かに見られたら面倒だ」
『こんな森に誰も来ないだろ、っと』
会話しながらも、左腕にダメージを与えた。
最早どんな攻撃かすらも理解できない。
考える内に、今度は左足。
影も形も見えない。
武器は何か、どんな手段で移動しているのか。
それすらも、理解できない。
人知を超えた脅威の性能に、ソードのパイロットは考えることを放棄した。
『もう動かねぇのか?根性のねぇヤツだな』
「気づけ。もう殆どイモムシ状態だ」
そう、残ったのは既に右腕だけ。
その右腕すらも、風のような機体に掠め取られる。
思考を放棄した視界の中で最期に見つけた、その光景。
暗緑色の悪魔が、在り得ないほどの速度で右腕を力任せに引き千切る。
武器など一切無い。
グラインダーは、素手で、ジョーカーマシンを解体して見せた。
* * *
「―――で、だ」
リヒトは思い詰めた顔で唸った。
「何で、テメェは平然と、コックピットに乗ってやがる?」
「外は危険だからに決まっているだろう。それに、この機体は元々私の物だ。私が乗っても不思議ではあるまい」
当然だ、とでも言うようにフェリアが言う。
パイロットシートの後ろ、僅かに開いたスペースにフェリアは立っていた。
コックピットは狭く、二人が入るには両者の身体を密着させなければならない。
「じゃあ俺は降りる。手をどけろ」
「生憎、今は操縦できないのでな。このまま乗っていて貰おう」
挙句、手を肩にまわしてがっちりと固定されている。
このままでは抜け出す事は適わない。
「今は操縦できないって、どういうことだよ……」
げんなりと呟きながら、リヒトは諦めてモニターを眺めた。
先ほど破壊したジョーカーマシンからパイロットが降りてくる気配は無い。
恐らく内部の衝撃で頭を打ったか、気絶でもしているのだろう。
これ幸い、とばかりにリヒトは問いかける。
「取り敢えず、聞かせてもらうぞ。このマシンと、テメェと、それらを狙ってる組織についてだ」
「組織……か。いつ、気付いた?」
「ジョーカーマシン・ソード。第二世代機か?こんなモン、一個人や弱小組織が用意できる訳ねぇだろ」
ジョーカーマシンは戦場において強大な武力となる。
が、反面、それは国家レベルでなければ用意できないほどの代物でもある。
この国ではジョーカーマシンを個人が持つ事は未だ禁止されている上、組織レベルとなってもそれは厳重に制限、管理されているのだ。
特に、戦時後期に開発された“第二世代ジョーカーマシン”など、以ての外。
一般レベルでジョーカーマシンを拝むには、内戦や紛争の起こっている地域にある一世代前のものを見なければならないだろう。
「ふむ……成る程な。頭は悪くないらしい」
「俺を馬鹿にしてんのか。これくらいジュニアスクールの洟垂れでも分かるわ」
「いいだろう。リヒト・シュッテンバーグ。貴様に真実を伝えよう。ただし……」
「まさか、“知ったら二度と引き返せない”とでも言うつもりか?」
リヒトの釘を刺す言葉に、フェリアは返事を返さない。
だがその沈黙は雄弁にそれを語っていた。
「一つ、言っておく。引き返すかどうか決めるのは俺だ。テメェに心配されるほど落ちぶれてねぇよ」
「そうか。自信満々だな」
「俺はいつでも、どこでも、何でも出来るんだよ」
その言葉は不器用なリヒトなりの優しさであったが、フェリアはそれに気付く素振りも無い。
一呼吸置いて、フェリアは口を開く。
「第三次世界大戦の裏で暗躍していた組織がある。その名は―――」
『デイブレイク』
若い男の声。
フェリアの言葉を継いだのは、点けっ放しだったグラインダーの通信装置だった。
『ってんだ。どうよ?カッケーだろ?』
「……誰だ?」
「久しいな、ファウスト戦闘員」
『今はもう戦闘隊長だぜ?ちょーっち情報が遅ぇなァ』
フェリアが通信を介して、ファウストと名乗った男と会話する。
会話からは余り良好な関係とは思えない。
「戦闘隊長……っ!?」
