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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
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第十八話 星月夜






 「こりゃあ酷いな……修理に何日掛かるもんだか」


 ウエマツが見上げたそのジョーカーマシンは、既にまともな形を保っていなかった。

 身体のいたる所に穴が開き、傷が付き、千切れ、壊れている。

 右肩から脇腹には特に手酷くやられ、そこに大きな穴がある他無い。

 それこそ、一から作り直したほうが早いとも思えるほどに。


 「それを僕の搭載したシステムがやった、って言うんだから怖い話だなぁ……」


 ぼやき、ウエマツは手元のスキャンモニターを見た。

 内部構造も徹底的に壊れ、このままではこのジョーカーマシンが動くことは無いだろう。

 特に、コックピット周りは全て交換しなければならない。


 「参ったな。あんまり動きたくは無いんだけど」

 「ならば休んでいたらどうだ?邪魔になることだけは避けてもらえると助かるのだが」


 肩越しの冷たい声に、ウエマツは苦笑いで応える。


 「そうキツイ言い方しないでよ。僕だって、これが仕事だって事は解ってるからね?」


 どうだか、と残して、フェリアはウエマツの隣に並び立った。

 目の前に立つ鉄の巨人は、鈍い光すら反射せずに立ち尽くしている。

 まるで抜け殻だ、とフェリアは思った。

 既に、見上げる瞳には何も映っていない。

 ただただ、目の前にあるジョーカーマシンを反射するばかりだ。


 「大丈夫かい、フェリア?」

 「何がだ?」


 ウエマツの心配そうな声に、平静な声を返すフェリア。

 訝しげな顔を浮かべるものの、ウエマツはこれ以上の言葉を飲み込んだ。

 フェリアの表情は微動だにせず、いつも通りの鉄面皮であった故に。

 或いは、リヒトならばその表情の変化に気付けたのかもしれない。


 「……しかし、どうやったらこんな破壊が出来るんだ」


 改めて見た損壊具合は、ジョーカーマシン同士の戦闘では異常であろう。

 何せ、身体の半分が爆発でき吹き飛んだようなものなのだ。


 「僕も驚きさ。まさか、簡易(イージー)アルカナオーバーがあそこまで強いとはね」


 最後の瞬間、ダイアモンドとキリングの邂逅。

 それはアルカナオーバーを発露した武器同士の競り合い。

 生まれた閃光により全ての人間はその目で見ることは敵わなかったが、確かに、決着はあった。

 爆発音に続き、立っていたのはダイアモンド。

 そして、胸に成り損ないの剣を生やしたキリング。


 「貴様の割には、よくやった方じゃないか」

 「割には、って……」


 戦いの顛末を見ていたのは、フェリアもまた同じであった。

 そしてその戦いを制したジョーカーマシンが、隣で静かに眠っている。


 「ダイアモンドはどうなんだ?」

 「そんなに激しいダメージは貰ってないから、装甲をとっ換えるだけで済みそうだね」


 ま、それだけじゃあ終わらせないけど、と呟く。

 にやにやとダイアモンドを見上げるウエマツ。


 「キメェ」

 「なんだい、いきなり」


 フェリアの呟きにウエマツは反論するが、それは聞き入れられない。


 「気持ちの悪いものをキメェと言って、何が悪い?」

 「……君も段々、リヒトに毒されてきたね」


 肩を落として言うウエマツに、フェリアは一つ、息を吐いた。

 それが何を意味していたのか、生憎、ウエマツには理解することは出来ない。


 「で、君の方はどうなんだい?グラインダーの追加装甲とやらは完成したのか?」

 「無論」


 短い答えを返すと、二人はフェリアが歩いてきた方向へと振り返った。

 そこに鎮座しているのは、“秘密兵器”を搭載したグラインダーの姿。

 以前見たときは今だ鉄色をしていた追加装甲も、グラインダーに合わせた暗緑色に塗装されている。

 “威風堂々”と言った立ち姿で、雄雄しく二人を見下ろしていた。


 「……やっぱり、未だに解らないなぁ。スピードを殺さないとしたら、ただの装甲なんてのは在り得ないし」

 「機会が訪れれば、嫌でも分かるさ」

