表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
30/41

第二十八話 夜明け





 エクシード。

 それは“突破”の意。

 “能力”を“反則”する事すらも“突破”する―――それは、リヒトとグラインダーの出した新たなる答え。


 アルカナエンジンが、急速に動きを早める。

 一秒前よりも、零コンマ一秒前よりも、一瞬よりも、刹那よりも、早く。

 溢れる光が、リヒトに力を与える。

 グラインダーに、力を与える。


 それは人間に残された夢。

 世界の“秩序(ルール)”を越えた力を実現する為の“手段(ツール)”。

 魔力と呼ばれるその力を、想いが動かす。

 何よりも強いリヒトの想いが、奇跡を可能にする。


 「“時間の停止”。それが、俺の“限界突破”だ」


 世界は、灰色ですら無かった。

 時間という概念が活動を停止した空間は、全てが白と黒に支配されていた。

 その中で、一つだけ、色がある。


 鮮やかな暗緑色は、なだらかな装甲を彩る。

 鉄色のバイパスはしなやかに揺れ、握る灰色の拳は硬く。

 紅色の双眸が、色をなくした世界で鋭く光る。


 Arcana Machine 04 Grinder(グラインダー)

 暗緑色の巨人は、世界の時間を支配した。

 僅かにすら、動かない。

 完全な、彼だけの世界だ。


 「ようやく見つけたぜ。俺の“生き様”」


 後悔が、リヒトは嫌いだった。

 それは第三次世界大戦を生き延びた“英雄”であることと少なからず関係があった。

 が、それは結局、言い訳に過ぎないのかもしれない。


 得体の知れぬ生い立ちに、苦悩した日々もあった。

 戦いに“生”を求めた事もあれば、戦いを遠ざけたこともあった。

 捻くれた性格に、非情の仮面を携えて生きた。

 理想を捨てられず、それを人に見せる事は無かった。

 そして、その全てが、リヒト・シュッテンバーグという人格を作り上げたのだ。


 それに、後悔は無い。

 己の人格は結局後付で作られたものでしかなく、彼は彼自身の行動に後悔は持たないのだから。


 では、何故、立ち上がる。

 何故、グラインダーを動かすのか。


 彼を支えた、一つの後悔。

 白銀の湖で笑う、白髪の女性。

 それは眩い光であり、かつて掴めなかった淡い幻想でもある。


 ただ、ひたむきに。

 ただ、真っ直ぐに。

 己の全てを賭けて、彼女は護ろうとしたのだ。


 だから、リヒトはその姿を重ねた。

 “戦争”という道に逃げてしまう前の、青い自分と。


 眩しい理想だ。

 だがそれを掴もうとした努力は、誰も笑う事は出来ない。

 リヒトは思う。

 それを手伝うことが出来るなら、今一度―――青く。


 そうだ。

 答えは、簡単だったのだ。


 「単純な話だ……俺には、死ねない理由がある」


 時間が活動を停止した空間の中で、リヒトは呟いた。

 その言葉が届く事は無い。

 だが、グラインダーの一歩目を支えるには十分な呟き。


 「こんなトコで、意識飛ばしてる場合じゃねぇんだよなぁ……!」


 情けない、過去の自分を見た。

 そして、様々な後悔と共に捨ててきた。

 その手にあるのは、たった一つの後悔のみ。

 揺ぎ無い決意と共に踏み出す、二歩目。


 「俺は、フェリアの道を照らす光になる……だから!」


 それは、愚直な誓い。

 一方的過ぎる約束。

 全ての想いを乗せて、グラインダーの拳が振りあがる。


 「テメェ如きに、負けてられねぇんだよ!!」


 白と黒だけの世界で、リヒトは叫んだ。

 想いを。

 願いを。

 決意を。

 全てを乗せて、その拳は悪魔の顔を穿つ。


 “悪魔”は、微動だにしない。

 一瞬とて時が進まないこの世界では、グラインダーの起こした行動のみが意味を持つ。

 故に、“悪魔”に抗う術は無く、知る術も無い。

 過程を無視した結果のみが、突きつけられる。


