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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
14/41

第十二話 信じ頼る者






 『いいか?テメェのするべきことは“グラインダー”の奪取だ。調子にノってぶっ壊すんじゃねぇぞ?』

 「だいじょぶだいじょうぶ!心配ナッシング!」


 赤く照らされたコックピット内で、甲高い声で女が喋る。

 心底楽しげな調子はまるで子供のようであり、通信の相手は静かに嘆息。


 『……ったく、分かってるのかね、この阿呆は』

 「阿呆って言った方が阿呆なんだよ?にゃはは!」


 だが、それでも通信相手の嫌味は全く届かなかったらしい。

 艶のある唇を舐め、猫のように目を細めて女は笑う。

 彼女にとっての戦場など有ってないような様である。


 『まあいい。分かったらサッサと仕事しな。“凶戦士(バーサーカー)”』


 男の声が投げやりに告げると、一瞬、空気が凍った。

 その息の詰まるような空気は通信先にも届いたようで、男は一瞬身体を硬直させる。

 しかし、次の瞬間には空気を凍らせた張本人―――“凶戦士”は朗らかに笑っていた。


 「そのあだ名キライだなぁ……そだ、“最凶(ビューティー)”ってどう?カッチョイイー!」

 『お前のセンスには付いて行けねぇよ、脱帽だ』


 どうでもいいが、と継いでから、男は言った。


 『アイツは俺の獲物だ。勝手に殺すなよ、“凶戦士”』


 その言葉を最期に通信は途切れる。

 コックピットの静寂に残される女。

 その静寂を切り裂いたのは、負の感情を綯交ぜにした舌打ち、そして呟き。


 「保障は出来ないなぁ。相手はあの“英雄”だよ?アタシが愉しまない訳ナイじゃん?」


 一人言い、静かに笑う。

 狂気の目が見据えるのは、今正に立ち上がらんとする暗緑色のジョーカーマシン。

 その名を“裁断者(グラインダー)”。

 乗るのは“第三次世界大戦の英雄リヒト・シュッテンバーグ”。


 「じゃあ、ちょっとサイン貰いに行って見ますかにゃあ?」


 龍が、咆哮する―――






      *       *       *






 先手を取られたリヒトは、舌打ちしながら大きく後退した。

 足元にはまだフェリア達が居るため、戦場を変えざるを得ない。

 誰も居ない砂漠の地へ、一足飛びに逃げる。

 そして、龍は翼を広げてグラインダーを追っていった。


 互いに距離を開けて、二機は戦いの邪魔が入らないところで制止した。

 律儀に止まる龍に対し不信感を抱きながらも、リヒトは好都合だと口の端を上げる。

 ふと響くノイズ音が、彼の脳内をクリアにした。


 『アンタが第三次世界大戦の英雄かにゃ?』


 頭に響く甲高い声。

 龍のパイロットであろう存在に向けて、リヒトは言葉を返す。


 「そうだって言ったら撤退して貰えるのかよ?」

 『残念だけど、そんな訳にはイカにゃいのよねぇー。世の中アメちゃんみたいに甘くないって感じ?』

 「だよなぁ」


 さも残念そうに呟くリヒトの声を聞き、龍のパイロットは楽しそうに笑った。


 『にゃははははっ!まあ、猫にかっちゃかれたと思って諦めてよ!』


 言い、龍は静かにその体躯を傾けた。

 それでけでリヒトの脳には冷却水が流れ、警鐘を鳴らし始める。

 言葉は軽快、だが、裏の気配は一級の殺意。

 リヒトは警戒し、グラインダーを密かに宙へと浮かせた。

 砂地では足を取られて高速移動が成立しないからである。


 「どう見ても猫ってレベルじゃねぇぞコレ」

 『アタシにとっては可愛い子猫ちゃん。アンタにとっては最強ドラゴン。じゃあ、アタシは何者かって?』


 言葉を紡ぐと同時に、龍が羽ばたいた。

 交戦の意思は未だ無いが、制空権は龍が握る。