『そゆこと。サインは全てが終わった後にしてくれよ?』
フェリアが明らかに狼狽した。
リヒトは顔を動かすことは出来ないが、肩に触れていた手が微かに震えたのを感じる。
「どうした、フェリア。何かマズイのか?」
「リヒト。お前の機体はかなり特別。それは分かるな?」
「そりゃ、分かるけどよ……?」
リヒト自身、グラインダーのハイスペックさは自覚していた。
オーパーツと呼んでも差し支えないほどの性能だ。
所々は魔法でも使っているのでは無いか、と疑いが掛かる。
「今乗っているグラインダー……これと同等の力を持つ機体が、今、こちらに向かっている」
「なっ!?」
リヒトは驚きの声と共に、備え付けられたレーダーを見た。
周囲一キロにはジョーカーマシンの反応は見られない。
だが、リヒトは確実に予感していた。
強敵の登場と、それに伴う絶望的な窮地というものを。
「―――ッ!?」
メインモニターを見たリヒトは目を見開く。
目の前の、何も無いはずの空間が、ひしゃげた。
その隙間を抉じ開けるかのように、薄暗い灰色の腕が姿を現す。
余りにも非常識な光景。
濃灰色の機体は、空間を抉じ開けている。
『到着、っと』
戦場に似つかわしくない、余りにも軽い声。
同時に、ファウストの機体がその姿を晒した。
大きさはリヒトの乗るグラインダーの二倍ほどはあり、圧倒的な質量差を見せ付ける。
両手には銃器、背中や肩には砲。
“火薬庫”―――そんな言葉が、リヒトの思考を過ぎった。
濃灰色の装甲は余りにも厚く、大きく、聳える。
頭部に配置された深紅のモノアイが、静かにグラインダーを見下ろす。
視線は、まるで死神の瞳のように冷たい。
『ビビッたか?怖気づいたか?だが、どうしようもねぇ。これが現実だ』
ファウストの言葉は相変わらず軽い。
だが、その言葉すらも、どこか真実味を増していた。
純然たる力の象徴が、目の前に聳えているのだから。
『Arcana Machine 16 Babel!“塔”の実力、身に刻みなァ!』
* * *
「フェリア……質量差って、スゲェな。迫力がダンチ過ぎるだろ……」
「ぼやいても始まらないぞ。アレを倒すしか、生き残る術は無い」
リヒトは呆然とした声を発しながらも、素早く操縦桿を倒した。
操縦者の動きをダイレクトに伝えるその操作性が、彼らの命を救う。
先ほどまで居た場所には、吹き飛ばされた土砂が噴水の如く舞っていた。
「あぁ、クソ!あんなモン喰らったら死ぬだろうが!」
大きく横へと動いたグラインダー。
ぼやきながら、リヒトは巧みに機体を制御する。
この時点でジョーカーマシン本来の二倍ほどの速度が出ていたが、動きにぎこちなさは見られない。
「このマシンの特徴は、運動性能だ。翻弄していけば攻撃を喰らうことは無いだろう」
「分かってる!」
このグラインダー、あまりにも動きが早い。
その制動に追いつけるのは、かつて“英雄”と呼ばれていた故のことだろう。
速さを三倍にまで上昇させ、グラインダーは地面を蹴った。
質量を持った暗緑色は、全体重の乗った拳をバベルに叩きつける。
狙うべきは、防御力の脆弱な脚部関節。
だが―――
「……こいつは、関節にオリハルコンでも使ってるのか?」
弾かれる。
巨大な装甲の合間に刺さった拳は、しかし、意味を成さない。
ファウスト本人もまるで気にした様子は無いことから、本当にダメージにすらなっていないのだろう。
『蝿でも止まったかァ?』
不意に、バベルの装甲が震えた。
舌打ちしながら、リヒトは素早く判断を下す。
グラインダーは全速力で脚部装甲を蹴る。
「―――やはり、かっ!」
せり出したバベルの装甲から、砲口が覗いた。
一瞬の邂逅の後に、放たれた砲弾は的外れの方向へと飛んでいく。
「堅固な装甲に、全身に砲口。完全な防御馬鹿……!!」
『防御だけじゃないんだぜ?』
素早くグラインダーを立て直し、再び飛び退く。
一瞬遅れて着弾した弾が、再び轟音と共に土砂の噴水を作った。
