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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
二章 Arcana Concentration
33/41

第二十九話 フォードの残党






 アイリ・フォードが目覚めたとき、最初に感じた感覚は“眩しい”ということ。

 長い暗闇から開放された瞳は、その眩さに耐え切れずに瞼を落とさせた。

 それでも数秒で慣れ始めた目は、灰色の天井を映し出した。

 見知らぬ、光景だ。


 身体を起こそうとした瞬間走った違和感に、思わず眉をひそめる。

 上手く動かない身体はまるで別人の物のようだ。

 ひとまず身体を起こす事を諦め、別の行動を取る事にした。

 まずは、自分の現状を知るための独り言。


 「……ここは、何処なの?」


 その言葉に答える声は無いが、横たわる体の脚の方からは確かな音があった。

 脚に頭を預けて眠る、あどけない少女の姿。

 尤も、その耳にあるネコミミカチューシャが、その姿を一般的な少女からかけ離れさせているが。

 それはアイリが知る人物、フーと相違なかった。

 しかし、その顔には心なしか疲れの色が浮かんでいる。

 恐らくではあるが、自分の事を看病していたのだろう。

 感謝の想いを篭めて、アイリはそっとその頭に手を置き、撫でてやった。


 「……んぅ?」

 「あらぁ、ゴメンなさい。起こしちゃったかしらぁ?」


 目を覚まして、寝惚けたように目を擦るフーに、冗談っぽくアイリは笑った。

 その姿を見て、フーは一瞬呼吸を忘れる。

 そして次の瞬間、叫ぶのだ。


 「“魔獣”が目を覚ましたっ!!」


 フーの両目は驚愕に開かれ、しかし口元は笑みの形だ。

 それはまるで“珍獣を見た無垢な少女”のような。


 「その名前で呼ばないでよ……怒るわよぉ?」

 「“魔獣”が怒るっ!?」


 フーは二度目の声を上げたが、それは一度目のソレとはニュアンスが違った。

 一度目の純粋な驚きとはうって変わって、二度目の声は若干の喜びと、悪戯心が含まれていた。

 それを知ってか知らずか、困ったような笑顔でアイリは乾いた笑いを漏らした。


 「それじゃ、ちょっと他の人呼んで来てくれるぅ?ちょっと状況が分からないのよ」

 「分かったよ!眼鏡のニーチャンでいいかな?」


 言葉を尻窄みにしながら、疾風のような速度でフーが退室していく。

 それを溜息交じりで見送りながら、アイリは部屋を見渡した。

 白で清潔感の保たれた部屋に見えるが、所々が老朽化して、コンクリートの罅割れがちらりと覗く。

 恐らく、建てられてかなりの年月が立ったか、それとも、人の手が届かない場所なのか―――


 思考を中断するように聞えて来た足音に、アイリは一つだけある扉を注視した。

 どたどたと落ち着きの無い足音は、アイリには聞き覚えのあるものであり、思わず口の端を上げた。


 「―――社長!大丈夫かっ!?」

 「そっちこそね、バドル」


 扉を開けていの一番に叫んだ褐色肌の大男。

 フォードPMCに所属する傭兵であり、アイリの“左腕”と称される男、バドルである。

 その落ち着きの無さは、戦前から変わらないようであった。


 「どうやら、無事のようですね……良かったです」

 「ナドレ、アンタもねぇ」


 バドルに遅れて数秒、落ち着いた様子で部屋へと入る眼鏡の男。

 “右腕”と呼ばれる、フォードPMCの誇る有能な傭兵の一人、ナドレ。

 眼鏡の奥の瞳は冷静ながらも、どこか安心に似た感慨の色を宿していた。


 「全く、社長は寝起きなのですから、もう少し声量を落としては如何ですか?品性の無い……」

 「オイ、テメェだけスカしてんじゃねぇぞ?全速力で走った俺に追いついてるんじゃ、テメェもがっついてるって事だろうが」

 「ぐっ……バドルにしては正論を……!」


 アイリの前でも構わずに喧嘩を始める二人の姿はいつも通りで、アイリに安心を与えた。

