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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
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第二十六話 常闇の訪れ






 広域に亘ってかけられているジャミング。

 それはリヒト達“対デイブレイク戦線”の本部も例外なく被害を与えていた。


 突然役目を果たさなくなった通信設備に苛立ちながら、ウエマツは立ち上がった。

 これでは敵機の通信の傍受は愚か、味方との連携も取れない。

 何より、戦況を知ることが出来ないのが一番歯がゆい。


 「くそ……!」


 苛立ち紛れに、近くに落ちていた石ころを蹴飛ばす。

 ウエマツ自身にジョーカーマシンを乗りこなすような技量は無い。

 とはいえ、フェリアのようにオペレーションが出来るわけでも、フーのように生身で戦うことが出来るわけでもない。

 あるのはただひとつ。

 今まで信じてきた、己の、油臭い科学者としての腕のみだ。


 だからこそ、ウエマツはリヒト達を安心して送り出した。

 “最高のマシン”に、“最高のパイロット”が搭乗するのだ。

 これ以上、ジョーカーマシンを用いた大規模戦闘において頼りになる存在もあるまい。


 だが、彼の胸を襲うのは予感。

 それも、とびっきりに嫌な感覚を覚える類の予感である。


 この場所から直接戦場は見えないが、爆音は聞えてくる。

 しかしその爆音も鳴りを潜め、早くも十分が経過しようとしている。


 「おまけに、本陣を護るはずだったベルランドはどっか行っちゃうし……どうしてこうなった?」


 今現在、本陣には一機のジョーカーマシンが駐在している。

 傭兵の操るそれの腕は確かであろう。

 だが、彼はいまいち“傭兵”という存在を信じきることが出来ていなかった。

 過去の経験からかは定かでは無いが、とにかく。

 彼自身は“自衛”という牙を無造作に腰に差し込んでいた。


 丁度、その“牙”を一撫でした瞬間である。

 劈くような音がインカムから流れ出し、辺りがあわただしくなったのは。


 「な、何が起きたっ!?」

 「……そんな、馬鹿な、ジョーカーマシンが!」


 ウエマツが叫ぶように言うと、近くに居た研究員らしき男が言った。

 顔を蒼くして震える姿に、思わずウエマツは息を呑む。

 同時に、男が見上げる方向へと目を向けた。


 傾いでいる。

 それだけではない。

 煙を上げ、炎を上げている。

 ジョーカーマシンが破壊されている。

 それは、本陣を護る最後の盾が失われたことを意味していた。


 「クソっ!!」


 ウエマツはジョーカーマシンの下へ駆け出した。

 通信機器が使えない以上、自らの目で状況を確認しなければならなかった。

 それは決して利口な選択肢とは言えないが、ウエマツは、いてもたってもいられなかったのだろう。


 炎上を続けるジョーカーマシンが徐々に近くなる。

 炎に照らされて橙になる岩肌を駆け下りて、ウエマツは盆地へと降りた。

 そこに居るのは、燃え上がる傭兵のジョーカーマシンと、一人の男。


 「コージ・ウエマツさんですか……意外な人が来ましたねぇ」


 片眼鏡にカソックという、神父風の出で立ちだ。

 しかしその手に持つのは聖書ではなく、あまりにも巨大な銃器。

 恐らく、自分の身長と同じか、それ以上の大きさを誇っている。


 「アンタ……一体、何者だ?」


 それを目の前にして尚、ウエマツは物怖じせずに問うた。

 聞きたい事は山ほど在るが、まずは、目の前の人間が敵か、味方かということ。

 味方である確立など塵ほども無いが、それは敵であるという事と同一ではない。


 しかしこの質問は、背中にある本陣へ到達させないための時間稼ぎ的な意味合いが強い。

 だが、それこそが彼にとって、いま取れる最善の策であった。


 「何者か、と聞かれれば、“デイブレイク”の人間だ、と答えましょうか」


