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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
二章 Arcana Concentration
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第三十三話 銃声






 「―――この作戦には、ベルランド大尉の搭乗するアルカナマシン“アモン”の機動実験の意味合いも含まれています」


 作戦会議のための会議室には、少しばかり涼しい空気が流れていた。

 それは気温という意味合いでもあり、会議に出席する人々の空気という意味もある。


 ベルランドが会議室を見渡すと、まず、白衣を着たままの小太りの男の姿が目に入る。

 それはウエマツであり、互いに視線を合わせようともしない。

 そんな事をしようものなら、疑われ、すぐに対策を講じられてしまうだろう。


 現に、ベルランドの一挙手一投足を見逃すまいと睨む者も多い。

 主に、若輩者にも拘らず大役を任せられたベルランドに対する嫉妬や憤怒の視線が原因だろう。

 しかしその中で一人、明確な“監視”を司る男も居る。

 隣に居るライズは、そんな体でベルランドにさり気の無い視線を送っていた。


 次に目に入ったのは、作戦内容を表示する大型モニターの隣に立った軍服の男だ。

 だらしない着こなしにも関わらず、その男の糸目からは何か、“歴戦の勇士”のみが出しえる威圧がある。

 男の名は、オーウェンと言った。

 機動兵器を総括する特別戦術兵器部門の最高権力者であり、実質、軍部のナンバー1であろうという噂もある。


 「ベルランド大尉。大変な役目で申し訳ありませんね。“三英雄”の最後の一人である貴方にばかり、負担をかける事となってしまって」

 「いえ、そのような事は」


 彼の視線がベルランドに向く。

 その狐のような、狡猾な眼差しに、ベルランドはまともに目を合わせることが出来なかった。


 気を取り直すように咳払いをしたオーウェンは、モニターに新たな光を宿した。

 それは、この作戦行動中に予想される妨害戦力の概要だった。

 中でも、一際注意を促すように大きく取り上げられた二人が居る。


 「……これは」

 「“三英雄”のうちの二人。“魔獣”、アイリ・フォードと、“英雄”……リヒト・シュッテンバーグです」


 補足説明を入れるまでも無い。

 それはこの国において最も有名な三人の男のうちの二人なのだ。

 俄かにざわつく会議場に、一人、冷静な声を上げた男が居る。


 「何故、救国の英雄である“彼”が敵対勢力なんです?」

 「コージ・ウエマツ機兵研特別顧問ですか」


 ウエマツの疑問は、その場に居る全員―――二人を除いた全員の疑問だった。

 デイブレイクに通じている可能性の高いオーウェンとライズ。

 確かに、この二人にとっては敵対勢力であろう。


 そして、フォードPMCが“テロリスト”と認識された今、アイクもまた、敵でしかない。

 それ故にウエマツは“彼ら”ではなく、“彼”、と呼んだ。


 最後の一人であるリヒトは、テロリストとされてはいない。

 他の人間にとっては“英雄”であり、頼もしい味方でしかないのだ。

 怪訝な目が集まる中、オーウェンは狐目を更に細めて口を開く。


 「皆さんもご存知の通り、リヒト・シュッテンバーグは行方不明……」


 一応、終戦後にリヒトが表舞台に立った事はない。

 少なくとも全ての戦いは内々に葬られ、処理してきたとベルランドは自負できる。

 だが、オーウェンは自信を感じさせる笑みを口の端に零した。


 「という事でしたが、最近、再び表舞台へと戻ってきたのです」

 「ッ……!?」


 ベルランドは驚きを必死で噛み殺した。

 そんな事は在り得ない、と思う。

 今の目的はデイブレイクの壊滅であり、そのため、表舞台に姿を晒す事は無いように今まで行動していた筈だ。

 だが、その言葉に反証する術は持っていない。


 横目でウエマツを見ると、彼もまた、驚きを必死に覆い隠しているように見えた。

