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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
22/41

第二十話 決戦一時間前


 アルバートマウンテンは中規模の山脈である。

 それほどの高さが無くとも、その険しさや寒さから、中々人々を寄せ付けない。

 三方を山脈に囲われたその場所は不毛の大地として、人の手の入らない荒野が広がっている。

 戦術的価値も無く、訪れる人は無い。

 しかし今夜、この地には続々と人々が集結していた。


 「なぁ、このスーツちっとばかし寒くねぇか?やたらとピチピチしてるし」

 「我慢してよ。こっちは徹夜明けで疲れてるんだからさ……」


 日の落ちたアルバートマウンテンの窪地には、冷たく激しい風が吹き付けている。

 山間部、岩陰で見えない場所に彼らは居た。

 計十機の軍用ジョーカーマシンと、三つのアルカナエンジンを持つジョーカーマシン。

 それぞれが大地に立ち、武装を持ち、今かと出撃の時を待っている。


 「っち、ダメだありゃあ、緊張って言うかマジでお疲れでいやがる。会話にもならねぇ」


 リヒトは愚痴っぽく呟きながら、未だ作業を続けるウエマツから離れた。

 出撃までの間、基本的にパイロットは暇なものである。

 出向してきたジョーカーマシンに乗る傭兵達は皆、何らかの方法で身体を温めているのだろう。

 だが、リヒトはそれをする必要があるとは思えず、ただ只管にそこら中をぶらぶらと歩いていた。

 目の前に見知った顔を見つけ、片手を挙げて近寄る。


 「よぉ、ベルランド。辛気臭ぇ面下げてどうした」

 「俺はいつも通りだ」


 仏頂面で己が機体、キリングの爪先に腰掛けるベルランドがぼやいた。

 その顔色はいつにも増して緊張感漂うものだったが、リヒトにとってそれは大した問題ではない。

 それは三英雄として、そして、他ならぬ戦友としての信頼である。

 キリングの爪先に、リヒトもまた腰掛けた。


 「……しっかし、お前がここまで協力してくれるたぁ思わなかったぜ、俺は」

 「アルカナエンジンについて研究していたのはウエマツと俺が先だ。少なくとも貴様よりは関係が深い」


 本心、ベルランドの言葉は半分が嘘だった。

 アルカナエンジンを研究していたとは言え、敵の正体が解りつつあるベルランドは、敵対を賛成してはいない。

 しかし、それでも彼には戦わざるを得ない理由があったというだけの話だ。


 「おいおい、俺は隠居先の家をぶっ壊されたんだぞ?」

 「しかしそのお陰でフェリアと出会えたのだろう。嫁が転がり込んで来たとは、何処の小説の主人公だ?」

 「ははは殺すぞテメェ」


 からからと笑いながら、半目でデイブレイクの拠点となっている山の奥を見据えていた。

 その瞳に確かな恨みや、期待を見て、ベルランドは薄く笑った。


 「言う割には楽しそうだな?」

 「は?んな訳ねぇだろ。こっちは面倒事背負い込まされたんだ、野郎、万発はぶん殴ってやる」


 言うと、リヒトはふと己が腰掛ける機体を見上げた。

 キリングは夜闇に紛れる色合いで佇むが、確かに、そこにあった。

 修理が完了した今、威風堂々とした出で立ちでそこに鎮座する。


 「お前も、キリングで出るんだろ?」

 「ああ。尤も、守備を担当するであろうから、貴様と肩を並べる事は無いが」

 「それでも期待してるぜ、ベルランド」


 リヒトが拳を突き出した。

 目の前に差し出されたその拳に己の拳をぶつけ、ベルランドが頷く。


 「“英雄”、後ろは任せろ。だから貴様は」

 「前線は任せろよ、“猛禽”」

 「あらぁ、私は混ぜてくれないのかしらぁ?」