 それは考えうる限り最もありえて、最もあって欲しくないと願った答え。

 ウエマツは無意識に拳を握りこみながらも、その顔に平静な表情を浮かべた。

 ここで、下手な事は出来ない。

 表情の変化一つが、目の前の巨大ライフルのトリガーとなる事を知っているのだから。


 「ああ、安心してください。この銃はもう、使いませんから」


 言うやいなや、男はその手の銃器を躊躇い無く放り捨てた。

 その行動に驚きながらも、ウエマツは内心安心していた。

 少なくともこれで、相手の武器は一つ減ったことになる。

 その気になれば、手にしたこの“牙”で―――


 「止めておきましょう。その銃は既に、使えない筈ですから」

 「何……!?」


 ウエマツは思わず、その手にした“牙”を見た。

 見た目はただの拳銃であるが、その中に込められているのは“弾丸”ではない。

 内蔵した“魔力バッテリー”とも呼べるものを消費し、エネルギーを放つ。

 俗に言うレーザーガンだ。


 「現在、辺りに漂う魔力は一時的に全て使用できなくなっています。まぁ、アルカナマシンほどの出力があれば別でしょうが」


 その語り口に嘘は見えない。

 だが、ウエマツはその銃を手放すことが出来なかった。


 「それに、私は貴方と戦いに来たのでは無いのですよ。単なる、迎えです」

 「……迎え、だって?」


 怪訝そうな顔でウエマツが問う。

 その言葉には答えず、ただ、にやりと男は笑った。


 「えぇ。私はただ、“代替品(オルタナティブ)”を迎えに来たのです」


 ねぇ、と男が笑う。

 その語りかけるような口調に、ウエマツは思わず振り返った。

 そこにあるのは、一陣の風にはためく見慣れた白衣。

 白い髪が靡き、その瞳に揺らぎは見られない。


 「フェリア……!?」

 「さあ、行きましょう。我々には、貴女が必要なのですよ」


 目の前の男は、微笑を湛えて言った。

 それと同時に、フェリアは躊躇い無く頷いて見せたのだ。


 ウエマツには、信じることが出来ない。

 今まで、同じ研究者として彼女と接触する機会が多かったウエマツ。

 それゆえに、彼女が、“デイブレイク”に加担するという事実を受け入れられない。


 だが、同時に、ウエマツの冷静な思考の一部は考える。

 今までの一件は、全て、彼らの掌の上だったのではないか、と。

 ならば、ウエマツに出来る事は何も無いだろう。

 取り落としそうな銃を握って、ウエマツは一言だけ、フェリアに投げかけた。


 「嘘、だろう……?」


 これにフェリアが肯定を返せば、ウエマツはどれだけ救われただろう。

 全ての危惧を捨て、デイブレイクとの対決にだけ心血を注げる。

 だが、フェリアははっきりとした声で告げる。


 「嘘では無い。悪いが、私は今日限りで“対デイブレイク戦線”を抜ける」

 「………ッ!」


 言葉に詰まる事は無く、宣言する。

 それは、フェリア・オルタナティブの選択。

 対デイブレイク戦線の主柱が、崩れた瞬間だった―――






      *       *       *






 「―――ッ!!」


 リヒトは息を呑んだ。

 目の前に存在する黒い機体。

 それはまるで、生きているかのような赤の脈動を見せた。


 あまりにも異質。

 “ジョーカーマシン”という機械ではなく、それは“生物”のような印象。

 故に、グラインダーの拳は、黒い機体に肉薄する前に収められた。

 リヒトの拳は、震えていた。


 「……訳分かんねぇ」


 握り直し、リヒトは改めて目の前の機体を観察する。

 べへモスの中から這い出てきたということは、デイブレイクの機体であることは間違いあるまい。

 通信の機能が果たされない今、目の前の機体にオープンチャンネルで更新することも出来ない。


 正真正銘、正体不明の敵機だ。

 しかしその力は圧倒的であろう。

 放たれるプレッシャーは何よりも強く、リヒトの本能が警鐘を鳴らしているのだから。


 「だが、ここで尻込みする訳には行かねぇんだよなぁ……!」


 グラインダーが微かに動いた。

 しかし、それに敵機は反応しようともしない。

