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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
32/41

幕間 表と裏





 一人の男が、病室から窓の外を眺めていた。

 呆けたように動かないが、その瞳は鋭く細められている。

 その先にあるのは、最近ニュースで話題になった“国際テロ”の現場。

 抉り取られた山の付近は、今も、厳戒態勢を敷くジョーカーマシンが仁王立ちしているのであろう―――


 「やあ、ベルランド」


 入院服でベッドに横たわったベルランドに向けて、一人の男が挨拶をかけた。

 その柔和な笑みは、彼のその鉄のような視線を受けても崩れない。


 「……ウエマツか」

 「元気かい?……って、そんな様子じゃ、聞くまでもないか」


 自嘲気味に呟いたウエマツは、手近な椅子に腰かける。

 彼自身もまた、暫くの間、入院し検査を強制される毎日だったのだ。

 ふくよかな体躯は少しばかり痩せたが、それでもまだ、いつも通りの目に余る脂肪だった。


 「フーはどうした?」

 「病院に連れてくるのは、流石に喧し過ぎるからね……ははは」


 冗談を交えて、乾いた笑い声をあげるウエマツ。

 それがやせ我慢であることは、容易に察することが出来た。

 何故なら、フーは既に彼の下に居ないのだから。

 それを知っているベルランドは、それ以上、追求しないことにした。


 「……現場は、どうなっていた?」


 先に退院したウエマツにベルランドが頼んだのは、調査。

 動けない自分に代わり、テロ事件の現場という名目で封鎖されたアルバートマウンテンの現状を探れ、と。

 しかし、ウエマツの口から返って来たのは、意外な返答。


 「うーん……実は僕、現場に一回しか行ってないんだよね」

 「は?」


 ベルランドは素っ頓狂な声を上げた。

 いつになく珍しいその光景に、ウエマツが小さく笑う。


 「だから、代理で調査を頼んだ人がいるんだよ。というか、やろうとしたら既に調査されてた、って感じだけどね」


 それでは、貴様に調査を頼んだ意味が無い―――と、言おうとして、一つの足音に気が付く。

 病院のリノリウムを擦るような、上擦った足音。

 そして、開け放たれた廊下と病室との扉の前に現れたのは、女性。


 「ベルランドさん、大丈夫ですか……?」

 「……何故、だ」


 リラ・アーノートである。

 ベルランドの驚愕は珍しく、それ故に、リラは少しだけ哀しそうな顔を見せた。


 「私だって、関係者です」

 「君に“デイブレイク”の件は無関係とは言わないが……」


 だが、と続けようとするベルランドを遮り、リラは言う。


 「危険である事も、出来る事が少ない事も、足手纏いな事も分かってます。だけど……!」


 リラが、真っ直ぐにベルランドを見た。

 その視線は力強く、いつか見た、己の上官―――ミツキに重なる。

 そう、誰になんと言われようとも己の意思を曲げない瞳の輝きだ。


 視線を逃がすようにウエマツを見ると、彼は底意地悪く笑っていた。

 ベルランドは一度だけ深い溜息を吐くと、諦めたようにリラへと向き直る。


 「もういい、分かった。報告を頼む」

 「……はいっ!」


 分かりやすく笑顔を浮かべ、嬉しそうにリラが言葉を紡いだ。

 報告の内容はとてもではないが、その笑顔とは程遠いのだが。


 「まず、アルバートマウンテンでの一件は、世間的に“テロリストの武装蜂起”という扱いになっています」

 「テレビでも、そう報じていたな」


 アルバートマウンテンで発生した戦闘行動は全て、武装テロリストの仕業とされていた。

 “偶然にも”居合わせた軍隊が交戦し、それを止めようとするも失敗。

 テロリスト達は大量破壊兵器を持ち、独自に開発した“船”で国外へと逃亡した―――というものである。


 「問題は、その“テロリスト”だ」

 「はい、何せ……」


 リラが目を伏せると、ウエマツが憎憎しげに目線を横へと移した。

 テレビに映っているのは、テロリストと目される“フォードPMC”の面々の写真。

 あたかも、全ての元凶であるかのように。


 「アイリを始めとして、フォードの傭兵達は全員行方不明。状況としては出来すぎている」