 二人とも知らないという事は、何の手がかりも生み出さない。

 ざわめきは広がり、同時に、一つの後ろ向きな考えも。


 「これでは……」

 「ああ、“三英雄”の内、二人が敵になるというのは……拙い」


 その感情は不安。

 予期せぬ“英雄(リヒト)”の復活に、会議室の空気は沈殿する。


 「現在は単独で活動し、各駐屯地を偵察していました。兵が接触を図った際、敵対的な行動を行ったとされています」


 オーウェンがちらりと、ベルランドを見やった。

 その目が勝ち誇ったものに見えて、ベルランドは奥歯を噛む。


 「今は偵察のみですが、いつかは本格的な敵対行動に出るかもしれません」


 その言葉を止めであったかのように、会議室に沈黙の帳が落ちた。

 誰もが、その顔に陰を差し、暗い面持ちを携えている。

 だが、その中で一人だけ、自身に満ちた表情をした者が居た。


 「ですが、それをさせない為にベルランド大尉が……新たな“アルカナマシン”が居るのです」


 その言葉に、はっとしたように視線を上げた者は少なくない。

 ベルランドに再び、視線が集中する。

 それは最初の、悪意や敵意の入り交ざったものではない、純粋な“期待”。


 「“三英雄”の一人であるベルランド大尉。そして、ジョーカーマシンの技術の粋を集めて作られたアルカナマシン、アモン。更に、自律回路を搭載した新兵器イヴェル」


 タイミングを見計らったかのように、オーウェンは大仰に続けた。

 その言葉には、決して嘘は無いのだが―――ベルランドは、苦々しい思いだった。


 「これだけの戦力があるのです。“英雄”も所詮は人間、何を恐れる事がありましょうか?」


 その言葉に、会議室が俄かにざわついた。

 口々に漏れるのは、希望に満ちた声。

 やれるかも知れないという、一縷の希望を含んだ言葉。


 「国に仇為す“英雄”と“魔獣”。審判を下せるのは、“猛禽”を擁する私達だけなのです」


 まるで、役者のような言葉。

 だが、今はその演出が最大限に力を発揮する場面だった。

 士気の上昇していく会議室で、ベルランドは無表情に黙り込んだまま心根の奥で苦々しい思いを飲み込んだ。


 「お願いします、“三英雄”最後の一人。ベルランド・ヴィスビュー大尉」


 その言葉に、ベルランドは頷くのが精一杯だった。

 会議室を味方に付けた男には、最早、異を唱える事は出来ない……―――






 「やられたね。まさか、あんな手を取ってくるとは」


 ウエマツが、缶コーヒーと調子の軽い言葉をベルランドへ投げ渡す。

 それを受け取ると、ベルランドは俯いたままに呟いた。


 「やり手だ……それも、相当に」

 「流石にナンバーワンなだけあるよ。狡猾だ」


 恐らく、以前にオームがウエマツに脅しをかけてきたのも彼の差し金だろう。

 あの、生粋の軍人然とした男に、脅しなどという手段が思いつくようには思えないのだ。


 「士気を上げて賛同者を増やし、こちらの意見は封殺。更には、“三英雄”の同士討ちのシナリオも書き上げているとは」


 このまま、ベルランドは襲撃任務へと赴くだろう。

 下手に仲間と連絡を取ろうものなら、それが口実となって、即処分。

 どうあっても、“三英雄”は戦わなければならない。


 「こっちが下手に出るしかないからね。現時点では、対処の術は無いなぁ」


 ぼやくようなウエマツの言葉。

 しかし、その胸の内にある燃えるような悔しさと怒りを、ベルランドは理解していた。

 理由は簡単。

 彼自身もまた、同じものを燃やしていたからである。






      *       *       *






 セント・マリアの町は昔ながらの伝統を持つ地域だが、比較的新しい家も多い。

 レンガ造りの古めかしい家と新しい家が混在する街並みは、美しいものと賞賛できるだろう。

 しかし、それは戦争の残した爪痕でもある。


 戦火に晒され壊れた家は新しいものになり、そこに住んでいる住人もまた、昔ながらの現地人ではない。

 生き残った町の人々は散り散りになり、ここには地元を愛する者しか戻らなかった。

 そんな場所に外の町から入植してきた人間が集まって出来たのが、新たなるセント・マリアという町なのだ。