 不気味な静寂の中、グラインダーが地を蹴る音だけが響いた。


 グラインダーの戦い方を変える必要はない。

 超高速で接近し、殴る。

 暗緑色の残像を残し、敵機へと猛進する。

 真っ直ぐに敵機へと迫り、直前で宙へと跳ねた。


 「先手必勝ッ……!」


 そのまま黒い機体の後方に着地し、グラインダーは振り返る。

 伸ばした腕の先で拳を作り、敵機の横っ面を狙った。

 変則的な攻撃。

 だが、敵は微動だにしない。

 その事実がリヒトに違和感を与えるが、放たれた拳は止まらない。

 鋼鉄の、甲高い音が響いた。


 「……あ?」


 グラインダーは、確かに殴った。

 裏拳は何かに阻まれて停止したのだから。

 ならば、何故、敵機は微動だにしていないのか。

 拳と敵機の間には、いつの間にかに、抜かれないままの太刀が存在した。

 音は無い。

 それはまるで、初めからそこにあったかのようだ。


 「何でだ……よっ!」


 太刀を握るのは左腕だけであるにも関わらず、拳はそこから進もうとはしない。

 リヒトはその光景に違和感を覚えた。

 まるで、力が伝わっていないのだろうか。

 思わず、グラインダーを後退させる。

 不可思議な防御に、幾ばくかの恐怖を抱きながら。


 この時、敵機が初めて動いた。

 その手にした太刀を再び腰に戻しながら、一歩、踏み出したのだ。

 ただそれだけの行動に、リヒトは思わず瞠目する。


 「……ッ!馬鹿か、俺は!!」


 だが、呑まれない。

 その感覚はかつて、ファウストのバベルと相対した時に得た感覚と同一。

 まるで、“力”に吸い込まれそうなイメージ。

 しかし、二度目の経験となるそれは、リヒトの心を折るには至らなかった。


 「ファウストの野郎、どうでもいい所で役に立ちやがる……妙に腹立つな」


 頭の中に、一度だけ共闘したファウストの顔を思い描いた。

 人の事を小ばかにしたような笑みを浮かべて、思わず苦笑する。

 イメージですら憎たらしい―――そんなファウストに、少しの感謝。


 「っしゃ、来いっ!」


 気合を新たに、リヒトは敵機を見た。

 歩みは決して早いものではない。

 だが、その一歩一歩がプレッシャーを伴った、巨大なものだ。

 リヒトは最大限に警戒を強め、グラインダーを一部の隙無く構える。

 敵機は、跳ねた。


 「っ!?」


 直線的な動きだ。

 振り下ろされる太刀を、グラインダーは余裕をもって受け止める。

 空と地で向かい合った二機の間で、攻撃が激突。

 衝撃の瞬間、リヒトは苦し紛れに呟く。


 「重い……っ!?」


 その一撃は、グラインダーに多大な負荷を与えた。

 万全ではないとはいえ、グラインダーはアルカナマシンだ。

 ジョーカーマシン同士の戦いでパワー不足を感じたことは無く、むしろ、今まで敵なしと言えるほどの性能。

 だが、それを、正体不明の黒い機体はいとも容易く打ち破る。


 受け止めた腕部の装甲が軋み、嫌な音を響かせる。

 目の前の機体は無表情に、力を籠め続けた。

 既にグラインダーの足元は抉れ、その力に後ずさるばかり。

 その重さはグラインダーに逃亡すら許さず、じり貧の防衛を強いた。


 「逃げれもしねぇ……くそったれ!!」


 一か八か。

 リヒトはアルカナオーバーを使おうと、静かに集中した。

 だが、その集中を破る一撃が襲う。


 『退きなさいッ!!』


 グラインダーのコックピットに映された映像に、新たな影が舞う。

 桃色と紫色で彩られた奇抜な騎士は、その手にした光の巨剣を振り上げた。


 「アイクッ……!!」

 『本名で呼ばないでよ!私は、アイリっ!!』


 叫び、巨剣を黒い機体へと振り下ろす。

 それは直前であっさりとかわされることとなったが、グラインダーは脱出することに成功した。

 上がる土煙の中、薄くぼんやりと光る巨剣を見て、リヒトが呟く。


 「オイ、その剣、どうなってんだよ?」

 『アルカナオーバーよ!でも、悠長に説明している暇は、無さそう、ねっ!』


 土煙を裂くように、黒い機体が迫る。