 『アタシは“最凶”!ケットシィ・クインソープちゃんだよ!』


 ケットシィと名乗った女が乗る龍は、嬉しそうに空を羽ばたいていた。

 純真な歓びの言葉とは裏腹に、圧倒的な敵意、殺意。

 無味無臭のそれが、常にリヒトの心にプレッシャーを与えていた。


 『それじゃあそろそろイこうか?Arcana Machine 07―――』


 同時に、龍は口を開ける。

 鋭い牙が覗く底から現れるのは、圧倒的エネルギーを濃縮した“火球”。


 『Ananta(アナンタ)!』


 声と同時に、火球はグラインダーに向けて吐き出された。

 しかし、その速度は遅い。

 威力は十二分なのだろうが、銃弾よりもミサイルよりも遅い攻撃である。

 そしてその遅い攻撃に当たるようなグラインダーではなく、リヒトは攻撃を鼻で笑った。


 火球に反応し、一瞬の内にグラインダーの姿は残像と化して消える。

 着弾、閃光。

 しかしその場には、火球によって吹き飛ばされた砂塵だけが高らかに舞い、轟音はグラインダーの移動音を一切掻き消した。

 次の瞬間現れるのは、宙を舞うアナンタの真後ろ。


 「遅いんだよ、ノロマ!」


 そのまま跳躍し、未だ旋回も迎撃もしようとしないアナンタへと攻撃の手を加える。

 拳を握り締め、鉄色のバイパスから魔力のブーストエネルギーが噴出す。

 ―――が、メインカメラに目一杯映ったのはアナンタの赤黒い装甲ではなく、もっと黒い別の何か。

 そしてそれはリヒトへとぶつける軌道で迫り、引き絞られた拳はグラインダーの胸の辺りで交差した。


 「これは……尻尾か!?」

 『後ろを取ったからって油断しちゃダメダメにゃのだよ?』


 アナンタはその背部に付いた尻尾でグラインダーを殴り飛ばした。

 グラインダーに損傷こそ無かったものの、着地体勢が悪く、砂に足を取られる。

 そしてその好機を逃す道理は、相手には無かった。


 『対ジョーカーマシン用魔力砲“龍の息吹(ドラゴンブレス)”。理屈はアンタのグラインダーのバイパスと一緒にゃんだけど……』


 含みを持たせて、ケットシィは笑った。


 『威力だけは、ダンチって感じ?』


 片膝立ちで未だその場に残ったリヒトに放たれたのは、龍の口から放たれる火球。

 魔力を濃縮したエネルギーの威力が分かっている以上、リヒトには避けるという選択肢しか残されていない。

 辛うじて横合いに逃れたグラインダーのコックピットを、強烈な閃光と轟音が襲う。

 それらに感覚を麻痺させながらも、素早く次の攻撃へと備えることが出来たのは流石と言えた。

 が、容赦は無い。

 アナンタは既に上空から次なる火球の狙いを付けていた。


 「クソったれ!!動けぇッ!!」

 『必死だねぇ?そりゃそりゃそりゃ!踊れ踊れぇっ!』


 更なる火球が撃ち出され、グラインダーが再び横合いに転がる。

 しかしその隙にアナンタは再び火球を作り出し、グラインダーへと射出する準備を始める。

 最早まともに立つ暇は与えられず、一方的な蹂躙だけが続いていた。


 「砂地で無ければ……っ!」


 グラインダーは砂漠に足を取られて、持ち前の高速移動が瞬時に発動しない。

 それを計算してアナンタは最初、油断させて尻尾で叩き落したのだろう。

 そしてその隙を絶妙に突いた攻撃がアナンタから放たれる。

 恐らく、敵のパイロットとしての技量は一流。

 幾重の要因が重なり、リヒトは今はただ受けに回るしかなかった。


 『“英雄”ともあろう者が、ちょっと情けなくないかにゃ?それともまだ準備運動?』

 「はっ、こんなモン、準備運動にもなりゃしねェよ!」


 強がるが、しかし、状況は全く宜しくない。

 反撃の芽は未だ息吹かず、アナンタの火球も未だ健在。

 アルカナマシンである以上、制限の無い攻撃は覚悟していたが、その事実はリヒトの心に重く圧し掛かる。


