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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
二章 Arcana Concentration
35/41

第三十一話 希望の灯火





 人の矜持を護れない傭兵に、価値はあるのか?


 その言葉は、彼の罪であり、また、彼ら全ての罪でもあった。

 第三次世界大戦。

 全ての国が二つの陣営に分かたれ、地球を焦土と化さんと巻き起こる鉄火の嵐。


 その戦いを代表して今の教科書に載っているのは、激戦区で戦っていた傭兵達の姿。

 そしてその中に、後に社長となる男の姿もある。

 隣には、無愛想に煙草を銜えた男の仏頂面。


 この二人が分かたれた過去には、幾つかの要因があった。

 しかし、今でも彼は思う。

 己の傭兵としての“矜持(プライド)”が、もっと高ければ―――




 「まずは、一発……お見舞いしてアゲルわ!」


 操るダイアモンドは、心情とは裏腹に真っ直ぐに進んだ。

 脚のローラーが回転し、その速度を飛躍的に高める。

 結果、ジョーカーマシンの中でも巨体であるはずのダイアモンドは、一瞬で敵を射程圏内に捉える事に成功する。


 右手に構えたのは騎士の剣ではなく、何の変哲もないジョーカーライフル。

 武器の修理までは出来なかったアイリが選んだ、苦肉の武装である。

 走りながらも素早く将星を合わせ、引き金を引く。

 空を切り裂く破裂音と共に、弾丸は螺旋を描いて正体不明の敵へと猛進した。


 「えぇ……ッ!?」


 だが、その弾丸は敵の装甲に穴を開ける事は叶わない。

 アンノウンが手にした蛮刀が煌いたかと思った瞬間、弾丸は既に二つになっていた。

 その反応速度は、人間の領域ではない。


 施設から目を離す前に、アンノウンを破壊できれば最上だった。

 出来れば、最初の不意打ちで破壊してしまいたかったが、結果は見ての通り。

 ならば、とアイリは手にしたライフルを断続的に、アンノウンへと撃ち込んだ。

 そのどれもが、蛮刀によって切り落とされる。


 数発の攻防の後、アンノウンの緑色の眼がダイアモンドを睨みつけた。

 標的が切り替わったのだろう。

 その事実を、アイリは笑って受け止めた。


 「……ッ!よし、成功ね!」


 そしてそのまま、研究所から離れるようにローラーで後退しながら、ライフルを弾が尽きるまで撃ち込んだ。

 一撃としてその身体に届いてはいない。

 が、弾幕を張られれば、流石の反応速度といえども前進は儘ならないようだ。

 ダイアモンドが弾切れのジョーカーライフルを捨てるのが、勝負開始を告げる鐘となる。


 先手を取るのは、アンノウン。

 手にした蛮刀を真っ直ぐに突き出し、最速の一撃を見舞う。

 しかし、ダイアモンドが腰から抜き放ったナイフによってその攻撃は弾かれた。


 体勢を戻そうとするアンノウンに向けて、ダイアモンドが反撃を放つ。

 腕が上がったままで隙だらけ胴体をナイフが襲った。

 が、それも通らない。

 咄嗟に逆手に持ち替えられた蛮刀の切っ先で、ナイフの軌道が大幅に逸れたのだ。


 「ッ!随分な、動きね……!」


 再び作り上げられた隙。

 その状況にアイリは思わず舌打ちを零した。

 迫る逆手の蛮刀に向けてナイフで対抗しては、十中八九壊れてしまう。

 とはいえ、突きのように受け流しやすい攻撃ではない。


 ならば、と、アイリは思い切りフットペダルを踏み込んだ。

 微かに前進するダイアモンド。

 蛮刀はそのままダイアモンドの腕に当たるが、小さな傷を一つ作るに留まった。

 思い切り伸ばした腕が、振りきられる前の蛮刀の根元を押さえた。


 「でも、歴戦の傭兵には敵わないんじゃないかしら……!?」


 態勢は十分。

 ダイアモンドは腰だめのナイフを、真っ直ぐに、ジョーカーマシンの動力部へと突き刺した。

 砕け散るナイフと、アンノウンの外装。

 それに伴って露出した、アンノウンの緑色に淡く光る動力部。 

 外気に晒された魔力は、急激に空気中へと霧散して機能を停止する。


 「え、ちょッ……!!」


 筈だった。

 動けないと思い、武器を無くしてしまったダイアモンドを、蛮刀が再び襲った。

 今度は、腕では防ぎようのない突き。

 至近距離からのこの攻撃に反応は出来ないだろう。

 アンノウンが勝利を確信した瞬間、鈍い破壊音がその場に響いた。


 「―――……あっぶないわねぇ」


 今度こそ、完全に機能を停止したアンノウン。

