第二十二話 相対する超越者達
『うえぇええええっ!?』
『何だありゃあ!?ジョーカーマシンってレベルじゃねぇぞ!』
『ふざけんなよ!ファック!!』
混沌した戦況をどうにか戦い抜いていた傭兵達ではあったが、ベヘモスの登場には流石に度肝を抜いたようだ。
彼らは口々に共通チャンネルへと驚きの声を乗せていた。
全体が俄かに浮き足立ち、同時に、敵ジョーカーマシンは息を吹き返したかのような攻撃を始める。
切り込まれたスリーマンセルのチーム構成はバラバラになり、単独での戦いへと姿を換える。
どうにか保っていた戦線はたちまちに崩れ、大混戦が始まってしまった。
辺りは黒煙と砂煙がたちこめ、ダイアモンドの視界に仲間の姿は映らない。
見えるものといえば、土煙よりも遥か高くに存在する巨大ジョーカーマシンの頭ぐらいのものだ。
「誰か!聞える!?」
『―――ッ……うっ……!』
通信は意味を成さず、大量のノイズしか返さない。
最後には集合のための通信も完全に断たれ、今のアイリに為せる事は著しく減った。
アイリが恐れていたことの一つがあっさりと実現してしまい、彼女は舌打ちを隠せない。
「通信もダメ……完全に孤立状態ねぇ……」
どこかにあるジャマーを探し出して破壊する頃には、周りの傭兵達は倒れてしまっているだろう。
ただでさえ圧倒的な物量差だ。
一気に攻勢に出られると、こちらの勝利の確立は限り無く薄い。
コンソールの表示を魔力源探知優先にすると、自分の周りに三機ほどのジョーカーマシンが存在することが分かった。
先手必勝とばかりに、ダイアモンドが脚部ローラーを稼動する。
「隙ありよぉっ!」
敵ジョーカーマシンは気付くこと無く、振り上げられた剣の餌食となった。
吹き飛ばされたそれは胸部に著しく損傷を受け、二度と動く事は無いだろう。
だが、今の攻撃で残りの二機が位置を特定した。
その場に居続ける愚行を犯さず、ダイアモンドは素早くその場から離れた。
次の瞬間に爆ぜた弾頭が、ダイアモンドの代わりに地面を吹き飛ばす。
アイリは魔力レーダーを頼りに、砂煙の中を進む。
見えたのは、間抜けに照準を揺らすジョーカーマシン・ワンドの横顔。
「二機目、いただくわっ!」
その横っ腹へと、渾身の突きを放った。
貫通することこそ無いが、その一撃でワンドは確実に再起不能なダメージを受ける。
一拍置いて巻き起こった小爆発が、その後ろに存在していた三機目の敵の姿を見せた。
その手にジョーカーマシン用の熱線銃を構えている。
既に銃口はダイアモンドを睨みつけており、二機目のワンドを囮にしたことが見て取れた。
前進しているダイアモンドは止まる事は出来ず、最早必中の一撃である。
「剣を振り切ったから、好機だと思ったの?」
故の、慢心。
ダイアモンドの装備している武装は剣だけではない。
その機体が騎士なれば、左手にあるのは、守護を司る盾。
熱線は白銀の盾に弾かれ、あらぬ方向へと捻じ曲がり、消えていった。
効かない熱線銃を狂ったように撃ち続けるジョーカーマシンと、猛進を続けるダイアモンド。
それら全ての熱線を弾き飛ばし、ダイアモンドはその盾に仕込んだそれを起動させた。
彼女のあらゆる武装に積み込まれるソレは、至近距離で一撃必殺の力を持つ兵器。
「これ、何か分かるぅ?」
盾の先端をがっちりとジョーカーマシンの腹に固定。
アイリが操縦桿の引き金を引くと同時に、激しい音と共にびくり、と、ジョーカーマシンが跳ねた。
胴体に穴を開け、背中から金属の杭が生えていること以外は、その姿に何ら変わりは無かった。
「正解は、パイルバンカー……でも、これって正確に言えばシールドバンカーなのかしら?」
動くことの無いジョーカーマシンを投げ捨て、シールドの杭を取り外した。
一発毎に交換が必要なのがネックだが、やはり威力は段違い。
そんな“力”を象徴する武装が、アイリは好きだった。
