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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
23/41

第二十一話 開戦





 今夜の戦場は、荒涼とした岩肌の織り成す平原。

 岩陰から、戦士が立ち上がる。


 暗緑色。

 通常のそれよりも小さな体躯に、遥か膨大なエネルギーを秘めて。

 四肢の装甲は流線型、眼光は煌々とした紅。


 Arcana Machine 04 Grinder(グラインダー)


 「“裁断者(グラインダー)”、行くぞ!」


 乗り手の声に応じて、暗緑色の身体は空を舞った。

 跳躍はやがて自身の身長の数倍の高度まで機体を押し上げ、パイロットに幻想的な光景を提供する。

 見上げる夜空に星が散り、見下ろす大地にも星が映る。

 地上にある星星の全てが、空へ跳んだグラインダーを見つめていた。


 「結構な数が居やがる!バレてたか!?」


 憎憎しげな口調とは裏腹に、嬉しそうに口の端を歪める。

 見下ろす星星は、それら全てがジョーカーマシンの瞳。

 ゆうに数十のジョーカーマシンの配備されている計算となる。


 その中でも、先頭に立っていた一際大きいジョーカーマシンが動いた。

 肩部に搭載した巨大砲を放たんと、その砲口に光の粒子を集中し始める。


 「だが、そんなモンは関係ねぇ!」


 グラインダーの跳躍が頂点に達し、浮遊感が一瞬にして消失。

 次に襲い来る重力を感じる前に、叫ぶ。


 「簡易(イージー)


 フェリアの言葉を思い出す。

 グラインダーに搭載された“三つ”の切り札。

 それが、リヒト・シュッテンバーグの助けになるであろうということを。


 「アルカナ」


 意識の引き金を引く。

 放たれた言葉はアルカナの扉を開き、そこから膨大な魔力を呼び起こす。

 生まれるのは、精神力を糧に生み出される音速を超えた力。


 「オーバー……っ!」


 顕現する超常。

 リヒトの、グラインダーの望んだ、速さの壁を越える力。

 純正アルカナエンジンにのみ赦された“能力”を“反則”する力。

 ジョーカーマシンの砲撃如きが、追いつける領域ではない。


 地上からは、あたかも、グラインダーが消えたように見えただろう。

 砲撃を放ったジョーカーマシンのパイロットは、消えたグラインダーの姿を探す。

 砲撃が直撃する前に消えたのだ、やられてしまったという事は無い。

 視認出来る場所には既に夜空しか見当たらず、魔力レーダーの表示に目をやった瞬間。


 『―――っ!?』

 「厄介な砲撃は、先に潰させて貰うぜ」


 レーダーに映った巨大な反応は、自らが放っていた。

 否、己の機体の上に、“グラインダー”が立っていたのだ。

 彼に声を出す暇は与えられない。

 グランダーの右手がジョーカーマシンのコックピットを一撃で破壊する。


 その機体を蹴って、グラインダーは再び夜空に舞った。

 蹴られた反動によって大型ジョーカーマシンはぐらりと揺れ、地面へと倒れ行く。

 ビルが倒壊したかのような土煙に紛れながら、リヒトは通信回線を開いた。


 「グラインダーより、各機へ!作戦名“賭け事(ギャンブル)”を始めるぞ!」


 答えは無い。

 返答の代わりにあるのは、数機のジョーカーマシンが疾駆する轟音。

 フォードPMCから派遣された五人の傭兵と、それを束ねるアイリ・フォード。

 軍用のジョーカーマシンを駆る腕利きの傭兵達が、揃って駆け出していた。


 土煙を突き破り、グラインダーもまた、跳ぶ。

 眼前に広がるのは、荒野に居る幾多のジョーカーマシンたち。

 予想を遥かに超えた数に加え、常識では測れない大型のものまで存在している。

 だが、リヒトは口の端を上げて叫んだ。


 「俺に―――続けッ!!」






 これは、後世に語り継がれることになった戦端の一つである。

 歪曲された歴史であるのだが、今、ここには真実のみが横たわっているのであろう。

 作戦名“賭け事(ギャンブル)”。

 皮肉としてとられることの多いこの作戦だが、今のリヒト達にはその呼び名こそが正しかった。

 “兵士(ジャック)”、“女王(クイーン)”、“王”(キング)、“死神(ジョーカー)”。

 四の“切り札”が集結し、世界に新たな“手札”を齎す。

 それを、“賭け事”と言わずに、何と呼べばいいのだろうか?