 『むむむ!じゃあ、これでどうかにゃ?』


 ケットシィが言うと、アナンタは砲撃の手を緩める事無く動き始めた。

 装甲の一部がせり上がり、また、一部は機体内に格納されていく。

 そして現れたのは、二つ目の“口腔(ほうこう)”。


 「げっ……!?」

 『威力二倍の雨アラレ!乞うご期待!』


 赤黒いアナンタの腹に、もう一つの口が完成した。

 グロテスクに真横に裂けた底には、上部の口と同じ紅いエネルギーが集中していく。


 『|Fire≪ファイア≫!』


 陽気な言葉と共に、グラインダーに二つの“龍の息吹”が襲い掛かる。

 しかし、リヒトもただでやられる訳には行かない。

 全力でフットペダルを踏みながら、その言葉を口にした。

 一瞬で良い、全てを越えろ―――


 「Arcana Overッ!!」


 ほんの一瞬の出来事であり、それはケットシィの目でも捉えることは叶わなかった。

 が、彼女の目の前に一つだけある事実は、“グラインダーに攻撃は当たっていない”ということ。

 手ごたえでそれを確認したケットシィは、素早く魔力レーダーに目を通した。

 上下左右前後に気を配り、グラインダーの姿を見咎める。


 「ド真ん前だ!!」

 『―――ッ!!』


 拳を振りかぶったグラインダーが目の前に浮かんでおり、アナンタは緩慢な動きで腕を構えた。

 右腕を捨てる覚悟の防御であったのが功を奏したのか、アナンタの“龍の息吹”発射機構にダメージは無かった。

 しかし、腕を突き抜けた右拳の衝撃がコックピットを襲う。

 空中姿勢制御を崩したアナンタはバランスを失い、地へと落ちていく。

 そして、それを流星の如く追うのは、暗緑色のアルカナマシン。


 「追撃、行くぞ!!」

 『調子に!』


 叫ぶと同時に、アナンタはその口腔を開いた。

 千切れかけた右腕の代価として護られたのは、チャージ中だった“龍の息吹”。

 そして、こタイミングで息を吹き返すのだ。


 『乗るなぁあああああああああああっ!!』


 アナンタの口から“龍の息吹”が放たれ、ケットシィの視界が光で埋め尽くされた。

 しかし、此度も手ごたえは無い。

 空中で姿勢制御し、着地寸前で弧を描くように旋回。

 再び空中に舞い上がったとき、ケットシィはレーダーにグラインダーの反応を捉えた。

 グラインダーは地上で、砂煙に紛れて立ち上がる。


 「おーおー、痛い痛い」

 『……にゃるほど、右腕で弾いたのね』


 そして立ち上がったグラインダーに、右腕は無い。

 緊急回避のために“龍の息吹”を殴りつけたため、バイパスごとどこかへと飛んでいってしまった。

 しかし、ダメージを受けたのはグラインダーだけではない。

 アナンタもまた、深刻なダメージを受けていた。

 現時点で気付いているのはただ一人―――リヒト・シュッテンバーグのみであるが。


 『あれが“アルカナオーバー”。確かに“能力(アルカナ)”を“反則(オーバー)”する技だにゃあ』


 呟くような一言は、その性質を如実に表したものであった。

 本来あるアルカナエンジン特有の能力を一回り強力に、絶対的な強化をしたもの。

 ケットシィのその考察は間違っては居ない。

 そして、そこにある筈のリスクに彼女は目をつける。


 『でも、今頃アンタはボロボロだにゃ。この短時間で二回も“反則”したんだかんね』

 「………っち」


 リヒトは力無く舌打ちを返した。

 今正に、現在進行形でリヒトの体力は削られている。

 まるで、アルカナエンジンに生命力を吸い取られるかのように、だ。

 激しい代償と戦いながらも、再び空へと舞い上がったアナンタを見た。


 『まあ詰る所ですな……今が好機ってヤツかにゃ!』


 その口腔に、二つの赤い光が燈る。

 それを見つめながら、リヒトの脳内には過去の自分が蘇っていた。

 ―――フェリアと出会う切欠となった、ファウストとの戦いである。