「しかし、皆は無事かしら……」
通信を試みるも未だ戻らない電波状況に、アイリは憂いの溜息を吐いた。
ナドレとバドルはまず、やられることはないだろう。
フォードPMC創立以来の付き合いであり、その実力は、他ならぬ彼女が一番理解している。
他の傭兵達も含めて、手練を集めて構成したチームだ。
そう簡単にやられる筈がない。
アイリは再び敵を探そうと、魔力レーダーを見やった。
「……っ!これって!」
が、そこにあったのは小さな反応だけではない。
普通のジョーカーマシンでは考えられない規模の反応が、高速で動いていた。
真っ直ぐな進路の先には、ダイアモンドが、アイリが居る。
シールドの杭を装填し、襲撃者を待つ。
『よう、腐れオカマ野郎。元気してたか?』
近距離の通信で気さくに掛かった声は、野太い男のものである。
その言葉にアイリが反応を示す前に、その機体は砂煙を割って現れた。
凍えるような白色の双眸。
藍色の装甲板は尖り、攻撃的な印象を与えるものである。
黒く巨大な槌を持ち、その背には同じく黒色のテールスタビライザーがあった。
威圧的なその機体は、武器である巨槌を構えることもせず、その場に仁王立ち。
パイロットは、まるで、嘗ての強敵との再会を懐かしむように笑う。
『随分と久しぶりにあったと思ったら、今度は慈善活動か?金にならない仕事はやめとけよ、社長?』
「ディンゴ!アンタ、ディンゴじゃない!“金の亡者”の!」
『ええい、亡者と呼ぶな!』
アイリが聞いた声は、戦時中の相棒の声と何ら変らなかった。
旧友とも呼べる仲の人間の登場。
ましてや命を賭けた戦闘の最中だ。
そのテンションが一気に跳ね上がるのも分からなくは無いだろう。
嬉しそうに名前を連呼するアイリに、鬱陶しそうにディンゴは言った。
苛立ちを隠さないディンゴに、続けて話かけるアイリ。
「え?こんなトコロで何やってるのぉ?いやぁ、ホント懐かしいわね!戦争以来かしら!」
『何してる、って、敵に決まってるだろ!相変わらずふざけた野郎だ』
「違うわよ、今の仕事は何してるの?どうせビンボ傭兵やってるんでしょ?」
『ビンボって言うな!俺は裕福だ!』
アイリにその心算は無いが、それでも、ディンゴにとっては苛立たしい言葉のオンパレードである。
苛立ちをマシンに腕組みさせることで表現したディンゴに、テンションの上がったアイリは気付くことは無い。
「いやぁ、腐れ縁もここまで来るとえげつないわねぇ……。旧友として、久しぶりに話したかったのかしら?」
『一方的に話を進めておいてその言い草か!一方的に話してたのは貴様だろう!』
「面白いこと言うわねぇ?私がディンゴの話に付き合ってたんでしょ?」
『もういい、貴様と話すと調子が狂う!』
最早聞く耳を持たないようにするディンゴと違って、アイリは冷静な心を持っていた。
だが同時に、信じ切れない驚愕も共存した心持であった。
旧友が敵に回る―――そもそもディンゴは、戦時中アイリにPMCの設立を勧めた男だ。
故に、その感傷も少なからずある。
話を引き伸ばしたのはディンゴの苛立ちを加速させるだけではなく、少しでも長く、その男と戦うときを伸ばそうとしていたのかも知れない。
だが、それも既に叶わない。
目の前の“旧友”は、その手に巨槌を構え、臨戦体勢を取っていた。
それに合わせて、ダイアモンドもまた両手の装備を構える。
「戦場での再会なんて、ロマンチックだわぁ」
『貴様との邂逅は俺にとって不運な事故だ。何故、俺がこいつの担当に……』
愚痴るような言葉だったが、ディンゴはやる気を見せていた。
即ち、ダイアモンドを、アイリを屠るのに躊躇いは無いということである。
『貴様との腐れ縁も、ここで断つ。二度と目の前に立たせないぞ』
「あらぁー。それは寂しいわぁー」
『だから、それが気持ち悪いと!戦場の頃から言ってきた!』