 「使用される時が来る、と?」


 ウエマツの疑問。

 それはそのまま、フェリアの敵に対して抱く力量が測られる。


 「来る。必ずな」


 フェリアは即答した。

 詰まり、次の戦いはそれ相応のものとなるだろう。

 ウエマツは無意識に唾を飲み込んだ。


 「さて、肝心の、貴様への用事だが」

 「あれ、用事なんてあったの?」

 「でなければ貴様に話しかけなどするものか」


 酷いなぁ、などと項垂れるウエマツを無視し、フェリアは続ける。


 「グラインダーにも簡易アルカナオーバーを搭載する事は可能か?」

 「そりゃあ可能さ。アルカナマシンが搭載された機体なら、何も問題は無いよ」


 その言葉に、フェリアは息をついた。

 安心したかのような所作を見て、ウエマツはにやけ顔で言う。


 「君にも人間らしいところがあるじゃあないか?」

 「何の事だ?」

 「心配なんだろ、リヒトの事がさ」


 その言葉に、フェリアは一瞬表情を強張らせた。

 いつものように攻撃が飛んでくるかと、股間を両手で押さえる。

 だが、いつまで経っても攻撃は訪れなかった。


 「……私が、リヒトを」


 呟くようなその言葉。

 まるで確かめるように呟かれたその言葉に、ウエマツは声をかけることが出来なかった。

 その顔が、ウエマツでも分かるほどに、悲しみに溢れていた―――






      *       *       *






 日が燦燦と差している会議室。

 本来ならばここは会議の行われるべき場所であったが、そこに居たのはただ二人。


 「暇ですねぇー……」

 「そうねぇ。いや、私はホントは暇じゃないんだけどね」


 リラ・アーノートと、アイリ・フォードの二人である。

 無論彼女らは会議をしている訳ではなく、ただ、暇を持て余してここに流れ着いたという方が正しい。

 ちなみに、会議室は無断で借用している。


 「あ、そういえばさーぁ?」


 思い出したかのように言うと、アイリはずいと身体を乗り出してリラに迫った。

 その分だけリラは後ろに下がるが、背にある壁が邪魔をして上手く下がれない。


 「な、何ですかいきなり?ちょっと近いんですけど……」

 「ふふふふふふふふ……女が二人でする話なんて、コイバナに決まってるでしょぉー?」


 女、という単語に違和感を感じたのはともかく、リラはその頭に疑問符を浮かべた。


 「コイバナって、鯉の話……?」

 「魚の方じゃないわよぉ」

 「じゃあ、乞い話……?」

 「乞食をする気はないわぁ」

 「え、じゃ、じゃあ」


 とぼけるリラに、痺れを切らしたアイリが叫ぶ。


 「んもぅ!“恋”の話よ!ラヴ!ラヴよ!ライクじゃなくて、ラヴっ!!」


 その場で立ち上がり叫ぶアイリに、リラはただ驚愕の目を向けるしかない。

 この人は躁病なのではないか、などと失礼な考えが頭に浮かぶ。

 尤も、リヒト達に言わせれば“お前が言うな”という話であろうが。


 「んで!リラちゃぁーん?ズバリ、貴女は恋をしているっ!」

 「へ?」


 突拍子も無い話に、リラは間抜けな声しか返せない。

 困惑するリラを振り切って、アイリは熱弁を振るう。


 「いや、私には分かるのよ!同属として、年長者として!」

 「いや、同属とかは……」

 「恋敵としてもね!!」

 「!?」


 その言葉に、再び驚愕を見せるリラ。

 したり顔で、アイリは指差し宣言する。


 「ズバリ、貴女はリヒトに恋をしているのよっ!!」


 本人は自信満々だ。

 だが、リラは至極冷めた顔で即答する。


 「いや、それだけはマジ在り得ないから」

 「あら?」


 見当が外れたアイリは、不思議そうな顔で首をかしげた。

 リラは呆れたように一つだけ溜息を吐くと、静かに言う。


 「大体、あの野郎は私の天敵ですよ。それに、アレにはフェリアさんが居るじゃないですか」


 その言葉に、アイリは一瞬茫然自失とした顔を浮かべた。

 何か地雷を踏んだかと焦るリラ。

 慌しく目を泳がせるのに対し、アイリは静かにその目を潤ませる。


 「そうなの……?もうそういう関係なのぉ……?」

 「お、落ち着いてください!泣かれたら、私の人格が疑われます……!」


 途端に慌しくなる会議室。