 グラインダーの前に立ったダイアモンドが、その右手にある長大な砲を放った。

 それが敵機を掠ることもないのは、アイリは既に承知済み。

 狙いは、飛び上がった黒い機体を叩くことにあった。


 「気をつけろ!ソイツの攻撃は異常に重い!」

 『なら、こうすればいいわぁ』


 アイリの声と共に、左手の剣が掲げられる。

 それはダイアモンドの身長よりも、宙に居る敵機よりも高く構えられる。

 それをただ、振り下ろす。

 如何に攻撃が重かろうと、それを生かせなければ意味は無い―――


 『敵の攻撃が重いなら、それより高い位置から攻撃してやればいいのよ』

 「待て!」


 リヒトの静止は、届かない。

 既に振り下ろされた剣は空を裂き、黒い機体に到達しようとしていた。

 それに対し、黒い機体がとった行動は一つ。

 今までと同じく、抜かれないままの太刀を、鞘ごと掲げた。

 それだけで。


 『えぇっ!?』

 「やっぱ、反則だろアレ!!」


 光の剣は、いとも簡単に砕けた。

 降り散る光の欠片が、呆けたようなダイアモンドの身体を照らす。

 今の態勢では防御もままならないだろう。

 そこへ目がけて、敵機は太刀を振り下ろそうとした。


 『させない』


 涼やかな声。

 それと共に、敵機に向けて“黒い刃”が一斉に襲いかかった。

 敵機はそれらを全て撥ねのける。

 それのお陰で、ダイアモンドへの攻撃は中断された。


 『油断するな。敵はアルカナマシン。何があるか、分からないぞ』

 「ベルランドか!?」

 『助かったわ!』


 リヒトは、いつのまにか後ろに立っていた漆黒の機体を見た。

 右腕が黒い刃で構成された異様な姿だが、大半の部分はリヒトの知るキリングと相違なかった。


 「お前まで、アルカナオーバーか……」

 『便利なものだな。汎用性があるというのは、良い兵器としての条件の一つだ』


 宙を舞う黒い刃は全てがキリングの周囲へと戻り、砕かれたものは再生を始める。

 “何でもあり”のアルカナオーバーに、リヒトは思わず苦笑した。


 『さて……これで三対一だな』


 何気なく零した一言に、三人は敵機へと視線を集めた。

 “三英雄”の揃った戦場など、第三次世界大戦でも実現し得なかった光景。

 それら全てが、ただ、一機のアルカナマシンへと目を向け、敵意を露わにする。


 「とは言え、ここからどうするんだ?」

 『囲んでボコボコにしちゃいましょう!』

 「どちらかと言えば、俺らがボロボロなんだけどな」


 リヒトが冗談っぽく言う。

 だが、その言葉は間違いではない。

 “三英雄”の機体は、全てが大小様々なダメージを負っている。

 ここから、するべきことは一つと言えど、手段は選ぶ必要があるだろう。


 『どうするかなんて、決まッてるだろうがァッ!!』


 突如響く、大声での通信。

 三英雄は例外なく警戒し、それぞれの機体が構えを取った。

 直後放たれた、有り得ない位置からの攻撃。

 まるで“異次元”から放たれたような、敵機の真上からの砲撃である。

 そのようなことを出来る存在を、リヒトは一人しか知らない。


 「バベル……ファウストか!」

 『俺がどうやら、最後みてェだな』


 言いながら、バベルはグラインダーの隣の、何もない空間から出でた。

 その光景に驚きながらも、アイリは言う。


 『ちょっ、バベルって、敵じゃないのぉ?なんで当然のように会話してるのよ?』

 『まぁ大体察しはつくがな』


 アイリとベルランドが、それぞれの言葉でファウストを迎えた。

 だが、それら全てを断ち切るようにファウストは言う。


 『んなこたァどうでもいい。今は、“身元不明者(ジョン・ドゥ)”を抜けるのが先決だ』

 「ジョン・ドゥ……?」


 呟きに、バベルは首を動かして、器用に黒い機体を見た。


 『アレのパイロットだ。危険だッつってデイブレイクの基地で、ずゥーッと拘束されてたらしいぜ』

 『ふーん……でもぉ、“倒す”って言うのなら分かるんだけど、“抜ける”って?』


 アイリの疑問はもっともだ。

 しかし、ジョン・ドゥと一番戦っていたリヒトには、その理由が薄々分かっていた。