 だが、現地の人間も絶えたわけではない。

 何も無いが故に住人が殆ど近寄らない一角がある。

 そこには焼け残った家が多く、戦前に住んでいた住人は殆どがこの地区で生活していた。


 「変わらないなぁ、ここは……」


 地区の中でも大きい、二階建ての木の建物がある。

 表の表札は戦前から変わらないままだった。

 それを見て、リラは笑みを零す。

 私はまた、“故郷”へと帰ってきたのだ、と。


 「―――ちょっと!早くどいてくれないか?」


 郷愁に浸るリラの後ろから、怒鳴り声に近い声が放たれた。

 その声にも聞き覚えがあり、リラは笑みを浮かべて振り返る。

 立っていたのは、黒人の女性だ。

 女性にしては大柄な体格に、二つの大きな買い物袋を提げている。

 特徴的な赤い瞳は、リラを見た途端に柔和なものへと変貌を遂げた。


 「リラじゃないか!いつ帰ってきたんだい!?」

 「ついさっき!久しぶりね、マザー!」


 マザー、と呼ばれた女性は、くしゃくしゃな笑みを浮かべてリラの頭を撫でた。

 くすぐったそうに目を細めるリラの姿は、子供のような仕草に他ならない。


 「本当に久しぶりだねぇ!私ぁアンタが無事で嬉しいよ!」

 「私も!」


 嬉しさを表現するように、全身で、二人は抱き合った。

 その姿はまるで本物の親子のようであり、しかし、実態は違う。

 “マザー”とは、あくまで施設の長。

 “子供”のような彼女の親は居ない。


 ここは、マザーの経営する孤児院。

 そして、親を知らないリラ・アーノートの故郷である。






 ―――再会の喜びは、至上の物である。

 そんな言葉が心から生まれ出でるほど、リラは嬉しかった。

 自らの“母”が元気であり、己の“家”が何も変わっていなかった事が。


 しかしながら、そんな郷愁にいつまでも浸っている訳には行かない。

 ここには忘れ得ぬ“(トラウマ)”がある。

 知るべき真実も落ちているだろう。

 リラのその一歩を待ちわびる人も居る。

 だから、リラはただ一言、マザーに零したのだ。


 「先の戦争……おかしいと、思わない?」


 その言葉に、マザーの紅茶を飲む手が止まる。

 そして、真っ直ぐにリラを見つめて怪訝な顔をした。


 「いきなり何だい?戦争が、おかしかったって?」

 「激戦であったとはいえ、何故、ここのような辺鄙な場所が襲われたの?養蚕と、畑と、水ぐらいしか誇れるものの無い、この町に」

 「うーん……言われてみれば……」


 マザーは考え込むように俯いたが、リラの言葉は止まらなかった。


 「それに、ここの場所では“機動兵器”……所謂、ジョーカーマシンが稼動していた、という話もありますし」


 彼女の中では“仮説”が既に出来上がっている。

 それが真実であれば、限りなく残酷で、どうしようもない実態が浮かび上がる。

 本当は、それを認めたくなかっただけなのだろう。

 ただ一つの“兵器(ジョーカーマシン)”の為に、故郷は滅ぼされたのだとは。


 「マザーは確か、見たって言ってたよね?“巨大な人影”を」

 「あ、あぁ……確かに、見たねぇ」


 リラは己の鞄から一枚の写真を取り出した。

 解像度は低く、動画の一部から切り出されたと思しき物だった。

 それを珍しげに見つめるマザーに、問いをかける。


 「見た“巨大な人影”は、これ?」


 写真に写るジョーカーマシンは、白い翼を持っていた。

 ぶれが激しいが、その天使のような外観は特徴的であり見間違える事はないだろう。

 ウエマツが撮った、“デイブレイク”の機体であると思われるもの。


 ベルランドが言うには、“正義”のアルカナエンジンを持つ者―――グレイブキーパー。


 「あぁ、これだね。翼もついてたし、これくらいの大きさだった」


 リラの心臓が高鳴った。

 間違いない。

 “デイブレイク”は、戦争の陰で暗躍していたのだ。


 同時に、恐れていた真実が浮かび上がった。

 “第三次世界大戦”の全ては、“デイブレイク”の手の内であったのだろう、と。


 リラは無言で、手にした写真を握りつぶした。

 怒りだ。

