第二十七話 光を掴む
「まず貴女には……名前を与えましょう」
「……何?」
フェリアを連れて何処かへと向かうルチアーノが、不意に言った。
その言葉に、俯いたままだったフェリアが薄く反応する。
「今日を以って、貴女はフェリア・オルタナティブでも……被験体No13でも無いのですから」
その言葉の意味は理解したが、真意は理解しかねる。
フェリアはそう思いながらも、深く追求することをしなかった。
こんなところで、事を荒立てる必要は無い。
「そうですね……“イヴ”とでもしておきましょうか」
「……イヴ」
イヴ。
その名を、フェリアはどこか上の空で呟いた。
神が創った人間の始祖とも言える存在。
その名を冠した事を、フェリアは滑稽だ、と一笑に付す。
それはまるで、自らが“神”に作られた“木偶人形”のようだ、と。
「さて、それでは……行きましょうか、イヴ?」
ルチアーノが言うと、カソックの袖に隠れていた携帯端末が顔を出す。
それを軽く操作すると同時に、何も無い岩場から光が走った。
一筋、二筋と増えていく光が輪郭を形取り、そのシルエットのみが浮かび上がる。
シルエットは色を取り戻し、灰色のそれを岩場に顕現する。
ものの数秒でその戦闘機は、フェリアの視界に現れたのだ。
「これは……」
「魔力を利用すれば、光学迷彩なんて事も出来るのです。貴女が去った後も、デイブレイクでの研究は続いていましたから」
魔力を利用した技術を次々と作り上げるデイブレイク。
これが平和のために利用されるならば、どれほど良かっただろうか。
フェリアは―――否、イヴは、戦闘機へと乗り込んだ。
もう二度と戻れない、そんな覚悟を改めて確認しながら。
ルチアーノが前部の座席に座り、イヴは後方の座席へ。
手早くシステムを制御して、離陸の準備に掛かる。
「フェリア・オルタナティブの名は、ここに置いていく」
いつの間にか、戦闘機は唸りを上げていた。
離陸するための助走を取るために、揺れる機内。
飛び立つ瞬間、イヴは、戦場に居るであろう“英雄”に向けて言葉を贈った。
「……さようなら、リヒト・シュッテンバーグ」
* * *
鋼鉄がぶつかり合う音は甲高く、それでいて、歪んだ響きだ。
巨大な駆動兵器が身体をぶつけあう音ならば、尚更に音の勢いは増す。
互いが互いの破壊を目指す、戦場での死闘。
それゆえに音はより一層激しさを増し、騒々しく、戦闘を騒ぎ立てるのだ。
どれほどの広さかも把握できない、倉庫のような空間。
そこは今、“戦いの音”で満たされていた。
「ッ!!」
短い呼吸と、合わせられたその一撃。
暗緑色のジョーカーマシンは、その拳を目の前の怨敵に叩きつける。
よく似た、しかし、致命的に違う存在である白いジョーカーマシン。
それは難なく一撃を往なすと、追撃のためにその腕を上げた。
その掌から放たれる光の柱は、当たったものを“問答無用”で、“圧倒的”に“破壊”する。
暗緑色のジョーカーマシンが回避行動を取ると同時に、放たれる白い閃光。
直前で目を瞑っていなければ、その光量に目をやられていただろう。
たかが数秒の隙でも、極限の戦闘状態ならば死に直結してしまう。
一つ、息を吐いた。
白いジョーカーマシンは未だに、自ら積極的に襲ってくる事は無い。
一撃ごとに与えられた数秒だけが、唯一のインターバルだった。
「……ったく、どういうエンジンだよ!クソったれ!」
暗緑色のジョーカーマシン―――グラインダーに乗る男、リヒト・シュッテンバーグはぼやいた。
敵の正体が見えないどころか、観察するような余裕すら与えて貰えない。
判明しているのは、その機動力がグラインダーに匹敵することと、掌から放たれるレーザーは驚異的な威力である、ということ。
特に、レーザーの魔力は尋常な数値ではなく、受ければグラインダーがどうなるかは想像に易い。
『……休憩は終りだ』
数秒間のタイムリミットを過ぎれば、敵は襲い来る。