 それを認めたくはないが、それが、一番有り得る可能性なのだ。


 『いいか。“三英雄”程度じゃ、束になっても勝てねェ』

 『……聞き捨てならんな』


 ファウストのその言葉に、ベルランドが噛みつく。

 だが、ファウストはより毅然とした態度で言い放った。


 『万全の状態ならともかく、今のテメェらじゃ絶対勝てねェんだよ。だから、抜けろ。抜けて、デイブレイクの基地を目指せ』

 「その基地は、どこにあるんだ?」


 リヒトの言葉に、バベルは指を向けた。

 その方向には、アルバートマウンテンの中でも最も高いとされる、アルバート山がある。

 そして、バベルが差す場所は、その頂上だ。


 『いいかァ?遠距離攻撃を持つ奴は、ジョン・ドゥを牽制しつつ。それ以外の奴らは全力で走れ』

 『……いいだろう』


 思考を切り替えたベルランドは、その右腕を構えた。

 差し詰め、オーケストラの指揮者のような構え。

 それと同時に、バベルも準備を始める。


 リヒトはふと、ワームホールを利用した移動で一気に距離を離すことを考え付いた。

 それならば、全員が、安全に拠点へと進めるだろう。

 それを提案しようと、リヒトが口を開きかけた瞬間。


 『悪いが、先に行ってろ。後から、追いつく』


 ワームホールの黒が、グラインダーのメインカメラいっぱいに広がっていた―――







 そして、戦場からグラインダーの姿が消える。

 それを見て、アイリは憤慨した。


 『アンタ、何するの!?やっぱ敵!?』

 『落ち着けよ。俺は別に、変なトコロに飛ばした訳じゃねェ。先に行って貰っただけだ』

 『危険だとは、思わなかったのか』


 “魔獣”と“猛禽”の声を、ファウストは鼻で笑った。


 『逆に聞くぜ?テメェらは、逃げながらアレを相手に出来るとでも思ってんのか?』


 視線の先には、ジョン・ドゥ。

 二人掛かりでもあしらわれたことを思い出して、アイリは唇を噛んだ。

 同時に、ベルランドも忸怩たる思いを抱く。

 キリングが飛ばした全ての刃を、ジョン・ドゥは全て弾き返して見せた。


 『……骨が折れるな』

 『不可能とは言わねェのか?』


 悪戯っぽく言うファウストに、ベルランドは微笑を浮かべる。


 『不可能だったら、“英雄”を助けに行くことが出来ないだろう?』

 『そうよねぇ、そうよねぇ!さっさと倒して、加勢しに行きましょうよっ!』


 二人の声に、ファウストはうなずいた。

 満身創痍の機体が三機。

 目の前に迫るは、デイブレイク“最凶”と言われた“切り札(ジョーカー)”。

 ファウストの口の端は、自然と上がっていた。


 『―――上等だぜェ!!』






      *       *       *






 「そ……んな……っ!」


 ウエマツが、手にした銃を取り落した。

 その身体は震え、しかし、それでもフェリアを視界にとらえ続けていた。

 そう。

 男へと歩み寄っていく、フェリアの姿を。


 「すまなかった。こうなるならば、やはり、私は助けなど求めるべきでは無かったのだな……」


 その言葉は空気中に溶けるように消えた。

 男は黙って微笑んでいる。

 ウエマツは、瞠目したままに言った。


 「だって、フェリア……アンタ、リヒトはどうするんだ……?」


 ウエマツの言葉に、フェリアは振り返る。

 その表情は、ウエマツが初めて見るものだった。

 誰から見ても、その顔は―――そう、泣く寸前のような、悲しい、引き攣ったような、表情。

 それは、ウエマツが初めて見た、“仮面の無い”フェリアの表情だった。


 「ウエマツ……一つだけ、頼まれてくれるか?」

 「……自分で、伝えればいいだろ?」


 不貞腐れたような言葉の響きに、フェリアは薄く笑んだ。

 それでも、ウエマツの言葉には従えない。

 もう、リヒトに会うことは無いだろうから。


 「無理だから、貴様に頼んでいる……願いは、たった一つ」


 その言葉に、ウエマツは覚悟をした。

 フェリアは本気なのだろう。

 それを受け入れる、覚悟を。


