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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
二章 Arcana Concentration
34/41

第三十話 アライアンス






 着慣れない白衣を身に纏って、ファウストは白一色の廊下を歩いていた。

 その顔にやる気と呼べる物は一切無く、ただただ、面倒そうな、渋い顔を浮かべている。

 彼にとってこの場所で眼に映る全ての物に興味が無いからだ。

 一つ、大きな欠伸をしたところで、ファウストの目の前を行く男が笑った。


 「寝不足ですか?無理はいけませんよ、ファウスト隊長」

 「あー……そうだな」


 眼鏡のフレームを上げながら気障に話しかけた男は、この場所で尤も権限を持つ者だった。

 今では彼よりも上の位にあるファウストが居ることで、二番目と成り下がっている。

 それでも実質、彼はこの研究所で一番偉い男だ。


 「何なら、暫く休んでいかれますか?この施設には幹部様のための簡易な宿泊施設も―――」

 「いや、いい」


 長くなりそうな言葉を遮って、ファウストは断る。

 上の人間に取り入り、出世する事しか脳に無い男だ。

 研究に関しても今ひとつであり、同期にして“天才”と呼ばれたハインリッヒ・アウロラに対抗意識を燃やしていると言う。

 彼程度の腕では勝てない事は誰しもが理解しているのだが、勝手に“好敵手(ライバル)”と定めているらしい。

 この辺境の地で、何年もうだつの上がらない所長をこなしている訳だ、と、ファウストは納得した。


 「……ったく、掃除すら出来ないのか、鈍間共め」


 廊下に落ちていた埃を見て、所長が憎憎しげに呟いた。

 何年も研究しているはずだが、白衣は新品同様のもの。

 男の潔癖症具合を思い出し、ファウストはげんなりと俯いた。


 何故。

 何故、こんな小物とともに研究所の視察などしなくてはならないのか。

 苛立ちを密かに募らせながら、ファウストは無表情で廊下を歩いた。

 無論、所長の言葉は全て聞き流しながら。


 「―――しかし、今回の研究は今までで最大規模の研究・開発となりましたね。ファウスト隊長ならば御存知でしょうが」


 いつの間にか、所長の話は研究院を謗るものから、自身の研究の話題へと変わっていく。

 ファウストもこの話題を聞き逃さず、密かに耳を傾けた。

 目的である戦力の奪取に、何らかの関連性があるであろうことは分かっている。


 「“NOAH(ノア)”、か」

 「我々は外殻を作ったに過ぎません。そこまで大した事はしていないのですよ」


 言葉の内容とは裏腹に、その声音は自慢げなものだった。

 ファウストはそれを心の中で笑う。

 確かに、“外殻の容れ物”作りならば大した事でもない。

 設計図通りの金属を生み出すだけならば、町工場にだって出来てしまような仕事だろう。


 「しかし、幸運でしたね、ファウスト隊長」

 「何がだ?」

 「今、このタイミングで視察に来た事が、ですよ」


 口の端を上げて振り返る所長に、ファウストは怪訝な目を向けた。

 少しも気にしていないのか、不敵な笑みを崩さないままに所長は続ける。


 「今、丁度NOAHの二号機とも呼べるものを完成させたのですよ」

 「………!」


 内心、驚く。

 NOAHの存在はデイブレイクに所属していたときに知っていたとはいえ、その二号機があるとは聞いた事が無かった。

 その驚きを見透かしたかのように、所長が笑う。


 「知らないのも無理はありません。何故なら、これは“本部”は全く関わっていないのですから」

 「関わッていない、だと?」

 「これは、私どもの独自のプロジェクトなのですよ……ファウスト隊長だからこそ、お教えしたのです」


 その言葉を聞いたとき、ファウストは“納得”と“疑問”を浮かばせた。

 ファウストは戦闘隊長という肩書きを持つ、実質の幹部の一人。

 上に取り入ろうと躍起になっている所長の行動を見れば、この暴露は“納得”出来る。


 しかしながら、NOAH二号機の建造に関しては“疑問”が多い。

 ごま摺りしか出来ない小心者である所長が、果たして、自らの野望という理由のみでこのような大それた計画を実行できるのか。

 それは無い、と、ファウストは断じる。

 ならば、その裏には確実に何らかの黒幕が居るはずなのだ。