 だが、同時に思い出させたこともある。

 日常を懐かしむための要素、少し前までの“非日常”。


 「……あの戦いは、どうなったの?」


 アイリは、アルバートマウンテンの結末を知らない。

 アルバートマウンテンでの戦い以来、目を覚ましていなかったのだから。


 「あの戦い、と言うと、アルバートマウンテンの一件ですよね?」

 「私には、途中までしか記憶に無い……勿論、こんな場所も、知らないわよ」


 アイリには、空を見上げて、膨大な光が落ちてきた記憶しかない。

 それが何なのかも、まだ理解してはいない。

 そして、今、この場所に居る意味や、アイリの周りを取り巻く状況すらも。


 質問に、二人は即答できなかった。

 互いに顔を見合わせて、気まずそうに俯いた。

 その反応が示す事は、きっと、悪い報せがあるのだろう。

 アイリが覚悟して続きを促そうとした瞬間、扉が再び開かれた。


 「俺が説明してやる」

 「ファウスト」


 そこに立っていたのは、金髪を靡かせ、不敵な笑みを浮かべる男。

 かつてデイブレイクに所属していたはずの男が、アイリへと歩み寄った。

 ナドレとバドルはその姿を睨みつけるように追ったが、アイリは警戒心を持つ事は無かった。


 共に戦った仲だからこそ分かる。

 この男は、決して“悪い”男ではないと。


 敵愾心の篭った視線の中、彼は悠々と歩く。

 ファウストは近くにあった手ごろな椅子に腰掛け、語り始めた。


 「全ては、デイブレイクの戦艦、“NOAH(ノア)”から……そして、“ジャッジメント”から始まッたんだ―――」






      *       *       *






 傭兵達が駆ったジョーカーマシンは、戦場に骸を晒していた。

 彼らが最後に乗り込んだのは、ジョーカーマシンではなく、ただの資材搬入用のトラックである。

 荒れ果てた荒野は進む度に乗り込んだ傭兵達に多大な付加を与えた。

 怪我をしている傭兵がその度に唸り声を上げ、仲間の精神をすり減らしていく。


 ジャミングが全てを覆い隠し、本陣のジョーカーマシンが破壊された後、彼らはこのような行動に出た。

 それは戦場に出る事―――負傷者の救出である。

 ウエマツに言われた“逃げる”という行動ではないが、それに後悔は無い。

 幸いにもそのトラックはジョーカーマシンを輸送する際に使っていた物であるから、人を乗せる分には何も支障は無かった。


 とはいえ、戦場にはまだ敵のジョーカーマシンが居るかも知れない中の行動だ。

 愚行と叫ばれるかもしれない。

 だが、それでも、フォードPMCの傭兵達には、我慢できない理由があった。

 他ならぬ、彼らの“父”アイリ・フォードのためである。


 「全く……悪運だけは一人前ですね……」

 「けっ、言ってろ!」


 ダイアモンドを探す中で、ナドレとバドルの二人も救出されていた。

 互いの機体はかなり損傷していたものの、コックピットブロックは破壊されていなかった。

 辺りに散らばる他のジョーカーマシンについても同様であり、傭兵達は一人として欠ける事は無かった。


 「あとは、社長だけだな」

 「あの社長が、そう簡単に負ける筈が無いでしょうけどね……」


 一つの例外もなく、彼らは社長を信じていた。

 それはアイリに惹かれ、慕い、生まれたフォードPMCの社員として当然のものであったのだろう。


 只管に荒野を走らせていると、やがて少しばかりの緑が見えて来た。

 いつの間にか荒野を走り抜けて、反対の森の入り口まで来てしまっていたようだった。

 運転手が慌ててUターンしようとする。

 が、その目の前に現れた存在を見て、行動を止めた。

 その相手に、背中を見せられないのだ。

 それは紛れも無く、ジョーカーマシンだったのだから。


 『よォ、傭兵ども。まだ生きてたのかァ?』


 苛立たしさを加速させるような声音で、ジョーカーマシンが通信を試みてきた。

 それと同時に、トラックの搬入用荷台に乗っていた傭兵達全員がジョーカーマシンを見た。

 そして気付く。