 今の彼らには、その答えを求める術すらない―――






      *       *       *






 リヒト・シュッテンバーグの気合の篭った号令を聞いたとき、彼女は先頭に立っていた。

 背中に計五機のジョーカーマシンを連れて、猛然と駆ける。


 「ナドレ!バドル!その他社員!用意は良い!?」

 『問題ありません』

 『いつでも行けるぜッ!!』


 アイリの通信を聞いたナドレとバドルが、いの一番に返答を返した。

 続いて次々と上がる威勢の良い声に、アイリは口の端を上げて叫ぶ。


 「総員!接敵準備!」


 その言葉よりもワンテンポ早く、アイリは手にした剣を構えていた。

 アイリの考えを見透かしたかのように、後続の機体も次々と各々の武器を構えた。

 中でも目立っていたのは、ダイアモンドに続いて、同じく脚部ローラーで移動する二機の機体。

 青をメインカラーとしたチャリスは、ナドレ・ステイラーの機体。

 赤をメインカラーとしたソードは、バドル・アーガレストの機体。

 アイリ・フォードの右腕と左腕が、それぞれの部位に対応する位置に配されていた。


 「ぶちかますわよォ―――ッ!!」


 その魔獣のような咆哮と共に、ダイアモンドは正面の敵へと近づいた。

 呆けたようにグラインダーを捕捉していた砲塔が、慌てたようにダイアモンドへと向き直す。

 しかし、それでは遅いのだ。


 『……ッ!!』


 違法改造を受けたチャリスの巨大砲塔は火を吹く事無く、その場で叩き折られた。

 それを為したのはダイアモンドが振り上げた西洋剣。

 彼女自身が造った隙に、すかさずその剣を振り下ろす。


 「貰ったわぁ!」


 言葉とどちらが早いか。

 剣はコックピット付近まで無理矢理に斬り壊し、そして、爆発した。

 騎士の剣の中に仕込まれた炸薬が、敵のチャリスを吹き飛ばす。

 立ち上る黒煙の中から再び現れたダイアモンドは、白い眼光を光らせて再び剣を構えた。


 その先に見えたジョーカーマシンの数は、計算によれば三十。

 如何にこれがアルカナマシンであるといえど、本当のアルカナオーバーの出来ないダイアモンドで一気に相手をするには難しい。

 だが、その背には仲間が居る。


 「ここからは各個殲滅戦になるわよ!準備はいいッ!?」

 『了解です、社長』

 『さっさと掛かって来いッ!!』


 ナドレ機はジョーカーライフルで、バルド機は大型の剣で、それぞれに立ちはだかっていた敵を撃破していた。

 他の傭兵たちもまた相手に攻撃を成功させ、着実に士気を高めている。

 しかし、それはあくまで“不意打ち”であったからであろう。

 ここからは、如何にして多勢に無勢で戦うか。

 鍵となるのは、やはり、ダイアモンド。

 右手の剣と左手の盾を構え、アイリは吼えた。


 「今だけは“魔獣”に戻ってあげるわ!冥土の土産に、その目に焼き付けておきなさいッ!!」


 ローラーダッシュを駆使し、ダイアモンドは次の標的へと近づく。

 それに応じて、傭兵達も皆、各々の定めた目標と戦闘を始める。

 平原での大規模戦は、始まったばかりであった。






      *       *       *






 遠方から聞える爆発音に、ベルランドは意識を現実へと戻した。

 頭を二、三度振り、カメラ越しに目の前を見据える。

 切り立った絶壁を見上げ、谷間に吹く風の強さに辟易とした溜息を吐いた。


 周囲にあるのは荒涼とした荒野ではなく、山岳部に亀裂の如く走る峡谷。

 本陣防衛を担当するはずのキリングであったが、その機体は今、とある場所へと向かっていた。

 理由はただひとつ。

 手紙に、そう書かれていたのだから。


 「………」


 無言の彼に聞えるのは、周囲を吹き荒ぶ風の音と、自らの操縦するキリングの駆動音。

 無機質で感情の無いような、無色透明の音に囲まれていた。

 ベルランドは時計を確認すると、まだ定刻では無い事に安心し、パイロットシートに体を深く埋める。