 この場に闖入者が居るとしたら、それは余程勇気のある者か、空気が読めないか、馬鹿だろう。


 「アイリは居るか?ダイアモンドの事で話が……」

 「フェリアさん!?」


 今回の闖入者は、空気が読めなかった。

 よりにもよって、本人の登場なのだから。


 「フェリアちゃぁーん!!もう手遅れなの!?A!?B!?」

 「フェリアさん、何でこんなときに来たんですかっ!?」


 てんやわんやな状況にフェリアは一瞬目を丸くし、呟く。


 「……どういう事だこれは」






      *       *       *






 「全く、何だったんだアレは」


 一人呟きながら、フェリアは寒空の下でコーヒーを啜る。

 吐かれた息が白くなり、月夜に溶けていった。


 泣き腫らしたアイリの誤解を解くまでに日が暮れてしまった。

 人の話を聞く気が無いのではないかと思うほどの思い込みであったし、最終的に、やはり思い込みで立ち直った節もある。

 アレと暫く歓談を続けていたというのだから、リラの胆力と精神力には舌を巻くばかりだ。

 結局、彼女に誤解の内容はいまいち理解できてはいなかったが。


 心の中を落ち着かせるために、コーヒーを傾ける。

 やはりブラックだ。

 苦味と共に外の寒さも相まって、頭をクリアにしてくれる。


 「よぉ」


 フェリアの肩越しに、声が掛かる。

 振り向かずとも分かる声の主は、いつも通りの冴えない面を下げていた。


 「リヒト。サボリか」

 「お前こそどうなんだよ。今頃はグラインダーの改修に忙しいんじゃねぇのか?」

 「サボリだ」


 そうか、と、笑いながら、リヒトはフェリアの隣に立った。

 二人の視線の先にあるのは、夜の闇に浮かび上がる広大な森だ。


 「そういえば、話を聞いたぞ。ファウストと協力して包囲を抜けたんだって?」

 「協力した訳じゃねぇ、一旦、戦わなかっただけだ」


 それを協力というのでは、という言葉は飲み込んだ。

 リヒトの事であるから、ここで否定するとむきになって反論してくるであろう事は想像に易かった。

 呆れたように笑うフェリアに、リヒトは仏頂面で言う。


 「何笑ってんだよ」

 「いや、やはり、似ているなと」

 「似てねぇ!!」


 否定し、リヒトは肩を怒らせた。

 その大げさな様子を見て、フェリアは頭にファウストのへらへら顔を思い浮かべた。

 既に記憶に霞んだものであったが、リヒトと同属であるという事だけは確かに自負を持てていた。


 「そっちこそ、俺が居ない間に叛乱が起きたらしいじゃねぇか。ジョーカーマシンが戦うなんて穏かじゃねぇ」


 言うと、リヒトは背後にある格納庫に目を向けた。

 その中には傷ついたままのキリングと、それを修理しようと必死になっているウエマツの姿があるだろう。


 「どうやらベルランドに怨恨を持つ者が居たらしく、キリングを奪って叛乱という実力行使に出たらしいな」

 「ふーん……あのベルランドの部下から叛乱、ねぇ」


 いまいち釈然としないふうに呟くリヒト。

 確かに、この基地に所属する部下のベルランドへの信頼は篤く、強い。

 それこそが情報の信用を妨げる事になっているのだろう。

 故に、今回の叛乱は物的な被害以上の精神的禍根を残すこととなった。


 「どうにもキナ臭い話だな。デイブレイクが一枚噛んでいる、って話も……」


 呟きに近い推理に、フェリアは息を呑んだ。

 確かに、今回の叛乱とリヒトの暗殺騒動は密接に関連している。

 そしてそれを既に知っている故に、フェリアは言葉を発することが出来ない。


 ―――忘れないで下さい。貴方は、そういう人なのですよ……。


 呪いのように、その言葉が脳を蝕む。

 戦いが残すのは、謎や破壊だけではないのだ。

 フェリアに残された“言葉”が、彼女の心を雁字搦めに捕らえていた。


 「しかし、お前と二人で話すのも久しぶりな気がするな」


 不意に、リヒトが言った。

 ここ暫くはグラインダーの改修や、その他の回収作業に忙殺されていた。

 リヒトもまた、テストパイロットとしての検査や警戒、事情聴取などでろくに自由時間は無かったのだろう。


 「そう、かもしれんな」

 「基地に戻ってくるまでは、喋り放題だったんだけどなぁ」


 あっけらかんと笑うリヒト。

 フェリアにとってはそれが、救いに他ならない。


