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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
二章 Arcana Concentration
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第三十四話 新たなる






 黒を基調とした、質素ながらも気品のある部屋である。

 しかしながらこれが一介の軍人の部屋とは思えない―――とはいえ、誰よりも偉い軍人なのだが。

 目の前に座る男、オーウェンは、言葉を発さず、ただ見つめている。

 品定めするようなその視線に、思わず息を呑んだ。

 それほどまでに、ベルランドにとっては居心地の悪い空間だった。


 「……で、話とは何かな?ベルランド大尉」


 待ちくたびれたかのように軽く言葉を紡ぐ。

 その若々しい容姿と相まって、まるで軍人とは思えぬ振る舞いに見えた。


 「先日の作戦行動の件です」

 「あぁ、アレね。はいはい、言いたい事は分かるよ、ウン」


 そう言ってからからと笑う。

 “異質”。

 軍人としてはあまりにも、その男は異質なのだろう。

 それはオーウェンが、デイブレイクに身を置くことが関係しているのだろうか。


 そんな邪な当て推量をしていると、部屋の扉が二回、ノックされた。

 部屋の主の許可を受けると、ベルランドの副官であるライズが恭しく頭を下げながら入室した。


 「出頭しました」

 「ご苦労様。とりあえず、二人とも椅子にでも座って、楽にしていいよ」


 言葉と共に、オーウェンは来客用のソファーを指差した。

 素直に従い、革張りのソファーに腰を落とす。

 ベルランドの隣にライズが座り、ローテーブルを挟んで向こう側にはオーウェンが座った。


 「さて、君達の疑問は分かっているよ。“何故作戦行動に予定されていない行動があったのか”、だね?」

 「はい」


 返事を返したのは、意外にもライズだった。

 その言葉に追従するように頷くベルランドに、オーウェンは口の端を上げて答えた。


 「悪かったね。作戦行動は最初から“ああ”だった。君たちには最初から知らせていなかったんだ」

 「何故でしょうか?」

 「三英雄のうち、二人が裏切っているかもしれない状況だ。慎重にもなるだろう?」


 男のその言葉に、ベルランドは密かに歯噛みした。

 今、全ての軍人にとっては、ベルランド以外の“三英雄”は不安定な脅威でしかない。

 それ故に、唯一の味方であるベルランドには、全幅の信頼が寄せられる。


 それをはかるための先日の作戦行動。

 即ち、かつての味方を滅ぼすという行為。

 しかし、それは、ベルランドの予想だにしない手段を以って行われたのだ。


 「君達には悪いが、まだ疑っていたのさ。ああやってアルカナマシンで対峙した、ってのは十分な信頼に値するよ」

 「つまり、相対した時点で信頼をお寄せいただいた、と?」

 「あぁ、後は君達だけに任せるのも忍びないからね……アモンの実験がてら、ってヤツさ」


 軽く、オーウェンは語った。

 あの時ベルランドの別れの言葉は、届かなかったのだろう。


 圧倒的な爆音がその言葉を吹き飛ばし―――燃え上がる基地の姿が鮮明に甦る。

 そして、燃え上がるそれを踏み潰すように現れた、数十機の“アモン”。


 本来、彼は手加減を加えて基地を攻撃するはずだった。

 しかし、これでは基地内の人間の生存は絶望的だろう。

 どちらにせよ、ベルランドは彼らに赦される事は無いだろう。

 だが、湧き上がる怒りは抑えられそうに無かった。


 「なるほど……納得しました」

 「分かってくれたなら、助かるね。何せ、君達に離反されることが今、一番怖いのだから」


 ベルランドの怒りを静めたのは、自分の中にある冷静な観察眼であった。

 今日はやけにライズが喋るし、オーウェンも、“君達”という言葉を多用する。