 彼女の心には、不条理に郷里を燃やされた怒りが渦巻く。


 愛する故郷を。

 愛する家族を。

 愛する弟を。


 それら全ての愛を奪い去った、その者への怒り。

 だが、今はそれを飲み込む時だ。

 怒りを静かに嚥下し、リラが頭を下げた。


 甲高い銃声が、一度、鳴った。






      *       *       *





 アモン。

 闇のような漆黒の身体はずんぐりと丸く、他のジョーカーマシンに比べて巨大だ。

 脚と手、頭を身体へと収納すれば球体になるのでは無いか、という場違いな感想。

 ウエマツの言ではそんな機能は無く、あくまでも相手の攻撃を受け流すための装甲だという。

 追加で手に持つ武装は無く、全てが内臓武装だとも言う。

 その攻撃に晒されるであろう基地の人間だけが、気がかりだった。


 漆黒の巨体は、ただ鈍く光を反射した。

 そこに明確な意思は無く、まるで“外”から見た自分自身のようだ、とベルランドは自嘲気味に笑う。

 デイブレイクに敵対していた事が露見していないと考えるほど、楽観的な思考は持たない。

 ただ、それ故にベルランドは“猛禽”としての力を発揮できる。

 まずは、目の前の任務に忠実に。


 心の奥底にある一片の迷いすらも振り切って、アルカナマシン“アモン”は一歩目を踏み出した。

 重苦しい音が響き、震動がベルランドの身体を僅かに揺らす。

 その何倍もの衝撃を、彼らは受けているのだろう。

 アモンは静かに、右手の武装を解放した。


 『―――我々が一体、何をしたと言うのです!?』


 地上では未だに聞き覚えのある声が響いている。

 副隊長として登用していた、己の左腕のような男だ。

 無駄だと知りながら、話し合いでの解決を求める様はどこかリヒトに通じていた。


 決して、上の判断は覆らない。

 それはこれがベルランドを処分する口実であり、試験だからだ。

 そしてそれを知りながら、ベルランドはかつての仲間を滅ぼすための兵器を駆る。


 『守備隊はあくまで基地を譲り渡そうとはしていませんね。このまま、予定通りになりそうです』

 「そうか」


 地上からの通信。

 他人行儀なウエマツの声を聞いて、ベルランドは感情の篭っていない瞳をモニターに落とした。

 他者を寄せ付けない無機質な灰色も、今は、ただこのアモンに抗議をしているかのように見える。


 『……ちょ、一体……なッ……!?』

 「……どうした?」


 ウエマツと繋がっていた通信が、突如として乱れる。

 ノイズと共にウエマツの声は遠くなり、やがて、ノイズだけが残った。

 それを引き裂くように響くのは、男の悲痛な叫び。


 『―――ベルランド隊長っ!!俺っす!ジョーク・ハイランドっす!!』

 「……!」


 その甲高い声には、大いに聞き覚えがあった。

 隊内で最も若く、溌剌とした青年。

 名を、ジョーク―――“ハイテンション小僧”とリヒトに渾名されていた男である。


 ベルランドの心に疑問が渦巻く。

 何故、これに乗っているのがベルランドだと知っているのか。

 そして、何故、この回線を乗っ取る事が出来たのか。


 「何故……」

 『こっちの科白っすよ隊長!一体、何があったんすか!?』


 その言葉は迫真であり、彼の焦りと動揺がこれでもか、という程に伝わる。

 そしてそれは基地の中で未だに話し合いを続ける副隊長以下、地方守備隊全員の本音なのだろう。

 故に、ベルランドはただ一言。


 「……すまんな」


 そう、呟くに留まった。


 『隊……長……っ!?』


 狼狽の声。

 それは当然のことであり、ベルランドがそれにうろたえるような事は無かった。

 アモンの無常な右手が、トリガーに力を伝えていく。


 「恨んでくれてもいい。だが俺は、止まる事を許されていないのだ」

 『何を言って……!?』

 「いつか、また―――」


 言葉を断ち切るように、轟くような銃声が響いた。









果たして主人公が出てくるのはいつごろになるんでしょうね。

名前はちょくちょく出てくるのに。

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