ディンゴは巨槌に苛立ちを込めて大地にぶつけた。
粉塵と轟音が響き、それがアイリの眉根を寄せさせることとなった。
『最後のチャンスだ。貴様がここから去れば、俺は追わないぞ』
「冗談。私にだって、譲れないものはあるのよぉ?」
互いに、“旧友”としての最後の言葉を交し合う。
もう戻れない日々に、罅が入っていく。
「先に言っておくわ。私は手加減しないわよ」
『それはこちらのセリフだ』
槌を構える戦士。
剣を構える騎士。
二機のアルカナマシンが向かい合い、互いの覇気をぶつけ合っていた。
風が凪ぎ、辺りに静寂が生まれる。
戦闘の前の緊迫感から生まれるそれは、彼らだけの世界を形作った。
ある種神聖な、決闘のような空気。
まず決闘に必要なのは、名乗りだった。
「Arcana Machine 07 Ananta 改め―――Diamond」
『Arcana Machine 18 Fenrir』
彼らは既に大局を見失い、目の前の勝負だけを見つめる。
数秒の空白。
次なる言葉を吐くのは、ほぼ同時。
「『さあ戦おう、“旧友”よ―――!!』」
* * *
巨大な体躯はアルバートマウンテンの山々に紛れ、黒く、聳えていた。
まるで悪魔のような姿は醜悪で、力強い。
デイブレイクのアルカナマシン、ベヘモス。
それに対するは、あまりにも矮小な存在である暗緑色の影。
構えを取り臨戦態勢に入ったその人型は、脆く、儚く、強さを持つ。
リヒト・シュッテンバーグの駆るアルカナマシン、グラインダー。
相対す、二機のジョーカーマシン。
体躯は違えども、戦闘力はほぼ同等のポテンシャルを持つ二機。
先に動いたのは、暗緑色。
四肢から伸びたバイパスからは魔力が噴出し、それは推進エネルギーとなってグラインダーを押し出す。
白い光の筋を残しながら飛翔し、真っ直ぐにベヘモスの顔面へと踊りかかった。
だが、その行く手を阻む光条がある。
咄嗟の判断を下したリヒトがグラインダーの高度を急激に落とし事なきを得る。
「またかよ!いい加減に……ッ!?」
言いかけたリヒトの言葉を遮ったのは、連射されたバルカンの轟音。
地面付近まで一気に降下したグラインダーは、半円を描くようにその追撃を振り切る。
耕された地面が大量の砂煙を上げ、辺りの視界を一層に悪くさせた。
そこに差し迫るのは、ベヘモス自身の巨大な身体である。
ジョーカーマシン一機を容易に握りつぶせるほどの拳を大地へと叩き付けた。
だが、今だグラインダーが健在であるのは、拳を放った張本人が一番分かっているだろう。
続く動きは無い。
静寂が戦場を覆い、二機は互いの場所を探ろうとした。
瞬間、砂煙を打ち破って飛び出したジョーカーマシンの姿がある。
「―――行くぞ、デカブツっ!!」
グラインダーがベヘモスの背後から現れ、追加装甲に覆われた右拳を引き絞った。
後頭部を狙い、一直線に空を翔る。
ベヘモスは動けない。
その巨体ゆえに、その場での細かい挙動は不可能。
故に、それは搭載されている。
「なッ!?」
背中に付いたミサイルポッドは一斉に開放され、不気味に光る弾頭が顔を覗かせた。
その数にしてざっと百は下らないだろう。
山のようなベヘモスの背中にびっしりと生えたミサイルが、牙を剥く。
放たれたミサイルはまるで、機関銃のような気軽さでばら撒かれていた。
だが、それら全てが一撃で戦いの趨勢を決めるような破壊力の弾頭を持つ兵器。
直ぐ隣を走るミサイルや、或いは、直撃するはずだったミサイルを回避しながら、リヒトは舌打ちを零した。
「ふざけんな、よ……ッ!!」
急激に制動をかけ、グラインダーの攻撃挙動を中断しようとする。
勢いは弱まったが、本来、全力での突撃だ。
そう簡単に止まれるわけが無く、止まれたときには既に、目の前にはミサイルが存在していた。
「オラァッ!!」
振り上げた拳を、迷い無く振るう。