リヒトは相手の攻撃を全て避けきる自信があった。
だが、攻撃力が無ければ倒すことは適わない。
急制動からの奇襲、狙いは背部の首関節。
打突、だが、弾かれる。
その隙を狙うように、装甲から這い出した砲口が火を噴く。
幾度かのやり取りを繰り返し、互いは一度、距離を取った。
今もまだ、バベルの山の様な巨躯は雄雄しく聳えている。
「埒が明かねぇな……」
『同感だ。もっと攻撃力のある技ってのはねェのかよ?』
「確かに、武装の一つぐらいあってもバチは当たらねぇ筈だぞ……」
呟くリヒトに、フェリアは断じた。
「無いな。男なら拳一本で闘って見せろ」
「テメェは死にたいのか?馬鹿か?先に死ぬか?あァ?」
正気の沙汰ではない。
だが、フェリアはまるで気にした様子も無く、ただ前だけを見つめる。
「―――信じろ」
「は?」
「機体を、そして、己を信じろ。今の私にはそれしか言えん」
「そいつは一体―――っ!!」
リヒトが問おうとした瞬間、衝撃が走った。
グラインダーの近くに着弾した砲撃が、コックピットの中の二人を揺らす。
『相談事は終わったか?こっちも時間が無いんでな……手早く、行かせて貰うぜェ?』
言葉に次いで、バベルの巨躯が動き出した。
鈍重そうな外見とは裏腹に、素早く、滑るように移動する。
その姿は這い寄る蛇にも似ていた。
「っ!クソ!」
回避行動を取りながら後退。
バベルはなおもその身体を引き摺りながら、着実に距離を詰めていく。
「ゴキブリ野郎がっ!!」
『誰がGだって?飛び回るカトンボよォ!』
バベルの脚部、腕部、胸部に備えられた砲口が姿を現した。
まるで弾幕のような砲弾の雨。
だが、グラインダーの速度を捕らえることは叶わない。
冷静に回避した一方、リヒトはその実、焦っていた。
有効打を与えることが全く出来ていない現状、取れる選択肢は二つしかない。
―――諦めるか、命を賭けるか、だ。
『オラァ!動きが鈍ってるぞ、カトンボ!』
未だ、砲撃を盾に暴れ回るバベル。
その強固な装甲の隙間を縫う一撃。
唯一、露出した部分で試していない一撃。
(砲撃直後の、胸部の砲口―――)
だが、それは弾幕の雨を突破するということ。
お世辞にも褒められたモノではない、そんな戦い方。
グラインダーは愚か、パイロットすらも無事ではいられないだろう、正真正銘の賭け。
だが、時は決断を迫っている。
「フェリア」
リヒトは、窺うように問う。
名前を呼んだだけ。
だが、そこには様々な意味が込められていた。
対するフェリアは、そんなリヒトを鼻で笑い。
「好きにしろ。私の命は、お前に預ける」
「そーかい」
リヒトは、静かに目を伏せた。
見開いた先の光景が最期となるかどうかは、自分の腕と―――グラインダーに、掛かっている。
グラインダーを、己の腕を信じるほか無い。
ただ、それでは突破に足りない。
だからリヒトは、もう一つだけ信じる。
「フェリア、オペレーション任せた。出来るだろ?」
「……任せろ」
謎の女、フェリア。
彼女を信じることで、リヒトは全てのパーツが揃った感覚を得た。
フットペダルを操作し、操縦桿を握り、インフォメーションスクリーンへ目を走らせる。
全ての条件を確認して、リヒトは戦いを組み立てた。
“英雄”の戦略は、戦場で再び蘇る。
「シートベルトは締めたか?」
「後部座席には付いてないぞ」
「大丈夫、今日だけは赦して貰えるさ。今までの法規違反の暴走だって、赦されてる」
そのとき、リヒトの背後でフェリアが笑った。
少しばかり口の端が上がっただけの笑みだが、リヒトにはそれが分かっていた。
そして、それが少しばかり誇らしい。
「さーて、じゃ、行きますか。弾幕シューティングの始まりだ―――」
グラインダーの目に、灯が燈る。
決して困難に屈することの無い、力と誇りの光。
それは、“決意”という名の炎。
* * *
静寂。
それは、戦いに身を置くものが最も警戒する一瞬である。