 しかし、今では構図が全くの逆。

 挑むのは地上に居る“裁断者(グラインダー)”、迎え撃つのは空の“(アナンタ)”。

 大火力砲撃に対抗しなければならないところは変わらず、リヒトは思わず苦笑した。


 「……はぁ、ったく。あんなクソ野郎に教えられるとはな」


 声しか知らないファウストの顔を勝手に思い描きながら、リヒトは忌々しげに呟く。

 それは一種の賭けであり、しかし同時に、これを逃せば勝ち目の無い賭け。

 そんな賭けを、リヒトは始めようとしていた。


 「まずは、準備が要るな。確かペンタクルは、まだミサイルポッドは生きていた筈だよな……」


 リヒトは通信機のチャンネルを入れる。

 逆転の秘策を練りながら、静かな気持ちでアナンタを見ていた。

 通信先は、ファウストと同様に“謎の多い女”―――フェリアである。






      *       *       *






 「……了解した。伝えておこう」


 フェリアは通信を切ると、小さく溜息を吐いて首を振った。


 「やれやれ、アイツはどれだけ無茶をする気だ?後始末をするこちらの事も考えて欲しいものだな」


 愚痴るが、その口の端は小さく上がっていた。

 それに気付いた様子のリラが茶化すように笑う。


 「そう言う割には嬉しそうですけど?」

 「む」


 リラに顔を背けながらフェリアは唸ると、再び通信機のチャンネルを弄る。

 次にチャンネルを合わせたのはグラインダー専用のチャンネルではなく、ある一定の人間しか使っていない特殊なチャンネル。

 そのチャンネルは倒れ臥したペンタクルの通信設備と繋がっている。


 「イナド。やはりリヒトはミサイルポッドを使う心算だったらしい」

 『それはそれは。準備していた甲斐があります』


 殊勝な発言と共に、うつ伏せに倒れたままのペンタクルのミサイルポッドの外装がせり上がった。

 ペンタクル自身が動き回り戦う事は出来ないが、その武装だけは未だ健在である。

 故に、リヒトと龍の戦いが始まって以来、彼らはペンタクルの調整に終始していた。


 『準備は完了。いつでも撃てますよ』

 「狙うべき場所と合図が送られてきた。いいか、よく聞けよ―――」


 フェリアの続けた言葉に、イナドは疑問符を、リラは驚きの声を上げた。


 「ちょ、ちょっと待ってよ!こんな作戦、下手したら緑色のヤツがぶっ飛んじゃうじゃない!」

 「慌てるな。この作戦に問題は無い……と言うか、この作戦しか残されていない」


 フェリアの語った事は事実で、それ故に、彼女もまた葛藤を抱えていた。

 果たして、この作戦を遂行して勝つことが出来るのか。

 グラインダーは、リヒトは無事に生き残ることが出来るのか。


 「それに、リヒトならばやってのけるさ……“英雄”と呼ばれたヤツならな」


 しかしその葛藤を打ち破るのは“信頼”。

 初めての邂逅のときに見せた、コックピットに座るリヒトの姿。

 何よりも、行動を共にして見えた彼自身の“本当の自信”。

 驕れる“英雄”でも、冷徹な“軍人”でもない男の姿。

 それは彼女なりの“信頼”に値する姿であり、故に彼女は今、信頼を見せる。


 『では、私は照準を定めておきますね。今はこう着状態の様子』

 「ああ、頼む」


 通信が途絶え、ミサイルポッドの先端が細かく動きを調整していた。

 やがて止まったその先端が指すのは、遥か先にあるグラインダーの影。


 「……よく、信じられますね。これに失敗したら私達も絶望的ですよ?」


 ジョーカーマシンに対抗し得るのはジョーカーマシンのみ。

 しかも相手が“アルカナマシン”であるとすれば、対抗できるのもまた“アルカナマシン”のみ。

 今の状況でリヒトが敗れ去るのは、即ち、この場の全員の全滅を意味する。

 それ故に、リラは怯えていた。

 だが、対照的にフェリアは涼しい顔をしている。