 「のぉああああああああああっ!?」


 ぬぅ、と、リヒトの後ろから顔が出でた。

 いつもに増して気合の篭ったメイクを施した大男、アイリ・フォードである。

 キリングから降りて全力で距離を取るリヒトに、アイリは面白そうに言う。


 「あらあら、照れちゃってまぁ、可愛いわねぇ」

 「妙な事を言うな!虫唾が走るわっ!!」


 本気の拒否反応を見せるリヒトに、それをからかって笑うアイリ。

 その二人の姿を見て、ベルランドは一瞬、戦時中を思い出した。

 集うことは少なかったとはいえ、三人にとって一番安らげる時間が、このような時であった。

 地獄のような戦場において、戦友の存在は大きい。

 故に、ベルランドは“彼女”のことを想い―――静かに、名を呟いた。


 「……待っていろ、ミツキ」






      *       *       *






 「流れ星、か」


 何の気も無しに空を見上げたフェリアが呟いた。

 空を翔る流れ星は願い事を考える暇もなく消えていく。

 儚いその姿を見て、フェリアは願い事を考えることを始める。

 もしも、その願いが叶うならば―――


 「ここらは空気が綺麗だから星が良く見えるな。出撃前の俺には、毒にも薬にもならんがな」


 声のほうを見ると、パイロットスーツ姿のリヒトが立っている。

 岩に腰掛けたフェリアの横に、リヒトが座った。


 「全く、貴様には風情、とか、雰囲気ってものは無いのか?」

 「悪いがそんなモン、戦場には必要ないんでな。昔、どっかに落っことしてきちまったよ」


 第三次世界大戦を生き抜いたリヒトにしか分からぬ郷愁があるのだろう。

 フェリアはそのことには触れず、ただ上を向くリヒトの横顔を見た。

 緊張は無い。

 ただ、そこには、漠然とした自身があった。


 「言う割には、見上げてるじゃないか」

 「他に見るモンも無いだろ?それに、こんな空は、こんな時じゃないと見れねぇし、見ないだろうからな」

 「確かに、意識して空は見ない」


 フェリアが同意しながらも、その視線はリヒトに向いたままだ。

 油っぽい黒髪は少しだけ伸び、鳶色の瞳を見えなくさせていた。

 スーツの上に羽織った暗緑色のコートはリヒトのトレードマークとも言えるもので、ジャングルでも、砂漠の国でも手放さなかった。

 口の端には、出会った当時では考えられない薄い笑みが浮かんでいる。


 「……なんだよ、何か顔についてるか?」


 フェリアが見つめているのに気付いて、リヒトがぶっきら棒に言った。

 照れ隠しか、伸びた髪の毛で瞳を隠すリヒトに、フェリアは問う。


 「何故、私に協力したんだ?」

 「あ?」


 その質問の意味を、リヒトは一瞬理解することが出来なかった。

 それが出会った当時の話であることに気付き、リヒトは頷く。


 「そりゃ、あの状況じゃあ協力も無しじゃ殺されてた。選択肢は無かった訳で」

 「だが、その後はいつでも逃げ出せただろう?」


 フェリアの言葉は尤もである。

 窮地を切り抜けたとはいえ、殆ど素性の知れないフェリアに協力する義理は無い筈だ。

 だが、リヒトはその手を差し伸べた。


 「ファウストに屋敷の分、万発殴ってやるのが目的だったが―――」


 続く言葉に、フェリアは息を呑む。

 数秒溜めて、リヒトは口を開いた。


 「分からん」

 「は?」


 間抜けに聞き返すフェリアに、リヒトはいつになく真剣な顔つきで言った。


 「分からんが、今は確かにお前に協力して良かったと思ってる」

 「そ、そうか」


 何気なくリヒトはフェリアの方を見た。

 顔が近い。

 フェリアの顔は自然と紅潮していくが、それに気付く様子は無い。


 「なぁ、フェリア」

 「なっ、なんだ?」