 ―――いつ、だったであろうか。

 或いは、いつから、が正しいのか。

 ベルランドは、その女性が居た日々を思い出していた。







 「―――何をぼけっとしてるのよ。早く飯を食べなさい!」

 「……あ、あぁ、悪い」


 思考に耽っていたベルランドは、慌てて食器の上の鶏肉を平らげた。

 筋張っていて美味しいとは微塵とも思えないが、戦場ではありがたい食事だ。

 口の中に詰め込んだ肉を飲み込むまでの間に、ベルランドを急かした張本人は全てを食べ終わっていた。


 「アンタは直ぐに考え込むんだから。食事中くらいは自重しなさいよ」

 「……面目ない」


 ベルランドの言葉に、不満ありげな顔で睨みつける女性。

 何か思いついたような表情を浮かべると、纏め上げた黒い髪を揺らして、人差し指を立てた。


 「次に考え事を始めたら食事はサラダだけにするからね」

 「馬鹿な。考え事をしなければ、人類は葦へと退化してしまう」

 「葦になるのはアンタだけよ」


 冗談っぽく笑う女性に対して、ベルランドは嶮しい顔を浮かべた。

 それはもう、ベルランドにとっては―――否、軍人にとっては、戦場での食料は死活問題だ。

 実質、この陸戦部隊は前日に飯に対するモチベーションの力で、辛くも苦しい戦況を切り抜けたという事実がある。

 故に、彼女の提案した罰はベルランドにとって殆ど死を意味するものである。

 冗談じゃない、とベルランドは抗議をするが、その全てが却下された。


 「何の権限があると言うんだ……」

 「決まってるだろう?」


 悪戯っぽい表情で、女性は笑った。

 その笑顔は戦場には相応しくないほど、綺麗で、自然な笑みである。

 思わず胸を高鳴らせたベルランドは、密かに顔を背けた。

 女性は誇らしげに胸を張り、自信満々に言ってのける。


 「上官権限だ。ベルランド・ヴィスビュー伍長?」


 その言葉に、ベルランドは呆れながらも薄く笑んだ。


 「了解です。ミツキ大尉―――」







 それは、何という事は無い日常のワンシーン。

 だが、それが永遠に続くものではないと知ったのは、今のように風の強い日だった。

 いつの間にか閉じていた目を見開き、レーダーに記された現在地を確認する。

 既に待ち合わせ場所には遠くない。

 ここからは地図情報は不要であろう。


 正面のメインモニターへと目を移した瞬間、時間を見るための時計も意味をなくした。

 峡谷の中央、比較的広がった場所に、一機のジョーカーマシンが居たのだ。

 一目で分かる。

 それは、まともな機体ではなく、また、自分が探していた存在であると―――


 「……本当に、生きていたのか」


 ぽつりと呟き、キリングの背部ブースト起動した。

 今まで地を行っていたキリングがふわりと浮き上がり、広場に居る機体へと近づいていく。

 何をするでもなく、ただ佇む機体。

 近づけば、近づくほど、その機体から放たれる“力”を感じる。

 敵意や敬意、注意に混じる、無味無臭の殺意。

 戦士でもなく、兵士でもない、独特のその“気”は、まさしく“暗殺者”と呼べるものだ。


 二機は接近し、やがて、止まる。

 互いの位置を確認するかのように肩を落とし、ベルランドはオープンチャンネル通信で呼びかけた。


 「……月並みだが、こう言おう。久しぶりだな。ミツキ」

 『ああ、久しぶりだ』


 短い返答に、感情と呼べる物は篭っていなかった。

 声質自体はベルランドの知るものと変わらなく、それが彼を一層に悲しませる。


 『お前は手紙を読んだときに、こう思ったろう。何故、生きているのか、と』


 抑揚の無い言葉に、ベルランドは返答の代わりに無言を貫く。

 ふ、と笑い、ミツキが続けた。


 『簡単だ。私は“デイブレイク”に生かされた』

 「……アルカナエンジンを幾つも持つ組織だ。最早、何が起ころうと驚くまい。しかし」

 『何故、協力しているのか』


 言葉を遮り、ミツキは言った。