「何をするつもりかは知らないが、俺様に勝てると思わないことだなァ……」
バベルの全ての砲身を準備しながら、ファウストは警戒する。
近辺にグラインダーの反応は見られず、レーダーの範囲外に居るのだろう。
武装は無いので狙撃などの警戒をする必要は無い。
その速度を活かしての特攻を仕掛けてくるであろう事は容易に想像がついた。
飛んでくるカトンボを撃ち落とす。
その程度の気軽さで、ファウストは薄く笑った。
瞬間、緊張の糸が震えた。
レーダー上に静かに点滅する、通常の十倍はあろうかという速度のジョーカーマシンの反応。
間違いなく、奴だ。
「―――ヒャハハハハ!来たかッ!!」
笑いながら、全ての砲身の火器管制システムを起動した。
データを取得した管制は自動的に迎撃に最適な射線を構築していく。
砲撃の最も遠く、離れた着弾地点にグラインダーが差し掛かるとき、一発の砲撃が放たれた。
それを皮切りに、大量の砲撃が放たれる。
砲門は決して大砲だけではない。
機関銃、電磁銃、レーザー光、ありとあらゆる火器が一機を狙う。
まるで光の奔流。
局地に対する圧倒的な砲撃こそ、バベルに隠された一面である。
「この弾幕!避けれるモンなら避けてみろやァ!!」
たった一機の“カトンボ”を落とすためだけに、彼は本気だ。
だが、彼が“カトンボ”と呼ぶ存在は果たして何なのか。
それを知るのは唯一人。
勝者のみである。
* * *
「発見された!攻撃が始まるぞ!」
「っ!やっぱ速度頼みじゃキツいか!」
フェリアの警告に、リヒトが舌打ちした。
通常のジョーカーマシンの十倍の速度とはいえ、レーダーに映る暇すらなく攻撃するのは不可能。
だが、その初撃は十分に撹乱できる。
「砲撃来るぞ!」
鋭いその声に、リヒトは躊躇わずに加速した。
前へと抜け出したグラインダーの遥か後ろで、派手な爆縁があがる。
それとほぼ同時に、グラインダーのレーダーには多量の攻撃予測が打ち立てられていた。
おおよそ、回避は不可能であろう程の量である。
「左へ避けろ!バルカンの方がマシだ!」
「クソッタレ!!」
グラインダーが最高速を保ちながら、左へと滑った。
同時に、内部に居る二人に多大な衝撃が走る。
相対性理論によって破壊力を増した銃弾が、グラインダーの装甲を叩いた。
「っ!!」
「シートベルトが欲しいところだな……っ!」
結果、装甲には多大な弾痕が刻まれる。
砲撃による爆風の煽りを受けながら、グラインダーは空間を奔る。
左腕の制御が利かなくなっていた。
「だが!」
すぐ隣に走ったレーザー光に当たるよりは遥かにマシな損害である。
思い直して、リヒトは再び目の前を見据えた。
メインカメラが辛うじて捕らえたのは、時間旅行の最中のような光溢れる光景。
それら全てが致死性を持つ攻撃力の塊。
幻想的な風景に時折響く、硬質な残響音が不安を煽る。
「地上に降りろ!高出力砲だ!」
「合点!」
返答と同時に、リヒトは目一杯加速させて機体を地上へと下ろした。
着地と同時に右足の調子がイカれたが、結果的には少ない損害で済んだのだろう。
グラインダーの真上を通る強大な光線を見て、リヒトはつくづく安堵した。
しかし、地上を走るには片足では不可能である。
故に今、地に足を着けず、持ち前の飛行能力で低空飛行している状態だが―――
「クソ、爆風に煽られて上手く動かねぇ!」
地上にほど近い場所は、爆風の影響を最も受ける場所だ。
ふらふらと、先ほどまでの半分の速度でグラインダーは進んでいた。
気付けば、住処である洋館の麓だ。
隣で、一際大きい爆発が起きる。
「甘い!」
「待て、それは―――」
避ける。
だが、しかし、その爆風に煽られた機体は確実にふらつく。
そこを狙って、一筋の煙が飛んだ。
対ジョーカーマシン用ミサイルが、死を撒き散らしながら迫る。
だが、リヒトは何でもないように笑った。
「俺に掴まってろよ」
「………っ!」
言葉の真意を察し、フェリアはリヒトを後ろから抱きしめる様に掴まる。