 「別に、話したいわけでも無いんだろう?」

 「でもよ、なんつーか、調子が狂うっつーかな。イマイチ気が乗らねぇんだ」

 「……今更ながら、すまないな。このような事に巻き込んでしまって」


 その言葉に、フェリアはただ謝罪するしか出来ない。

 過去の大戦の英雄であり、フェリアの計画の鍵であるとはいえ、リヒトもまた一人の人間だ。

 押しかけ、戦渦へと再び誘った。

 その罪は赦されることは無いだろう。

 だが、リヒトは笑う。


 「別になぁ。それに、俺の戦う理由は私怨だぜ?別にテメェの為じゃねぇから、勘違いすんなよ?」


 その言葉にはリヒトのなりの気遣いがあった。

 感じとったフェリアが、薄く笑い、目を細める。


 「……そうか。そうだったな」

 「んだよ、今日は特段にしおらしいな……何か悪いことでもあったか?」


 ルチアーノの顔が脳裏に浮かぶ。

 だが、頭を振ってそれを吹き飛ばし、空を見上げた。

 星空というほどに星は見えないが、それでも、幾つかの星が月と共に輝いている。


 「何でもないさ。それより、貴様も今日は随分と構ってくるじゃないか。何かあったか?」

 「うーむ……あったっつーか、なんつーか」


 歯切れ悪く唸るリヒトに、フェリアは疑問符を浮かべる。


 「……暗殺の件でな。リラが何度も危険だったんだ」


 始まる独白。

 フェリアは相槌を打つことも無く、ただただ聴き入る。


 「“英雄”なんて持て囃されてる割に、何も出来ねぇちっぽけな“人間”であることを思い知らされた」

 「………」

 「ファウストの野郎には“道化(ピエロ)”なんて言われたが、まさにその通りだった。俺はクソ弱ぇ」


 言葉に、詰まる。

 フェリアは結局、何も言わずに言葉を飲み込んだ。


 「だから、だろうな。終わっちまう気がしたんだな……何か、が。それが何かは分からねぇが」


 憂いを秘めた瞳で見上げるのは、星空と月。

 月と地球は年々離れていっているという。

 如何に人間が優秀であろうと、人類にはそれを止める手立ては無い。

 同じなのだ。

 人間が、離れる月を掴もうなどというのはおこがましい話なのだ。


 「……私と同じ、か」

 「んあ?テメェと俺が、同じ?どういうことだ?」


 フェリアの呟きに、リヒトが不思議そうな声を上げる。

 目を伏せ、フェリアは自嘲気味に笑った。


 「私も、離れ行く物を必死に掴もうとして、科学者になった。失った物も多い。手に入れたのは、ちっぽけな自己満足と“グラインダー”だけだ」

 「それは……」

 「そう、私の弱さが原因だったのだ。弱さは罪。そうだろう?」


 その言葉はリヒトへの問いかけというより、自分への確認のような響きだった。

 リヒトは言葉に詰まり、何も声を発しない。

 フェリアはそんなリヒトを見て、優しげな微笑を浮かべ、再び空を見た。

 変わらずに光り続ける月は、まるで希望。


 「いいんじゃねぇか?弱くても」

 「……?」


 吹きぬけるから風と共に、リヒトが呟いた。


 「弱さは強さの中にある。現に、お前は強かったじゃねぇか」


 リヒトが思い出していたのは、二人で駆け抜けた各地での戦いだった。

 フェリアに支えられた戦いも多い。

 いつでも、フェリアは先頭に立ってリヒトを導いた。


 「だから、俺が保障してやるよ。お前は強い。それで、いいじゃねぇか」


 その言葉は、リヒトにとっての肯定。

 そして、フェリアにとっても、また、肯定。

 フェリアの心の中で、尤も意味を持つ意思であった。


 ああ、やはり、この男はお人好しだ。

 そんなことを思うフェリアであるが、同時に、思うのだ。

 このお人好しは、このまま、お人好しでいい。


 「……ふふ」

 「あ?何笑ってんだ?ここ結構シリアスなシーンだろ」

 「いやな、貴様の思考があまりにも青臭くてな……ふふふっ」

 「ふざけろテメェ」


 その笑いに、リヒトは怒ったように声を上げた。

 だが、その表情はどこか楽しげである。

 二人して笑顔を作りながら、星空を見上げていた。


 それが、二人にとって最期の―――







次回も準備回。

きっとそろそろ一章も佳境です。

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