 崩れ落ちた残骸を見下ろすダイアモンドの片腕には、一本の杭が飛び出していた。


 『ご無事ですか?』

 「急造のパイルバンカーが役に立ったわ。後で修理してくれた社員にお礼を言わないとねぇ」


 ダイアモンドが回収された際、唯一、機能を果たせる程度に残っていた右腕。

 そこには、代名詞とでも呼ぶべき武装であるパイルバンカーが積まれていた。

 装甲が割れ、魔力が漏れ出したにも関わらず、アンノウンが動き出した瞬間、アイリは咄嗟にそれを起動させていたのだ。

 間一髪であったことを示す刀傷が、ダイアモンドの脇腹に残っている。


 「しかし、一体何なのかしらね。研究所を護る、ならともかく、襲うなんて」


 アンノウンの破壊対象は、明らかに研究所であった。

 故に、デイブレイクの齎した機体では無いのだろう。


 『それも、デイブレイクの研究所の事を知っているのは、現状では我々“元・対デイブレイク戦線”の面子のみ……』

 「逸れた他の“三英雄”がけしかけたなら、私を襲う筈も無いし……」


 しかし、他のデイブレイクに対抗する組織など、聞いた事もない。

 フェリアに聞けば或いは、とも思ったが、ここにフェリアが居ないのではどうしようもない。


 「何より、この機体。ちょっとおかしいわよね?」

 『無人機のようですが……魔力が漏れ出しているにも関わらず活動可能なジョーカーマシンなど、聞いた事もありません』


 普通ならば、魔力と言うエネルギーの供給が止まった時点でジョーカーマシンは活動を停止する。

 しかし、その限界を超えて動いたこの機体は、一体何なのか。

 考えれども判然としない思考に、アイリは低く唸った。


 『―――しゃ、社長!』

 「もう、何なのよ……!?」


 ナドレの上ずった声に釣られるように見上げた空には、幾つかの点があった。

 それは少しずつ正体を晒していく。

 全てが同じ色、同じ形、同じ動きをする、黒色の人型。

 手にした蛮刀が、一斉に光った。


 「流石にこの量だと、キツイわね……!ナドレ、皆を連れて逃げなさい!」

 『しかし!』

 「しかしも案山子も無いの!いいから、早く!」

 『ですが、バドルも―――』


 その言葉を最後に、通信を無理矢理に切った。

 ナドレが発しかけていた言葉は、大体想像が付く。

 だからこそ、この難局を乗り越える事が出来るだろう事も理解している。

 尤も、それにはファウストの助力も必要だ。


 「でも、やってくれるわよね。あの男なら」


 リヒトと幾度も戦い、そして、今は味方であるあの男。

 軽薄な笑みを浮かべるその奥にある覚悟を、アイリは感じ取っていた。

 だから、信頼する。

 アイリの今やるべき事は、一つ。


 「さ、行きましょうか?」


 騎士の務めは、護ること。

 今は、己の仲間を護るため。

 黒き兵の集う戦場へと、気高き騎士が踊り出た―――






      *       *       *






 「チクショォオオオオオオ!!開けやァアアアアアアア!!」


 崩落を始めた地下施設にはファウストの絶叫が響いていた。

 気合に満ちた言葉とは裏腹に、彼の乗るジョーカーマシンが開けようとするハッチの開口部は、一向に開く気配を見せない。

 だが、それでも、ファウストはそこから去るということをしなかった。

 己の導いた作戦が、何らかの要因で崩壊しかかっている。

 それは予想だにしなかったアクシデントだったとしても、全ての責任は自分にある。

 ならば―――それをひっくり返すのもまた、自分の責任。


 「クソッタレェエエエエエエエ!!」


 ジョーカーマシンの出力は気合でどうにかなるものではない。

 ましてや、作業用に改造されているものだ、出力は当然、戦闘用のそれに比べて格段に落ちる。

 しかし、ファウストは叫んだ。

 叫びながら、フットペダルを押し込み、体を大きく逸らせていた。

 全ては執念。


 だが、ファウストの叫び声に重なる絶望的な音。

 完全に崩落した入り口近くの瓦礫の山に、巨大な鋼鉄が落ちる。

 その音が正確には何を表すのか、ファウストには分かっていた。


 「クソッ!もう来やがッたか!!」


 それは恐らく、予定外の事態を引き起こした元凶であるジョーカーマシンだろう。

 そしてその正体も、ファウストには大方察しがついている。

 彼の見立てでは、そのマシンを操るのは“デイブレイク”。

 目的は、NOAH二号機の破壊。

 全ての作戦は、研究所一つを完全に破壊し尽くし、全てを犠牲にしてでも行われる。

 或いは、それすらもデイブレイクの利となっているのだろうか―――