 リヒトの声音が真剣そのもので、フェリアは思わず狼狽する。

 至近距離、しっかりとフェリアを見るその視線。

 フェリアは胸が高鳴るのを抑えられない。

 それこそが彼女が封印した筈の感情であり、感じる事は無いと思っていたものであったが―――


 「お前の名前、教えてくれよ。フェリア、だけじゃないだろ?」


 その言葉に、安心したように、けれどもどこか残念そうにフェリアは息を吐いた。

 思えば、フェリアはその名をリヒトに告げてはいない。


 「そうか、思えば、言っていなかったな……」

 「ファーストネームしか知らないで、今更聞くってのも珍しい話だけどな」


 言ってしまえば、口に歯止めが利かなくなりそうで。

 だが、これは唯一の残せるもの。

 自分は居なくとも、リヒトの記憶にその名を残せれば―――


 「フェリア・オルタナティブだ」

 「オルタナティブ……」


 リヒトが復唱する。

 その響きに、フェリアは救われたような気がした。


 “代替品(オルタナティブ)”。

 その名を忌み嫌っていた。

 だが、これは存在の証。

 ならば、それを慈しもう。

 出会うことの出来た、互いに知ることの出来た、“英雄”の名を。


 「―――っと、そろそろ時間か」


 リヒトが言い、立ち上がった。

 パイロットスーツを直しながら、フェリアのほうへ顔だけを向ける。


 「この戦いが終わったら、テメェに言いたい事がある。別にプロポーズとかそういうのじゃないからな?死亡フラグじゃねぇぞ?」

 「ああ、もう。貴様は緊張感が無さ過ぎる」

 「うるせぇ。とにかく、言いたいことがあるんだよ」


 二人は笑い、近くに停めてあるであろうグラインダーへと歩き出す。

 彼は知らない。

 決して、この二人が肩を並べて歩くことは、ずっと不変のものでは無いと。

 彼女は知っている。

 これが、彼と肩を並べて歩くことの最期になるであろうことを―――






      *       *       *






 薄暗い地下施設。

 その中でも一番に明かりの無いこの場所に、一人の男が居た。

 彼を取り囲む檻には錠が掛けられ、脱出する事は不可能であろう。

 手錠をどうにか外そうと試みるが、じゃらじゃらと音が鳴るばかりで、一歩も進展は無い。

 疲れた、と言わんばかりに溜息を吐き、男は寝転んだ。


 「……全く、リヒトを逃した事がそんなに重罪なのかねェ?」


 男には、独り言の心算は無かった。

 彼は隣の牢にもう一人の男が居ることを知っていたからだ。

 だが、牢からの返事は無い。

 まさか死んでしまった筈も無い――ー男は、隣の牢とを仕切る壁を手錠でノックした。


 「もしもーしィ、生きてるのかァ?」


 反応は無い。

 それはいつも通りの事であったが、暇つぶしの手段を失った男は頭垂れる。

 そのときだ。

 地下施設の更に下、所謂牢屋に繋がる唯一の階段から足音が聞えたのは。

 男の顔に緊張が走る。

 思い鉄の扉を開け放って現れたのは、片眼鏡の男だった。


 「ルチアーノ……!」

 「大丈夫ですか?ファウスト戦闘員。いえ、戦闘隊長でしたか、これは失礼」


 片眼鏡の男、ルチアーノは慇懃に、片や金髪の男、ファウストは怒りを篭めた態度で、それぞれを迎えた。

 冷たい牢屋に緊張が走り、それを振り払うようにファウストが声を上げる。


 「何をしに来たッてんだァ?言っとくが俺ァ反省も、後悔もしてねェぞ」

 「いえ、私が来たのは、もっとシンプルな命令です。上の命令でしてね……」


 言うと、ルチアーノは後ろ手に持っていたそれを晒した。

 それは何の変哲も無い携帯電話に見えて、ファウストは首を傾げる。


 「総帥様直々に、こう、言ったのですよ」


 ごくり。

 ファウストの喉が鳴り、一瞬の静寂。