 『分かってはいる。デイブレイクは“悪”とカテゴライズされる組織だ。その野望は、危険で、大きい』

 「ならば何故、協力する?君のことだ、恩義などで動くことはあるまい」

 『無論。私は己の信念に従って行動する。忘れたか?』


 忘れるわけなど無い。

 初めて言葉を交わした日も、難民を救うために無茶をしたときも。

 ベルランドの記憶の中には、いつも誇り高い彼女の姿が在ったのだから。


 『簡単なことだ。私は、君と戦うために従っているのだ』


 その言葉と共に、ミツキの機体は武器を構えた。

 背から取り出したそれは、東方で“長刀”と呼ばれる槍の一種である。

 ベルランドは息を呑む。

 目の前から発せられたプレッシャーに飲まれ、言葉を忘れる。


 『覚悟しろ。後戻りは出来ないぞ』


 言葉と共に、ミツキの機体は跳んだ。

 初めて顕になる姿は、深い群青色。

 しなやかに纏まった四肢、頭部に靡く銀糸は軽やかに。

 黄金色に輝く双眸が、凍てつくような視線を投げかけていた。


 その姿を見て、ベルランドは悟った。

 最早、言葉をかわすことは無いのだと。

 何故、といった疑問の言葉はベルランドの脳内を席巻する。

 が、言葉を掛ける暇など与えてくれる筈も無い。


 腕部アーマーからナイフを滑らせて、片手に構えた。

 月下、ミツキの機体が舞い、落ちてくる。


 『Arcana Machine 02 (オボロ)―――いざ、参る』






      *       *       *






 「雑魚が!死にたくないなら消えろっ!」


 追加装甲の調子は上場である。

 グラインダーの速度を殺す事無く、打撃力は確実に上昇している。

 四肢のバイパスもまた進化を遂げたかのように、うねり、薙ぎ、放つ。

 気付けば戦場で孤立していたが、リヒトの頭には負ける可能性など毛頭も無かった。


 『リヒト、聞け』

 「んだよ、折角テンション上げてたのに……」


 突然の通信に、リヒトは不機嫌そうに返事をした。

 そんな場合ではない、と続けて、フェリアはその事実を告げる。


 『遂に、アルカナエンジンのお出ましだ。覚悟しておけ。尤も……』

 「尤も?」

 『貴様にも、そろそろ見えるだろうがな』


 唐突にそれは現れた。

 山ほどの大きな体躯。

 既にジョーカーマシンの規格を逸脱した、巨大すぎる人型。

 無骨に切り貼りされただけのような印象を受けるパーツが鉄色に輝き、悪魔的な造詣を感じさせる。

 小型ジョーカーマシンであるグラインダーの幾倍か。

 恐らく、二桁に到達しているだろう。

 それほどの巨大なジョーカーマシンが、快進撃を続けてきたグラインダーの目の前に聳えた。


 「……ふざけてんのかコレは」

 『至極真面目だと思うが。“切り札(ジョーカー)”を止めるならば、同じ“切り札(ジョーカー)”が必要だろう?』

 「俺の位置は“英雄(エース)”辺りでいい。だから、コイツの相手は……」


 言葉を遮るように、巨大すぎるジョーカーマシンが動いた。

 のそり、と地面を踏みつける姿は、まさに鉄の巨人。

 踏み出した一歩のままに、グラインダーへと拳を叩きつける。

 上がる砂煙。

 そこに舞う、グラインダーの影。


 『どうやら、既に手遅れのようだな』

 「クソが!」


 毒づき、グラインダーのスピードを上げた。

 力で圧倒的に敵わないのならば、小回りで勝負する。

 鉄則を忠実に守ったリヒトの行動は功を奏し、巨大機の背後を取ることに成功する。

 未だに、動かないその後頭部へと、渾身の拳を放った。


 「あ?」


 が、効かない。

 微動だにしないうえに、兜のような装甲板には傷一つつかない。

 並みのジョーカーマシンならば一撃で粉砕できる攻撃であったが故に、リヒトにも冷や汗が流れる。


 「なんかデジャヴ感じるぜ」

 『言ってる場合ではない。二匹目だ』

 『にゃっはぁ―――ッ!』


 フェリアの言葉と同時に、リヒトはレーダーを確認した。