 今のファウストの乗るジョーカーマシンではまともに戦うことは出来ない。

 まともな戦いは出来ないだろう。

 だからこそ、今の彼が生き残るためには、目の前の憎々しいハッチを開けるしかない。

 いつ襲われるとも知れない状況だ。

 中には、戦闘用ジョーカーマシンの一つはあるだろう。


 「まだ、こッちには気づいてねェようだなァ……ッ!!」


 声を抑えながらも、ファウストは足に力を籠め続ける。

 しかしハッチは少しも動きを見せず、ただかばかりの音を立てるのみだ。

 その小さな音に、違音が混じる。

 “巨大な何か”が歩行する足音が。

 それも、複数の、足音。


 「ッ!一匹じゃねェッて事か……!益々、状況が悪くなッたな……!」


 音を聞き取ったファウストは、憎々しげに舌打ちを漏らす。

 自分の窮地を悟り、それでも、引く事の出来ない状況。

 いざとなれば、機体を囮としてハッチを壊させるしかないのか。

 ファウストが首を振る。

 そう簡単に開くのならば、そう苦労はしないはずだ。

 ならば―――思考を続けるファウストの耳朶を、爆音が振るわせた。


 「……ッ!?」


 纏まらない思考を更に乱す爆音は、しかし、ファウストの操るジョーカーマシンから発せられた音ではなかった。

 むしろその逆―――ファウストに仇為すアンノウンの足音の方向から聞えた音。

 ファウストは咄嗟にNOAH二号機を見上げた。

 しかし、アンノウンが居るであろう区画からはNOAH二号機のフロアは死角のはず。

 NOAH二号機が攻撃されるような事も、ましてや、ファウスト自身が狙われている事は無い。

 ならば、答えはただひとつ。

 アンノウンに“交戦”の理由が生まれ、そして、アンノウンが“攻撃を受けている”という事。


 『ファウストッ!』


 思考に割り込むように、威勢の良い声が響いた。

 既に戦場と化した施設の中に響く爆音にも負けない、大きな声だ。

 通信画面に映されたのは―――見覚えのある傭兵の姿。


 「テメェは……バドルッ!?何で、こンなトコロに居やがるッ!?」

 『んなもん、テメェがピンチだからに決まってるだろうが!!』


 言葉と共に、ファウストの搭乗する物と同じ作業用ジョーカーマシンが隣に立った。

 パイロットとして操縦しているのは、研究所戦力の奪取を目的としたバドル。


 『傭兵が足止めしてる!開けんなら、今の内だぜぇ!!』


 言うと、ファウストの隣のジョーカーマシンが同じようにハッチへと手を掛けた。

 決して、彼らはこの研究施設の崩落に巻き込まれた訳ではない。

 外で待機していたにも関わらず、瓦礫と共にこの場所へと足を踏み入れたのだ。


 ―――ファウストを放っておけば、彼らは危険に身を晒す事は無かった。

 窮地に現れた援軍に、ファウストは感謝よりも先に怒りを覚えた。


 「馬鹿かテメェは!!いいからさッさと連中を連れて逃げやがれッ!!」

 『逃げねぇ!!』


 一段と強い声は施設に響き渡る。

 その大声に思わず押し黙ってしまったファウストと対照的に、バドルは怒りの混ざった声を張った。


 『俺はテメェが胡散臭くて仕方ねぇ!寝返りなんて都合の良い事、そう簡単に信じられねぇ!!』

 「だッたら、早く逃げ―――」

 『逃げねぇっつってんだろ!!』


 怒声と共に、爆音が一つ。

 NOAH二号機を挟んで向こう側の戦いは、今も続いているようだった。


 『俺はテメェを信用しねぇ!作戦だって、本当は反対だった!!』

 「なら、なンで此処に居やがる?ここは俺様一人で十分だぜ?」


 落ち着きを取り戻したように、ファウストは人のことを馬鹿にしたような口調。

 それは彼なりのポーカーフェイスの表れ。

 だが、それを打ち砕くように怒声が響く。


 『俺が信じたのは、社長だ!!社長が信じるなら、俺も信じる!!』


 その言葉を最後に、通信からは唸り声だけが聞えてきた。

 コックピットで出力を全開にしたバドルの姿は、まるで先ほどまでのファウスト自身だった。


 ―――失敗を覆すために躍起になっていた自分。

 そして、それほどの力を、想いを篭める隣のバドル。

 その根底にあったものに気付いたとき、ファウストは乾いた笑いを漏らした。


 「……上等だ、この野郎ッ!!」


 信頼。

 その言葉は糸の様に細く、脆いものだ。

 だが、その言葉の真意に気付いたとき、人は変わる事が出来る。

 “信じ”“頼る”事。


 バドルの信頼の根底にあるのは、他ならぬアイリへの信頼。

 そしてアイリの信頼を一手に受けた自分は、誰を信頼していた?