 「リヒト・シュッテンバーグに伝えてくれ」


 一筋。

 光の粒が、頬を伝った。


 「私は……フェリア・オルタナティブは、楽しかった。今まで、ありがとう」


 その言葉に、ウエマツは今度こそ崩れ落ち。


 「では、行きましょうか?我々の“城”へ」


 聖職者は歪んだ笑みを浮かべ。


 「……さらば、“英雄(リヒト)”」


 フェリアは、涙を流した―――






      *       *       *






 「くそっ、ここは何処だ!?」


 グラインダーのコックピットの中で、リヒトは苛立った声を上げた。

 何が起こったのか分かる暇もなく、どこか見知らぬ場所へと転移していたのだから、当然だ。


 「……状況から察するに、俺はファウストの野郎に“飛ばされた”のか」


 冷静に思考を始めると、ようやく目も慣れてきた。

 暗闇しか広がらなかった視界に、僅かな光が戻ってくる。


 メインカメラから見渡すそこは、酷く殺風景な部屋だ。

 グラインダーが存在できる広さを考えると、演習場かなにかなのであろうか。

 だが、ジョーカーマシンの屋内演習場など、聞いたことがない。


 「デイブレイクの、演習場か……?」


 呟き、グラインダーを動かした。

 ざっと見たところ、部屋の入口はおろか、窓の一つも見当たらない。

 脱出の手段を考えるリヒトは、最終手段として破壊することも、やむを得ない考えていた。

 デイブレイクの懐であるということを考えれば、それは最善の選択肢とは言えないが―――


 「……ッ!?」


 突然、部屋に光が満ちた。

 暗闇に慣れていたリヒトの目に突如飛び込んだ、強烈な光。

 思わず目を瞑り、その顔を腕で覆う。

 白く漂白された世界が元に戻る頃。

 一機のジョーカーマシンが、目の前に佇んでいた。


 「テメェは……!?」


 それは、見た事の無いジョーカーマシン。

 純白の装甲はなだらかに、だが、繊細な意匠を持っている。

 しなやかな肢体は細く、体躯は通常のジョーカーマシンよりも小さい。

 目に灯る光は蒼く、全てを見通すかのよう。

 そして、何よりも―――


 「似ている……グラインダーと……!!」


 Arcana Machine 04 Grinder(グラインダー)

 それと、似ているのだ。

 四肢から伸びたバイパス、頭部の意匠など、些細な違いは見られる。

 だが、設計は、ほぼ同じであろうと予測された。


 『早かったな、リヒト・シュッテンバーグ』


 その声は、目の前の機体から放たれた。

 低い雷鳴のような、全ての者に威圧を与える声。

 だが、リヒトはそれに動じることは無かった。


 「お前は誰だ?そして……その機体は、何だ?」


 目の前の白い機体から、殺意の類は感じない。

 だが、リヒトの言葉には明らかな警戒が含まれていた。


 『私は……デイブレイクの総帥』


 その言葉に、リヒトは構えを取った。

 白い機体が動く様子は無い。


 『そしてこの機体は……“悪魔(イビル)”』


 言うと、白い機体“悪魔(イビル)”は、右手を翳した。

 その掌には小さな突起があり、その奥には穴のような機構が見える。


 「―――ッ!!」


 グラインダーは、自然に動いた。

 その穴の奥から放たれるそれがグラインダーを破壊することを、リヒトは“死”という明確なビジョンを持って理解した。

 グラインダーが飛びのいたのは、本能ゆえの行動。

 生物として絶対的な存在、“死”。


 「なんだそれ……ふざけてのか、テメェ……ッ!!」


 直前までグラインダーの居た場所を抉る巨大な“光の柱”。

 そして、“アルカナマシン一機ほどの魔力の線”を現すレーダー。

 それら全てが、開戦を告げていた。


 『さあ、始めよう……“稽古”の時間だ……』








次の話でたぶん一章が完結します。

なお、この話は三章構成となっておりますので、ようやく序盤が終わった感じですね。

長い序盤でした。

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