ミサイルは小爆発を起こすまでのコンマ数秒の間に、グラインダーを逸れていった。
背後での爆発は、空に放たれた大量のミサイルに誘爆していく。
それを好機と捉え、リヒトはグラインダーのブーストを吹かせようとした。
意気込んだリヒトに水を差すかのように、通信機からの声が響く。
『止めろ、リヒト。それは罠だ』
「罠ァ?一体、何があるってんだよ」
渋々、といった様子で体勢を立て直すリヒト。
一旦離れるべきだというフェリアの指示に、グラインダーを再び低空へと動かす。
土煙と黒煙が晴れると、リヒトはフェリアの判断に感謝の念を覚えた。
『熱源反応を見るに、ミサイルはまだ半分以上残っているぞ。あのままでは、落とされていただろうな』
「……気持ち悪い光景だな。遠目から見ると、粒粒が大量に並んでやがる」
ベヘモスの背部ミサイルポッドには、まだまだ大量のミサイルが顔を覗かせていた。
それら全てがグラインダーのみを狙って飛んで来るのだ。
リヒトは舌打ちを零し、ミサイルポッドが再び閉じていくのを忌々しげに見送った。
『特殊兵装だと自信満々に行ったにも係わらず、近寄れて無いじゃないか』
「うるせぇ!まさか、上があそこまでえげつねぇとは思わなかったんだよ!」
怒鳴るように、リヒトは苛立った声を上げた。
その言葉の真意を噛み砕き、フェリアは一つの質問を返す。
『……ならば、下からなら行けるのか?』
「やってみなけりゃ分からねぇが……」
歯切れの悪い言葉だ。
リヒトはベヘモスの上半身を改めて見上げる。
肩に付いた熱線砲を筆頭に、大量のミサイルやバルカンが仇為す敵を滅さんと輝く。
それら全ての対象がグラインダー一機であることに、最早呆れた、といったようなため息を吐いた。
「どう考えても、上よりゃあマシだろ」
『違いない』
くすりと笑ったフェリアに、リヒトは口角を上げた。
よくよく思い出せば、笑うようになったもんだ―――
思い出すのは、初めてバベルと戦った、自分の屋敷での戦いであった。
そして、今のこの状況。
圧倒的な質量差、物量差を覆すには、やはり、“アルカナマシン”の性能を最大限に引き出すしかない。
「アルカナオーバーを使う」
『このタイミングで使うのか?』
アルカナオーバーはその絶大な能力と引き換えにパイロットの戦闘能力を奪う。
それをこの、戦闘が始まって早期で使用すると言ってのけたリヒト。
確かに、フェリアの驚きは尤もである。
しかし、リヒトは静かに告げた。
「見ろ。こいつはデカい。戦場からなら、何処からでも見えるだろ?」
『まあ、こっちから目視できるレベルだな』
「つまり、“俺”が単独で“コイツ”を倒せば士気が上がるって事だ。逆に、こいつを野放しにするのはヤバい」
事実、不意打ちで浮き足立っていた敵ジョーカーマシンの統率も徐々に取り戻されつつある。
ここで必要なのは、インパクトある勝利だ。
間違っても、“増援を待つ”という、士気を下げる消極的な作戦ではない。
『時間稼ぎは逆効果か……』
「理解が早くて助かるぜ。コードHC-004、排除」
リヒトはグラインダーのコンソールを操作し、追加装甲の排除を促した。
それに応じて、四肢を覆っていた追加装甲が剥がれ落ち、その真の姿を現す。
拳部分を完全に覆うように残った装甲には、数本の円筒が腕伝いに真っ直ぐと伸びている。
その脚も同様に、膝まで伸びる円筒が鈍く光っていた。
また、その拳と脚の装甲自体が、酷く紅く、揺らめいている。
高温によって陽炎が生まれ、それがグラインダーの姿を妖しく揺らめかせた。
『やれやれ、秘密兵器はギリギリで出すから秘密兵器なんだろうが……』
「いや、今の状況は結構ギリギリだろうよ」
『もっと、ここぞで……そう、攻撃の瞬間に宣言するような』
「そんなことやってられる余裕があると思うか?」
フェリアの言葉にげんなりと返したリヒトは、一旦、視線をベヘモスに戻した。