白いジョーカーマシン、“悪魔”は、その機動力を活かして接近を試みてくる。
それを牽制するように拳を構えながら、グラインダーは悪魔に回りこむような軌道で動く。
互いが目の前に敵を睨みながらも、その動きは円を描くように対極に。
一瞬の均衡の終極は突然。
悪魔が、その均衡を振り払うかのように腕を伸ばした。
リヒトは、その行動がいかに危険かを理解する。
そして、それを回避するための方法を即座に実行した。
「……っ!!」
垂直に跳んだグラインダーの足先を掠めるように、レーザーが奔った。
腕を伸ばし、レーザーを照射したまま腕を横薙ぎに振ったのだろう。
それは、背にある壁が嫌な音を立てて横一文字に溶けていることからも明白だ。
攻撃範囲を広げて、グラインダーを捉える心算なのか。
「はっ!」
だが、リヒトは笑う。
甘い、と。
その懐へ、一瞬にして疾る力。
それこそが、グラインダーの真骨頂である、と。
腕を振り切った悪魔は、未だにその腕を戻せずにいた。
そしてその瞬間には、グラインダーが動き出している。
背中に存在していた壁を蹴った。
それだけで、グラインダーのブースターが、四肢のバイパスが、その身体を加速させる。
「グラインダーを捉えるには、甘いんだよっ!!」
数秒でいい。
その数秒があれば、グラインダーは何処までも行けるのだから。
悪魔は、硬直したままだ。
このまま、加速のついた拳を放つ。
いかにアルカナマシンとは言えど、この一撃に耐えうる防御力は無いはずだ。
一撃。
この一撃が入れば、“アルカナエンジン”を巡った戦いにも、けりがつく。
ひいては、フェリアの安全も確保され、リヒトの秘めた目的も達成できる。
―――だが、現実は甘くない。
『ならば、使ってやろう』
冷たい、氷のような声。
それと同時に見えたのは、僅かに振り切った左腕を持ち上げる悪魔。
そしてその下から覗くのは―――右の掌。
「マズっ……!!」
『死ぬか、死なぬか』
無情にも放たれる、光の柱。
それを目の前に、リヒトは引き金を引く。
脳内に存在する、決して姿の見えない引き金を。
それは、限界を突破する手段。
目的は、不可避の筈の運命を捻じ曲げること。
結果は、己の目で確かめよう。
その鍵は、ただ一言。
―――Arcana Over。
『見事』
言葉が聞えたときには、グラインダーはそこに居た。
白い悪魔が顔だけを向け、その姿を見咎める。
動く事は無い。
だが、そこに立ち続けているグラインダー。
『無声でアルカナオーバーを操るか……しかし……』
含みを持たせて、総帥は呟いた。
その声音は哀しげであり、また、寂しげであった。
悪魔が、完全に身体を振り向かせた。
しかし、グラインダーは微動だにしない。
構えを取ったまま、回避行動も、攻撃も行おうとはしない。
雄雄しく立つ姿は勇ましくあったが、それは、石像のそれと変わりないのだろう。
『肝心のパイロットがそれに追いついていないようではな……』
リヒトに、その言葉は聞えていなかった。
最早、音も、光も存在しない。
脳髄の奥底にある、名も知れぬ暗闇に堕ちた。
その意識は帰らない。
短時間に幾度と放たれたアルカナオーバー。
それはグラインダーに音速をも超えた世界を与える。
しかし、同時に、リヒトにもその世界を与えるのだ。
音速で巻き起こる全ての事象を把握するための思考、感覚。
―――それは、人間を外れたもの。
限界を超えた、限界の奥義。
それが、リヒトの意識を奪い去った。
『力の代償は、高い……次は、学習することだな……』
悪魔が歩み寄る。
それはまるで、遊びつかれた子供を迎えるような、穏かな歩み。
しかし、グラインダーに最後を与える為の歩み。
その掌で、グラインダーの胸を軽く叩いた。
グラインダーに、反応は見られない。
落胆したように息を吐いた総帥は、その掌を再び翳した。
その動きに優しさは無い。
あつのは、明確な殺意のみ。