 背後から猛烈な勢いで迫る巨大な魔力反応を見て、咄嗟にその後頭部を蹴ってその場を離れる。

 一瞬の差で、グラインダーの居た場所に一機のジョーカーマシンが突き立った。


 『うーん、いい反応だにゃあ。腕は鈍ってないようで、安心したよ?』


 その声に、リヒトは聞き覚えがあった。

 人を小馬鹿にしたような甲高い女の声だ。


 「テメェは……アナンタの」

 『“最凶”のケットシィ・クインソープちゃん!覚えてくれていたかにゃ?』


 グラインダーは空中で機動を立て直しつつも、ケットシィのジョーカーマシンから距離を取った。

 その様子を見て、おどけたように首を振るケットシィの機体。


 『怖気づいた?今からならホームへゲラウェイしてもイイのよ?』

 「お前こそ、砂漠で俺に機体ぶっ壊されたのを忘れたか?またアルカナエンジンを提供しに来てくれるたぁ、助かるね」

 『アタシの本気はコレ。アナンタなんかとは比べ物にならないよ?』


 自慢するように誇らしげに、ケットシィは自らの機体をくるりと回転させた。

 まるで猫のようなしなやかな挙動である。

 炎のように紅い装甲、四肢に取り付けられた鋭く巨大な爪。

 蒼い光が双眸に浮かび、まるで笑っているような顔の造詣が人に得体の知れない恐怖を与える。


 『それに、アンタは二体一だってことを忘れないでね?ホラ、下には……』


 いつの間にか体勢を元に戻した巨大ジョーカーマシンが、その肩の砲を動かした。

 放たれる熱線はグラインダーにとっても遅すぎるものではなく、ともすれば、直撃の可能性すらありえる。

 厄介な、と呟く前に、グラインダーは低空へと機体を稼動させた。

 このまま宙を彷徨っていては、あの熱線の餌食だ。

 が、下には―――ヤツが居る。


 『あのずんぐりむっくりは、Arcana Machine 12 Behemoth(ベヘモス) ……そしてっ!』


 猫のような身体を伸ばし、高速の一撃を繰り出す。

 間一髪、といった体でかわしたグラインダーであるが、背後に下がったその身体を目掛けて拳が襲い来る。

 圧倒的な質量差であるそれを食らう事は、死を意味していた。

 急激な挙動に体内の血が偏るのを感じながらも、回避に成功する。

 しかし、そこを狙い済ました猫の一撃。


 「―――ッ!!」


 咄嗟に腕でかばったお陰で、追加装甲に一文字の傷が付いた。

 致命的なところへと達したわけではないが、それでも、ダメージだ。

 舌打ちを吐き捨て、リヒトは忌々しげにケットシィの駆るジョーカーマシンを睨みつけた。


 『Arcana Machine 17 Afreet(イフリート)。本気を出したアタシに、アンタの勝ち目は無いよ?』


 その言葉に、リヒトは歯噛みするしかなかった。

 回避で精一杯で、反撃など考える余裕も無い。

 だからと言ってこのまま逃げ続けていたら、どこかで集中力か体力が切れてやられる。

 最善策は仲間からの援護を期待することだが、それも難しいだろう。

 だが、リヒトはここで倒れるわけには行かない。

 まだやり残したことがあるのだ。


 「……上等だよ。やってやろうじゃねぇか!」


 決意を新たに、グラインダーは立ち上がる。

 紅の双眸を光らせて、拳に想いを篭めて、機械の身体は動く。


 『にゃはー、諦めの悪い“英雄(ピエロ)”だにゃあ……』


 言いながらも、ケットシィの駆るイフリートが接近を開始した。

 それと同時に動き出すベヘモスを尻目に、まずは、イフリートの迎撃である。

 爪と拳が数回交わり、その度に甲高い剣戟の音が生まれていた。


 「その程度なら、ベルランドの方が早いな!」

 『“その程度”で終わるようじゃ、アルカナなんて与えられてないよ!』


 更に攻撃の速度が上がる。

 右から、左から、正面から襲い来る爪の攻撃を、グラインダーは拳を器用に活用し弾いていく。

 だが、それにも限界があるだろう。

 次の好機に、リヒトは反撃の一手を目論む。


