第一章 エピローグ
「―――ねぇ、博士。これは本当に目的地へと向かっているんだよね?」
比較的高い声の主は、少年。
柔和な顔立ちはあどけなく、しかし年齢不相応の冷静さを持っていた。
白く染め上げられた短い髪を揺らして、鶯色の瞳に不安な面持ちを揺らす。
「当たり前でしょう。僕のセンサーに従えば迷う事など有り得ませんから」
対して、表情を一つも変えずに言い放たれる声は少女。
未だ中等教育を終えてないのではないかといった背丈は、白衣に“着られている”という印象を与える。
無造作な金色の髪は元気に跳ねている様は、気だるげな紅い瞳とは対照的だった。
「でも、こんな山の奥だよ?普通、こんなトコロにあるの?」
少年の言葉は尤もだった。
周りに広がっているのは、荒れ果てた荒野と、大小様々な大きさの岩の見本市。
彼らが探しているのは“世界を揺るがすほどの技術”であり、このような荒涼としたところに存在するべきものではないのだから。
「僕のセンサーを疑うのですか。それなら、君に見つけてもらいましょうか」
「そんなこと、出来るわけないでしょ……分かった、分かったよ」
じとりとした視線を投げかける少女に、少年は溜息混じりに言った。
「博士の事を信じるからさ、そんな目で見ないでよ。“それ”まで、どれくらいなの?」
少年の言葉に、博士、と呼ばれた少女が白衣の袖を捲った。
そこに付けられていたのは腕時計のようであるが、その針は一本のみ、一点を指したままだった。
「もうそろそろです……と、言っている傍から、見えてきましたね」
少女の言葉に、少年が驚いたような顔で辺りを見回した。
岩の密林が背丈の低い少年の視界を遮る。
しかし、一陣の風と共に吹き飛んできた砂塵に目を擦ると、その姿は遠くに浮かび上がった。
まるで蜃気楼のような存在。
今にも壊れてしまいそうな、儚い姿だった。
「へぇー……あれが、“超越者”」
「さあ、早く行きましょう」
近づくたびに、その姿がはっきりと浮かび上がる。
人の形をしながらも、人よりも遥かに大きな体躯を持っていた。
両手足を投げ出した格好からは、既にそれが活動を停止している事が分かる。
背にある大きな岩にクレーターを作り、その中心で項垂れるように座っていた。
その身体を覆うのは暗緑色の装甲。
瞳に光が燈る事は無く、その姿は砂塵に薄汚れていた。
「間近で見ると、やっぱり、大きいなぁ……」
感嘆に満ちた声を上げ立ち止まる少年とは対照的に、少女は素早くその巨躯へと歩み寄った。
的確にその背部へと身体を滑り込ませ、背中と腰部の間に存在するそれに手を翳した。
一目では何という事は無いただの窪み。
だが、それはその価値を知り、そして、それを正しく利用できる人間のみが利用できる存在だった。
『指紋を認証……コックピットロック解除。スタンバイモードにシフトします』
機械音声が告げ、少女の頭上で機械音が響いた。
それはどこか軋んだようにも聞え、少女は無表情ながらも心配げに眉尻を下げる。
が、それが杞憂である事が分かった瞬間、安堵の息を吐いた。
「良かった……まだ、生きているようですね」
呟く少女の背に、少年が追いついた。
見上げたその視線の先にあるのは、斜めに傾いだコックピット内部の風景。
そして、その中央で項垂れる一人の男の姿。
「まだ、貴方に死なれては困るのです。貴方もそうでしょう?」
言葉は男に届かない。
全身が動かないままだが、胸が静かに上下している事から、気絶しているだけなのだろう。
「“英雄”。“切り札”。“道化”。貴方は何を目指すのですか―――」
長めの黒髪に触れ、少女が口元をゆがめた。
それは、笑み。
しかし、“実験動物”に接するような、サディスティックな笑みだ。
「ねぇ、リヒト・シュッテンバーグ?」
めちゃくちゃ短いです。
導入とかそんな感じで、サクっと次へ行きましょう。
といっても、次も導入なんですよね。