『去らば、愚息よ』
静寂の暗闇で、呟く。
―――光の筋が、一筋、走った。
* * *
動きを見せる事無く立ち尽くす黒い機体に、二機のアルカナマシンが襲い掛かる。
片や、黒き右腕を振り下ろし。
片や、光の巨剣を振り下ろし。
『ちィ……!』
『やっぱり、そう上手くは行かないわねぇっ……!』
しかしその一撃は地面を砕くだけに留まる。
煙の中から姿を現した敵機が、その“抜かれない太刀”を振るう。
それだけで、光の巨剣も、黒き右腕も軽々しく弾き飛ばされ、二機は踏鞴を踏むこととなる。
その光景に、ファウストは思わず笑んだ。
第三次世界大戦を終戦へと導いたとされる“三英雄”。
その内二人が挑んで、この有様なのだから。
「伏せろッ!!」
ファウストは叫ぶと、全身に積んだ重火器を稼動する。
それらの砲撃は一瞬にしてワームホールに飲み込まれ、異次元を通じて再び現世へ。
視認の難しい空間の罅から、空間を割り、吹き飛ばすような砲撃が敵機を襲う。
だが、その爆風が敵機を巻き込む事は無かった。
『助かったわ!』
『恩に着る』
「テメェら、チンタラやってる時間はねェぞッ!?」
体勢を立て直した二機と共に、再び黒い機体を睨んだ。
その身体には損傷の一つも見受けられない。
万全の動きを見せていた事から、機器系統のトラブルや、人為的ミスは期待できない。
威風堂々と、目指すべき場所に立ちはだかる。
正しくそれは、“壁”だった。
『あの太刀、拙いな……』
ベルランドの呟きは、全員が承知している事だった。
今までの全ての“アルカナオーバー”は、太刀によって回避されている。
ある時はいなし、ある時は弾き、ある時は、存在そのものを霧散させてしまう。
何らかの効果がある事は理解できる。
だが、それに対策を立てることが出来ない。
『もう、どうすればいいのよぅ!これじゃあどうにもならないじゃないの!』
苛立ったように、アイリは声を上げた。
確かに、今、アルカナオーバーに戦闘力の大半を頼った状況では、打破は難しい。
それでも、アルカナオーバーの恩恵が今の戦闘の拮抗を保っているのも真実。
板ばさみの中で、ファウストは一つの決断を下す。
「お前等、先に行け」
『何を言っている……!』
『アンタ一人じゃ、確実にやられるわ!』
二人が激しく反応する。
だが、ファウストは凛とした声音で告げた。
「いいか。三人で勝てねェなら二人でも一人でも一緒だ!なら、テメェラがさッさと助けに行け!」
『ファウスト……それは……!』
「それ以上、何も言わせるンじゃねェ」
分かっているのだ。
ファウストには、この作戦のリスクが。
確かに、このメンツで圧倒できないのならば、彼一人でも結果は同じ。
だが、彼一人で失敗したときのリスク―――それは全て、彼一人に帰着する。
死という、リスクが。
『……了解した』
『ベルランド!?』
だからこそ、ベルランドは一瞬で決断した。
そのぶっきら棒な言葉の裏にある、決意を知ってしまったのだから。
確証は無い。
だが、それに応えるのは、今、此処にいる自分達しかいないのだ。
キリングがその背のバーニアを噴射し、飛び去っていく。
黒い機体は、にらみ合ったまま動く気配は無い。
『私は……っ!』
だからこそ、アイリは躊躇った。
果たしてここに、一人残して先へ行くのが正解なのか。
答えは無い。
ならば、アイリは自分の信念を貫く。
『意地でも、残るわ』
「馬鹿野郎!血迷うんじゃねェ!」
『これ以上、この戦場で死ぬ人間を増やさないのが、約束なのよ……っ!意地でも、一人で戦わせないわっ!!』
それは、あまりにも一方的な誓い。
だが、愚直な、その誓いこそが、アイリに立ち上がる力を与える。
彼女は騎士。
信念を支えに、何度でも立ち上がる騎士なのだから。
「……ッ!!来るぞ!!」
黒い機体が、微かに動いた。
持ち前の認識力でそれを確認したファウストが、防衛の体制に入る。