 「俺は、負けねぇ!」


 だから、グラインダーは―――もう一度、殴りつける。

 時が進むまでの間。

 何度も。

 何度でも。

 殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って―――殴りぬけるまで。


 「俺は!逃げねぇ!!」


 グラインダーの鉄の拳が砕けようと。

 リヒトが身体への過負荷によって血を吐こうとも。

 バイパスが吹き飛ぼうとも。

 目の前の光景が霞もうとも。


 「アイツの道は俺が拓く!!」


 だが、その先にある微かな光を目指して。

 その拳が放たれる。

 只管に愚直に。

 どこまでも真っ直ぐに。


 「そう、決めたんだよ!だから……ッ!」


 グラインダーの全身が軋んだ。

 既にその身体は限界を超えていた。

 拳は砕け、間接もまとも動かず、内部機構もぐちゃぐちゃだ。


 リヒトもまた、限界を迎えていた。

 脳の血管が切れ、視界は既に朦朧としている。

 集中力の限界も見え、世界は所々、亀裂が見えていた。


 だが、倒れない。

 まだ、倒れられない。


 ありったけの力を込めた、最後の拳を振り上げた。

 全身の力を使い、最短の距離で、“悪魔”に拳をぶつける。

 リヒトが、グラインダーが、アルカナマシンが、アルカナエンジンが―――唸りを上げる。


 理論数値すら超えた力が、グラインダーの腕に宿る。

 拳は、空気を切り裂き、光速を一瞬で埋め尽くした。

 同時に上がった音は、聞えるはずの無い、光の壁を壊す音。

 一瞬の閃光と共に、その拳は放たれた。


 それは、最大の一撃。

 リヒトの総てを賭けた、渾身の一撃。


 「吹き飛びやがれ―――クソ野郎ッ!!」




 そして―――時が決壊する。




 振りぬかれた拳は悪魔の顔面を捉えた。

 鼓膜を破るような轟音と共に、グラインダーの総ての拳が、一斉に悪魔を襲う。

 その衝撃は何が起きたのかすらも理解できない。


 ただ、その光景を言葉にするのならば、崩壊。

 幾多の拳が同時に襲い繰る衝撃に、悪魔の四肢は耐え切れずに千切れ飛んだ。

 それが地面へ落ちるまでの間に、悪魔の身体は既に壁へと叩きつけられている。

 轟音と共に、衝撃と爆炎。

 遅れて落ちた腕や脚が、拳を突き出したままのグラインダーの視界に映った。


 言葉も、感情も、生物としての反射行動すらも置き去りにする。

 グラインダーの“光速”を越える一撃が、悪魔を徹底的に破壊する。

 それは、裁き。

 抗う事の出来ない、不可避の裁きである。


 「くそ……ッ!」


 代償が、リヒトを襲う。

 頭部に、脳の血管が全て千切れたかのような鋭い痛みが走った。

 全身に掛かった過負荷が、その筋肉を破壊し、痙攣させている。

 血反吐を吐き、リヒトは残った力で目の前の光景を見やった。


 「―――……マジかよ」


 リヒトは見てしまった。

 爆炎の中、悪魔の瞳が。

 爛々と、嬉々と輝いているのを。


 『流石だな、“英雄”』


 重く圧し掛かる、その言葉。

 それは間違いなく、リヒトが全力を放った相手の声であり―――死闘の続行を告げる鐘だった。


 「……何故、生きている?」

 『我は死者。死者は、二度死ぬ事は無い』


 その言葉の意味を解す事は、今のリヒトには出来なかった。

 全ての力を懸けた一撃が、通用しない。

 ただ、目の前にある現実が、正常な思考を奪っていたのだ。

 それでも、リヒトは“英雄”だ。

 推理する思考は出来ずとも、今取るべき最善の行動は分かっている。


 「まぁいい。テメェはもう抵抗出来ないんだからな。このまま鹵獲して、洗い浚いゲロって貰うぜ」


 ぼろぼろのグラインダーを操って、倒れたままの悪魔へと歩み寄った。

 四肢の無いその姿では、抵抗も不可能だろう。

 だが、リヒトの背には未だに粟立った予感があった。

 それは決して、良いものでは無いだろう。


 『及第点だ』

 「は?」