 「リヒトとは、そういう男だ。どんなに無茶をやっても、それを貫き通してしまう男だからな」


 フェリアは脳内でグラインダーの姿を反芻した。

 グラインダーの設計、開発に携わった彼女にとって、グラインダーはまさに息子のような存在。

 その息子に初めて、真の意味で“|光≪いのち≫が燈った”瞬間、彼女は震えた。

 そして、それを構成している要素のひとつには“リヒト・シュッテンバーグ”という存在が不可欠。

 だが、それ故に彼らは強い。

 人機一体となったグラインダーに、敵は居ないのだ。

 フェリアは精一杯の応援として、握り拳をグラインダーのいる方角へと突き出した。


 「私の信頼を預ける。頼んだぞ……リヒト・シュッテンバーグ」






      *       *       *






 『最期に言い残す言葉はにゃい?お姉さん優しいからどんな言葉でも聞き流してあげるにゃあ』

 「聞き流されるんじゃ意味ねぇな……」


 呟くと、リヒトは心底疲れたように長い溜息を吐き出した。

 疲労困憊のようなその息に、ケットシィは半ば残念そうに薄く笑う。


 『もう終りかにゃー……楽しい時間だったけんども』

 「楽しい時間ってのは終りが早いモンだ。諦めな」

 『いいのかにゃ?アタシが諦めるってことは、アンタの命も諦めるってことだよ?』

 「諦めねぇよ。俺の命は」


 不思議そうに言うケットシィ。

 だが、リヒトの放つ言葉には疲れも、諦めも無い。

 それがたまらなく不思議で、ケットシィはアナンタの“龍の息吹”を放つのを遅らせた。


 『どういう事?今、アンタの命は私が握ってるんだよ?』

 「いや、違うね」


 リヒトが断言し、グラインダーの眼前で左拳を握り締めた。


 「俺の命を握るのは……俺の生き様を握るのは、俺だけだ。テメェ如きに奪われるほど、安いモンじゃねぇ」


 それに、と続けるリヒト。


 「今は、俺だけの命じゃねぇ。背後に居る馬鹿どもの命も背負ってるんだよ、俺は」


 その目には新たなる一種の色が燈されていた。

 “覚悟”の色ではないそれは、背後に“護るべき者”が居る故に現れた色。

 “守護”を宿したそれは、鳶色の瞳にくっきりと浮かんだ。


 「だから、負けねぇ。俺は、お前に勝つ」


 宣言し、その左拳を高く前に突き出した。

 アナンタは未だ天空に浮かび、その姿を見下ろす。

 差し詰め立ちはだかる壁のような、威圧感。

 一般人なら震え、泣き、命乞いを始めるようなそれである。

 だが、決意を新たにしたリヒトの前では、それは無に等しかった。


 『―――あっははははははははははははははっ!!』


 束の間の静寂を打ち破るのは、ケットシィの高らかな笑いだった。


 『面白い面白い!まさか“英雄”ともあろう者がそんな“偽善者”みたいな考えをしてるとはね!こりゃあお笑い種だ!』

 「………」

 『ひーっ!腹痛いよ!アンタよくそんなコトであの戦争を生き残れたねぇ!!』


 それに肯定も否定もせず、リヒトはただ黙ってその声を聞いていた。

 不意に、ケットシィの雰囲気が変わった。

 笑い転げていた時から一転し、鋭く、硬質なその死気へと。

 まるで、人が変わったかのように。


 『あぁー……やってらんねぇ』


 その言葉は冷たく、刃を連想させるほどに無慈悲だった。

 今までの人懐っこいようなキャラは崩れ去り、彼女の真の姿が明かされる。

 冷酷、無慈悲な“凶戦士”の顔が歪む。


 『もういい。アンタ、死ねばいいんじゃない?』

 「だから、死なねぇっつってんだろうが」

 『言っておくけど、アンタが頼りにしてる味方のミサイル。アレ、気付いてるから』


 絶望を告げるかのように、ケットシィは言葉を紡いだ。


 『それに、アルカナオーバーも既に二回使ってる。アンタはもう限界』


 それは確かな事実である。