 「おォオオオオオオオオオオオオ―――ッ!!」


 それは決して、一人の力ではない。

 ―――ファウスト一人の力ではないのだ。


 「合わせるぞッ!!」

 『応ッ!!』


 ファウストの言葉に、隣のジョーカーマシンが力強く頷いたように見えた。

 並んだ二機のジョーカーマシンが、渾身の力を以ってハッチを抉じ開ける。

 その様は、まるで長年を連れ添った相棒達のよう。


 ―――一息の後に、小さくは無い音が響いた。


 『開いたか!?』

 「ッしゃあ!!ザマァ見やがれクソッタレめ!!」


 抉じ開けた格納庫の中には、ファウストの睨んだように、複数体のジョーカーマシンが置いてあった。

 どれもが戦闘用にチューンナップされており、いつでも戦えるようになっている。

 いずれ来たる戦いに備えられた装備は、全て、“対デイブレイク戦線”の手に渡ったのだ。


 「バドル!さッさと傭兵を乗せろ!!」

 『乗せろって、テメェこれを動かせるのか!?』


 バドルの疑問は尤もだ。

 ただでさえサイエンス・フィクションの世界にしか存在し得なかったような戦艦だ。

 これを操舵するには、ファウストはあまりにも不釣合い。

 だが、ファウストは白い歯を除かせて笑った。


 「俺様に出来ない事はねェ!!俺を“信頼”しとけッ!!」


 バドルのジョーカーマシンは、逡巡したように一歩を踏み出した。

 しかし、踵を返して戦場と化した施設の中へと走り出す。

 瞬間、一言だけ呟く。


 『……“信用”してやるよ、ファウスト!』

 「ヒャハハ……信用か。素直じゃねェなァ」


 飛ぶように走る背中を見て、ファウストは思う。

 あの背中に、応えなければならない。

 その為ならば、忌わしき力を使う事も躊躇わない。


 遺伝子に刻まれた咎。

 造られ、科せられた力。

 そして、彼を突き動かす罪と罰。


 「NOAH―――フェリア・オオルタナティブとハインリッヒ・アウロラが開発した“鉄の箱舟”」


 この戦艦を動かすために必要なのは、相応の知識と、代償となる力。

 動かすだけの知識なら、この“忌わしき力デザイン・マーシナリー”で十二分。

 そして、代償となる力は“巨塔(バベル)”が知っている。


 「同調しろ、バベル。アルカナなら、やれるだろ?」


 言葉に応えるように、バベルの身体は淡く発光する。

 その色は光でありながら、何かを飲み込まんとするような闇色。

 今、まさに、目の前の箱舟を喰らい尽くさんと胎動する。


 あとは、一つ。

 合図があれば、箱舟に命が宿る。


 「行くぜ―――」


 言葉が無くても、バベルには解っていた。

 力を顕現するためのその鍵は。


 光が、黒い光が。

 NOAH二号機を包み、地上まで溢れ出す―――






      *       *       *






 黒い残骸を踏みしめて、ダイアモンドが跳ねた。

 その巨体に似つかわしくない動きに、アンノウンは一瞬、目を奪われる。

 一瞬、されど致命的な隙は、アンノウンの動力部を破壊するに至ってしまった。


 「流石に、疲れてきたわね……!!」


 着地し、すかさずに距離を取る。

 アンノウンの接近までの距離を稼ぐためだ。