 まさか、ベルランドに副官との連帯を促すものではないだろう。

 いうなれば、それは牽制。

 “いつでも監視しているぞ”、という、言外のプレッシャーなのだ。


 「ありがたい話です」

 「そう思ってくれると、こちらとしても気が楽だよ」


 だが、逆に。

 それはベルランドの行動が全て、証左になってオーウェンに届くという事。

 今はまだ、臥して時を待つのみ。


 オーウェンは背もたれに体重をかけて、唸るような言葉を吐き出した。

 鈍い動きで天井を見上げ、溜息を一つ。


 「お疲れのようですね」

 「ああ、また、厄介ごとが起きそうでねぇ……それをどうすらか考えていたのさ」


 厄介ごととは、と、ベルランドは聞こうとした。

 しかしその前に、向き直ったオーウェンがどこか楽しげな表情で話し始めた。


 「アルカナマシン……まぁ、普通のジョーカーマシンより強力なヤツ。それの心臓部にあたる“エンジン”が見つかった、って話なんだよね」


 内心、ベルランドは瞠目する。

 これからの自分に意味があるとするならば、それはきっと、闘争なのだ。

 そしてそれを呼び起こす存在が、アルカナエンジン。


 「それの捜索隊を組みたいんだけど……手伝ってくれるかな、ベルランド大尉?」


 予想通りの言葉。

 オーウェンの言葉には、密かな熱が篭っていた。

 それほどまでにアルカナエンジンは、このオーウェンにとって意味があるのだろう。

 ならば、答えるべき言葉は一つ。


 「任務とあらば、必ず遂行して見せましょう」

 「……期待しているよ、大尉」


 新たなアルカナエンジン。

 その存在はきっと、世界に戦いを齎すだろう。

 そしてその中心には―――きっと、“英雄(リヒト)”が居る。






      *       *       *






 幾人もの研究者は、難しい顔をして通り過ぎていった。

 それを見送りながらコーヒーを啜る一人の男もまた、渋い顔をしている。


 「あれで最後の一人……ようやく全員行ったみたいだねぇ」


 と零し、安堵の溜息を落とした。

 手元に残った少量のコーヒーの中身を胃袋に流し込み、与えられた研究室のパソコンを一人操作した。

 これから行うのは、誰にも見られてはならない。

 それ故に、彼は深夜三時にもなる時間まで只管コーヒーを飲んでいたのだ。


 「軍部のセキュリティロックは外に向けているだけで、中からのコトなんてまるで考慮しちゃいないんだよねぇ」


 と、ぼやくような呟き。

 彼がデスクに座り、キーボードを叩くたびに目まぐるしく変わるディスプレイの内容。

 それら全てから必要な情報と不必要な情報を選定し、頭に叩き込んでいく。


 「コード20557923……セキュリティロック解除……」


 その呟きを理解できるものは居ないだろう。

 ディスプレイから放たれるエメラルドグリーンの光条がウエマツの顔を照らす。

 普段の惚けたウエマツを見たことのある人間ならば、誰もが己の目を疑うような、鬼気迫る表情だ。


 そうまでして彼を駆り立てるもの。

 それは、他ならぬただ一人の"家族"。

 だからウエマツは、発覚すれば軍法会議どころか、内密に処分されてもおかしくないほどの大罪を犯しているのだ。

 この事は誰にも、そう、ベルランドにすら伝えられていない。

 リスクを背負うのは、自分だけでいいのだ。


 「……これか?」


 何十にも渡るロックを潜り抜け、ウエマツは遂にそれを見つけた。

 なるほど、とウエマツは笑った。

 オーウェンという男は言葉遊びが好きな男らしい。

 "ユナ・ナンシィ"と名づけられたファイル。


 「"そして誰もいなくなった"……か」


 ウエマツは、五分ほど見入る。

 それは躊躇。

 果たして、これを見て自分は無事で居られるのだろうか。


 デイブレイクの技術提供を受けたオーウェンならば、電子ドラッグや、あるいは、不可視の光波でウエマツの脳を焼ききることすら容易かもしれない。

 未知なる技術の開発に携わってきたウエマツであっても、彼の本質は、臆病で、慎重な男だ。