 が、リヒトの返答はあまりにも冷静。


 「だからどうした」

 『ハァ?』


 ケットシィの言葉に動揺することなく、リヒトは淡々と言う。


 「俺は仲間を“信頼”している。だから、テメェが気付いていようがいまいが、関係ない」

 『信頼で勝てる勝負が何処にあるってんだ!?』


 空中に居るアナンタの口腔が一際大きく光る。

 それはグラインダーを灰燼に帰す灯火。

 だが、それでも。


 「―――此処にあるッ!!」


 リヒトは恐れずに、フットペダルを踏みしめた。

 加速するグラインダー。

 向かう先は、あの死の灯火。

 そしてそれを支援するのは、新たなる戦場の仲間。

 ―――ペンタクルが放ったミサイルが、グラインダーの足元で爆音を上げた。


 「ぉお……ッ!!」


 瞬間的に、グラインダーの速度は通常のそれと変わらないまでに引き上げられる。

 着地のことを考えずに爆発を受けた脚は、既にまともな行動は取れないだろう。

 だが、今はアナンタに届けば十分、役目を果たしたことになる。


 グラインダーの中のアルカナエンジンは決意に応え、その力を遺憾なく発揮する。

 過剰なまでに生産された魔力が行き着く先は、四肢のバイパスと背部のブースター。

 光の粉となり放出されるそれらが、打ち上げられたグラインダーに更なる加速を促した。

 現在、グラインダーのスピードは約五倍。

 故にリヒトの身体には、多大な負荷が掛けられていた。


 「ぐぅッ……まだだ……!!」


 締め付けられるような身体全体の痛みに、気持ち悪さが込み上げてくる。

 頭は割れるように痛みを訴え、視界はモノクロに色を無くしかけていた。

 だが、リヒトは口の端から血を流しても、堪える。

 血管が千切れそうになるほど操縦桿を強く握り締め、歯を食いしばった。


 メインカメラの先には、上の口腔から放たれんとする“龍の息吹”。

 紅い閃光は目を焼き、甲高い音は警告を発する。

 ジョーカーマシンを焼き尽くす“業火”は、今、まさに放たれた瞬間だった。

 ―――だが、リヒトにはそれが見えている。


 「Arcana Overッ!!」


 日に三度目となった力に、リヒトは頭の血管が何本か切れたのを感じた。

 痛みではなく、気持ち悪さが喉まで込み上げてくる。

 しかし代償として得た力は、“龍の息吹”を目視することを可能とした。


 グラインダーは冷静に左手を構えた。

 繋がったバイパスからは大量の光が溢れ、左手に推進力を与える。

 身体全体で推力を稼ぎ、同時に“安定翼”としての役割も果たしていた。

 インパクトは一瞬。

 全てを込めた拳は、火球にぶつかった瞬間に弾けた。


 「―――ッ!!」


 息が詰まるほどの衝撃。

 熱まで感じられそうな光。

 最早耳の機能を超越した間近の爆音。

 引き延ばされた時間の中で、ただ、左手が火球と共に本体から離れていくのを感じた。

 同時に、アルカナオーバーを解除する。


 『なぁっ!?』


 ケットシィの驚きの声。

 解除後の副作用に顔を顰めていたリヒトの耳には入らない。

 だが、ケットシィもまだ終わったわけではなかった。

 攻撃の手段はもう一つ。


 『でも甘いんだよッ!』


 腹に開いた口腔を紅く閃かせ、獲物が飛び込むのを待った。

 既にグラインダーには両手が無い。

 が、念の為に、確実に葬れるであろう至近距離まで近づくのを待った。

 勝ちは同然―――そう、ケットシィは思っていた。


 「……テメェ、俺の右腕の場所知ってるか?」

 『ハァ……!?』


 だから、その表示が出るまで気付かなかった。


 『発射シークエンス……エラーだってぇッ!?』


 “龍の息吹”は口腔内で魔力を圧縮し放つエネルギー兵装である。

 その攻撃力は強力無比であり、恐らく自分がデイブレイクで一番強いという自負をケットシィは持っていた。