 爆発的な速度でこちらへと向かってくる蛮刀をいなし、アイリは何度目になるか分からない舌打ちを零した。


 「キリが無いわねぇ……ちょっとは、休んだらどうかしら……ッ!!」


 ダイアモンドへと向かってくるアンノウンは、常に一機だけ。

 他のアンノウンは全てが、施設の破壊へと向かっているのだろう。

 中に居るファウストが―――そして、バドル達奪取部隊が危険に晒されている。

 今アイリにできることは、ダイアモンドがアンノウンを壊し続けることで、潜入した彼らの命を繋ぐことしかない。


 「ッ!!」


 横合いからの薙ぐような一撃を避け、ダイアモンドは手にしたナイフを投げつけた。

 既に刃が折れたそれへと、吸い寄せられるように蛮刀が奔る。

 しかし、その隙はアイリへと更なる接近を許した。


 放熱が間に合わないまま、オーバーヒートして装甲が溶けている右腕を突き出す。

 アンノウンの返す刀では間に合わない。

 右腕にあるパイルバンカーは紅く光りながら、真っ直ぐにアンノウンの動力部を貫いた。


 「ったく、モテる女は辛いわねぇ……!!」


 残骸を蹴り飛ばし、次の相手への盾とする。

 鋭い斬撃が光を失ったアンノウンを斬り壊し、ダイアモンドは新たな相手と対峙した。

 人と機械。

 操るものの違う、二種類の巨人が交錯する。


 「だからぁ、アンタらの攻撃は見え見えなのよ!そんな攻撃に“魔獣”が当たる訳ないでしょ!?」


 蛮刀での一撃は鋭い。

 だが、その軌道が分かっていれば、避ける事も、弾く事もできる。

 機械故の柔軟性の欠如が、今のアイリにとっての生命線であった。


 研ぎ澄まされた集中力でアイリは、蛮刀の軌道をダイアモンドの拳を以って書き換える。

 空しく空を切る蛮刀を尻目に、十三回目となる右腕のパイルバンカーを起動した。


 ―――が、音は響かない。


 「不発……ッ!?」


 繰り出された右腕は、アンノウンの胸を殴るように伸ばされたまま。

 杭は少しも動くことは無く、ダイアモンドは無防備な踏み込みの体勢。

 酷使が祟ったか、パイルバンカー機構は完全に動作を停止していた。

 機体のシステムエラーアラートがけたたましく鳴った。


 ダイアモンドは、動けない。

 必殺の一撃が避けられたのならば、その先にあるのはただ無防備な身体のみ。

 機械の判断能力は的確に、アンノウンへと指令を下した。

 即ち、“敵対する勢力の排除”―――


 アイリの体感時間が止まる。

 それは、走馬灯を見るために用意された準備時間なのであろうか。

 全ての事象がゆっくりと動いていくのを、アイリは見ているしかなかった。


 蛮刀が迫る。

 耳障りなアラート音。

 空を駆ける風の一つを切り裂く様が、ありありと見て取れる。

 どこかにある、感じられるはずの無い焦げた匂い。

 その切先は、ダイアモンドの動力部へと遅々たる速度で進んでいた。


 人体反射から、アイリは思わず目を瞑る。

 敗北という代償。

 そしてその先にある結果を認めたくないと、ただ一心で願いながら。




 願いは―――轟、という音で掻き消えた。




 「……ッ!!」


 衝撃は思うよりも少ない。

 ダイアモンドが傾ぐが、それでもなお、大地に立ち続けている。