 実質、無謀な賭けとされるような行動は殆どとっていない。


 しかし、いつからだろうか。

 彼が確率を捨て、希望に身をゆだねるようになったのは。

 思い出そうとするまでも無い。

 それは、一人の"英雄"が現れた日の事だ。


 「全く、僕らしくもないね……」


 一人呟き、虚空を見上げた。

 その視線の先にあるのはきっと、彼にとっての"パンドラの箱"。

 それを開くための鍵は、既に、彼自身が握っていた。


 額に浮かんだ汗を拭い、ウエマツはパソコンに向き直る。

 エメラルドグリーンの海に浮かんだフォルダは、何も語らず、ただ無表情に佇む。


 クリックの音が、重く響いた。

 画面に映し出されたのは、"希望"か"絶望"か―――


 「―――ただの、ワードファイル?」


 映し出されたのは、何の変哲も無い文章ファイルだった。

 それをクリックすると、パソコンに標準的に搭載されている文章製作ソフトが立ち上がり、内容を露にする。

 その文章に、見出しの題名に、ウエマツは驚愕と同時に、一種の納得を覚えた。


 「アルプスで見つかった"アルカナエンジン"について」


 衝撃的な見出しと共に、記された文章へと目を通す。

 ウエマツは予感は確信に、予想は現実へと近づいてく。

 全ての内容を見終えたとき、ウエマツはゆっくりと息を吐いた。


 「なるほど、イヴェル、そしてアモンの完成を急がせたのは、そういう事か……」


 全ては新たなる"アルカナマシン"を作り出すため。

 ひいては、デイブレイクの秘められたる目的のため。

 ベルランドを飼う事も、イヴェルも、アモンも、そして、ウエマツ自身さえも。

 危険を承知で全てを抱え込んだ男、オーウェン。

 果たして、切れ者か、痴れ者か。


 「なら、僕も急がなきゃならないねぇ?」


 呟き、ウエマツは振り返った。

 そこに鎮座するのは自分のために与えられた格納庫の一部。

 外界とは完全に存在を隔離された、ウエマツだけの研究空間。


 その暗闇に、一機のジョーカーマシンが佇んでいた。

 アモン、ではない。

 その姿は鋭く、洗練されたものだ。

 それはまるで"剣"―――否、刃のようであった。


 その瞳が、不気味に鼓動した。

 全てを飲み込むような紅に照らされたウエマツの口元は、静かに笑っていた。


 「待っててくれよ、ベルランド。最高のマシンは、もうすぐ、完成するぞ―――……」






      *       *       *






 響く音は静かに、リラの頭に響いた。

 しかし、それを認識するよりも早く彼女には混乱が訪れる。

 何故、どうして、この町に銃声が。

 その答えを解決するのもまた、自分である。


 リラはその事を理解すると、途端に思考へと冷水が流し込まれた。

 懐に忍ばせた拳銃に手を伸ばす。

 ウエマツに"護身用に"と渡されたものが、よもや役に立つ時が来るとは。


 目の前には、突然のことに驚きに目を見開いたマザーの姿。

 この場所だけは、何が何でも護る。

 決意を新たに、リラの体はようやく動き始めた。


 「マザーは、家から出ないようにして、隠れていて」


 言いながら、リラはベルランドから教わった銃の撃ち方を思い出していた。

 足は肩幅ほどに開き、真っ直ぐに標的を見つめる。

 人間に撃つ場合、頭よりは胸を狙うこと。

 そして、ためらわないこと。


 「アンタはどうするんだい!?」


 リラの決意に水を差すように、マザーは焦った声で聞いた。

 しかしながらそれは、リラの行動を止めるに至らない。


 「大丈夫。この家は……家族は、私が護るから」

 「リラ!」


 リラはその言葉を最後に、小さな孤児院から躍り出た。

 周りには何ら変化は無く、銃声さえなければいつも通りのセント・マリアの町だ。

 そこに"想定外"を運んできたのは、他ならぬ自分のせいである。


 だからだろう。

 今の彼女のとった行動は、蛮勇に過ぎない。