 そんな慢心の隙を突いたかのように、“龍の息吹”の弱点は露呈する。

 口腔内でのチャージが必要なシステムである以上、その口腔内は整備されていなければ放てないのだ。

 ただでさえ扱うのが難しい“魔力”を扱う以上、これは仕方の無いことだ。

 だが、ケットシィはそれを忘れていた。

 故に―――腹の口腔内に入り込んでいた異物を取り忘れていたのだ。


 「右腕預かっててくれて有難うよ!」

 『ふざけるなッ!!」


 必死にアナンタは回避挙動を取ろうとした。

 だが、もう遅い。

 グラインダーは既に最速のスピードを以って、アナンタの腹の口腔を目指している。

 ―――そして、口腔内には未だ発射されなかった“龍の息吹”の残存エネルギーが残っているのだ。


 「コイツは礼だ―――受け取れッ!!」


 アナンタの口腔に、グラインダーの頭が突き刺さる。

 そのあまりの衝撃に、リヒトはコックピットの中で意識を手放しかけた。

 それを繋いだのは、他ならぬその衝撃である。


 『馬鹿な―――馬鹿な―――ッ!!』


 途切れ途切れの通信から、ケットシィの声が聞えた。

 しかし、それは爆発音で遮られる。

 それとほぼ同時に、グラインダーは重力に逆らうこと無くアナンタから離れた。

 上半身は既にボロボロの風体であったが、コックピットだけは無事に残っていた。


 空に取り残されたアナンタは動く様子が無い。

 一瞬、静寂が辺りを包み。

 リヒトがもう一度アナンタに意識を向けたとき、爆発は発生した。


 「やったか……!?」


 爆音は否応なしにリヒトの耳へと届き、グラインダーの身体を爆風で押した。

 重力に身をゆだね落ちていくグラインダーの中で、リヒトは呟く。


 「……って、これ死亡フラグじゃねぇか」


 でも、とリヒトはメインカメラの先の映像を見た。

 断続的な爆発はやがて、在り得ないほどの黒煙を噴出し始め、見るに耐えないものへと変貌していく。


 「これで死んで無かったら、マジでバケモンだな……」


 要らない心配であろうと分かりつつも、そう、呟かざるを得なかった。


 「全く、しんどい話だぜ……」


 その言葉を最期に、リヒトは気を失った。

 砂漠には爆発音と、どこからか駆けつける装甲車両の走行音だけが轟いていた。






      *       *       *






 「―――参ったにゃあ、まさか、あんなヤリ方があったにゃんて」


 墜落し炎上するアナンタから離れながら、ケットシィはぼやいた。

 その手には通信機を持ち、何者かと会話をしている様子であった。


 「だって、誰も右腕が口の中に入ってるとは思わないでしょ?」

 『それは災難だったな』


 通信の向こうの声は、低い雷鳴のような重苦しい声。

 威圧感を感じさせる声だが、ケットシィは変らずの調子で続けた。


 「しかし、いいのかにゃ?まだまだ試作とはいえ、“アルカナエンジン”は使ってたんでしょ?」

 『何ら問題無い』


 断言した声は、通信機の向こうで薄く笑っていた。


 『アルカナエンジンを手にしたとしても、奴らにはそれを活かす術は無い……“真のアルカナマシン”を建造できるのは我らのみ』

 「にゃるほどー」


 一人頷くケットシィ。

 歩みを止めぬままに、首だけで振り返る。

 砂煙を上げて走る装甲車慮がグラインダーの足元に急停止した。


 「次は、本気のマシンで相手したいにゃー」

 『その時は任せたぞ。“凶戦士”』


 その言葉に、ケットシィは舌なめずりをし。


 「お任せアレ、“総帥”―――」








初めてアルカナマシンをまともに倒した気がします。

まあ、速度任せの頭突きがまともかどうかは読者の良識に任せるしかないのですが……。

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