 リヒトは、歩みを止めざるを得なかった。

 その言葉ではなく、“悪魔”から放たれるプレッシャーによって。

 背中に粟立つ予感が、より一層、強くなった。


 『リヒト・シュッテンバーグ。貴様を我が後継者として認めよう』

 「どうした?遂に、頭がイカれちまったのか?」

 『くくく……だが、まだ青い』


 総帥は低く笑った。

 それがおぞましいものに聞え、グラインダーは後ずさる。

 それは、恐れ。

 リヒトは、既に“イモムシ状態”となった機体に、恐れを持ったのだ。


 『見せてやろう』


 言葉が牙を剥いた錯覚に捕らわれ、リヒトは思わず瞠目した。

 次の瞬間には、“悪魔”の身体に光の線が生まれる。

 薄汚れた白銀の身体を“脱ぎ捨てる”ように、眩い光が放たれた。


 『アルカナの真の使い方を』


 そして、閃光は次第に強くなり、目を開けていることが不可能となる。

 リヒトは目を潰さないために瞼を下ろし、暗闇の視界が視覚情報を遮断する。

 耳に届いた音は、装甲を破壊するような暴力的な音。


 グラインダーが破壊されている訳ではない事は、それに乗っているリヒトが一番分かっていた。

 では、何を破壊しているのか。

 蝶が羽化するためには、繭を破壊しなければならない。

 それに乗っ取って考えれば、今。

 “悪魔”は真の姿を取り戻そうとしているのだ―――


 『Arcana Over』


 言葉と同時に、閃光が消える。

 そろりと目を開けたリヒトの視界に映ったのは、見知った悪魔の姿では無かった。


 身体の白はそのままに、緑色の四肢が蘇っている。

 否、厳密に言えばそれは四肢ではない。

 緑色の装甲に走る幾何学線に、リヒトは驚き、瞠目した。

 それは明らかに、“一度戦った相手”である筈だからだ。


 その名は、ウロボロス。

 かつてリヒトが屠った、アルカナエンジンだ。


 背中から生えるのは、十二本の触手。

 その先にある蛇の頭部がぶつかり合う音まで、リヒトの記憶の中と同一のもの。

 両手をだらりと垂らし、背中の蛇がグラインダーを睨む。


 「お前……それっ……!?」

 『Arcana Machine 01 Uroboros(ウロボロス)。見覚えがあるだろう』


 リヒトは開いた口を閉じられぬままに、その姿を見据えた。

 本体であるジョーカーマシン以外は全て、ウロボロスそのものと言えよう。


 『喰らい尽くせ』


 言葉と共に、一匹の蛇がグラインダーへと迫った。

 それを回避しようと、リヒトがグラインダーを操縦する。

 万全の状態ならば余裕を持ってかわせた筈の攻撃は、グラインダーの頭を掠めていった。


 「くそ……ッ!!」


 リヒトの頬に、嫌な汗が流れる。

 満身創痍のこの状況での、敵の復活。

 リヒトの頭から、勝利のビジョンが消えていく。


 『この能力は燃費が悪い。早々に終えさせて貰おう』

 「そうかい!じゃあ、手早く終わらせてやるよッ!」


 体勢を立て直し、グラインダーが駆ける。

 その速度は万全なものには遠く及ばないが、それでも、通常のジョーカーマシンを置き去りにするほどの速度。

 だが、その行く手を阻むのは、十本の緑色の蛇の壁だ。


 ナード時のように、バイパスを使って無理矢理に捻じり切る事は出来ない。

 肝心のバイパス自体が無い上に、あくまで、蛇は“壁”として立ちはだかっている。

 グラインダーが何らかのアクションを起こさない限りは、行動は発生しないのだ。

 ならば、選択肢は一つ。


 「その程度で、俺が止まるかよッ!!」


 リヒトは前進、蛇の壁へと突っ込む。

 その両手で蛇を掴み、それを利用して別の蛇の自衛攻撃を防ぐ。

 巧みな動きで、蛇を翻弄してみせる。


 「俺は、負けられねぇんだッ!!」


 最後の一匹を踏み越え、グラインダーは悪魔の前へと躍り出た。

 背中からは、体勢を立て直した蛇達が背中を狙っている。

 迷わず、リヒトは前進した。

 退路は無い。