同時にダイアモンドも、その両手に光の武器を顕現させた。
ファウストの背に走る緊張は、今までに無いものだった。
人生の中でも、一番に、心臓が早鐘を鳴らしている。
今まで“防御”しかしていなかったジョン・ドゥが、初めて、自ら動く。
恐らく、勝負は一瞬。
その一瞬に全てを賭けるしかない。
―――黒い機影が、消えた。
『消えっ……!?』
最初に聞えたのは、アイリの声。
しかしそれは途中で途切れ、同時に、金属が拉げるような音がした。
ダイアモンドのあった方へと目を凝らす。
そこにダイアモンドの姿は無い。
黒い機影も、無い。
「くそがッ!!」
ファウストは素早く、アルカナオーバーを使った。
拳を空間に叩きつける事で、周囲の空間は破壊される。
蜘蛛の巣状に広がった裂け目が、周囲のどこから来ようと捉え、敵機を破壊する。
周到に目を走らせながら、ファウストは出方を窺った。
「何処へ行った……ッ!?」
しかし、その姿は何処にも見えない。
前後左右、上下にも存在しない。
まるで霧のような存在に、舌打ちを零してレーダーを見た。
大きな光点は二つ。
吹き飛ばされたダイアモンドと、時機であるバベルのみ―――
「まさか……ッ!!」
光点は“二つ”。
そして、“重なった光点”は一見、一つ。
気付いた瞬間を狙うように、ダイアモンドから光点が分離した。
「速ッ……!?」
光点の速度は、グラインダーに優るとも劣らない。
振り向く事は不可能。
ワームホールを展開する力は、残っていない。
“空間の網”が敵機を捕らえることを期待するしかない。
―――だが、その期待は叶わない。
太刀を振り回す敵機は、あっさりと破壊された空間を潜り抜けてきた。
空間が修復され、ぽかりと開いた穴を真っ直ぐに。
「ッ!!」
ファウストは衝撃に備えて、目を瞑った。
だが、その衝撃がバベルを吹き飛ばす事は無い。
恐る恐るファウストが目を開けると、そこには何も居なかった。
「何処だ!?」
探すが、その姿は捕捉出来ない。
レーダーにも映らないのだ、相当遠くへと消えたのだろう。
『どうやら……飛び去ったみたいよ……痛ッ!』
アイリからの通信で、ファウストはようやく、敵が去ったという事実に気がついた。
その“ジョーカーマシン離れ”した力に驚くと共に、呆れの溜息を漏らす。
「一体、何のために……」
『私には、分からないわぁ……』
言葉ではそういったものの、二人には心当たりがあった。
ジョン・ドゥの不可解な行動。
それは、先ほどまで戦っていた“因縁”の相手に似たものである。
そして、その予想が真であるなら―――
『ね、ねぇっ!!』
「あン?何だよ、俺は今考え事を……」
『アレ、何よ、アレ……!!』
ダイアモンドを操って、アイリは震える声で指した。
何をそんなに、恐々としているのか。
訝しく思いながらも、指差された先、遥か天空を、バベルは見上げた。
「嘘だろ……なんだよ、ありゃアよォ!?」
『私だって知らないわよ……!訳分かんないわっ!』
そこにあったのは、巨大な鋼鉄。
大型船のような体躯を晒しながら、空中に浮かぶ箱舟。
「信じらんねェ……アレが浮くのか……!?」
『実際浮いてるんだから、信じるしかないでしょ……!』
それは、戦艦。
SFの世界でしか存在し得なかった筈のそれが―――今、アルバートマウンテンの上空に存在していた。
* * *
戦いとは、かくも虚しいものである。
その事を知ったのは、第三次世界大戦も半ばを過ぎた頃の事だった。
リヒト・シュッテンバーグは本来、争いごとが好きな性格ではなかった。
それを変えてしまったのは“戦争”という背景と、“孤児”という状況。
彼は、名無しの捨て子だった。
選べる仕事は、傭兵しか無かったのだ。
必然、それだけ努力した。
傭兵として名を売って、操縦の技術を磨いた。
いつしか彼は“英雄”と呼ばれるまでに成長した。
―――だが、纏わりつく虚しさは消えない。