 何故なら、彼女は刺客から狙われていて、その姿を見咎める黒い影があったからだ。

 幸か不幸か、リラはその事に気づくことは無かった。


 「あっちの方だったわね……」


 緊張で張り裂けそうな心臓の鼓動を抑えて、リラはその方向へ歩んだ。

 歩いて数分もしないうちに、小さな路地に辿り着く。

 何の変哲も無い路地。

 しかしそこには、強烈な"匂い"が漂っていた。

 リラにとっては嫌な思い出しかない、戦火の象徴たる香り。


 「これは、硝煙の……」


 路地に一歩を踏み入れる。

 足元に落ちている何かを蹴り飛ばしたことに気付いた。

 それは金色に輝く薬莢であり、その行き先をリラは目で追った。

 転がった先にあったのは、誰かの死体ではない。

 数枚の色褪せた紙束である。


 「………」


 リラは息を呑み、それを取り上げた。

 まるで危険な劇物を取り扱うかのように、丁寧に。

 そして、そこに記された言葉は―――


 「―――“部隊編成書第708陸隊”……?どうして、こんな所にこんな書類が……」


 疑問を抱きながら、その紙を捲った。

 記されていたのは、かつて彼女が感じた疑問を氷解させるのに十分なもの。

 それと同時に、ベルランドに頼まれていた"証拠"探しを新たなステージへ進めるための鍵。


 デイブレイクの残した唯一の手がかり。

 それが、この報告書であった。


 リラは咄嗟に辺りを見回す。

 しかし、彼女の目には誰も映らない。

 改めて書類に目を落として、小さく、リラは呟いた。


 「……ロウ」


 書類を胸に抱き、弟の名前を呼んだ。

 ―――今は亡き、弟の名前を。






      *       *       *






 リラ・アーノートが路地裏に辿り着く僅か五分前。


 男の手には拳銃が握られていた。

 銃口はまだ暖かい。

 それは、人の命を奪ったという証拠に他ならない。


 彼は足元に転がる死体が除けられるのを、硝子玉のように空ろな、乾いた瞳で見つめていた。

 その肩に手を置く、一人の男。

 何故か笑みを浮かべたまま、そっと話しかけた。


 「いいのかい?こんな形で……」


 その言葉に、彼は逡巡無く頷く。

 全ては彼女のためなのだ、と、自分に言い聞かせるように。


 「やれやれ、君が何も言わないのはいつもの事だけど、こういう時ですら何も言わないんだねぇ」


 呆れるようなその声は、どこか楽しそうな嘆息だった。

 その言葉を聞き流して、男は静かに"それ"を地面に置いた。

 それは、数枚の紙を束ねたもの。


 「それは?」


 男は答えない。

 だが、その書類を置くその手つきは、銃を握るときとは比べ物にならないほど優しいものだった。

 まるで、大切な何かに触れているかのような。


 言葉を待たずに、男はその場を去る。

 慌てたようについていくもう一人の男が、もう一度だけ聞く。

 その言葉に、男は短く答えた。


 「……俺はもう死んだ男だ。俺が表舞台に立つ事は許されない」

 「表舞台、ねぇ……」


 足早に去る男を緩慢な歩調で追いかけながら、男は考えた。

 今、混乱に満ちんとしているこの世界に、果たして"表"や"裏"などあるのだろうか。

 それは最早一人一人の選択に委ねられるものなのではないか。

 とはいえ、その考えを目の前のぶっきらぼうな"死体(リビングデッド)"に説くことは出来ない。


 やれやれ、と男は被りを振り、黙する男を追った。

 一陣の風が吹き、そこには書類だけが残された。





 部隊編成書第708陸隊。

 過去の戦争が、全ての未来を握る鍵となる。

 その言葉を理解するものは、現状でただ一人。


 その名は―――シュッテンバーグ卿。

 デイブレイクの総帥、ただ一人である。






大分前の話ではありますが、知らぬ間に一年を超えました。

そんな時期に出てきていない主人公は、次回から復活です。

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