 その拳を握り締め、悪魔へと叩きつける。

 しかし、それは割り込んできた二匹の蛇によって阻まれた。


 『Arcana Machine 15 Devil(デビル)。能力は、“能力の奪取”……コピー品などでは無い、悪魔の純粋なる能力となったのだ』

 「だから、どうしたってんだ!!」


 蛇が殴られ、その身体を弛ませた。

 悪魔の身体を護る蛇は、もういない。

 その隙へと拳をお見舞いするために、グラインダーは今一度拳を振り上げる。


 『分からないか』


 しかし、その拳を止めたのは、蛇。

 失った四肢を補うために作られた“悪魔の右腕”という名の“蛇”だ。


 『悪魔の能力は、これだけでは無い―――』

 「……ッ!!」


 そして、“悪魔の左腕”である蛇がグラインダーに差し出された。

 大きく口を開けるその姿は、まさに、獲物を喰らおうとする蛇。

 リヒトは、その口腔の中に“砲口”を見た。

 悪魔に眠る膨大な量の魔力を放出する、破壊の砲口を。


 左手に巻き付いた蛇。

 回避は、不可能―――


 『壊れろ、“英雄”』


 光が、溢れた。






      *       *       *






 遥か高空から影を降らせ、アルバートマウンテン一帯を翳らせている。

 空に浮かんだそれは、紛う事無き“戦艦”であった。

 ウエマツの目算であるが、全長数千メートルはあるのでは無かろうか。

 それは巨大過ぎる戦艦であり、一つの“都市”とさえ思えた。


 「くそ……っ!早く、早く……っ!」


 ウエマツは焦りを隠せないままに、手元の機材を弄っていた。

 コンピューターに繋がれたそれは、広域通信を一手に引き受ける機材である。

 通信が妨害されているのか、先ほどから一向に通信は繋がらない。


 現在、簡易の本拠地と定めたキャンプには、ウエマツしか居ない。

 フェリアが離れ、戦艦が出現したときに、全員を退避させた。

 何が起こるか分からないというのが建前であったが、真実は違う。

 しかしそれを口にする事は出来なかった。

 一度口にしてしまえば、真実を知った瞬間の自分以上のパニックが広がる事が簡単に予測できるからだ。


 「繋がらない……!やっぱり、普通のジャミングじゃないのか……!」


 もしかすると、既に“三英雄”は敗れ去っているのかも知れない。

 思わず声を上げるほどの脅威に晒されているのは、既に自分だけかも知れない。

 フェリアの事から考えるに、全員が逃げ去っているのかも知れない。


 ネガティブな考えを振り払い、ただ、只管に通信を試みる。

 その直向な行動が身を結んだのか、通信にノイズ以外の音が混じり始めた。


 「こちら“ディーラー”!“プレイヤー”、聞えるかい!?」

 『―――……ウエマツか!?』


 最初に言葉が返って来たのは、ベルランドだった。

 驚いた様子であるという事は、向こうからも通信を試みていたのであろう。

 謎のジャミング効果はさて置き、まずは簡潔に現状を話す事とした。


 「まどろっこしい話しは置いておいて、上にあるヤツは見えてるだろう!?」

 『戦艦だろう?無論、見えている!』


 アルバート山脈一帯を覆い尽くすほどの影を降らせる存在だ。

 戦場の何処に居たって、それは見えるだろう。

 それ故か、ベルランドの声は少し苛立っていた。


 「今直ぐ、戦場から遠くへ離れるんだ!出来るだけ遠くへ!」

 『何故だ!まだ戦いは終わっていないぞ!』

 「終わってるんだよ!!僕達の負けさ!!」


 より強い声で、ウエマツがそう断言した。

 ベルランドは思わず言葉を失い、通信機越しに無言の空間が生まれる。

 感情的になった分、幾分か冷静さを取り戻したウエマツが、呟くように言った。


 「……あの戦艦から、超高エネルギー反応を確認した。この山脈を全て吹き飛ばすほどのエネルギーだよ」

 『………ッ!?』


 ベルランドが、息を呑んだ。

 思わず見上げたのだろう、一際大きい駆動音が通信機に届いた。