ベヘモスはゆっくりと歩みながら、到底グラインダーに届くことは無い射撃を繰り返している。
しかし、これ以上離れる事によって、他の傭兵に標的を変更されるのはまずい。
グラインダーだからこそ、ベヘモスと相対すことが出来るのだ。
『冗談は抜きにしても、大丈夫か?敵の前でそんなに新兵装を披露して。警戒されてしまうぞ』
「問題ねぇな」
リヒトは断言した。
その拳を宙に構えながら、グラインダーがベヘモスへと視線を放つ。
差し詰め、巨大な怪物に挑む英雄のような構図である。
「新兵装が来ると分かっていても、どうすることも出来ない。それが、俺の“アルカナオーバー”だ」
『なるほど』
納得したように呟いたフェリア。
その声を聞きながら、リヒトは脳内にある引き金に指を掛けた。
「行くぜ」
引き絞る動作は最小限に。
気取られず、気取らせない。
意思を力へ、力を機体へ。
漲る魔力を感じ、それを昇華する。
叫び、唄う。
その鍵語こそ、“能力”を“反則”する意。
全身全霊の人間に授けられる、“22”の恩恵―――
「―――|Arcana Over!!」
* * *
『いやぁー来てくれると思ってたよ?ホント、良かった良かった』
「そりゃァどうも」
通信機の向こうで響く甲高い声が煩わしく、不機嫌な声を上げた。
未だに続く頭に走る痛みと戦いながら、火器慣性システムを起動する。
すぐさまにオールグリーンの表示を返すOS。
『実はアンタとは一度戦ってみたかったんだよ?』
「俺様は案外評価されてたんだなァ」
戦闘の準備を整えたファウストは、カメラ越しに目の前の機体を見つめる。
アルカナマシン、イフリート。
その機動力と鋭い爪の一撃、更に搭乗者である“凶戦士”のポテンシャルもある。
対してファウストは、謎の頭痛と、“バベル”を倉庫から無理矢理に奪ったための準備不足というハンデ。
だが、ファウストは不敵に笑う。
「でもなァ、ちょっとテメェじゃ役者が違うンじゃねェのか?」
『へぇ……それはどういう?』
惚けたように聞き返すケットシィ。
ファウストは両肩の砲を向けながら、宣言する。
「俺様はデイブレイクの総帥を―――いや」
一端区切り、ファウストは面を上げた。
爽快な気分だ。
頭痛などのハンデがあったとしても、負ける気はしない。
だから、彼は叫ぶ。
その意思を。
初めて得た、本当の意思で―――
「シュッテンバーグ卿を捕らえて、全ての清算をする。だから、ケットシィよォ」
『―――っ!!』
言葉と共に放たれた砲弾がイフリートを襲う。
当たる事は無かったが、それは、ファウストの中で大きな意味を持つ。
「俺はデイブレイクなんてシミッたれた組織なんざ、ぶッ飛ばしてやンよッ!!」
それは、宣戦布告。
明確な裏切りの言葉。
『オーケィ、そっちのほうがアタシにとっては好都合……アンタと戦いたかったってのはホントだからね』
だからこそ、ケットシィは歓喜した。
歓びの言葉も、殺意の奔流も、同等に跳ね上がっていく。
肉食獣が走る瞬間の、四肢を折り曲げた構えを取ったイフリート。
その爆発的加速力に、バベルは砲身を起動することで対抗する。
黒い山のような体躯から黒光りする様々な銃口がせり出し、全てを爆砕せんと。
アルバートマウンテン山頂付近に走る、一瞬の静寂。
積った雪が風で飛ばされ、静かに舞った。
瞬間、殺意が迸る。
『リベンジマッチの邪魔をされた件を含めて!本気でイクよッ!!』
「来いよ、“凶戦士”」
戦場は“切り札”の知らない所で加速していく。
四つに分かたれた戦場で、“兵士”、“女王”、“王”、“死神”が吼える。
それぞれが一騎当千の力を持つ切り札だ。
対抗できるのは、同じ力を持つ切り札でしかない。
デイブレイクの“最強の切り札”は―――既に、動き始めていた。
こっから場面がちょくちょく変わりますが、ご容赦を。
今更ながら、区切ってあるところで場面転換されてますんで。