 その足元にある、もう一機の、壊れかけたジョーカーマシンの存在に。


 「あれは……社長!!」

 「テメェ……ぶっ殺すッ!!」


 壊れかけた装甲には、全員が見覚えがあった。

 ある者は殺意をぶつけ、ある者は涙した。

 ダイアモンド“だった”残骸を、見知らぬジョーカーマシンが引き摺っていた。


 『勘違いすンなよ?これは俺がやッたワケじゃねェ』

 「んな事、信じられるか!?」


 通信機に向かって、バドルが割り込むように怒鳴る。

 ナドレは冷静になるように努めているが、握り拳は怒りに震えていた。

 だが、それでも、通信の相手―――ファウストは、飄々と告げた。


 『テメェら、今直ぐコイツ抱えて逃げやがれ。そのトラックならジョーカーマシンの一機や二機、余裕だろ?』


 言うや否や、バベルは手にしたダイアモンドをトラックの荷台へと置いた。

 傭兵達は慌てて全員降り、荷台にはダイアモンドが居座る事となる。


 「……何がしたいのですか?」


 冷静さを失わないように、バドルを押しのけてナドレが問うた。

 しかしバベルは、その言葉に答えはせず、別の言葉を放つ。


 『いいか?この戦はボロ負け、テメェらは尻尾巻いて逃げるしかねェ』

 「言わせておけばいい気になりやがって!!」


 バドルが無謀にもバベルへと殴りかかろうとするが、慌てて傭兵達が止める。

 その姿を見ても、ファウストは笑う事すらしなかった。


 『だから、逃げろ。その内軍が大々的に介入して来るぞ。そうなッたらテメェらはただの“テロリスト”扱いだろーな』

 「何故、そんな事が言えるのです?」

 『知ッてるからだよ。全ての、シナリオってヤツをさァ』


 少しだけ気取った言い方に、ナドレがぴくりと眉を寄せた。

 同時に、その不信感も際立って高くなっていく。


 『俺が指定するポイントへと逃げろ。そこには“デイブレイク”の手は及ばねェ』


 しかし、敵愾心は少しだけ、薄れていた。

 ナドレは一度だけ嘆息する。

 こんな、わけの分からない情報に縋るしかない自分への、失望の表れだ。


 「いいでしょう。我々には最早どうする事も出来ない」

 「ナドレ、テメェ、トチ狂ったか!?」


 バドルが声を荒げた。

 しかし、ナドレは何も言葉を返そうはせず、ただ無言で、相手の続きを待った。


 『いいか、ポイントは―――』


 数字で羅列されたその地点は、一般人では理解できない解読法を用いて表される。

 しかし、それをナドレは難なく読み取った。

 そのことから、彼の顔に驚きが生まれる。


 「待ってください、この地点は―――」

 『急げよ。俺の予想が正しければ、ここにはもう直ぐ“審判(ジャッジメント)”が下される』


 そんな意味深な言葉だけを残して、バベルは去った。

 後に残されたのは、ダイアモンドのコックピットを開こうと躍起になるバドルと、呆然とするナドレ。

 ナドレがメモのために取った紙には、現実味の無い、潜伏先の場所が書かれていた―――







      *       *       *






 それらの話を聞き終え、アイリは小さく震えた。

 武者震いなどではなく、純然たる恐怖から来るそれである。

 一夜にして全ての価値観が崩れ、今までの生き方を否定されるような経験は滅多に出来ないだろう。

 事実、アイリ・フォード率いるフォードPMCは、国際テロリスト集団として世間に認識されてしまっているのだから。


 だがその中でも、アイリの中の冷静な部分が話の続きを促す。

 ファウストに視線をやると、一度だけ頷いて、話を続けた。


 「ここは山間にある、湖上の小島……にカモフラージュした機密研究施設だ」


 ファウストは淡々と言葉を紡ぐ。

 しかし、アイリにはその言葉に素直に納得する事が出来ない。

 公共の研究機関なら、何故、公にされていないのか。

 浮かび上がる一つの予測に、アイリは静かに両手を握った。


 「どんな研究施設かは、大体検討がついてるよなァ?」

 「……魔力、ね」

