幕間 表と裏
一人の男が、病室から窓の外を眺めていた。
呆けたように動かないが、その瞳は鋭く細められている。
その先にあるのは、最近ニュースで話題になった“国際テロ”の現場。
抉り取られた山の付近は、今も、厳戒態勢を敷くジョーカーマシンが仁王立ちしているのであろう―――
「やあ、ベルランド」
入院服でベッドに横たわったベルランドに向けて、一人の男が挨拶をかけた。
その柔和な笑みは、彼のその鉄のような視線を受けても崩れない。
「……ウエマツか」
「元気かい?……って、そんな様子じゃ、聞くまでもないか」
自嘲気味に呟いたウエマツは、手近な椅子に腰かける。
彼自身もまた、暫くの間、入院し検査を強制される毎日だったのだ。
ふくよかな体躯は少しばかり痩せたが、それでもまだ、いつも通りの目に余る脂肪だった。
「フーはどうした?」
「病院に連れてくるのは、流石に喧し過ぎるからね……ははは」
冗談を交えて、乾いた笑い声をあげるウエマツ。
それがやせ我慢であることは、容易に察することが出来た。
何故なら、フーは既に彼の下に居ないのだから。
それを知っているベルランドは、それ以上、追求しないことにした。
「……現場は、どうなっていた?」
先に退院したウエマツにベルランドが頼んだのは、調査。
動けない自分に代わり、テロ事件の現場という名目で封鎖されたアルバートマウンテンの現状を探れ、と。
しかし、ウエマツの口から返って来たのは、意外な返答。
「うーん……実は僕、現場に一回しか行ってないんだよね」
「は?」
ベルランドは素っ頓狂な声を上げた。
いつになく珍しいその光景に、ウエマツが小さく笑う。
「だから、代理で調査を頼んだ人がいるんだよ。というか、やろうとしたら既に調査されてた、って感じだけどね」
それでは、貴様に調査を頼んだ意味が無い―――と、言おうとして、一つの足音に気が付く。
病院のリノリウムを擦るような、上擦った足音。
そして、開け放たれた廊下と病室との扉の前に現れたのは、女性。
「ベルランドさん、大丈夫ですか……?」
「……何故、だ」
リラ・アーノートである。
ベルランドの驚愕は珍しく、それ故に、リラは少しだけ哀しそうな顔を見せた。
「私だって、関係者です」
「君に“デイブレイク”の件は無関係とは言わないが……」
だが、と続けようとするベルランドを遮り、リラは言う。
「危険である事も、出来る事が少ない事も、足手纏いな事も分かってます。だけど……!」
リラが、真っ直ぐにベルランドを見た。
その視線は力強く、いつか見た、己の上官―――ミツキに重なる。
そう、誰になんと言われようとも己の意思を曲げない瞳の輝きだ。
視線を逃がすようにウエマツを見ると、彼は底意地悪く笑っていた。
ベルランドは一度だけ深い溜息を吐くと、諦めたようにリラへと向き直る。
「もういい、分かった。報告を頼む」
「……はいっ!」
分かりやすく笑顔を浮かべ、嬉しそうにリラが言葉を紡いだ。
報告の内容はとてもではないが、その笑顔とは程遠いのだが。
「まず、アルバートマウンテンでの一件は、世間的に“テロリストの武装蜂起”という扱いになっています」
「テレビでも、そう報じていたな」
アルバートマウンテンで発生した戦闘行動は全て、武装テロリストの仕業とされていた。
“偶然にも”居合わせた軍隊が交戦し、それを止めようとするも失敗。
テロリスト達は大量破壊兵器を持ち、独自に開発した“船”で国外へと逃亡した―――というものである。
「問題は、その“テロリスト”だ」
「はい、何せ……」
リラが目を伏せると、ウエマツが憎憎しげに目線を横へと移した。
テレビに映っているのは、テロリストと目される“フォードPMC”の面々の写真。
あたかも、全ての元凶であるかのように。
「アイリを始めとして、フォードの傭兵達は全員行方不明。状況としては出来すぎている」