 デイブレイクの総帥である男からの命令とは、如何なるものか。

 なまじ自分に関係が有る分、それはより一層に、ファウストの緊張を促した。

 それを見て満足そうに笑み、ルチアーノは復唱する。


 「“デザイン・マーセナリーNo.0115の記憶を開放してやれ”」

 「はァ?一体何を言って……ッ!?」


 言葉を断ち切り、ファウストは頭を抱えた。

 割れるような痛みが頭を襲い、その場に蹲り悲鳴を上げる。

 最早外聞も、恥も何も無い。

 ただただ痛みに耐えるために、ファウストは目を剥いて必死に歯を噛んだ。

 携帯電話のボタンを一つ操作することで目の前の現象を起こしたルチアーノは、満足そうに笑って言った。


 「記憶を取り戻す際には強烈な痛みが伴います。頑張って、廃人にならないようにして下さいね」


 踵を返し、階段へと繋がる扉に手を掛ける。

 尤も、とルチアーノは哂った。

 醜悪に、おぞましい。

 この世の闇を詰め込んだような笑顔で、言うのだ。


 「貴方が壊れてしまっても、どうせ最期は“道化(ピエロ)”になるのですから……」


 扉の閉まる音が重苦しく響き、その場に残されたのは絶叫。

 ファウスト“元”戦闘隊長の絶叫は、悲痛に満ちた叫びだった。






 ―――やがて絶叫もなりを潜め、辺りを静寂が支配した。


 ファウストは力を失った操り人形のように壁に凭れている。

 五指の一つも動かす気力は無く、今はただ、堕ちそうな意識に身を委ねたいと考えていた。

 何か考えれば、痛みが来る。

 何か思い出せば、痛みが走る。

 全てを投げ出せば、如何に楽なのだろうか。

 “真相(きおく)”は、ファウストの双肩には重過ぎるものであった。


 「おーおー、随分お疲れのようですにゃ?」


 ふと、声が響いた。

 重く顔を上げたファウストが見たのは、ラバースーツに身を包んだ赤髪の女。

 その名を、ファウストは知っている。


 「……ケットシィ・クインソープ」

 「にゃは、まだ脳は生きてたんだね?」


 皮肉っぽく笑うと、ケットシィはその手に持ったものを見せ付けるように鳴らした。

 ファウストは朦朧とした視界でそれを見つめた。

 鉄色のそれは、紛う事無き牢屋の鍵である。


 「何だッて、そんなモンを……」

 「実はねェ、“身元不明者(ジョン・ドゥ)”を戦闘に投入する事ににゃったのよ」


 言いながら、ケットシィは隣の牢の鍵を外した。

 ファウストが最初語りかけていた、隣人の男が静かに立ち上がる。

 “身元不明者”が牢を出て、その出で立ちをファウストが見たとき、にわかに瞠目した。

 全身を黒い拘束具で覆われていた。

 個人判別のために唯一残された要素である瞳は、蒼く、そして暗いものである。

 “身元不明者”を引き連れて、ケットシィは笑った。


 「ってワケで、アタシの仕事は終り!……にゃんだけど」


 悪戯を考えた子供のように、意地悪く笑うケットシィ。

 疑問を感じたファウストが言葉を掛けるよりも先に、その手の鍵を放り投げた。


 「……ッ!?」


 ファウストの下へ。


 「それ、あげるよ。ここから出たければ使ってにゃ」


 満足したのか、ケットシィは上機嫌で階段へと消えた。

 それを追って“身元不明者”も闇に消えていく。

 空間は再び静寂が支配し、そこに残されているのはファウストのみとなった。


 ファウストは暫し、呆然と鍵を見つめていた。

 これをどうすればいいのか。

 己に何か、する事はあるのか。

 “真実”を知った、この、己には、何が―――








やべぇ戦闘に入れなかった!

次回こそは!次回こそはっ!!

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