 おぼろげながらも浮かび上がる全体像。

 しかしながら、その明確な所までは見通す事が出来ない。


 「へェ……その話、ちょッと詳しく聞かせて貰おうかァ?」


 もどかしさを感じながらも、ファウストはこれを好機であると考えた。

 上手く行けば武力行使という賭けをせずとも戦力を補充できる。

 が、好餌をちらつかされているという可能性もある。


 「まずは現物を見て頂ければ……こちらが、大開発室でございます」


 二人の目の前には、扉。

 それは巨大であり、人間の力で開けられるものでは無いだろう。

 汚れ一つ無い白い扉は、ファウストにとって“伏魔殿(バンデモニウム)”の入り口に見えた。

 ファウストは、それをも呑みこむ覚悟で、開発室の扉に手を置く。


 人間の存在を知覚した扉が、光と共に新たなる光景を映し出す。

 広がるのは、灰色に輝く“NOAH二号機”の姿だ。


 「本物に比べれば小さいのですが、それでも、機能が劣っているとは申しません。十分な活動が可能でしょう」


 見上げるファウストの隣に並び立った所長が、感慨深げに言う。

 本当は、それに素直に頷けるほどのものではない。

 技術の大半はハインリッヒ博士のものであり、彼らが独自の技術で開発したと言う訳でもないのだから。


 「やるなァ……こいつは、正しく“小さいNOAH”ってトコロか……」


 だが、ファウストは頷く。

 餌に喰らいついた、と所長は考えるのか。

 しかし、それはファウストにとっても同一。

 計画に興味を示し、隙を見て、奪う。


 外には、ファウストたちフォードPMCの残党に残された最後のジョーカーマシンがある。

 それを操るアイリ・フォードが、ファウストの合図でこの研究所を襲撃。

 隙を見て、中に潜入しているファウストが戦力を奪うという、荒唐無稽な作戦。

 だが、それを成功させる事で敵味方双方に与える影響は大きい。


 好都合な事に、作業用と見られるジョーカーマシンもいくつか開発室内には見られる。

 戦力の補充としては十分な役目を果たす事が出来るだろう。

 全ては、襲撃のタイミングだ。


 「で、コイツを俺に見せたッて事ァ、何か、俺に話があるンじゃねェのか?」

 「流石ファウスト隊長。お察しの通りでございます」


 悟られないように、ファウストが言葉を切り出した。

 核心となる話を切り出されても、所長は動揺を表には出さない。

 それどころか、にんまりと笑顔を浮かべている。


 ファウストにとっては、緊張の一瞬だ。

 考えうる全ての可能性を考慮したうえで、上着の中に隠した銃把を握る。

 全てが見透かされていたときは、実力行使も辞さない覚悟。

 しかし、所長を殺し、それで終わるとは思えない。

 いざとなれば切り捨てろと、外に居るアイリにも告げてきた。


 ふと、ファウストは思う。

 俺は、何故、こんなにも身体を張っているのか。


 「とはいえ、大方予測はついているでしょう?これだけの戦力があるのですから、やる事など、ただ一つ」


 その答えを見出せないまま、所長が口を開く。


 「貴方にも我々の計画を―――」






      *       *       *






 計画の立案から実行までは、一ヶ月の時を要した。

 理由は二つあった。

 一つは、ファウストを除く中でも、戦闘技術に関して飛びぬけた実力を持つ人間が復帰するまでの時間。

 そして、活動不能にまで追い込まれたダイアモンドの修理、改修作業の時間だ。

 勿論それ以外にも理由はあったが、そのどれもが、上記の理由よりも小さなもの。

 作戦の核となる襲撃はどうであろうと成功させなければならないのだから、用心に用心を重ねた一ヶ月だった。


 「って言っても、病み上がりの乙女にこの扱いはないわよねぇ……」


 狭苦しいダイアモンドのコックピットの中で、アイリ・フォードは溜息を漏らした。

 片手で頬杖をつきながら憂鬱に瞳を揺らすその姿は、深窓の令嬢ならば様になるのであろう。

 しかし、アイリは“自称”乙女でいるとはいえ、些か大き過ぎる体躯であり、それを“女らしい”と見る者は誰一人としていないだろう。

 そして、そのことを指摘できる人間も、この場には居ない。


 「確実にするためとはいえ、ちょっと理不尽感じちゃうわぁ……」

 『辛いところではありますが、共に頑張りましょう。社長』

 「こんな時にリヒトが居れば……世知辛いわねぇ」