「誰かが、裏で糸を引いていると?」
リラの言葉に、ベルランドが重々しく頷いた。
ウエマツが更に言葉を紡ぎ、捕捉する。
「加えて、今回の現場に“偶然”遭遇し、誰よりも戦功を上げた“ベルランド・ヴィスビュー”の昇格。こりゃあ、作為を感じないほうがおかしいね」
「基地も隊も取り上げられた。地方勤務から、本部へと異動となっては、対テロリストの現場にすら立てんな」
昇格に伴って、ベルランドは地位に縛られる事となる。
自由な行動を封じるためのストーリーに、彼らは明らかな作為を感じていた。
「昇格……って、そんな事が出来る人が、“敵”って事……?」
リラの呟きは、恐れを孕んでいた。
それは真実であるからこそ、ベルランドは何も言わずに目を伏せたのだ。
それはつまり、ベルランド達にとっての敵の強大さを示している。
軍部の実権を握り、世間への情報操作を可能とする人物。
それこそが、ベルランドを昇格させ、デイブレイクに与する敵の正体だ。
「……これを機に、デイブレイクを追うのを止める、っていう線もあると思うよ」
「それは、無い」
ウエマツの提案。
しかし、これにベルランドはしっかりと否定の意思を示した。
「俺はもう、立ち止まらん。……立ち止まれない、約束があるからな」
言うと、ベルランドは窓の外の風景へと目を向けた。
そこには光差す中庭で憩う患者と、雪解けに光る緑の葉があった。
まるで、世界に日が差したように、明るい風景。
しかし、その裏では“夜明け”には程遠い“黄昏”があった。
それを知る者として、ベルランドは改めて決意を固める。
終戦後に彼が初めて、自らの“戦う理由”を打ち建てた瞬間だった。
「お前らは、どうする?」
「どうするって……ねぇ?」
ベルランドの問いかけに、ウエマツは笑いながら隣を見やる。
その視線の先に居たリラは、力強く頷いた。
「ここまで来て、今更一人で帰れっていうのは無しですよ。もう、覚悟は決めましたから」
その言葉に偽りが無いことを、ベルランドは瞳を見て理解した。
真っ直ぐなその視線に、とある男を重ねる。
お調子者でひねくれているように見えるが、どこまでも直情で、命を懸けるに値する男の事を。
「僕は聞くまでもないでしょ?」
「フーを捜すのか」
「今のところ、可能性としてはフォードPMCが保護している可能性が高いからね。君の計画に一枚噛まさせて貰うよ」
ウエマツのその言葉に、ベルランドは深く、一度だけ頷いた。
しかし、言うが易し、その“計画”は果てしなく険しい道だ。
部下という手足をもがれ、監視者の目を掻い潜っての、決死の行動だ。
発覚すれば、今度こそ命は無い。
―――だが、ベルランドは止まらない。
あの男ならば、止まらないのだろう。
口の端を上げて、困難に立ち向かうあの男ならば。
ならば、ベルランドは止まれない。
それこそが、“英雄”に報いるための覚悟なのだから。
「飲み物でも買って来るよ」
「わ、私も行きます!」
ウエマツが席を立ち、ポケットから硬貨を取り出す。
それを手で弄びながら退室していく後ろ姿に、ベルランドは自嘲気味に笑った。
―――表と裏。
軍部の中でも“裏”である機動兵器部隊に所属していたベルランドは、一躍、“表”の世界の英雄へ。
戦争で最も活躍し、“表”社会での地位を持っていたフォードPMCは、一転、“裏”へと葬られ。
そして。
“三英雄”の最後の一人。
リヒト・シュッテンバーグは、“表”からも、“裏”からも姿を消した。
未だに、消息は分かっていない。
ただ一つだけ言えることは。
「奴は―――“英雄”は、まだ、死んでいない」
大分短いですが、次からはいつも通りに戻ります。
戦闘まではもうちょっとだけかかるので、お待ちの方はお待ちください。
なお、この先は勢力が散り散りなので、場面などがわかりづらいかも知れません。
そこらへんは気軽に質問してください。
申し訳ない気持ちで解説します。