がっちりと、離れないように。
「飛ぶぞ!!」
次の瞬間、二人を襲ったのは無理にかけられた多大な重力負荷。
足元で爆発したミサイルの爆風が、グラインダーを無理やり空へと打ち上げた。
その際に両脚は壊れ、装甲が無残にも崩れていく。
だが、そんなことはお構い無しに、グラインダーは進む。
目標のバベルを、遥か高空から見下ろした。
「待ってろよ……今に、喰らいついてやる!」
『楽しみに待ってるぜェ、“英雄”サンよォ!!』
砲撃に一瞬の空白。
不意に繋がるノイズ交じりの声。
互いが、互いへと宣戦布告。
同時、不敵な笑みを両者が浮かべ。
『ここまで来れたらの話だがなァアアアァアッ!!』
ファウストが叫ぶ。
胸に開いた装甲の穴からは、巨大な砲身がせり出していた。
そこから放たれるモノは間違いなく、グラインダーを一撃で葬る。
「……ォ」
だから、リヒトは。
「オォオォオオォ―――」
回避行動でも、防御行動でもなく。
「オォオオオォォオオォォオォオオォオオオォオオオオオ―――ッ!!」
前進する。
踏み壊さんとする勢いでペダルを踏み、操縦桿は常に前進の一手。
見据える先には既に砲口の赤く染まったバベル。
愚直。
それは、愚直過ぎる突撃。
自暴自棄の神風特攻と言い換えても良い。
だが、リヒトには相討ちなどといった考えは毛頭無い。
あるのは一念。
―――ただ、前へ。
既に手足は機能せず、自慢だった暗緑色の装甲は見るも無残に崩れている。
通常の三十倍にも及ぶ速度の代価として、在り得ないほどの重力負荷が二人を襲う。
だが、それでも、リヒトは速度を緩める事は無かった。
否、だからこそ。
リヒトは更に、限界を目指す。
「突き抜けろォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
刹那、リヒトにとって、世界がスローに流れた。
頭に血が上っているのが解る。
目を落とした速度計は壊れて、正確な表示を無くしている。
メインカメラに映るのは既に発射されたビーム粒子が、今、まさに牙を剥かんとする様。
だが、まだ手遅れではない。
リヒトは最初に乗ったときから感じていた。
この機体のポテンシャルを、余りある強大過ぎる力を。
だから、リヒトは信じる。
そのポテンシャルを、それを操る自分自身を。
「―――ッ!!」
光が、メインモニター一杯に映る。
最早視界は光に包まれ、何も見えない有様。
だが、しかし。
リヒトは確信していた。
己と、グラインダーなら越えられると。
刹那すら凌駕する、須臾に近い時間。
その間に、呟く。
「Arcana Over―――」
それは逆転の鍵語。
常識を越え、人知を越え、全てを越える為の言霊。
如かして、グラインダーは。
「ぅおおぉぉおおぉおおおぉおおりゃあぁあぁあああぁああぁあああ!!」
ビームを、縦に裂いた。
『―――ッ!?』
バベルから見れば、その現象は不可解に見えただろう。
まるで、ビーム自身がグラインダーを避けるように霧散していく様。
ファウストの息を呑む音。
それとほぼ同時に、グラインダーの拳が放たれる。
「これでッ!!」
突き立つ拳。
それは最早グラインダーを介し、リヒトの拳へと伝わっている錯覚があった。
胸部砲のエネルギーが暴れ、グラインダーの右腕を蹂躙する。
それと同時に、バベル自身の内蔵機関も次々と破壊されていく。
連鎖的に崩れるバベルの鉄壁。
あと、一撃。
「終いだッ!!」
もう一度、拳。
振りかぶった右腕の先の原型は無い。
が、気に入らない相手をぶん殴るにはそれで十二分。
突き立つ、二回目の拳。
一瞬の後、砲口から溢れたエネルギーが光を放った。
それは最期の抵抗か、グラインダーを吹き飛ばす。
「ざまあ見やがれ―――」
そこで、リヒトの視界は、今度こそ真っ白のまま、閉ざされることとなった。
それなりにバトル。
次のロボットの登場はいつになるやら……。