 アイリのぼやきを聞き遂げたナドレが、通信の向こうで同意した。

 その声音は冷静なものであるが、どこか緊張を孕んだものであった。


 「大丈夫よ、ナドレ」

 『あの男が弱いとは思っておりません。しかし……』

 「裏切り、ね?」

 『率直に申しますと、その通りでございます』


 ナドレの言葉は短いながらも、それに反論できる点は無い。

 ファウストが元・デイブレイクであることは、フォードPMCの傭兵に知れている。

 その上で作戦の要となる潜入を任せたのは、傭兵達の疑心を煽った。

 作戦の主導となったファウストが―――そもそも、裏切っていないという可能性。


 『未だに分からないのです。社長が決断した、明確な理由というものが』


 それは、ナドレを筆頭とする全てのフォードPMC社員が抱える疑問。

 代弁した言葉は、どこか苛立ちの含まれたものだ。

 ともすれば、ここで言葉を誤ることは出来ない。


 「明確な理由、ねぇ……。実は、私にも分かってないのよね」


 通信の先は、沈黙。

 しかし、アイリは悠々と言葉を紡ぐ。


 「そもそも最初は敵だったし、かと言って、因縁があったのもリヒトだしねぇ……」

 『……では、何故』

 「そのリヒトとね」


 言葉を遮るように、アイリが言う。

 その口の端は上がっていた。


 「似てるのよ。性格も、外見も、信念も違う。けど、似てるのよねぇ……」

 『………』


 ナドレは口を閉ざした。

 言葉を出せない、というよりは、言葉に出来ない、といったほうが正しいか。

 もどかしさすら伝える沈黙に、アイリはただ、微笑んだ。

 数秒を要してから、コックピットに、ナドレの呆れたようなため息が響く。


 『敵いませんね、社長には』


 ファウストを信じたわけでも、許したわけでもない。

 他ならぬ“アイリ・フォード”を信じたナドレの出す結論は、暖かな声に集約されていた。


 「ごめんねぇ、こんな不明確な社長で」

 『それを補佐するのが、我々の仕事であり、生き甲斐ですよ』


 軽口のようなその言葉には、確かな重みがあった。

 心で感謝しつつも、アイリは僅かに緩んだ緊張を引き締めるため、己の膝を軽く叩く。

 第三次世界大戦時からの癖であるそれを聞き、ナドレは空気の変調を感じた。


 『肝心の作戦の方ですが、未だに連絡はありません。研究所も沈黙を保ったままです』

 「いつまでもコックピットの中に居たら、スーツが蒸れちゃうわぁ」


 言葉と共に軽く笑って、アイリは手元に目を落とした。

 大まかなことは急造のレーダーでも把握できるだろうが、魔力はそうはいかないだろう。

 今のところ、動きは無い。

 それは作戦が順調に進んでいることを示していた。


 だが、アイリの背に冷たい予感が走った。

 それは本能を粟立てて、アイリの指先を支配する。

 向かう先は、ダイアモンドを起動させるための最終プロセスを司るコンソール。

 その判断が正しいことは、一瞬遅れて叫ぶナドレが証明した。


 『社長っ―――』

 「大丈夫、見えてるわぁ」


 言葉と共に、起動したダイアモンドのメインカメラが、目の前の存在を見つめた。

 コックピットに映されたのは、開けた地にある研究所の隣に降り立った、一機のジョーカーマシン。

 鋭角的なデザインは、今までのジョーカーマシンには無い“凶暴性”を現す。

 真っ黒に塗り固められた中に、不気味な緑の光が走る。

 項垂れたような、しかし、小さくない体躯が背負うのは、躯体の半分ほどの大きさを誇る蛮刀(ばんとう)だ。


 「貴方達は、予定通りに避難しなさい。例の場所で、落ち合いましょう」

 『社長……御無事で』

 「そっちこそ、ね?」


 ナドレとの通信が途切れたことを確認して、アイリはダイアモンドの歩みを進めた。

 目の前にいるジョーカーマシンは、十中八九、研究所を防衛するためのものだ。

 ならば、“目の前の敵(アンノウン)”と戦い、打ち破り、研究所に混乱を齎すのがアイリの役目。


 だが。

 敵であるアンノウンが目を向けた先は、研究所。

 アイリが疑問の声を上げるよりも先に、爆発音が響いた。


 「―――え?」


 アンノウンはその手にした蛮刀を振り下ろし、地上研究施設を破壊し始めた。

 アイリの頭を混乱が襲う。

 だが、その中に確かに去来した言葉がある。


 ―――人の矜持(プライド)を護れない傭兵に、価値はあるのか?