それを再認識するきっかけが、以降“三英雄”と呼ばれる友人達によるものだったのは皮肉か。
リヒトは戦いから、離れようともした。
だが、それは一度も上手く行く事はなかった。
彼の思考は変遷する。
目の前の戦いに何も感じられなくなった頃、一つの推論を思う。
第三次世界大戦の前線で戦ってきた経験から来る違和感。
それは、作為的なものを感じるということだった。
言い換えれば、それは運命のような―――
リヒトが終戦後、隠居をし始めたのも、それが理由だ。
一人で、誰も巻き込まずに、第三次世界大戦の背景を調べる。
それが何かを生み出す事は無いだろう。
だが、それでも。
“過去の”リヒトの敵である“戦争”を、知りたかったのだ。
丁度、その折であろう。
フェリア・オルタナティブと出会ったのは。
走馬灯というべき人生の回想。
リヒト・シュッテンバーグはそれをどこか冷静な頭で眺めていた。
―――悪い。
リヒトは、心で呟く。
約束を守れなかった事を悔やみ、歯を噛んだ。
それは一方的な約束。
だが彼にとっては、違えてはならない、大事な約束だったのだ。
―――あとは、任せたぜ……“猛禽”、“魔獣”。
脳裏に浮かぶは、大戦時からの戦友。
彼らの顔はあまりにもいつも通りのもので、リヒトは静かに一人笑った。
果たして何を任せるというのか。
それは分からないが、どこかリヒトは、安心していた。
―――ただ、最後に。
最後に、リヒトは一つの後悔を持つ。
それは、たった一言の言葉。
伝えられなかった、提案。
それを、フェリアはどう受け取っただろうか。
いつもの鉄面皮でいるのだろうか、それとも、何か別の表情を浮かべるのか。
瞬間、脳裏に、フラッシュバックする。
それは、銀景色。
或いは、夜の荒野。
どちらも、笑顔。
だが、それを見たリヒトにもう一つの悔いが湧き上がる。
最後に見た、フェリアの笑顔。
何かを覚悟したような、あまりにも寂しい笑顔。
―――……くそ。
鉄面皮と呼ばれた女、フェリア。
しかしリヒトと居る間に、自然と、感情を多く零すようになった。
だからこそ、リヒトには耐えられないのだ。
その寂しい笑みを最後にすることを。
―――……くそっ!
気に喰わないのだ。
フェリアがそんな顔を、自分に向けるのが。
―――……くそったれ!!
そして、それを享受しかけていた自分が。
何よりも、悔しく、恨めしく、腹立たしい。
リヒトは思い出す。
屋敷で初めてグラインダーに乗り、ファウストと対峙した時の事を。
フェリアは言った。
機体を、そして―――己を信じろ、と。
己を信じられない者に、アルカナマシンが応える筈も無い。
そう、全ては心次第。
“強気”が“弱気”を凌駕したとき、初めて、アルカナエンジンは応えるのだ。
ならば、信じよう。
己を。
そして、グラインダーを。
まだその脚は、壊れていない。
まだその拳は、壊れていない。
まだその心は、壊れていない。
全てが、まだ、始まったばかりに過ぎない。
まず、光を見る。
光を掴み、その先にある世界へと覚醒する。
決して折れる事の無い心と、一つだけの後悔を持ち帰って―――
* * *
「おい」
眼前の白い腕を掴んだ。
皮肉にもそこからは、眩い光が放たれようとしている。
『………っ!』
だが、それに怯む事は無い。
“英雄”と“アルカナマシン”。
この二人に、後退の二文字は無い。
「汚い手で、触るんじゃねぇ」
歩みの先にあるのは、光。
全てを明らかにする、眩い光のみ。
アルカナマシンは、応える。
悪魔のレーザーが放たれるまでの一瞬。
それは、光の速度。
それを越えられるのは“超越者”のみ。
光の中にある、その言葉。
リヒトは、呟いた。
「Arcana Over」
全てを超越するための、“二つ目の鍵語”を。
「―――Exceedッ!!」
本来の予定より大分伸びた一章もそろそろ終わります。
予定通りに進められない僕を誰か罵って下さい。