 努めて冷静に、ウエマツは報告を続ける。


 「だから、今直ぐに逃げるんだ。本拠地に居た人は、もう、全員退避させた」

 『お前は、どうするんだ!?』

 「全員に、通信を試みるよ。今更逃げようったって、手段が無いからね」


 ウエマツの背に広がっていた筈のキャンプは無い。

 全ての人員を乗せたトラックは既に出発し、ウエマツが逃れる術は無かった。


 『待ってろ!今から、そっちへ行く!』

 「それよりも、早く、君は逃げるんだ」

 『ふざけるな!!』


 ベルランドが怒りの声を発し、ウエマツが沈黙する。

 そこには確かな憤りがあり、ベルランドが見せた、数少ない激情の言葉であった。


 『自分を犠牲にして誰かを助けるなど、愚の骨頂だ!頭を冷やせ、ウエマツ!』

 「だけど、これは誰かがやらなくちゃいけないだろう?」

 『キリングにも、通信機能はある!』


 その言葉と同時に、ウエマツの横合いから強風が吹いた。

 それは突風に近いもので、思わずヘッドセットを取り落として、顔面を庇う。

 吹き荒れた砂が落ち着きを取り戻すと、そこには、今までに無かった筈の存在が鎮座していた。


 『貴様を待っているフーを、置き去りにする心算か……!?』

 「……それを言われると、痛いところだね」


 キリングを見上げて、ウエマツは呟いた。

 コックピットハッチが開き、そこからベルランドが手を差し伸べる。

 その手を取って、ウエマツはキリングへと乗り込んだ。


 「他の面子の大体の方角は分かるかい?そっちに向けて指向性の通信を試みよう」

 「ダイアモンドは六時方向。グラインダーは……」


 ベルランドが言葉を濁すと、その指を天空に向けて指した。

 その先にある物は、一つしかない。

 ウエマツは瞠目すると、呆れたようなため息を吐いた。


 「やれやれ、リヒトは相変わらず無茶するね」

 「昔からだ」


 表情一つ変えずに呟くベルランドに、ウエマツは苦笑する。

 ―――それは、君も一緒なんだけどねぇ。


 「事態は一刻を争うから、オープンチャンネル全開で呼びかけるよ」

 「任せた」


 言葉と共に、ウエマツが通信を始めようとコンソールを操作したときだった。

 レーダーに映る反応は、大きく揺らいだ。

 遥か上空に存在する筈の光点が、妖しく、膨張したのだ。


 「まずっ……!!」


 視界の総てを埋める光。

 直後に響いた轟音は、彼らの耳には届かなかった―――






      *       *       *






 『頑丈だな』


 片手を握られて宙にぶら下げられたグラインダー。

 その身体は装甲が剥がれ、殆どの部分が内部パーツを剥き出しにしていた。

 それでも尚、人の形は保っている。


 「……こっちのスタッフは、優秀だから、な」


 何とか振るわせた声帯から紡がれたリヒトの声は、酷く弱弱しいものだった。

 衝撃に耐えられずにぶつけた頭から、おびただしい量の血が流れている。

 滲む視界の中で、それでも、悪魔を睨んだ。


 『帰れれば、礼の一つでもしてやれ』

 「五月蝿ェ……俺は、テメェを……!」


 闘志の衰えないリヒトに、総帥は深く溜息を吐いた。

 その手にしたグラインダーを、ゴミのように、無造作に投げ捨てる。

 抗う事も出来ないグラインダーは、鋼鉄の床を滑って、壁際まで転がされた。


 「ぐッ……!」

 『今日はもう、終りだ』


 その言葉と共に、暗闇を光が切り裂いた。

 それはグラインダーの背中から差し込んだもの。

 背中に広がるその光景を見たリヒトは、驚きの声を上げる。


 「飛んでる……!?ここは何処だ!?」


 それは、高空から見下ろすアルバートマウンテン。

 霞んで見えないほどの高さであったが、眼下に広がる荒野の荒涼とした光景は確かに、その場所だった。


 『“ノア”……新世界への箱舟だ』

 「じゃあ、戦っている間、ずっと……!?」

 『ああ、その通り。ずっと、上昇を続けていた』