 「……やる事は、一つよね」


 その言葉への答えは、行動で返そう。

 今、研究所に居るであろうファウストへの“信頼”という形で。


 「―――行くわよ、ダイアモンドっ!!」






      *       *       *






 突然、研究施設の全てが揺れたような、強烈な衝撃が襲う。

 バランスを崩しかけながらも、ファウストはその場に留まる。


 「い、一体何が―――」


 響いた爆音に、所長の声が掻き消された。

 無様に転げた姿を笑うことは出来ない。

 今、ファウストも動くことがままならないような衝撃が、断続的に起きているからだ。


 「所長、テメェ、謀ったな?」

 「め、めめめめ滅相も―――」


 二度目の爆音に耐えきれず、所長はまるで虫のように地を這って逃げた。

 それはこの場における長の取るべき行動とは呼べないだろうが、生存本能に従った行動とすれば適切だった。

 二人の話している隙に、ファウストの遥か頭上からは瓦礫が降り注いでいたのだから。


 「ちィッ……!!」


 跳ねるようにして飛びのき、瓦礫を回避する。

 まだ、ファウストの拳ほどの大きさしかない瓦礫だが、高空から降ればそれだけで凶器となる。

 しかし見上げれば、一際大きな瓦礫がぐらぐらと揺れていた。

 そして、その落下地点を見て、ファウストは乾いた笑いを漏らすしかできなかった。


 「おいおい、マジかよ」


 破壊音を伴った爆音とともに、ファウストの潜った大きな扉は巨大な瓦礫によって塞がれた。

 退路を無くしたファウストは、走り出す。

 いつまでもここには居られないのだ。

 ならば、早急に脱出を図らなければならない。

 地上で何らかのトラブルが起きているのは、間違いないのだから。


 「通信が利かねェ!絶対機密の開発室ッて訳か!畜生ッ!」


 手近なジョーカーマシンへ息せき駆けながらも、通信機を片手に毒づく。

 情報の漏えいを防ぐため、通信を一切通さないようになっているらしい。

 よく考えてみれば、地下研究施設がそう簡単に崩落を起こすはずがないのだ。

 急造の地下施設だったのだろう。

 そして、誰にも悟られぬように作り上げたNOAH二号機。

 やはり、きな臭いものを感じる。


 「連絡がつかないって事ァ、戦力奪取は全部俺の仕事かよッ!」


 本来ならば、連絡を上げた時点でアイリが研究所を襲撃。

 その混乱に紛れてフォードPMCの傭兵達がジョーカーマシンを奪う、といった手筈だった。

 しかし、連絡がつかないため作戦の実行は不可能。

 今戦力を確保できるのは、ただ一人潜入したファウストのみ。


 「……やッってやろうじゃねェか!」


 ファウストが、大声で叫ぶ。

 幸いにも、研究員は誰一人として存在していなかった。

 本当はファウストを陥れるつもりだったのかもしれない。

 だが彼にとって、そんな事はもう、どうでもいいのだ。


 今は、脱出する。

 そして、己の使命を果たす。

 それだけを胸に、ファウストは手近なジョーカーマシンへと乗り込んだ。

 手早く起動させ、ジョーカーマシンを操る。

 目指すは、NOAH二号機のハッチ。


 「やッぱ、開いてねェよなァ……」


 ジョーカーマシンを収容するためのハッチは、開いてはいなかった。

 だが、それは想定の範囲内。

 だからこそ、ファウストは何よりも先にジョーカーマシンを手に入れたのだ。


 「……ぉお」


 小さく唸り、ジョーカーマシンの手を、ハッチの開口部にねじ込んだ。

 作業用の先の尖った腕に交換されていたのが幸いし、容易に隙間にねじ込めた。

 ここからは―――気合の、勝負だ。


 「開けェエエエエエエッ!!」


 崩落の始まった地下空間で、一人の男の孤独な戦いが始まった。







次回は戦闘パート。

実時間にすると大分久しぶりですので、憂いないものには多分なりません。

それでもどうぞ、次回もよろしくお願いします。

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