 システムは、死んでいない。


 『遅くなッたなァ』


 けたたましいアラートの音の中、アイリはその目を見開いた。

 響く声音は、馬鹿にしたような軽い調子のものだった。

 今では何故か、それが安心へと繋がる。


 「……レディを待たせるなんて、悪い男ねぇ?」


 目の前のアンノウンは影も形も無い。

 代わりにあるのは、焼け焦げ、抉れた焦土。

 横合いから抉ったようなそれが、数十メートルに亘って続いていた。


 『誰がレディだ、誰が。俺の前には諦めの悪い“魔獣”しかいなかッたぜ?』

 「うるさいわよ、ファウスト」


 いつの間にか鳴り止んだアラートは、通信先のファウストの声を鮮明にさせた。

 ダイアモンドの視界を借りて空を見る。

 そこには―――空を行く、黒い戦艦の姿。


 「それが、アンタの言ってた“戦力”ってヤツね……確かに、無謀な作戦を用いてでも“欲しいモノ”ね」

 『NOAH二号機……いや、コイツの役目を考えるなら、名前は差し詰め“プロメテウス”ッてトコか』


 プロメテウス。

 希望の火を灯す、裏切りの炎。

 雄大で、力強く、何者にも屈しない覚悟が操る“戦艦”。


 『長距離航行から、ステルス運用まで可能だ。ひとまず、これでデイブレイクを追う事が出来るぜ。格納庫にジョーカーマシンもたっぷりだ。非純正品だけどな』

 「それはご都合主義な戦艦ねぇ……ま、ラッキーってことにしておくわ」


 口の端を上げて、冗談っぽくアイリが言った。

 戦力を確保するという当初の目的を達した以上、ここに居る意味は無い。

 だが、二人の間にこの場から“逃げる”という選択肢は無かった。


 「このアンノウンはどうするの?」

 『ジョーカーマシン“イヴェル”か。こんな操り人形、ブッ壊しちまうのが手っ取り早いだろ?』


 あったのはただ一つ。

 戦う意思だけ。


 『さて、イヴェル共も集まッてきた頃合だな』

 「お掃除を始めましょうか?」

 『野郎共!準備はいいか!?』

 『応ッ!!』


 ファウストの言葉に、混然とした声が上げられた。

 同時に、宙に漂うプロメテウスから、幾多のジョーカーマシンが地上へ降り立つ。

 それら全てが傭兵であり、アイリにとっての仲間。


 戦線の先頭に立つ男が、ダイアモンドに通信を送った。


 『俺達に任せろ社長!!なぁ、ファウスト!!』

 『俺様にかかりゃ、ケチョンケチョンだぜェ!?』


 一方的な通信に、アイリは笑った。

 そして、ダイアモンドが駆け出す。


 「アンタ一人に任せる訳ないでしょ!“全員”で勝つわよ!」

 『了解―――ッ!!』


 黒き人形の戦場に、傭兵達が殴りこむ。

 その先頭には、気高き騎士が勝利の剣を掲げる。

 その背後には、黒き戦艦と“夜明けの裏切り者”がいる。


 混然とした戦場に、“希望の灯火”が生まれた―――









長らく遅れてすみません。平謝りしか出来ない所存です。

とりあえず一度、フォード編は終りを迎え、次の主人公へと視点がシフトします。

イロイロと初めてのことも多いので拙い出来でしょうが、生暖かく見守って下されば幸いでございます。



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