 『まだまだまだまだまだまだぁ―――っ!!』


 ケットシィが吼え、更に攻撃の手を加える。

 大振りの一撃は、グラインダーを袈裟に切り裂くように放たれる。

 だが、それは致命的な隙を孕んだ一撃。

 それを、リヒトが、“英雄”が見逃すはずも無い。


 「そこだ……っ!」


 だが。

 リヒトの背に一筋、冷たい予感が走る。

 気付いたときには既に遅い。

 イフリートは攻撃を中断、素早い動きで後方へと跳ねた。

 当然、グラインダーの拳は宙を切る羽目になる。


 『残念無念、また来年!』

 「クソったれッ!!」


 イフリートの取った行動は至極単純な“フェイント”である。

 そして、その先にあるもの。

 フェイントという行動には、更なる追撃が存在するのだ。

 この場合の追撃は―――“鉄拳(ベヘモス)”。


 『潰れなよっ!』


 思わず、覚悟する。

 しかし、それだけではない。

 闘志はまだ尽きていないのだ。

 リヒトは最大限の速度を以ってグラインダーを後退させる。

 巨大な拳の影は徐々に濃くなっていき、リヒトへと、グラインダーへと迫っている。


 回避か、破壊か。

 その瀬戸際で、リヒトはその声を聞いた。


 『貸しにしておくぜェ……!!』


 通信機から聞えた声と同時に、それを覆い隠すような爆音。

 音の所在地は、僅かに上空。

 グラインダーの目を向けたときには、そこに拳は存在していなかった。

 ただ、拳の表面に上がる黒煙と、目の前にあるクレーターが全てを現していた。


 『何とかズラせたようだなァ。肝が冷えたぜ』

 「テメェは……っ!?」


 この声にも、聞き覚えがある。

 だが、その続きを言う前に、通信の相手は言った。


 『悪いが、テメェと暢気に話してる暇は無ェからよ。後でな、後で』


 言ったきり、通信は一方的に途切れる。

 そう、この声は、確かにあの声だ。

 だが、何故、こちらの味方をするのか。

 リヒトは混乱した頭で現状を整理するが、やはり、推論には行き着かない。

 改めて、目の前に居たイフリートを見ると、手持ち無沙汰に空へ浮かんでいた。


 『……このタイミングで、来たかにゃあ。もうちょっと遅くても良かったんだけど』

 「何の話だよ?意味が分からねぇんだけど」

 『ま、アンタには関係ない話だにゃ』


 ケットシィはそう言い放ち、そのままイフリートを動かした。

 身構えるグラインダーであるが、イフリートはあらぬ方向へとその身体を動かし始める。


 『精精、そこの“木偶の坊(ベヘモス)”と遊んでにゃよ!』


 疑問符を浮かべるリヒトに、そう言い残して去っていた。

 いまいち状況を理解できていないリヒトであったが、分かることもある。

 それは、目の前に聳える巨大なジョーカーマシンを、たった一人で倒さざるを得ないという事。


 それが強大無比で在る事は、誰よりも、リヒト自身が知っている。

 だからこその、グラインダー。

 ここで打破することが出来なければ、デイブレイクの打倒など出来うる筈も無い。

 無意識に伝う汗を拭い、リヒトは言った。


 「フェリア。特殊兵装の起動を頼むぜ。コードはHC-004」

 『承認した。コードHC-004、スタンバイ』


 フェリアへと通信を送り、グラインダーはベヘモスと相対する。

 片や、最小クラスのジョーカーマシン。

 片や、最大級のジョーカーマシン。

 秘めた“切り札(ジョーカー)”を手にし、グラインダーは跳ぶ。

 圧倒的な力を持つ“切り札(ジョーカー)”が、その拳を握る。


 「―――見せてやるよ。“裁断者(グラインダー)”の新たな力ってヤツを!」


 グラインダーは跳ぶ。

 その拳に、熱い想いを秘めて―――空を(はし)る。




こっからはバンバンロボット出していきます。

アルカナの数に負けるなよ、俺。

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