 「誰かが、裏で糸を引いていると?」


 リラの言葉に、ベルランドが重々しく頷いた。

 ウエマツが更に言葉を紡ぎ、捕捉する。


 「加えて、今回の現場に“偶然”遭遇し、誰よりも戦功を上げた“ベルランド・ヴィスビュー”の昇格。こりゃあ、作為を感じないほうがおかしいね」

 「基地も隊も取り上げられた。地方勤務から、本部へと異動となっては、対テロリストの現場にすら立てんな」


 昇格に伴って、ベルランドは地位に縛られる事となる。

 自由な行動を封じるためのストーリーに、彼らは明らかな作為を感じていた。


 「昇格……って、そんな事が出来る人が、“敵”って事……?」


 リラの呟きは、恐れを孕んでいた。

 それは真実であるからこそ、ベルランドは何も言わずに目を伏せたのだ。


 それはつまり、ベルランド達にとっての敵の強大さを示している。

 軍部の実権を握り、世間への情報操作を可能とする人物。

 それこそが、ベルランドを昇格させ、デイブレイクに与する敵の正体だ。


 「……これを機に、デイブレイクを追うのを止める、っていう線もあると思うよ」

 「それは、無い」


 ウエマツの提案。

 しかし、これにベルランドはしっかりと否定の意思を示した。


 「俺はもう、立ち止まらん。……立ち止まれない、約束があるからな」


 言うと、ベルランドは窓の外の風景へと目を向けた。

 そこには光差す中庭で憩う患者と、雪解けに光る緑の葉があった。

 まるで、世界に日が差したように、明るい風景。


 しかし、その裏では“夜明け”には程遠い“黄昏”があった。

 それを知る者として、ベルランドは改めて決意を固める。

 終戦後に彼が初めて、自らの“戦う理由”を打ち建てた瞬間だった。


 「お前らは、どうする?」

 「どうするって……ねぇ?」


 ベルランドの問いかけに、ウエマツは笑いながら隣を見やる。

 その視線の先に居たリラは、力強く頷いた。


 「ここまで来て、今更一人で帰れっていうのは無しですよ。もう、覚悟は決めましたから」


 その言葉に偽りが無いことを、ベルランドは瞳を見て理解した。

 真っ直ぐなその視線に、とある男を重ねる。

 お調子者でひねくれているように見えるが、どこまでも直情で、命を懸けるに値する男の事を。


 「僕は聞くまでもないでしょ?」

 「フーを捜すのか」

 「今のところ、可能性としてはフォードPMCが保護している可能性が高いからね。君の計画に一枚噛まさせて貰うよ」


 ウエマツのその言葉に、ベルランドは深く、一度だけ頷いた。

 しかし、言うが易し、その“計画”は果てしなく険しい道だ。

 部下という手足をもがれ、監視者の目を掻い潜っての、決死の行動だ。

 発覚すれば、今度こそ命は無い。


 ―――だが、ベルランドは止まらない。

 あの男ならば、止まらないのだろう。

 口の端を上げて、困難に立ち向かうあの男ならば。

 ならば、ベルランドは止まれない。

 それこそが、“英雄”に報いるための覚悟なのだから。


 「飲み物でも買って来るよ」

 「わ、私も行きます!」


 ウエマツが席を立ち、ポケットから硬貨を取り出す。

 それを手で弄びながら退室していく後ろ姿に、ベルランドは自嘲気味に笑った。


 ―――表と裏。


 軍部の中でも“裏”である機動兵器部隊に所属していたベルランドは、一躍、“表”の世界の英雄へ。

 戦争で最も活躍し、“表”社会での地位を持っていたフォードPMCは、一転、“裏”へと葬られ。


 そして。


 “三英雄”の最後の一人。

 リヒト・シュッテンバーグは、“表”からも、“裏”からも姿を消した。


 未だに、消息は分かっていない。

 ただ一つだけ言えることは。


 「奴は―――“英雄(リヒト)”は、まだ、死んでいない」









大分短いですが、次からはいつも通りに戻ります。

戦闘まではもうちょっとだけかかるので、お待ちの方はお待ちください。


なお、この先は勢力が散り散りなので、場面などがわかりづらいかも知れません。

そこらへんは気軽に質問してください。

申し訳ない気持ちで解説します。

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