 「そして、それを自由に研究できる組織の研究施設だ。要するに――ーデイブレイクの研究所ッて事だ」


 ファウストはアイリの予想を肯定した。

 何故、という疑問よりも先に、恐怖が訪れる。

 ここは敵の腹の中。

 いつ殺されても、おかしくは無いのだから。


 顔を強張らせるアイリとは対照的に、ファウストは眉一つ動かさなかった。

 ファウストの続きを、ナドレが補足する。


 「正確には、“元・研究所”です。いまとなってはただの廃墟……世間の目を誤魔化すには、絶好の場所です」

 「最初この場所を聞いた時は、絶対罠だと思ったぜ……ボロっちいんだもんよ」


 そう言ってバドルは辺りを見回した。

 なるほど、確かに廃墟と化した研究所ならば、この不自然なまでの荒れ様は頷ける。


 「……さて、現状は大体分かッたかァ?」

 「要するに、私達はデイブレイクにハメられて、国際テロリストを肩代わりってワケね……やんなっちゃうわぁ」


 大げさにアイリが溜息を吐いた。

 実際のところ、その溜息にはオーバーなリアクションと同等の憂鬱が篭められていたのだろう。

 アイリの本当に疲れた顔を見て、ナドレが静かに告げた。


 「社長……これから、どう致しますか?」


 その質問には、様々な意味が込められている。

 今の彼らの状況は特殊で、何も出来るような状態では無いのだ。

 それでも彼が尋ねたのは、アイリが“この程度で”止まる人間ではない事を知っていたから。

 だから、この質問は形式上のものに過ぎない。


 「愚問ね。情報を集めて、デイブレイク、及び他の面子との接触を図るわよ」


 アイリは即答に近い速度で答えた。

 一瞬で今やれること、そして、やるべき事を考え、告げることが出来たのは流石と言えよう。

 その言葉に神妙に深く頷くと、一転、ファウストは口の端を上げた。


 「オーケィ、テメェの答えは分かった。俺も協力してやろうじゃねェの」

 「……助かるわ」


 ファウストは、その右手をアイリに差し出した。

 それに応えて、ベッドの中から右手だけを出して、がっしりと握手を交わす。

 その姿は以前のファウストとはうって変わったようで、リヒトが見たならばニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるような光景だ。


 「だがよ、これから一体何処へ行って、喧嘩吹っ掛けるってんだ?ジョーカーマシンは殆どが動かないぜ?」


 二人の姿を見てある程度の警戒が解けたのか、バドルが気軽に尋ねた。

 ファウストはにやり、と笑う。


 「何をするにも戦力が足りねェ。なら、奪えばいいンだよ」

 「奪う……とは?」

 「言葉通り、デイブレイクのジョーカーマシンをかッぱらッて来るンだ」


 その作戦を、嘗てのアイリなら無謀の一言で却下しただろう。

 だが、ファウストの口元には笑みが浮かんでいる。

 その自身の元が何なのか、アイリには分からなかった。

 だからこそ、続きを促す。

 無謀な策の裏づけは、一体何だと言うのか。


 「俺はこれでも元・幹部クラスの男だ。基地への侵入ぐらいどうッて事ァねェ。俺が手引きして、テメェらが奪う」


 言い放ち、呆気に取られる面々を見て満足気に鼻を鳴らした。

 アイリとしては、これほど不確定な作戦に頼りたくは無い。

 だが、今、戦力を確保するために一番近く、可能性のある作戦であった。


 「後は、お前等次第さ」


 ファウストはここに居る全員の顔を見回して、言った。

 ナドレはどこか困惑した顔を浮かべている。

 バドルは戦いの予感に瞳を煌かせていた。

 アイリは無表情にファウストを見つめ返している。


 やがて、誰から上がった声かは分からないが、声が響いた。

 その声は綺麗に一つに揃っていた―――







展開が急なのは仕様です。

ちょっと予定が狂ったお陰ですね。

もうちょっとゆとりを持って書きたいものです。


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