 驚愕の表情を浮かべるリヒトに対して、至極冷静に答える総帥。

 この“非常識極まりない”事が、さも当然のように話す事の出来る程の力。

 それが、“デイブレイク”という組織なのか。

 だが、それでも、リヒトの心を折る事は出来ない。


 「一つだけ答えろ。“コレ”で、何をする気だ?」

 『それを知った所で、どうする事も出来まい?』


 会話を打ち切るように、一際大きな金属音が響いた。

 グラインダーの背中にあった筈の壁は無くなり、空へと繋がっている。

 後少しでも後ろに行くだけで、数千メートルのコードレス・バンジーを決行できるだろう。


 『だが、一つだけ、教えてやれる事がある……』


 悪魔が歩み寄る。

 その一歩一歩の足音が、リヒトにとって死のカウントダウンに等しい。

 意識を痛みによって強引に保ち続けながら、その言葉を待った。


 『貴様と我は、何れ、再び見えるだろう。必ず……そう、必ずだ』


 悪魔は既にグラインダーの傍に。

 その頭に足を乗せ、言う。


 『しかしここで死ぬならば、それも叶わぬ事……遺言はあるか?』


 威厳に満ちたその言葉に、リヒトは一言だけ返す―――


 「くたばれ、クソ野郎」


 そして、“自ら”空へと飛び込んだ。


 『また会おう、“切り札(ジョーカー)”よ……』


 総帥の言葉が、リヒトの脳内に響いた。

 リヒトもまた、同じ事を思っている。

 また、会おう。

 そして、次こそは―――倒す。


 高空を吹き抜ける風に揺られながら、リヒトは笑う。

 スラスターが壊れているグラインダーに、空を飛ぶ術は無い。

 しかし、それでも。

 まだ、死ねない理由があるのだ。


 生と死の狭間にあるリヒトの感覚は暴走し、総てがスローモーションに、モノクロームになる。

 そんな中で、グラインダーのメインカメラが空を飛ぶ存在を捕捉した。

 ジョーカーマシンでは無い何かは、ノアへと向けて飛んでいる。

 このまま進めば、かなりギリギリをすれ違う事になるだろう。


 見えてきたのは、戦闘機。

 見たことの無いものであったのは、デイブレイクが独自に開発したものであるからだろうか。

 ぼんやりとそんな取り留めの無い事を考えていたリヒト。


 「……ッ!!」


 しかし、すれ違う瞬間にその瞳は見開かれる事となる。

 戦闘機のカバー越しに見えたのは、見知った人影だった。


 白く長い髪。

 真っ黒のコート。

 山吹色の瞳。

 こちらに向ける、その表情。


 「―――フェリアっ!!」


 すれ違った瞬間は、ほんの一瞬に過ぎない。

 だが、二人は確かに、カメラを介して会話していた。

 それは人間社会の枠組みの範疇では到底出来ない、言わば、“魂の会話”だった。

 そしてその中で、リヒトは叫ぶ。


 「テメェは勝手に何処へ行きやがる心算だ!?まだ、文句を言い足りねぇぞ!」


 フェリアの瞳の奥は、語っていた。

 悲しみに満ちた言葉で。

 もう、会えないのだと。

 その“絆”は断たれてしまったのだと。


 「ふざけんなよ!一方的に巻き込んで置いてよォ!!」


 リヒトは吠える。

 空へと消え往くフェリアに向けて、ありったけの声で。

 まだ、言い足りない。

 言い足りないが―――残りは、次の機会に。


 「いいか!?俺が必ず、テメェを見つけ出す!だから……っ!!」


 だから、リヒトは笑った。

 フェリアを照らす、太陽となるために。


 「待ってろよ……フェリア・オルタナティブ……!!」


 “英雄(リヒト)”が、空から堕ちていく。

 “科学者(イヴ)”が、空へと昇っていく。


 朝日が、彼らの“夜明け(デイブレイク)”を告げる―――







ようやく一章が終わりました。

予定よりクッソ長くなりましたが、意外と何とかなりましたね。


多少の間を挟んで、第二章が始まります。

そちらの方でもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